第3話
≪page1≫
○魔法学校の職員室
ロークに呼ばれ、ユキ、リン、モエの3人は職員室へ足を運んだ。ロークの話を聞き、リンは大声を上げる。
リン「あ、あたしと同じ部屋ですか…!?」
キョトンとリンの方を見るローク。
ローク「えぇ。何か問題が…?」
リン「い、いえ…。別に…」
ローク「それなら良かった。見知った顔のフロウナさんと一緒の方が、ユキさんも安心だと思います」
≪page2≫
リン(あたし、この子のこと、ちょっと苦手なのよね…。視線が怖いし…)
ユキ(鈴子ちゃんと似てる女の子、同じ呼び方…。モヤモヤする…)
モエ(うぅ〜…。なんか空気が重いっす〜…)
爽やかな笑顔のロークを余所に、険悪なオーラを纏うユキとリン。そして、汗が噴き出すモエ。
○魔法学校の女子寮前
リン「ここがあたしたちとあなたの部屋よ。エリートな先輩の言うことをちゃんと守るように! 分かった? ユキ」
≪page3≫
ユキ「…ふんっ」
ユキと呼ばれるのが気に入らず、思わずプイッとそっぽを向くユキ。
リン「んなっ!? 何よその態度は!? 人がせっかく親切に気を遣ってあげてるというのに…!!」
モエ「ま、まぁまぁリン先輩…! ユキさんは記憶喪失で混乱していて、いろいろ疲れているんだと思います…」
モエはリンに耳打ちをした。
モエ「今はそっとしておいてあげましょう…!」
リン「モ…モエちゅわん…!」
モエ(なんて可愛くて良い子なの! どこかの誰かと違って…!)
○女子寮内、リンたちの4人部屋
≪page4≫
リン「ここは元々4人部屋だけど、今はあたしとモエちゃんの2人で使ってるの。ベッドもまだ余ってる。あんたは空いてるベッドの好きな方使って良いわよ」
モエ「家事は当番制なんすけど、ユキさん。今日はいろいろ疲れたと思うっすから、まずはゆっくり休んで欲しいっす…!」
ユキ「……あ」
優しく寮内の案内をするリンとモエに、ユキは申し訳なさそうにしながら少し頭を下げる。
ユキ「ありがとう…」
リンはやれやれと少し呆れながらも、安堵した視線をユキに送った。一方モエは、屈託のない満面の笑みでユキを見つめていた。
≪page5≫
そんな生活から数日が経過したある日。
○魔法学校の職員室
ローク「どうですか、フロウナさん? ユキさんとは上手くやっていますか?」
リン「え、えぇ…。まぁ、エリートですから…。それなりに」
リン(まだあんまり喋ってないけど…)
苦笑いしながらロークに報告するリン。ロークはそんなリンの様子に気付かず、一人で深々と頷いていた。
ローク「それは良かった。エレナさんがSランクに昇格してリンさんの班を抜けて以来、少し心配していましたから」
リン「……」
エレナという名前を聞き、黙って俯くリン。その表情は曇っていた。
≪page6≫
ローク「ユキさんが班に加われば、リン班にもまた活気が戻って来るでしょうね」
リン「えっ!? 加わるって…。 は、班もあの子と一緒なんですか!?」
ローク「え、えぇ。寮が同じなので、それならば班も同じなのが自然だと思うのですが…。何か問題でも…?」
リン「い、いえ別に…」
ローク「寮生活で親睦を深め、お互い分かり合えた今なら、きっと任務も上手く行くでしょう」
リン「え、えぇ…。そうですね…」
爽やかな笑みを浮かべるローク。対象的に、リンは気が重そうな作り笑いを浮かべていた。
≪page7≫
○職員室から出た廊下
リン「はぁ…」
リン(ローク先生は優秀で優しい先生なんだけど、ちょっと鈍いところがあるのよねぇ…)
ロークとの会話を終え、ぐったりとした様子のリンが廊下を歩いていると、女性教員のミスティがリンに近付いてくる。
ミスティ「おや、リン君。なんだかお疲れのようだねぇ」
片目を長い銀髪で隠した怪しげな風貌の女性が、ニヤニヤしながらリンに労いの言葉を掛ける。
リン「ミスティ先生…!」
ミスティ「ロークは鈍感だから、彼の言動に振り回されて疲れるんだよねぇ…。分かる、分かるよ…。私もそうだから…。ふふふ…」
リン「は、はぁ…」
≪page8≫
怪しげな雰囲気のミスティに、たじろぐリン。
ミスティ「これ君にあげるよ。上手く役立ててくれ。ふふふ…」
リン「あ、ありがとうございます…」
ミスティから渡された物は、紫の魔石であった。リンも使っていた魔物を呼び寄せる力のある石だ。
リン(これのせいでいろいろ大変だったから、あんまり良い思い出ないんだけど…。って、あれはあたしの使い方に問題があったか…)
リンは複雑な顔をしながら、それを懐に仕舞った。
≪page9≫
それから5日後。
○魔法学校の校庭
ユキはリンたちのクラスに混じり、魔法の授業を受けている。
