第1話
≪page1≫
〇吹雪が吹き荒ぶ現世の雪山。その森の中を徘徊している主人公の雪女。
白装束に身を包んだ黒髪ショートの雪女。雪女は無表情のまま、アテもなく雪山を歩き回る。そんな彼女の前に大型の熊が立ちはだかった。冬眠から目が覚め、気が立っている熊は、雪女を見つけると攻撃対象として睨み付けた。雪女はやれやれと思いながら熊を見る。
熊「グアウウウウウウッ!!」
唸り声を上げながら熊は突進してきた。
≪page2≫
雪女は冷たい視線を向けながら、熊に向かって右手をかざす。
SE『パキンッ 』
雪女の冷気で熊は全身が凍り付いていた。そんな熊の横を、雪女は何事もなかったかのように通り過ぎる。
≪page3≫
○猛吹雪の雪山
雪女は一人、吹雪の中を歩き続ける。
雪女(私は、物心ついた時から雪山の中で暮らしていた。寒さは全く感じない。そして、冷気を操る能力を持っていた。それが私には普通だった)
○雪山にある洞窟。雪女の住処。
雪女は、虚無感に押し潰されるような表情で、膝を抱えて座り込んでいる。
雪女(私の周りには仲間や家族なんて者はなく、何もない雪山の中、ずっと一人で過ごしていた。それはもう寂しくて寂しくて気が狂いそうだった)
雪女が雪山を降り始める。
○雪山の麓にある街
林の中から街の様子を窺う雪女。恐る恐る街中へと一歩を踏み出す。
≪page4≫
雪女(そんな生活に耐えられなくなった私は雪山を降り、人間という存在を知る。自分と姿形は似ている。仲良く出来るのではないかと思った)
雪女(しかし、現実は非情だった)
雪女から逃げ惑う人々。悲しげな表情の雪女。
雪女(話し掛けようとするとみんな悲鳴を上げて逃げてしまう。私の白装束がどうやら恐怖心を煽るようだった…)
○夕暮れの街中
フラフラとひと気のない路地を歩く雪女。
雪女(私は…どうすればいいんだろう…)
○路地にある自動販売機、その隣には、段差に座りスマホをいじる白い肌のギャル。
≪page5≫
ギャルに気が付く雪女。ギャルに怖がられるのを恐れ、雪女は今来た道を引き返そうとする。
ギャル「もしかしてあんた雪女?」
あっさりと声を掛けてきたギャルに、目を丸くしてビクッと猫のように飛び上がる雪女。その反応を見てギャルは明るく笑う。
ギャル「ぶっ、何そのリアクション! マジウケるんだけど!」
ギャルのテンションの高さに、どう接したら良いのか分からない雪女。どんどんギャルと距離を取り、電柱に隠れて様子を窺う。
ギャル「ちょ…ちょっとちょっと! 隠れなくてもいーじゃん!」
≪page6≫
ギャル「あたし、怖くないよ? ほれ!」
ギャルは両手を広げて、自分は武器など何も持ってないとアピールした。それを見て雪女は笑った。
雪女「ふふふっ…!」
笑った自分に気が付き、ハッと我に返る雪女。
雪女(怖くないよなんて初めて言われて、つい、おかしくて笑ってしまった…)
ギャル「笑ってくれた!よっしゃ! ほれほれ、こっち来て座りなよ!」
≪page7≫
ギャルは馴れ馴れしく、雪女を隣の段差に座らせた。雪女から発せられる冷気に、ギャルは飛び上がって驚いた。
ギャル「うわっ! 冷たっ! マジもんの雪女じゃん! すごーっ! 自撮りしても良い? ミンスタに上げる…のは駄目か!」
雪女の返事を聞く前に、ギャルはスマホで自分と雪女のツーショットを撮影した。スマホが気になる雪女はギャルに尋ねる。
雪女「あ…あの…。なんですかそれは…?」
ギャル「え? …これのこと? これはスマホ! なんかいろいろ出来んの!」
説明になっていない説明を聞きながら、とりあえず納得したフリをする雪女。
雪女「はぁ…。スマホ…」
ギャル「スマホ知らないってマジヤバイね! 人間のことあんま知らない系な感じ?」
雪女「は、はい…。知らない系な感じです…」
ギャル「マジかー…。じゃ、あたしが教えてあげるよ! WINEやってる?」
雪女「わ…わいん…?」
≪page8≫
ギャル「あー!ごめんごめん! やってる訳ないっつーの! スマホ知らないんだから! 馬鹿だね! あたし! あはははっ!」
