第8話
≪page1≫
○中庭でモエの話を聞いているユキ。
モエ「あれは…エレナ先輩がSランクに上がった日のことでした…」
ユキ(リンちゃんとエレナ…。仲の良い2人の間に、一体何があったんだろう…)
○7話ラストから少し遡ったモエの回想。リンたちの教室。
リン「また、あんたに先越されちゃったわね」
エレナ「…ごめん」
≪page2≫
リン「ふ…! 何謝ってるの? あんたは凄いことを成し遂げた。胸を張ってりゃ良いのよ!」
エレナ「そうね。ごめん」
リン「ほら! もう謝るの禁止!」
モエ「エレナ先輩…! 本当におめでとうございますっす…!」
エレナ「ありがとう、モエ…」
ローク「……」
エレナを心配するような眼差しを送るローク。
≪page3≫
ローク「シャイニスさん。少し、よろしいですか?」
エレナ「…? はい」
廊下でロークに話し掛けられ、キョトンとするエレナ、リンとモエ。
○ひと気のない校舎裏で、ロークと話をするエレナ。エレナは驚愕の表情を浮かべる。
エレナ「そ…そんな…。そんなことって…!」
≪page4≫
○それから少し時間が経過。寮内はリンとモエのみ。
リン「エレナ…。遅いわね…。Sランクになった後、先生から呼び出されたみたいだけど…。Sランクってやっぱり忙しくなるのかしら…」
モエ「魔法学生が目指す最高地点…。あらゆる魔物に対抗出来る力を持つ存在…それがSランクの魔法学生なんすよね…?」
リン「そうね…。Sランクの魔物の被害も、年々増え続けているって話だし…。きっと、各地でエレナの力は必要とされている…」
≪page5≫
モエ「エレナ先輩と、もう一緒にいられなくなるってことっすか…?」
リン「モエちゃん…」
悲しそうな表情のモエを見て、リンは笑顔を作った。
リン「もしかしたら、そうなるかもしれないけど…。でも、あの子は…。エレナは、あたしたちのことを忘れたりしない…! あの子のために、あたしたちが出来ることは精一杯応援してあげること!」
モエ「…そうっすね! じゃあ、まずはSランク昇格のお祝いっすね…!」
リン「うん…! 張り切って準備して、あの子を驚かせてやりましょう!」
エレナのために、パーティーの準備をする2人。
○数時間後、エレナが寮に戻る。
エレナ「……」
≪page6≫
リン「エレナ! 遅かったじゃない…! 心配してたのよ…!?」
エレナ「……」
虚ろな目のエレナ。リンの言葉が耳に入っていないかのような態度を見せる。
モエ「エ…エレナ先輩…? どうしたんですか…?」
心配のあまり、エレナに触れようとするモエ。その瞬間、エレナは目を見開いていた。
モエ「あっ…!」
リン「モエちゃん!?」
エレナはモエの頬を叩いていた。理由も分からぬまま、その場に倒れるモエ。
≪page7≫
リンは頭に血が上り、エレナを怒鳴りつける。
リン「な、何やってんのよ、あんた!? モエちゃんが、あんたに何をしたっていうの!?」
エレナ「…あっ。モ、モエ…」
エレナが僅かに動揺を見せる。だが、エレナはすぐに顔を伏せて、寮内の自分の生活スペースへと向かった。
エレナ「…ごめん。私、今日からSランク専用の宿舎に移るから」
リン「はぁ!?」
エレナ「Sランクの特別任務。そのために、私はあなたたちとは別行動を取ることになる」
モエ「エ…エレナ先輩?」
≪page8≫
赤くなった頬を押さえながら、モエは心配そうにエレナを見つめている。
モエ「な、何かあったんすか…? 私たちで良ければ、いくらでも話を聞くっすよ…?」
リン「そ、そうよ! あんた、ちょっとおかしいわよ!? 急にこんな…。あんたのお祝いもしようと準備してたのに…!」