実技担当教諭「今日は魔法で、魚を生きたまま捕まえてもらいます。各々、創意工夫して、魚を生け捕りにしてみてください」
大きな水槽に入った魚を捕まえようと、クラスメイトたちが悪戦苦闘しながら、魚を捕まえている。ユキも見よう見真似でやってみる。
≪page10≫
ユキ「んん…」
ユキ(授業で習ったように…。魔力を込めて…魚を生け捕りに…うぐぐ…)
ユキの前に置かれた水槽で大人しく泳ぐ魚。ユキが捕まえようと念じているが、魚は捕まる気配がない。
魔法が使えない新入生に、クラスメイトから憐れみの視線が向けられていた。
ユキ「……ふぅ」
ユキ(別に私は魔法使いになりたかった訳じゃないんだけど…。でもやっぱり、上手く出来ないと悔しいな…。鈴子ちゃんも、学校でこんな気持ちだったのかな…)
モエ「……」
心配そうにユキを見つめるモエ。
≪page11≫
モエ「ユキさん…!」
モエがユキの様子を気にして声を掛けた。
モエ「あんまり気にすることないっすよ…? まだユキさんが転入して5日しか経ってないんすから…!」
ユキ「ありがとう…。私は大丈夫だから…」
教室にはリンの姿もある。モエはリンには聞こえないように小声で話し始める。
モエ「私も最初はFランクだったんすよ…」
ユキ「え…?」
モエ「…って、まだひとつ上のEランク止まりなんすけど…。たははは…」
恥ずかしそうに笑うモエ。
≪page12≫
モエは落ち着いた表情に戻ると、ユキに優しく語り掛ける。
モエ「私も何も出来なくて、悲しくて惨めな気持ちになって、ユキさんと同じように一人で塞ぎ込んでいたんすが…」
モエ「リン先輩が声を掛けてアドバイスしてくれたっす…!」
モエ「その頃はまだ全然リン先輩と話したことなかったっすが、あの時は嬉しかったっす…」
ユキ「あの子が…?」
○モエの回想。モエに優しく教えるリン。
モエ「リン先輩はAランクにも関わらず、私のことを気にかけて、丁寧に教えてくれて…。リン先輩のアドバイスを実践したら、Eランクに上がれたんっす…!」
○回想終了
≪page13≫
モエ「たったひとつでも、自分はやれば出来るんだとそう思えて、それ以来前向きになれたんすよ…!」
モエ「だからきっと、ユキさんにも何かそう思えるきっかけがあるんじゃないかと思って…。えっと、その…」
言葉に詰まるモエ。そんなモエに笑顔を向けるユキ。
ユキ「ありがとうモエちゃん…。私も前向きに考えてみる…!」
モエ「ユキさん…!」
ユキ(私は、元の世界のことが忘れられなくて、ずっと自分の殻に閉じこもっていた)
ユキ(でも、ここにいるのは、前の私とは違う…。今の私は、人間なんだ…)
≪page14≫
○魔法学校の職員室
ローク「リン班に任務をお願いしたいのですが」
その翌日。ロークがユキ、リン、モエの班に魔物討伐の任務を持ち掛けてきた。
ユキ「任務…?」
リン「ここは魔物を討伐する学生を育成するための機関。当然、魔物を討伐する任務があるのよ」
リン「もう知っているとは思うけど、魔法学生はS〜Fまでのランクに分けられているの。そのランクに合わせて、学生が対処出来る魔物の任務をこなすってわけ」
≪page15≫
ローク「リン班のランクはリンさんがA、モエさんがE、ユキさんがFなので、リンさんの負担が大きいのですが…」
ローク「モエさんは魔法の応用力に優れ、ランク以上の実力を期待出来ますし、ユキさんには実戦で魔法の使い方を学んでいただければと思いまして。どうでしょう?」
リン「そうですね…。どんな魔物なんですか?」
ローク「イムテ村で作物の被害が出ているようでして、目撃情報によると犯人は、Cランクの魔物のようですね」
リン(Cランクの魔物相手なら、あたし一人で余裕で対処出来る。ユキは魔法が使えないから不安だけど、モエちゃんはサポート力に長けてるし。十分なんとかなるか)
≪page16≫
リン「分かりました。その任務、あたしたちが引き受けましょう…!」
○魔法学校の廊下
リン「良い? ユキにとって、これが初任務よ! エリートのあたしの迷惑にならないよう気を付けてよね!」
エリートを鼻にかけるリン。魔法が使えないユキは、カチンと少し機嫌を損ねる。
ユキ「…何その言い方」
リン「…何その態度!?」
モエ「あわわ…。2人とも、落ち着いてくださいっす〜!」
ユキ(あっ…。またついカッとなって…。なんであの子と話すと、私はいつもこうなっちゃうんだろう…)
まだ距離感が掴めていないユキとリン。モエは心配そうに2人を見つめていた。
○夕方のイムテ村