顎に指を当て、考えるギャル。
ギャル「んじゃそうだな~…。ここで待ち合わせでいっか? このくらいの時間に気が向いた時にここに来てよ!」
ギャル「あたしも気が向いたら来るから! 来ない時もあるかもしんないけど、そん時はごめんね!あははっ!」
雪女「は、はい…。分かりました…」
満面の笑みで手を振り、その場から立ち去ろうとするギャル。
ギャル「んじゃまたねー!」
立ち去ろうとするギャルを呼び止めようと、雪女は慌てて立ち上がる。
雪女「あ、あの…! お名前は…!?」
≪page9≫
雪女の問いに、ギャルは足を止め後ろを振り返る。
ギャル「あー! だよねー! 名前言ってないつーの! あたしは朝風 鈴子! じゃあねー! バイバーイ!」
明るく颯爽と立ち去る鈴子。雪女はギャルを静かに見送る。その表情は嬉しさを押され切れず、自然と笑みが溢れ、頬はほのかに赤く染まっている。
○雪山の洞窟
鈴子のことを思い出しながらソワソワする雪女。
雪女「鈴子ちゃん…。明日も会えるかな…」
≪page10≫
○一夜明け、夕方の路地裏
翌日、鈴子が指定した時間に、彼女と出会った路地へ雪女は緊張しながら向かう。
雪女が待ち合わせ場所に到着すると、鈴子が段差に座りながら笑顔で手を振っていた。
鈴子「おっ! 来た来た! 雪ちゃん元気ー?」
雪女「は、はい…。元気です…」
鈴子「なんかテンション低くない!? もっとアゲて行こうよー! ほら! あたしからプレゼントあげるから!」
鈴子は大きな袋からガサゴソとワンピースを取り出した。
≪page11≫
鈴子「じゃーん!どうこれ!? 可愛くね!?」
鈴子はワンピースを広げ、雪女に見せていた。
鈴子「これノリで買ったは良いけど、似合わなくてどうしようかと思ってたんだよねー! 売るのもめんどくさいし! 捨てるのもあれだから雪ちゃんにあげるよ!」
雪女「ほ、ほんとに良いの…?」
鈴子「いいって、いいって! そのかっこじゃ目立つじゃん! イメチェンよ! イメチェン!」
ワンピースを雪女に手渡し、近くにある公園を指差す鈴子。
鈴子「あそこに公衆トイレあるから、さっそく着替えて来なよ!」
雪女「う、うん…」
≪page12≫
○公園の公衆トイレ
着替えを終え、雪女は鈴子の元へ戻った。ワンピース姿の雪女を見て、鈴子は目を輝かせながら喜んだ。
鈴子「うわっ!? かわいー!! 超美少女じゃん!! 雪ちゃんマジヤバイね!?」
雪女「あ、ありがとう…!」
鈴子「笑顔もかわいー! 雪ちゃん笑った方が良いって! んじゃ、行こっか?」
雪女「い…行くってどこへ…?」
≪page13≫
鈴子「決まってんじゃん! 遊びにだよー!」
満面の笑みを浮かべ、鈴子は雪女の腕を掴んで街へと連れ出した。
ゲームセンターへ向かい、クレーンゲームやプリクラを楽しむ雪女と鈴子。
ゲームセンターを満喫した後、ハンバーガーショップを向かい、店内の窓際の席で、隣り合って座り、仲良くハンバーガーを食べる2人。
≪page14≫
鈴子「さすがにそんなお金持ってないから、あんま遊べなくてごめんねー!」
雪女「そ、そんな…!ここまでいろいろしてもらっているのに…」
雪女は節目がちに、鈴子のことを横目で見る。
雪女「…なんでここまで良くしてくれるの?」
雪女は恐る恐る鈴子に尋ねた。
鈴子「あ…。えと、うーん…」
終始明るい鈴子が初めて見せる曇った表情。話しづらそうにしながらも、鈴子は口を開いた。
鈴子「実はあたし…学校でいじめられてて…」
雪女「えっ…!?」
≪page15≫
鈴子「私のことがウザいんだって…。まいっちゃうよね。ほんと…。先生に言っても、きっと仲良くなれるとか適当なこと言って放置されて…。大人の言うことなんて信じちゃ駄目だね…。あはは…」
心配そうに鈴子を見つめる雪女。そんな雪女の顔を見て、ハッと我に返る鈴子。
鈴子「だから寂しくてさ…! 雪ちゃんで紛らわしちゃったの! ごめんね…!」
雪女「…ううん」
雪女(鈴子ちゃんは人間なのに、独りぼっちで…。私と同じ気持ちを味わっているの…? そんなの、悲しすぎるよ…)