エレナ「うるさい!!」
エレナの怒号で静まり返る寮内。普段は冷静なエレナが声を荒げ、リンとモエはショックのあまり固まっていた。
エレナ「…ごめん。詳しいことは、話せないから」
リン「エレナ…!!」
≪page9≫
エレナはリュックに荷物をまとめると、早足に寮から立ち去ってしまった。モエは、涙が溢れて止まらなかった。
モエ「うぅ…! ううううっ…!!」
リン「モエちゃん…」
モエの涙に釣られて、リンも涙を流していた。リンはモエを抱きながら、しばらく2人で泣き続けた。
現在のモエ「その日から…。エレナ先輩とはしばらく会えなくなってしまったんです…。先生に聞いても、Sランクの特別任務。その一点張りで…。でも、それから何日か経った頃」
○Sランク専用宿舎に向かうエレナ。その姿を偶然目にしたリンとモエ。
リン「エレナ…!」
エレナの元へ駆け寄る2人。
≪page10≫
エレナ「……」
光を失った目のエレナ。ボーっとしながらリンを見つめている。
モエ「エレナ先輩、大丈夫っすか…?」
リン「あんた、あれから一度もあたしたちに会いに来なくなって…。少しくらい、顔を見せてくれても良いじゃない…!」
エレナ「……」
涙を必死に堪えるリン。エレナにもっとも伝えたかった言葉をなんとか振り絞る。
リン「と……」
リン「友達でしょ…? あたしたち…?」
エレナ「……」
リンとモエは、固唾を呑んでエレナの返事を待った。
エレナ「…ごめん」
≪page11≫
エレナ「Sランクの特別任務で忙しいから」
リン「…!!」
モエ「エレナ先輩…!!」
リンの友達という言葉に同意することなく、モエの呼び止める声も無視し、エレナは宿舎へと立ち去った。リンの涙が、地面に染みを作っていく。
リン「くっ…! うぅ…っ!」
リン「あ、あたしが…エリートだったら…!! Sランクになれたら、エレナとまた話せるかもしれない…!!」
モエ「リン先輩…」
≪page12≫
リン「待っててね…。モエちゃん…。あたし、なんとしてでもSランクになってやる…! そして、エレナとまた、一緒にいられるように、してみせるから…!」
○回想終了
モエ「それからなんです…。リン先輩が、自分のことを“エリート”と呼ぶようになったのは…」
ユキ「……」
モエ「自分はエリートだから…。いつか必ずSランクになれるって…。そう自分に言い聞かせているんです…」
ユキ「リンちゃん…」
モエの話を聞き、胸を痛めるユキ。話を頭の中で整理しながら、ゆっくりと口を開く。
ユキ「…どうして、私にエレナの話をしてくれたの?」
≪page13≫
モエ「…リン先輩には、ユキさんの力が必要だと思ったんです」
ユキ「私の…?」
モエ「リン先輩は、いつも優しくて真面目で、だから、自分のことを追い詰めすぎてしまうんです…。私は、怖い…。リン先輩も、エレナ先輩みたいになってしまうんじゃないかって…!」
ユキ「モエちゃん…」
モエ「ユキさんに、こんなことお願いするのもおかしいんじゃないかと思ったんすけど…。お願いします…。リン先輩を、助けてあげてください…!」
ユキ「……」
≪page14≫
ユキ(リンちゃんとモエちゃんは、こんなにツラい思いをして…。それでも、私に優しくしてくれて…。私は、そんなことも知らずに、自分のことで頭がいっぱいになっていた…)
ユキ「もちろん…! 私が必ず、リンちゃんを助ける…!」
モエ「ユキさん…。ありがとうございます…!」
ユキ(私は、自分のことはよく分からないけど…。でも、友達のためなら、止まっていることなんて出来ない…。考えろ…。リンちゃんのために、私が出来ることを…!)