平原を超え、彼女たちはイムテ村に辿り着いた。辺りは夕日に染まっていた。日が暮れる前に、リンは依頼主の村長の話を聞きに行くことにした。
≪page17≫
○村長の家の前
村長「夜中のうちにデカい影が作物を荒らしているようでのう…。動物ならわしらがなんとかするんじゃが、魔物となるとどうにもならんでな…」
リン「あたしたちに任せてください! スパッと解決して見せますから!」
手刀を使い、独特のジェスチャーでスパッとを表現するリン。
村長「おぉっ! スパッとよろしく頼みますぞ!」
リンのジェスチャーを真似する村長。
○夕暮れの畑
魔物が現れる前に作戦を立て、夜まで待ち伏せる3人。
リン「モエちゃんは、植物の魔法で作った野菜のトラップを、指定したポイントに設置してもらえる? 自分で引っ掛からないように気を付けてね」
モエ「了解っす…!」
リン「よし。…んで、ユキにはこれを」
≪page18≫
リンはゴソゴソと懐から紫の魔石を取り出した。
リン「これは魔物を誘き寄せる効果のある魔石よ。あなたはこれに魔力を込めて、魔物をトラップのポイントまで誘導してもらいたいの。当然、危険はあるけど…お願い出来る?」
ユキ「うん、分かった…」
リン「不安かもしれないけど、あたしが必ず仕留めてみせる。大丈夫、きっと上手く行く」
ユキ(今の私は雪女じゃない…。そして、この子は鈴子ちゃんじゃない…。新しい一歩を踏み出さないと、駄目なんだ…!)
決意に満ちた瞳で、ユキは頷いた。
モエは魔法で植物の種を生み出した。畑に落ちたその種は、野菜に似た植物へと成長を遂げた。モエは続けて、いくつか畑に同じトラップを設置していく。これに近付いた魔物は、ツルで足を拘束される仕掛けになっている。
リンは魔物との対峙に備え、軽くストレッチしている。
ユキは受け取った魔石に微量の魔力を流し、上手く効果を発揮出来るか練習していた。魔石は微かに光るのを確認し、ユキは気持ちを落ち着けるため深呼吸をした。
≪page19≫
3人の準備が整い夜の畑を見張りながら、家の陰に隠れそっと息を潜めた。
○日が沈んだ夜の畑
しばらくは何事もなく静かに時が流れた。途中、モエがあくびをしてしまい、慌てて口を手で隠すなんて場面があり、ユキとリンはその姿に和んでいたりもした。
村の近くの林から、巨大なシルエットが姿を現す。
≪page20≫
魔物『くんくん…くんくん…』
熊のような魔物が畑に現れた。
匂いを嗅ぎながら辺りを警戒している。
リン「来た…!」
ユキ(熊に似てる…。でも、私が知ってる熊はあんな見た目じゃない…。あれが魔物…)
魔物の体のサイズ自体は、現世の熊とほぼ変わらない。両腕のサイズが異常だった。足の2倍はある腕を、ドスドスと地面にめり込ませながら歩いている。
緊張の面持ちで、魔物の様子を窺う3人。
魔物『グウゥ……』
いつもの畑と様子が違うことに気が付き、魔物の動きが止まる。そして、踵を返して引き返そうとしていた。
≪page21≫
リン「ユキ、お願い…!」
ユキ「うん…!」
リンの声に頷くユキ。ユキは魔石を抱え、家の陰から慎重に畑の方へ歩いていく。
魔物と畑とユキが一直線上に並んだところで、ユキは魔石に魔力を込める。
ユキ「うぐぐぐぐ…!」
微かな魔力を絞り出すように、ユキは力を込めた。魔石が淡い紫色の光を放つ。すると、すぐに魔物が魔石に反応した。
魔物『グアアアアアッ!!』
魔物が吼えた。そのまま真っすぐユキの元へと突っ込んでいく。
≪page22≫
リン「よし…! 魔石に引き寄せられたわね…。このままモエちゃんのトラップの近くを通れば…」
風の魔力を両手に込めるリン。魔物がトラップにかかるのを待ち構えている。
その時、魔物は巨大な両腕を地面に激しく叩きつけた。
リンとモエ「…えっ!?」
驚愕する3人。魔物はその反動で畑を大きく飛び越えてユキの前に着地していた。
≪page23≫
ユキ「……あっ」
想定外の魔物の動きに固まるユキ。
リン「あいつ…! トラップを飛び越えるなんて…! ユキを助けないと…!!」
魔物に狙いを定めるリン。だが、魔物のすぐそばにユキがいる。魔物は不規則に身体を左右に揺らしていた。
リン「狙いが定まらない…! あれじゃ後ろのユキに当たっちゃう…!」
魔物にいつ襲われてもおかしくないユキ。それなのに攻撃が出来ずリンは焦る。
≪page24≫
徐々に迫る魔物。後退りするユキ。
モエ「ユ、ユキさん…! 逃げて…!」
ユキに向かって逃げるようにジェスチャーを送るモエ。だが、ユキは、首を振って拒否していた。
モエ「な、なんで…!?」
ユキ(ここで私が逃げたら、畑はめちゃくちゃにされる…。それに、あの子たちの任務も失敗しちゃう…!)
