やられる。
相羽さんの振り上げた拳を見て息を飲んだ。

覚悟を決めなければいけない。
痛みに耐える覚悟を。
あと、傷が残ったり腫れたりするようであればお母さんに怒られる覚悟も。
全身に力が入って体もやられる準備ができていた。

「全部あんたが選んだ結果だからな」

耳元で花観さんが感情の読み取れない声音で言った。
彼女たちだって準備はできている。
今殴られるのは私が持つべき責任でもあるんだ。

「っ……」

目をぎゅっと閉じた。
その時……。

「何やってんだよ!!」

静かで怒りに満ちていた空間が一本の見えない矢に切り裂かれるようだった。

相羽さん花観さんの動きも止まって。相羽さんの拳は顔から十センチメートルもないところにある状態。
私もびっくりしてしばらく動けなかった。

でも、この声は私の良く知っている人の声だ。
そうしたら金縛りが解けたみたいに力が抜けた。
私を殴ろうとしていた二人の目線を追う。
男の子が彼女たちを睨みつけている。

「陽……」

陽は酷く怒った様子で、睨みつけられている彼女たちも固まったまま動けていない。
花観さんに関しては小刻みに震えているのが伝わる。

「槭っ……」

陽がこちらに向かってくると二人は私から離れた。
すっかり陽の迫力に怯えている彼女たちの顔色は少し悪い。

何かされる心配がなくなり、ふっと目頭が熱くなった。

「槭、大丈夫か」

顔を覗き込んで心配してくれる陽に何故か声が出なかった。
どうにか頷く。

「怪我は?」

次は横に首を振った。

「ん。遅くなってごめん」

真っ直ぐに受け取れば待たせてしまったことへの詫びの言葉。

だけど、私が何をされそうになったのか、多分陽は察している。
この言葉はそういう意味も含んでる。

「は、陽太……」

相羽さんがさっきまでの勢いが嘘かと思ってしまうか細い声で陽を呼んだ。
陽はそばにいる私でさえ聞こえる声量だったのに目を向けない。
見えたその顔も険しいものに変わっている。

「俺の名前呼ばないでもらえます?てか、もう敬語とか外すわ。あんた槭に何しようとしてた?」
「え……えっと……」

好きな人に、話せる内容ではない。
黙ってしまった相羽さんに陽は容赦なく追い打ちをかける。

「まぁさっきの体勢から見て槭を殴ろうとしてたんだろうけど。一番聞きたいのはなんで槭にそんなことしようとするんだって話」