○場面は変わり、学校から少し離れた森の中で魔力を高めるリン。
リン(ヒエールのSランクの魔法…。あれは、普通の魔法とは違っていた…)
≪page15≫
リン(魔力の武器を持って、詠唱なしで魔法を放っていた…。あのローブの女も同じ…。魔力で作られた弓を持っていた…)
リン「トルネオンッ!!」
円柱状に森の一部が竜巻に包まれる。リンの周囲の木々が跡形もなく吹き飛ばされていた。
リン「違う…。こうじゃない…」
≪page16≫
リン「魔力の武器。そこにヒントがあるはずなのに…。分からない…。どうすれば、Sランクに到達出来るのか…!」
苛立ちながら歯を食い縛るリン。やりきれない気持ちのまま、学校へと引き返す。
○魔法学校、女子寮前。
リン「はぁ…」
溜め息をつきながら、寮へと戻ろうとするリン。その時、寮の近くを流れる小川から、妙な音が聞こえることに気が付いた。
SE『バシャッ。パチャッ』
リン「ん?」
≪page17≫
リン「 水の音…?」
リンは音を少し気にしつつも、寮のドアノブに手をかけていた。
リン「魚でも跳ねてんのかしら…」
SE『チャプ…バシャッ…ジャバ』
リン「んん…?」
SE『ゴポッ…ジャブジャブ…』
リン「な、何よこの音…!? 怖い…!!」
青ざめながら、リンは寮のドアを開けた。
≪page18≫
リン「ユキ! モエちゃん! なんか、川から変な音が…!!」
2人に助けを求めようとするリン。だが、2人は留守で、寮内はしんと静まり返っていた。
リン「い、いない…。ちょっと…。こんな状況であたし1人にしないでよ…!」
尚も聞こえる川の異音。部屋に留まることも出来ず、リンは落ち着かない様子で部屋をウロウロしていた。
リン「うぅ〜! 様子を見に行くしかないか…!」
≪page19≫
リン「あ…あたしはエリートなのよ…! ど、どんな奴が相手だって、風でぶっ飛ばしてやろうじゃないの…!」
そうは言いつつ、キッチンにあったフライパンを盾代わりに構えながら、恐る恐る川の様子を見に行くリン。
川に辿り着いたリンは、フライパンを構えながら大声で叫んだ。
リン「か、覚悟しなさい! このあたしが来たからには、あんたの好きに…」
≪page20≫
ユキ「え?」
リン「え?」
フライパンを構えるリンを見つめながら、呆然と立ち尽くす川の中のユキ。一方、リンの方も、小川の中で、シャツ1枚でずぶ濡れになっているユキを見てポカンと立ち尽くす。
≪page21≫
ユキ「リンちゃん、何やってるの…?」
リンは咄嗟にフライパンを後ろに隠しながら、ユキにツッコミを入れた。
リン「それはこっちの台詞だわ! あんた、そんなずぶ濡れになりながら何やってんのよ!?」
ユキ「さ、魚を捕まえようと…」
リン「はぁ!?」
予想外の答えにさらに呆気にとられるリン。
リン「魚なんて捕まえてどうすんのよ…? 食べるの?」
思わず隠したフライパンを取り出すリン。ユキも困惑しながら話を続ける。
ユキ「そうじゃなくて…。魔法で魚を捕まえる特訓をしてるんだ…」
≪page22≫
リン「魔法で魚を捕まえなくても…あの氷の力を使えば一発なんじゃないの…?」
ユキ「私、魔法のランクを上げたいんだ…! そして、Sランクになりたい…!」
リン「エ、Sランク〜!? あ、あんたが!?」
ユキ「うん…!」
リン「あっ…」
ユキの真剣な眼差しを見て、リンは咳払いをした。
リン(この子、本気でSランク目指してるの…!?)
≪page23≫
リン(Aランクのあたしでさえ、こんなに苦しんでるのに…!? 一番下のFランクから、最高のSランクを目指すなんて…どれだけ大変か分かってるでしょ…!?)