魔物『グアアアアアッ!!』
雄叫びを上げる魔物。巨大な右腕を振り上げた。
≪page25≫
SE『ドガアッ!!』
ユキ「うっ…!」
ユキに向かって振り下ろされる右腕。ユキはかろうじて攻撃を避けた。魔物はすぐにユキへ追撃しようと狙いを定める。
リン「くっ…! まだ距離が近い…! なんなのあの魔物…! まるでユキを盾にしてるような動きを…!」
リンは魔物を狙おうとするが、魔物はユキが巻き添えになるような位置をキープし続ける。
≪page26≫
ユキ「私は諦めない…! ここで生きるって、決めたから…!!」
リン「ユキ…」
ユキの決意に満ちた声を聞き、心打たれるリン。しかし、魔物はユキを押し潰すため、右腕を振り上げている。
その時、ユキは思い出していた。以前、平原で目撃した光景、リンが魔石を遠くに投げ、魔物を誘導していた時のことを。
ユキ(そうだ…! あれなら…!)
ユキ「……んんんんんっ!」
ユキはありったけの魔力を魔石に込める。
≪page27≫
ユキ「それ…!」
ユキは、魔力を込めた魔石を、トラップのある畑へ全力で放り投げた。
魔石は上手く畑へ落下した。固唾を呑んで魔物の動きを伺うユキ。
魔物『グアッ…!?』
魔物が攻撃を止め、魔石に引き寄せられ畑の中へと向かって走り出した。
≪page28≫
魔物が野菜に近付いた瞬間、キャベツの中に紛れた植物のトラップが作動する。キャベツの中から蔓が勢いよく伸び始めた。
SE『シュルシュルシュルッ!』
魔物『グアアアアアアッ!?』
リン「今だ…!!」
魔物は足を絡め取られ身動き出来ない。そのチャンスをリンは逃さなかった。風の魔力を両手に込めるリン。
≪page29≫
リン「ウィード!!」
無数の風の刃が魔物に襲い掛かる。
魔物『グアウウウウウッ!!』
全身を斬り刻まれた魔物はドスゥン!という音を立てながらその場に倒れた。
≪page30≫
ユキ「…や、やった…」
呆然と倒れている魔物を見つめるユキ。すると、リンが勢いよくユキに駆け寄ってきた。突然のことに驚くユキ。
ユキ「……え?」
リンはユキを力強く抱き締めていた。
≪page31≫
リンに抱き締められるまま、目を丸くして固まるユキ。モエは赤面しながら両手で顔を覆い、指の隙間から2人の様子を見守っている。リンはしばらく抱き締めた後、ようやく口を開いた。
リン「馬鹿っ!心配したじゃないっ! …よく思い付いたわね。魔石を投げるだなんて…!」
リンは涙目になっていた。心の底からユキのことを心配している様子だった。
ユキ「見てたから…。平原で同じやり方を…」
リン「それって…あたしの…?」
≪page32≫
ユキ「…それにしても、馬鹿なんて言い方は無いんじゃないの…? …リンちゃん?」
リン「…!!」
穏やかな笑みを見せるユキ。リンちゃんと初めて呼ばれ、リンは顔を赤くした。
ユキ「リンちゃんのおかげだよ…。ありがとう…」
リン「あ、あうぅ…!」
≪page33≫
リンの背中を優しく撫でるユキ。ますます赤くなるリン。
リン「まったく! こっちの気も知らないでっ! 馬鹿ユキ!」
涙目になりながら、必死で意地を張ろうとするリン。
モエ「ふふふ…!」
モエはそんな2人を微笑ましく思いながら、優しく見つめている。
林の中から、そんな3人の様子を窺う、フード付きのローブを纏った少女のシルエットがあった。
≪page1≫
○魔法学校の職員室
ロークに呼ばれ、ユキ、リン、モエの3人は職員室へ足を運んだ。ロークの話を聞き、リンは大声を上げる。
リン「あ、あたしと同じ部屋ですか…!?」
キョトンとリンの方を見るローク。
ローク「えぇ。何か問題が…?」
リン「い、いえ…。別に…」
ローク「それなら良かった。見知った顔のフロウナさんと一緒の方が、ユキさんも安心だと思います」
≪page2≫
リン(あたし、この子のこと、ちょっと苦手なのよね…。視線が怖いし…)
ユキ(鈴子ちゃんと似てる女の子、同じ呼び方…。モヤモヤする…)
モエ(うぅ〜…。なんか空気が重いっす〜…)
爽やかな笑顔のロークを余所に、険悪なオーラを纏うユキとリン。そして、汗が噴き出すモエ。
○魔法学校の女子寮前
リン「ここがあたしたちとあなたの部屋よ。エリートな先輩の言うことをちゃんと守るように! 分かった? ユキ」
≪page3≫