唇を噛み締め、ワンピースの裾を握り締める雪女。
≪page16≫
雪女は真剣な眼差しで鈴子に向き直った。
雪女「お…お金は無理に使わなくて良いから…! 鈴子ちゃんが寂しいなら、私がずっとそばにいるよ…!?」
雪女の言葉に涙が溢れる鈴子。涙を必死に拭いつつ、雪女に笑顔を向けた。
鈴子「雪ちゃん…! あんた…マジヤバイね…!」
雪女(私たちは友達…。私は鈴子ちゃんと2人でいられるなら、それで良いと思った…)
≪page17≫
○雪女と鈴子が仲良く遊ぶ光景
雪女(私と鈴子ちゃんはたびたび会って、遊んだり、お喋りしたり、とにかく楽しい時間を過ごした。私は本当に鈴子ちゃんのことが大好きだった。彼女のためなら何をしても良いと、そう思えた)
○夕方、待ち合わせの自販機前
いつも通り鈴子の元へと向かう雪女。いつもの場所に鈴子がいた。雪女はおーい!と声を掛けようとするが、様子がいつもと違うのに気が付く。
≪page18≫
鈴子の周りを同じ年頃の制服姿の少女が3人取り囲んでいる。
少女A「鈴子、あんた最近何やってんの?」
鈴子「…別に。どうでもいいでしょ…?」
ただならぬ雰囲気に、雪女は咄嗟に電柱の裏に隠れ、様子を伺う。
少女B「その髪色と服装、ギャルにでもなったつもりぃ?」
鈴子「…ほっといてよ」
少女B「はぁ…?」
鈴子「うッ…!?」
鈴子は突然、少女Bに髪を掴まれ引っ張られる。その光景を見た雪女の表情は、怒りに染まっていく。
少女B「久しぶりに会ったんだからさぁ。一緒に遊びましょうよぉ?」
鈴子「い…嫌ッ…!!」
少女たちに無理矢理連れて行かれそうになる鈴子。雪女は、目を見開き、怒りの感情に支配される。背景にどす黒い闇が浮かぶ。
雪女(あんなに優しい鈴子ちゃんが…暴力を振るわれてる…)
≪page19≫
雪女(あんなに優しい…鈴子ちゃんがッ!!)
SE『パキンッ』
少女A「なんの音?」
少女C「……え?」
鈴子の髪を引っ張っていた少女Bは、一瞬で全身が凍り付いた。街頭に照らされ氷の彫刻のように光っていた。凍り付いた友人を見て、泣き笑いのような表情の少女A。少女Cは腰が抜け、地面に力なくへたり込む。
少女A「は、はは…。どういう、こと…?」
少女C「嘘だよね…。これ…? ねぇ…!?」
凍った電柱の裏から雪女が姿を現した。2人の不良少女に加え、鈴子の表情も恐怖に染まっていた。
鈴子「ゆ…雪…ちゃん…?」
雪女は冷たい笑みを浮かべていた。
≪page20≫
雪女(これでもう暴力は振るわれない。良かった。でも、他の2人も野放しにしてたら、また鈴子ちゃんがいじめられちゃうかもしれないよね?)
鈴子「や……」
鈴子「やめて雪ちゃん…ッ!!」
必死の形相で雪女を止めようとする鈴子。
SE『パキンッ』
雪女「ふぅ…。やっと邪魔者は消えた…。これで私と鈴子ちゃんはふたりっきり…。ふふふ…。良かったね? 鈴子ちゃん?」
凍り付いた少女3人組を見て、雪女は満足そうに穏やかな笑顔を浮かべた。
≪page21≫
雪女は、そのまま鈴子の方へ視線を向けるが、鈴子は凍っていて動かなかった。
鈴子まで凍らせてしまった雪女は我に返った。その表情は絶望と後悔、複雑な負の感情が渦巻いているかのようだ。
雪女「あ……あぁ……」
雪女「ば…化け物…!!」
氷に映った自分自身に向かって、化け物と叫ぶ雪女。
○雪山の洞窟
洞窟内で横になっていた雪女。今までのは全て悪夢だった。目を開けた瞬間、彼女は飛び起きた。
雪女「うわああああっ!!」
息を必死に整える雪女。
雪女「はぁ…はぁ…はぁ…」
雪女「はぁ……」
雪女は辺りを見回し、洞窟で寝ていたことをしっかりと確認する。彼女の身体は汗でぐっしょりと濡れていた。
雪女は、膝を抱えながらガタガタと震えている。涙が溢れて止まらない。
≪page22≫
雪女(今のはただの夢じゃない。そう思えた)
悪夢の恐怖に耐えられず、雪女は目をぎゅっと瞑った。
雪女(何故なら私には、今の夢を簡単に現実に変えてしまえる力があるのだから…!)