ユキは川の中を泳ぐ魚に、人差し指で狙いを付け続ける。
ユキ「うっ…! えいっ…! やっぱり上手く行かないな…!」
ユキは魔法を放とうと力むが、何も起こる気配はない。
リン「ほんと、馬鹿ユキなんだから…」
ユキには聞こえない声で、穏やかな表情で囁くリン。
≪page24≫
リンはそっとユキの元へ近付いた。
リン「ユキ、落ち着いて。闇雲に魔法を撃とうとしたって上手く行きっこないわ」
リン「魔法を撃つには、魔力を練る必要があるの。自分の身体の中に流れる魔力を感じ取って、それを1箇所に集中させる」
ユキ「魔力を感じ取る…。授業でも教わったけど、私にはよく分からなくて…」
リン「う〜ん…そうよね…。分かってたら苦労しないか…。えっと、どう言えば良いのかな…」
しばらく考えるリン。ユキの氷の力を思い出していた。
リン「そうだ…!」
≪page25≫
リン「あんた、氷の力使ってる時はどうやってるの…?」
ユキ「えっ…? えっと、特に考えたことなかったな…。強いて言うなら、なんとなく力を込めて…」
リン「それよ…! なんとなく力を込める…! それの魔法版よ! いつも使ってる力とは、別のところから力を引き出す感じでやってみて…!」
ユキ「別のところから…。う〜ん…!」
ユキは魔力を引き出そうと、人差し指を突き出して集中する。だが、ユキの指先には、冷気が漂い始めてしまった。
ユキ「駄目だ…! これはいつもの私の力…! 魔法じゃない…!」
≪page26≫
リン「諦めるな! そのまま続けて…! あんたなら絶対出来る…!」
ユキ「う、うん…!」
リンの声援を受け、ユキはさらに集中する。しかし、冷気はさらに強まり、川は次第に凍り始める。
リンは靴とソックスを脱ぐと、川の中へ足を踏み入れた。
リン「ひっ…! つめたっ…!」
凍り掛けた川の冷たさに怯みつつ、ユキの背後に回る。冷え切ったユキの手を優しく握ると、リンは自分の魔力をユキに流し始めた。
≪page27≫
リン「 あたしの魔力をあんたに流すから、その魔力を使いなさい…! きっと、自分の中に元々流れている力よりも分かりやすいはずよ…!」
ユキ「う、うん…!」
ユキの手の冷たさでリンの指がかじかんでいく。それでも、リンはユキの手を離さない。
リン「頑張れユキ…! 自分を信じて…!」
ユキ「自分を、信じる…!」
リンの言葉を受け、ユキはさらに集中する。その時、ユキはリンの魔力を捉えていた。
ユキ「…!!」
≪page28≫
ユキの指から小さな魔力が射出された。小川は小石を放ったかのように、微かな波紋を作り揺らめいていた。
リン「や…やった…」
ユキ「出来た…」
ユキ「やったぁ! 出来たよ! リンちゃん!」
リン「やったわね! 凄いわ! ユキ!」
≪page29≫
2人は満面の笑みで抱き締め合った。リンの表情は、先程よりも明るくなっていた。
リン(ユキがSランクを目指して頑張ってるのに、あたしが諦めるなんて、そんなのおかしいじゃないの…!)