ユキ「…ふんっ」
ユキと呼ばれるのが気に入らず、思わずプイッとそっぽを向くユキ。
リン「んなっ!? 何よその態度は!? 人がせっかく親切に気を遣ってあげてるというのに…!!」
モエ「ま、まぁまぁリン先輩…! ユキさんは記憶喪失で混乱していて、いろいろ疲れているんだと思います…」
モエはリンに耳打ちをした。
モエ「今はそっとしておいてあげましょう…!」
リン「モ…モエちゅわん…!」
モエ(なんて可愛くて良い子なの! どこかの誰かと違って…!)
○女子寮内、リンたちの4人部屋
≪page4≫
リン「ここは元々4人部屋だけど、今はあたしとモエちゃんの2人で使ってるの。ベッドもまだ余ってる。あんたは空いてるベッドの好きな方使って良いわよ」
モエ「家事は当番制なんすけど、ユキさん。今日はいろいろ疲れたと思うっすから、まずはゆっくり休んで欲しいっす…!」
ユキ「……あ」
優しく寮内の案内をするリンとモエに、ユキは申し訳なさそうにしながら少し頭を下げる。
ユキ「ありがとう…」
リンはやれやれと少し呆れながらも、安堵した視線をユキに送った。一方モエは、屈託のない満面の笑みでユキを見つめていた。
≪page5≫
そんな生活から数日が経過したある日。
○魔法学校の職員室
ローク「どうですか、フロウナさん? ユキさんとは上手くやっていますか?」
リン「え、えぇ…。まぁ、エリートですから…。それなりに」
リン(まだあんまり喋ってないけど…)
苦笑いしながらロークに報告するリン。ロークはそんなリンの様子に気付かず、一人で深々と頷いていた。
ローク「それは良かった。エレナさんがSランクに昇格してリンさんの班を抜けて以来、少し心配していましたから」
リン「……」
エレナという名前を聞き、黙って俯くリン。その表情は曇っていた。
≪page6≫
ローク「ユキさんが班に加われば、リン班にもまた活気が戻って来るでしょうね」
リン「えっ!? 加わるって…。 は、班もあの子と一緒なんですか!?」
ローク「え、えぇ。寮が同じなので、それならば班も同じなのが自然だと思うのですが…。何か問題でも…?」
リン「い、いえ別に…」
ローク「寮生活で親睦を深め、お互い分かり合えた今なら、きっと任務も上手く行くでしょう」
リン「え、えぇ…。そうですね…」
爽やかな笑みを浮かべるローク。対象的に、リンは気が重そうな作り笑いを浮かべていた。
≪page7≫
○職員室から出た廊下
リン「はぁ…」
リン(ローク先生は優秀で優しい先生なんだけど、ちょっと鈍いところがあるのよねぇ…)
ロークとの会話を終え、ぐったりとした様子のリンが廊下を歩いていると、女性教員のミスティがリンに近付いてくる。
ミスティ「おや、リン君。なんだかお疲れのようだねぇ」
片目を長い銀髪で隠した怪しげな風貌の女性が、ニヤニヤしながらリンに労いの言葉を掛ける。
リン「ミスティ先生…!」
ミスティ「ロークは鈍感だから、彼の言動に振り回されて疲れるんだよねぇ…。分かる、分かるよ…。私もそうだから…。ふふふ…」
リン「は、はぁ…」
≪page8≫
怪しげな雰囲気のミスティに、たじろぐリン。
ミスティ「これ君にあげるよ。上手く役立ててくれ。ふふふ…」
リン「あ、ありがとうございます…」
ミスティから渡された物は、紫の魔石であった。リンも使っていた魔物を呼び寄せる力のある石だ。
リン(これのせいでいろいろ大変だったから、あんまり良い思い出ないんだけど…。って、あれはあたしの使い方に問題があったか…)
リンは複雑な顔をしながら、それを懐に仕舞った。
≪page9≫
それから5日後。
○魔法学校の校庭
ユキはリンたちのクラスに混じり、魔法の授業を受けている。
実技担当教諭「今日は魔法で、魚を生きたまま捕まえてもらいます。各々、創意工夫して、魚を生け捕りにしてみてください」
大きな水槽に入った魚を捕まえようと、クラスメイトたちが悪戦苦闘しながら、魚を捕まえている。ユキも見よう見真似でやってみる。
≪page10≫
ユキ「んん…」
ユキ(授業で習ったように…。魔力を込めて…魚を生け捕りに…うぐぐ…)
ユキの前に置かれた水槽で大人しく泳ぐ魚。ユキが捕まえようと念じているが、魚は捕まる気配がない。
魔法が使えない新入生に、クラスメイトから憐れみの視線が向けられていた。
