「最近は本を読みに毎日ここに来てる」

自己採点としては五段階評価で五を上げてもいいくらい上手く話せていたと思う。
ここでもう一歩踏み出すのなら、私からも陽に質問をすること。

勇気はない。
でも、陽は何か用がなくても声をかけてくれた。
それは相手が私だったからじゃないだろうか。

たとえ知り合いでも声をかけない人だって多くいる。
もしかしたら陽は声をかけてしまう性格なのかもしれないけれど、そうだとしても会話をしようとしてくれたことは彼の選択。
彼の行いを無下にはできない。
何よりしたくない。

きっと相手の行動にどう対応するかが人との関わり方の大事な一つ。

最低限、質問をする立場として顔を見て言う。

「陽、はどうしてここに?」

スラスラと言えなかったのにさっきよりも"できた!"という嬉しさ、達成感は倍感じられた。

今度は彼らしいあの笑顔を浮かべて答えてくれる。

「俺は調べもの。ネットでもよかったんだけど本当のことなのか何もかも疑っちゃって進まなくてさ」
「そう、なんだ」

決して流暢とは言えない話し方をするのに陽は何食わぬ顔で話を続ける。

「もう帰る?」
「帰る。やること、あるから。」
「そっか。じゃあ、俺も一緒に帰ろ」

……え?
一緒に、帰る?

「なんで?」

何も考えず素の言葉が飛び出す。

確かに家の方向は同じだ。
幼馴染ということもあってそれなりの話題の提示も出来るかもしれない。
口下手相手でも一人で帰るよりはマシかもしれない。

色々な思考の末の一言なの……?

「嫌なら別にいい。俺はそうしたいってだけ」
「嫌、ではないけど……」
「なら良いだろ。久しぶりに会えたし」

私には拒否権がないのか。
それとも嫌でないという答えを貰えば拒否されるとは思っていないのか。

私を追い越して出口へ向かっていく彼の背中をあっけらかんとして眺める。

久しぶりに会ったからって一緒に帰るものなの?
それが彼や彼の周りにいる人達の常識なの?
私がおかしいだけ?

だからって後ろについてきていると思った相手がいなかったら陽はどんな思いをするか。

怒る彼、呆気にとられている彼。
嫌な気持ちが複雑に入り交じるのは避けられない。

私だったらものすごく辛い。
そう思ったら違う道を通って帰る選択は消された。

出口にある二つの自動ドアの一つ目が閉まろうとしているのを見て急いで陽を追う。

「ま、待って……」

少し先に見えた陽に向かって声を出しても彼はどんどん進んでいく。
声が届いていないのだ。

誰にだって、想像の中で私の感じた苦しみを知らないでいてほしい。

「は、陽!!」

陽が振り向いてくれた。
どうにか声が届いたみたいだ。