リン「…ありがとう、ユキ」
ユキ「えっ…!? な、なんでリンちゃんがお礼を…? お礼を言うのは私の方なのに…」
リン「いーの! ありがたく受け取っておきなさい!」
ユキの頭を力強く撫でるリン。そんな2人の様子を、モエは木の陰から見守っていた。
≪page30≫
モエ(ユキさんなら…本当に…)
○場面は変わり、夜の街道。
巨大なサソリの魔物の前に立つエレナ。サソリは、毒針でエレナに攻撃を仕掛ける。
エレナ「…!」
エレナに毒針は直撃した。腹部を貫かれるエレナ。
≪page31≫
だが、それはエレナではなく、雷魔法で作られた分身だった。
エレナ「サンディラ」
別方向からサソリに雷魔法が炸裂。
≪page32≫
巨大サソリは黒焦げになり力無く倒れた。
エレナ「今の魔物、わざわざ出向いた割には、本気を出すまでもなかったわね…」
エレナ「……」
エレナはジッと、サソリを憐れむような視線を送り続けた。
エレナ「…可哀想に」
そう呟くと、エレナはその場から立ち去った。
≪page1≫
○中庭でモエの話を聞いているユキ。
モエ「あれは…エレナ先輩がSランクに上がった日のことでした…」
ユキ(リンちゃんとエレナ…。仲の良い2人の間に、一体何があったんだろう…)
○7話ラストから少し遡ったモエの回想。リンたちの教室。
リン「また、あんたに先越されちゃったわね」
エレナ「…ごめん」
≪page2≫
リン「ふ…! 何謝ってるの? あんたは凄いことを成し遂げた。胸を張ってりゃ良いのよ!」
エレナ「そうね。ごめん」
リン「ほら! もう謝るの禁止!」
モエ「エレナ先輩…! 本当におめでとうございますっす…!」
エレナ「ありがとう、モエ…」
ローク「……」
エレナを心配するような眼差しを送るローク。
≪page3≫
ローク「シャイニスさん。少し、よろしいですか?」
エレナ「…? はい」
廊下でロークに話し掛けられ、キョトンとするエレナ、リンとモエ。
○ひと気のない校舎裏で、ロークと話をするエレナ。エレナは驚愕の表情を浮かべる。
エレナ「そ…そんな…。そんなことって…!」
≪page4≫
○それから少し時間が経過。寮内はリンとモエのみ。
リン「エレナ…。遅いわね…。Sランクになった後、先生から呼び出されたみたいだけど…。Sランクってやっぱり忙しくなるのかしら…」
モエ「魔法学生が目指す最高地点…。あらゆる魔物に対抗出来る力を持つ存在…それがSランクの魔法学生なんすよね…?」
リン「そうね…。Sランクの魔物の被害も、年々増え続けているって話だし…。きっと、各地でエレナの力は必要とされている…」
≪page5≫
モエ「エレナ先輩と、もう一緒にいられなくなるってことっすか…?」
リン「モエちゃん…」
悲しそうな表情のモエを見て、リンは笑顔を作った。
リン「もしかしたら、そうなるかもしれないけど…。でも、あの子は…。エレナは、あたしたちのことを忘れたりしない…! あの子のために、あたしたちが出来ることは精一杯応援してあげること!」
モエ「…そうっすね! じゃあ、まずはSランク昇格のお祝いっすね…!」
リン「うん…! 張り切って準備して、あの子を驚かせてやりましょう!」
エレナのために、パーティーの準備をする2人。
○数時間後、エレナが寮に戻る。
エレナ「……」
≪page6≫
リン「エレナ! 遅かったじゃない…! 心配してたのよ…!?」
エレナ「……」
虚ろな目のエレナ。リンの言葉が耳に入っていないかのような態度を見せる。
モエ「エ…エレナ先輩…? どうしたんですか…?」
心配のあまり、エレナに触れようとするモエ。その瞬間、エレナは目を見開いていた。
モエ「あっ…!」
リン「モエちゃん!?」
エレナはモエの頬を叩いていた。理由も分からぬまま、その場に倒れるモエ。
≪page7≫
リンは頭に血が上り、エレナを怒鳴りつける。
リン「な、何やってんのよ、あんた!? モエちゃんが、あんたに何をしたっていうの!?」
エレナ「…あっ。モ、モエ…」
エレナが僅かに動揺を見せる。だが、エレナはすぐに顔を伏せて、寮内の自分の生活スペースへと向かった。