ユキ「……ふぅ」
ユキ(別に私は魔法使いになりたかった訳じゃないんだけど…。でもやっぱり、上手く出来ないと悔しいな…。鈴子ちゃんも、学校でこんな気持ちだったのかな…)
モエ「……」
心配そうにユキを見つめるモエ。
≪page11≫
モエ「ユキさん…!」
モエがユキの様子を気にして声を掛けた。
モエ「あんまり気にすることないっすよ…? まだユキさんが転入して5日しか経ってないんすから…!」
ユキ「ありがとう…。私は大丈夫だから…」
教室にはリンの姿もある。モエはリンには聞こえないように小声で話し始める。
モエ「私も最初はFランクだったんすよ…」
ユキ「え…?」
モエ「…って、まだひとつ上のEランク止まりなんすけど…。たははは…」
恥ずかしそうに笑うモエ。
≪page12≫
モエは落ち着いた表情に戻ると、ユキに優しく語り掛ける。
モエ「私も何も出来なくて、悲しくて惨めな気持ちになって、ユキさんと同じように一人で塞ぎ込んでいたんすが…」
モエ「リン先輩が声を掛けてアドバイスしてくれたっす…!」
モエ「その頃はまだ全然リン先輩と話したことなかったっすが、あの時は嬉しかったっす…」
ユキ「あの子が…?」
○モエの回想。モエに優しく教えるリン。
モエ「リン先輩はAランクにも関わらず、私のことを気にかけて、丁寧に教えてくれて…。リン先輩のアドバイスを実践したら、Eランクに上がれたんっす…!」
○回想終了
≪page13≫
モエ「たったひとつでも、自分はやれば出来るんだとそう思えて、それ以来前向きになれたんすよ…!」
モエ「だからきっと、ユキさんにも何かそう思えるきっかけがあるんじゃないかと思って…。えっと、その…」
言葉に詰まるモエ。そんなモエに笑顔を向けるユキ。
ユキ「ありがとうモエちゃん…。私も前向きに考えてみる…!」
モエ「ユキさん…!」
ユキ(私は、元の世界のことが忘れられなくて、ずっと自分の殻に閉じこもっていた)
ユキ(でも、ここにいるのは、前の私とは違う…。今の私は、人間なんだ…)
≪page14≫
○魔法学校の職員室
ローク「リン班に任務をお願いしたいのですが」
その翌日。ロークがユキ、リン、モエの班に魔物討伐の任務を持ち掛けてきた。
ユキ「任務…?」
リン「ここは魔物を討伐する学生を育成するための機関。当然、魔物を討伐する任務があるのよ」
リン「もう知っているとは思うけど、魔法学生はS〜Fまでのランクに分けられているの。そのランクに合わせて、学生が対処出来る魔物の任務をこなすってわけ」
≪page15≫
ローク「リン班のランクはリンさんがA、モエさんがE、ユキさんがFなので、リンさんの負担が大きいのですが…」
ローク「モエさんは魔法の応用力に優れ、ランク以上の実力を期待出来ますし、ユキさんには実戦で魔法の使い方を学んでいただければと思いまして。どうでしょう?」
リン「そうですね…。どんな魔物なんですか?」
ローク「イムテ村で作物の被害が出ているようでして、目撃情報によると犯人は、Cランクの魔物のようですね」
リン(Cランクの魔物相手なら、あたし一人で余裕で対処出来る。ユキは魔法が使えないから不安だけど、モエちゃんはサポート力に長けてるし。十分なんとかなるか)
≪page16≫
リン「分かりました。その任務、あたしたちが引き受けましょう…!」
○魔法学校の廊下
リン「良い? ユキにとって、これが初任務よ! エリートのあたしの迷惑にならないよう気を付けてよね!」
エリートを鼻にかけるリン。魔法が使えないユキは、カチンと少し機嫌を損ねる。
ユキ「…何その言い方」
リン「…何その態度!?」
モエ「あわわ…。2人とも、落ち着いてくださいっす〜!」
ユキ(あっ…。またついカッとなって…。なんであの子と話すと、私はいつもこうなっちゃうんだろう…)
まだ距離感が掴めていないユキとリン。モエは心配そうに2人を見つめていた。
○夕方のイムテ村
平原を超え、彼女たちはイムテ村に辿り着いた。辺りは夕日に染まっていた。日が暮れる前に、リンは依頼主の村長の話を聞きに行くことにした。
≪page17≫
○村長の家の前
村長「夜中のうちにデカい影が作物を荒らしているようでのう…。動物ならわしらがなんとかするんじゃが、魔物となるとどうにもならんでな…」
リン「あたしたちに任せてください! スパッと解決して見せますから!」
手刀を使い、独特のジェスチャーでスパッとを表現するリン。
村長「おぉっ! スパッとよろしく頼みますぞ!」
リンのジェスチャーを真似する村長。
○夕暮れの畑
魔物が現れる前に作戦を立て、夜まで待ち伏せる3人。
リン「モエちゃんは、植物の魔法で作った野菜のトラップを、指定したポイントに設置してもらえる? 自分で引っ掛からないように気を付けてね」
モエ「了解っす…!」
リン「よし。…んで、ユキにはこれを」
≪page18≫
リンはゴソゴソと懐から紫の魔石を取り出した。
リン「これは魔物を誘き寄せる効果のある魔石よ。あなたはこれに魔力を込めて、魔物をトラップのポイントまで誘導してもらいたいの。当然、危険はあるけど…お願い出来る?」
ユキ「うん、分かった…」
リン「不安かもしれないけど、あたしが必ず仕留めてみせる。大丈夫、きっと上手く行く」
ユキ(今の私は雪女じゃない…。そして、この子は鈴子ちゃんじゃない…。新しい一歩を踏み出さないと、駄目なんだ…!)
決意に満ちた瞳で、ユキは頷いた。
モエは魔法で植物の種を生み出した。畑に落ちたその種は、野菜に似た植物へと成長を遂げた。モエは続けて、いくつか畑に同じトラップを設置していく。これに近付いた魔物は、ツルで足を拘束される仕掛けになっている。
リンは魔物との対峙に備え、軽くストレッチしている。
ユキは受け取った魔石に微量の魔力を流し、上手く効果を発揮出来るか練習していた。魔石は微かに光るのを確認し、ユキは気持ちを落ち着けるため深呼吸をした。
≪page19≫
3人の準備が整い夜の畑を見張りながら、家の陰に隠れそっと息を潜めた。
○日が沈んだ夜の畑
しばらくは何事もなく静かに時が流れた。途中、モエがあくびをしてしまい、慌てて口を手で隠すなんて場面があり、ユキとリンはその姿に和んでいたりもした。
村の近くの林から、巨大なシルエットが姿を現す。
≪page20≫
魔物『くんくん…くんくん…』
熊のような魔物が畑に現れた。
匂いを嗅ぎながら辺りを警戒している。
リン「来た…!」
ユキ(熊に似てる…。でも、私が知ってる熊はあんな見た目じゃない…。あれが魔物…)
魔物の体のサイズ自体は、現世の熊とほぼ変わらない。両腕のサイズが異常だった。足の2倍はある腕を、ドスドスと地面にめり込ませながら歩いている。
緊張の面持ちで、魔物の様子を窺う3人。
魔物『グウゥ……』
いつもの畑と様子が違うことに気が付き、魔物の動きが止まる。そして、踵を返して引き返そうとしていた。
≪page21≫
リン「ユキ、お願い…!」
ユキ「うん…!」
リンの声に頷くユキ。ユキは魔石を抱え、家の陰から慎重に畑の方へ歩いていく。
魔物と畑とユキが一直線上に並んだところで、ユキは魔石に魔力を込める。
ユキ「うぐぐぐぐ…!」
微かな魔力を絞り出すように、ユキは力を込めた。魔石が淡い紫色の光を放つ。すると、すぐに魔物が魔石に反応した。
魔物『グアアアアアッ!!』
魔物が吼えた。そのまま真っすぐユキの元へと突っ込んでいく。
≪page22≫
リン「よし…! 魔石に引き寄せられたわね…。このままモエちゃんのトラップの近くを通れば…」
風の魔力を両手に込めるリン。魔物がトラップにかかるのを待ち構えている。
その時、魔物は巨大な両腕を地面に激しく叩きつけた。
リンとモエ「…えっ!?」
驚愕する3人。魔物はその反動で畑を大きく飛び越えてユキの前に着地していた。
≪page23≫
ユキ「……あっ」
想定外の魔物の動きに固まるユキ。
リン「あいつ…! トラップを飛び越えるなんて…! ユキを助けないと…!!」
魔物に狙いを定めるリン。だが、魔物のすぐそばにユキがいる。魔物は不規則に身体を左右に揺らしていた。
リン「狙いが定まらない…! あれじゃ後ろのユキに当たっちゃう…!」
魔物にいつ襲われてもおかしくないユキ。それなのに攻撃が出来ずリンは焦る。
≪page24≫
徐々に迫る魔物。後退りするユキ。
モエ「ユ、ユキさん…! 逃げて…!」
ユキに向かって逃げるようにジェスチャーを送るモエ。だが、ユキは、首を振って拒否していた。
モエ「な、なんで…!?」
ユキ(ここで私が逃げたら、畑はめちゃくちゃにされる…。それに、あの子たちの任務も失敗しちゃう…!)