エレナ「…ごめん。私、今日からSランク専用の宿舎に移るから」
リン「はぁ!?」
エレナ「Sランクの特別任務。そのために、私はあなたたちとは別行動を取ることになる」
モエ「エ…エレナ先輩?」
≪page8≫
赤くなった頬を押さえながら、モエは心配そうにエレナを見つめている。
モエ「な、何かあったんすか…? 私たちで良ければ、いくらでも話を聞くっすよ…?」
リン「そ、そうよ! あんた、ちょっとおかしいわよ!? 急にこんな…。あんたのお祝いもしようと準備してたのに…!」
エレナ「うるさい!!」
エレナの怒号で静まり返る寮内。普段は冷静なエレナが声を荒げ、リンとモエはショックのあまり固まっていた。
エレナ「…ごめん。詳しいことは、話せないから」
リン「エレナ…!!」
≪page9≫
エレナはリュックに荷物をまとめると、早足に寮から立ち去ってしまった。モエは、涙が溢れて止まらなかった。
モエ「うぅ…! ううううっ…!!」
リン「モエちゃん…」
モエの涙に釣られて、リンも涙を流していた。リンはモエを抱きながら、しばらく2人で泣き続けた。
現在のモエ「その日から…。エレナ先輩とはしばらく会えなくなってしまったんです…。先生に聞いても、Sランクの特別任務。その一点張りで…。でも、それから何日か経った頃」
○Sランク専用宿舎に向かうエレナ。その姿を偶然目にしたリンとモエ。
リン「エレナ…!」
エレナの元へ駆け寄る2人。
≪page10≫
エレナ「……」
光を失った目のエレナ。ボーっとしながらリンを見つめている。
モエ「エレナ先輩、大丈夫っすか…?」
リン「あんた、あれから一度もあたしたちに会いに来なくなって…。少しくらい、顔を見せてくれても良いじゃない…!」
エレナ「……」
涙を必死に堪えるリン。エレナにもっとも伝えたかった言葉をなんとか振り絞る。
リン「と……」
リン「友達でしょ…? あたしたち…?」
エレナ「……」
リンとモエは、固唾を呑んでエレナの返事を待った。
エレナ「…ごめん」
≪page11≫
エレナ「Sランクの特別任務で忙しいから」
リン「…!!」
モエ「エレナ先輩…!!」
リンの友達という言葉に同意することなく、モエの呼び止める声も無視し、エレナは宿舎へと立ち去った。リンの涙が、地面に染みを作っていく。
リン「くっ…! うぅ…っ!」
リン「あ、あたしが…エリートだったら…!! Sランクになれたら、エレナとまた話せるかもしれない…!!」
モエ「リン先輩…」
≪page12≫
リン「待っててね…。モエちゃん…。あたし、なんとしてでもSランクになってやる…! そして、エレナとまた、一緒にいられるように、してみせるから…!」
○回想終了
モエ「それからなんです…。リン先輩が、自分のことを“エリート”と呼ぶようになったのは…」
ユキ「……」
モエ「自分はエリートだから…。いつか必ずSランクになれるって…。そう自分に言い聞かせているんです…」
ユキ「リンちゃん…」
モエの話を聞き、胸を痛めるユキ。話を頭の中で整理しながら、ゆっくりと口を開く。
ユキ「…どうして、私にエレナの話をしてくれたの?」
≪page13≫
モエ「…リン先輩には、ユキさんの力が必要だと思ったんです」
ユキ「私の…?」
モエ「リン先輩は、いつも優しくて真面目で、だから、自分のことを追い詰めすぎてしまうんです…。私は、怖い…。リン先輩も、エレナ先輩みたいになってしまうんじゃないかって…!」
ユキ「モエちゃん…」
モエ「ユキさんに、こんなことお願いするのもおかしいんじゃないかと思ったんすけど…。お願いします…。リン先輩を、助けてあげてください…!」
ユキ「……」
≪page14≫
ユキ(リンちゃんとモエちゃんは、こんなにツラい思いをして…。それでも、私に優しくしてくれて…。私は、そんなことも知らずに、自分のことで頭がいっぱいになっていた…)
ユキ「もちろん…! 私が必ず、リンちゃんを助ける…!」
モエ「ユキさん…。ありがとうございます…!」
ユキ(私は、自分のことはよく分からないけど…。でも、友達のためなら、止まっていることなんて出来ない…。考えろ…。リンちゃんのために、私が出来ることを…!)
○場面は変わり、学校から少し離れた森の中で魔力を高めるリン。
リン(ヒエールのSランクの魔法…。あれは、普通の魔法とは違っていた…)
≪page15≫
リン(魔力の武器を持って、詠唱なしで魔法を放っていた…。あのローブの女も同じ…。魔力で作られた弓を持っていた…)
リン「トルネオンッ!!」
円柱状に森の一部が竜巻に包まれる。リンの周囲の木々が跡形もなく吹き飛ばされていた。
リン「違う…。こうじゃない…」
≪page16≫
リン「魔力の武器。そこにヒントがあるはずなのに…。分からない…。どうすれば、Sランクに到達出来るのか…!」
苛立ちながら歯を食い縛るリン。やりきれない気持ちのまま、学校へと引き返す。
○魔法学校、女子寮前。
リン「はぁ…」
溜め息をつきながら、寮へと戻ろうとするリン。その時、寮の近くを流れる小川から、妙な音が聞こえることに気が付いた。
SE『バシャッ。パチャッ』
リン「ん?」
≪page17≫
リン「 水の音…?」
リンは音を少し気にしつつも、寮のドアノブに手をかけていた。
リン「魚でも跳ねてんのかしら…」
SE『チャプ…バシャッ…ジャバ』
リン「んん…?」
SE『ゴポッ…ジャブジャブ…』
リン「な、何よこの音…!? 怖い…!!」
青ざめながら、リンは寮のドアを開けた。
≪page18≫
リン「ユキ! モエちゃん! なんか、川から変な音が…!!」
2人に助けを求めようとするリン。だが、2人は留守で、寮内はしんと静まり返っていた。
リン「い、いない…。ちょっと…。こんな状況であたし1人にしないでよ…!」
尚も聞こえる川の異音。部屋に留まることも出来ず、リンは落ち着かない様子で部屋をウロウロしていた。
リン「うぅ〜! 様子を見に行くしかないか…!」
≪page19≫
リン「あ…あたしはエリートなのよ…! ど、どんな奴が相手だって、風でぶっ飛ばしてやろうじゃないの…!」
そうは言いつつ、キッチンにあったフライパンを盾代わりに構えながら、恐る恐る川の様子を見に行くリン。
川に辿り着いたリンは、フライパンを構えながら大声で叫んだ。
リン「か、覚悟しなさい! このあたしが来たからには、あんたの好きに…」
≪page20≫
ユキ「え?」
リン「え?」
フライパンを構えるリンを見つめながら、呆然と立ち尽くす川の中のユキ。一方、リンの方も、小川の中で、シャツ1枚でずぶ濡れになっているユキを見てポカンと立ち尽くす。
≪page21≫
ユキ「リンちゃん、何やってるの…?」
リンは咄嗟にフライパンを後ろに隠しながら、ユキにツッコミを入れた。
リン「それはこっちの台詞だわ! あんた、そんなずぶ濡れになりながら何やってんのよ!?」
ユキ「さ、魚を捕まえようと…」
リン「はぁ!?」
予想外の答えにさらに呆気にとられるリン。
リン「魚なんて捕まえてどうすんのよ…? 食べるの?」
思わず隠したフライパンを取り出すリン。ユキも困惑しながら話を続ける。
ユキ「そうじゃなくて…。魔法で魚を捕まえる特訓をしてるんだ…」
≪page22≫
リン「魔法で魚を捕まえなくても…あの氷の力を使えば一発なんじゃないの…?」
ユキ「私、魔法のランクを上げたいんだ…! そして、Sランクになりたい…!」
リン「エ、Sランク〜!? あ、あんたが!?」
ユキ「うん…!」
リン「あっ…」
ユキの真剣な眼差しを見て、リンは咳払いをした。
リン(この子、本気でSランク目指してるの…!?)
≪page23≫
リン(Aランクのあたしでさえ、こんなに苦しんでるのに…!? 一番下のFランクから、最高のSランクを目指すなんて…どれだけ大変か分かってるでしょ…!?)