魔物『グアアアアアッ!!』
雄叫びを上げる魔物。巨大な右腕を振り上げた。
≪page25≫
SE『ドガアッ!!』
ユキ「うっ…!」
ユキに向かって振り下ろされる右腕。ユキはかろうじて攻撃を避けた。魔物はすぐにユキへ追撃しようと狙いを定める。
リン「くっ…! まだ距離が近い…! なんなのあの魔物…! まるでユキを盾にしてるような動きを…!」
リンは魔物を狙おうとするが、魔物はユキが巻き添えになるような位置をキープし続ける。
≪page26≫
ユキ「私は諦めない…! ここで生きるって、決めたから…!!」
リン「ユキ…」
ユキの決意に満ちた声を聞き、心打たれるリン。しかし、魔物はユキを押し潰すため、右腕を振り上げている。
その時、ユキは思い出していた。以前、平原で目撃した光景、リンが魔石を遠くに投げ、魔物を誘導していた時のことを。
ユキ(そうだ…! あれなら…!)
ユキ「……んんんんんっ!」
ユキはありったけの魔力を魔石に込める。
≪page27≫
ユキ「それ…!」
ユキは、魔力を込めた魔石を、トラップのある畑へ全力で放り投げた。
魔石は上手く畑へ落下した。固唾を呑んで魔物の動きを伺うユキ。
魔物『グアッ…!?』
魔物が攻撃を止め、魔石に引き寄せられ畑の中へと向かって走り出した。
≪page28≫
魔物が野菜に近付いた瞬間、キャベツの中に紛れた植物のトラップが作動する。キャベツの中から蔓が勢いよく伸び始めた。
SE『シュルシュルシュルッ!』
魔物『グアアアアアアッ!?』
リン「今だ…!!」
魔物は足を絡め取られ身動き出来ない。そのチャンスをリンは逃さなかった。風の魔力を両手に込めるリン。
≪page29≫
リン「ウィード!!」
無数の風の刃が魔物に襲い掛かる。
魔物『グアウウウウウッ!!』
全身を斬り刻まれた魔物はドスゥン!という音を立てながらその場に倒れた。
≪page30≫
ユキ「…や、やった…」
呆然と倒れている魔物を見つめるユキ。すると、リンが勢いよくユキに駆け寄ってきた。突然のことに驚くユキ。
ユキ「……え?」
リンはユキを力強く抱き締めていた。
≪page31≫
リンに抱き締められるまま、目を丸くして固まるユキ。モエは赤面しながら両手で顔を覆い、指の隙間から2人の様子を見守っている。リンはしばらく抱き締めた後、ようやく口を開いた。
リン「馬鹿っ!心配したじゃないっ! …よく思い付いたわね。魔石を投げるだなんて…!」
リンは涙目になっていた。心の底からユキのことを心配している様子だった。
ユキ「見てたから…。平原で同じやり方を…」
リン「それって…あたしの…?」
≪page32≫
ユキ「…それにしても、馬鹿なんて言い方は無いんじゃないの…? …リンちゃん?」
リン「…!!」
穏やかな笑みを見せるユキ。リンちゃんと初めて呼ばれ、リンは顔を赤くした。
ユキ「リンちゃんのおかげだよ…。ありがとう…」
リン「あ、あうぅ…!」
≪page33≫
リンの背中を優しく撫でるユキ。ますます赤くなるリン。
リン「まったく! こっちの気も知らないでっ! 馬鹿ユキ!」
涙目になりながら、必死で意地を張ろうとするリン。
モエ「ふふふ…!」
モエはそんな2人を微笑ましく思いながら、優しく見つめている。
林の中から、そんな3人の様子を窺う、フード付きのローブを纏った少女のシルエットがあった。