ユキは川の中を泳ぐ魚に、人差し指で狙いを付け続ける。
ユキ「うっ…! えいっ…! やっぱり上手く行かないな…!」
ユキは魔法を放とうと力むが、何も起こる気配はない。
リン「ほんと、馬鹿ユキなんだから…」
ユキには聞こえない声で、穏やかな表情で囁くリン。
≪page24≫
リンはそっとユキの元へ近付いた。
リン「ユキ、落ち着いて。闇雲に魔法を撃とうとしたって上手く行きっこないわ」
リン「魔法を撃つには、魔力を練る必要があるの。自分の身体の中に流れる魔力を感じ取って、それを1箇所に集中させる」
ユキ「魔力を感じ取る…。授業でも教わったけど、私にはよく分からなくて…」
リン「う〜ん…そうよね…。分かってたら苦労しないか…。えっと、どう言えば良いのかな…」
しばらく考えるリン。ユキの氷の力を思い出していた。
リン「そうだ…!」
≪page25≫
リン「あんた、氷の力使ってる時はどうやってるの…?」
ユキ「えっ…? えっと、特に考えたことなかったな…。強いて言うなら、なんとなく力を込めて…」
リン「それよ…! なんとなく力を込める…! それの魔法版よ! いつも使ってる力とは、別のところから力を引き出す感じでやってみて…!」
ユキ「別のところから…。う〜ん…!」
ユキは魔力を引き出そうと、人差し指を突き出して集中する。だが、ユキの指先には、冷気が漂い始めてしまった。
ユキ「駄目だ…! これはいつもの私の力…! 魔法じゃない…!」
≪page26≫
リン「諦めるな! そのまま続けて…! あんたなら絶対出来る…!」
ユキ「う、うん…!」
リンの声援を受け、ユキはさらに集中する。しかし、冷気はさらに強まり、川は次第に凍り始める。
リンは靴とソックスを脱ぐと、川の中へ足を踏み入れた。
リン「ひっ…! つめたっ…!」
凍り掛けた川の冷たさに怯みつつ、ユキの背後に回る。冷え切ったユキの手を優しく握ると、リンは自分の魔力をユキに流し始めた。
≪page27≫
リン「 あたしの魔力をあんたに流すから、その魔力を使いなさい…! きっと、自分の中に元々流れている力よりも分かりやすいはずよ…!」
ユキ「う、うん…!」
ユキの手の冷たさでリンの指がかじかんでいく。それでも、リンはユキの手を離さない。
リン「頑張れユキ…! 自分を信じて…!」
ユキ「自分を、信じる…!」
リンの言葉を受け、ユキはさらに集中する。その時、ユキはリンの魔力を捉えていた。
ユキ「…!!」
≪page28≫
ユキの指から小さな魔力が射出された。小川は小石を放ったかのように、微かな波紋を作り揺らめいていた。
リン「や…やった…」
ユキ「出来た…」
ユキ「やったぁ! 出来たよ! リンちゃん!」
リン「やったわね! 凄いわ! ユキ!」
≪page29≫
2人は満面の笑みで抱き締め合った。リンの表情は、先程よりも明るくなっていた。
リン(ユキがSランクを目指して頑張ってるのに、あたしが諦めるなんて、そんなのおかしいじゃないの…!)
リン「…ありがとう、ユキ」
ユキ「えっ…!? な、なんでリンちゃんがお礼を…? お礼を言うのは私の方なのに…」
リン「いーの! ありがたく受け取っておきなさい!」
ユキの頭を力強く撫でるリン。そんな2人の様子を、モエは木の陰から見守っていた。
≪page30≫
モエ(ユキさんなら…本当に…)
○場面は変わり、夜の街道。
巨大なサソリの魔物の前に立つエレナ。サソリは、毒針でエレナに攻撃を仕掛ける。
エレナ「…!」
エレナに毒針は直撃した。腹部を貫かれるエレナ。
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だが、それはエレナではなく、雷魔法で作られた分身だった。
エレナ「サンディラ」
別方向からサソリに雷魔法が炸裂。
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巨大サソリは黒焦げになり力無く倒れた。
エレナ「今の魔物、わざわざ出向いた割には、本気を出すまでもなかったわね…」
エレナ「……」
エレナはジッと、サソリを憐れむような視線を送り続けた。
エレナ「…可哀想に」
そう呟くと、エレナはその場から立ち去った。