○夕方、鈴子との待ち合わせの自販機
とびっきりの笑顔で手を振る鈴子。
鈴子「お! 雪ちゃん来た来た!…どったの? いつもにも増して白い顔してるけど…?」
雪女は手をブンブン振りながら、自身の異変を気付かせまいと振る舞った。
雪女「いや! 別になんでもないの…! あははは…」
○ハンバーガーショップ内
窓際の席で、横並びに座りながらハンバーガーを食べる雪女と鈴子。上機嫌で世間話をする鈴子。
≪page23≫
鈴子「でさー!教頭が挟まっててさー! あそこに挟まるか普通!?って思ってマジウケたんだけどー!」
雪女は、鈴子の話をニコニコしながら聞いている。鈴子が買ってくれた紙カップのコーラを手に取り、ストローをくわえた。
だが、いつまで経ってもコーラは上って来ない。不思議そうに雪女は手にしている紙カップを見た。
手元のアップ。コーラの紙カップは凍り付いていた。
雪女「ひッ…!?」
雪女は悲鳴を上げて紙コップを倒してしまう。凍っているので中身は溢れない。
鈴子「どうしたの?」
鈴子が心配そうに雪女を見る。雪女は慌てて凍ったカップを後ろ手に隠した。
雪女「い…いや大丈夫…! なんでもないから…!」
雪女の表情が恐怖で凍り付く。
雪女(こんなことは今まで一度もなかった…。
なんで急に…!?)
≪page24≫
○夕暮れ、ハンバーガーショップの外
ハンバーガーショップを後にした2人。
雪女(さっきのは何かの間違い…。少し落ち着こう…!)
外の空気を吸って落ち着こうとする雪女。
雪女「ふうぅ…」
雪女が深呼吸すると目の前がキラキラと光った。彼女の口から冷気が漏れていた。
雪女「うぐっ!?」
雪女は慌てて両手で口を塞いだ。
雪女(なんで…!? 力がコントロール出来てない…!?)
雪女の様子がおかしいことに気付き、鈴子が再び心配そうな顔をする。
鈴子「どうしたの…? 雪ちゃん…? やっぱり何か変だよ…?」
口を両手で塞ぎ喋れない雪女。鈴子に首をふるふると左右に振る。
雪女(口から手を離して返事でもしたら、鈴子ちゃんが凍っちゃう…!)
≪page25≫
そこへ、夢の中で見た少女3人組とそっくりの3人組が現れる。
少女A「あれ?もしかしてあんた鈴子?」
その声と姿を確認した雪女は、驚愕の表情を浮かべた。
雪女(夢で見た子たちとそっくり…!? そんな…こんなことって…!)
鈴子「…あんたたちは…」
少女B「誰ぇその子? 見ない顔だけどぉ」
鈴子「…別に誰でもいいでしょ。私たち用事があるから…。行こ。雪ちゃん…」
鈴子ちゃんは雪女を連れてさっさとこの場から立ち去ろうとする。雪女はそそくさと彼女の後について行こうとする。
少女A「ちょっと待ちなよ~」
雪女と鈴子の前に立ちはだかる3人。
≪page26≫
少女C「用事ってどうせ遊んでたんでしょ? うちらも混ぜてよ…?」
少女B「トモダチでしょぉ? 私たち? いひひひっ…」
鈴子「そういうのいいから…!」
鈴子は苛立って少し声を荒げた。
少女B「あ?」
鈴子「うッ…!!」
鈴子は少女Bに胸ぐらを掴まれ、鈴子ちゃんが電信柱に叩き付けられていた。雪女は怒りが湧いてきてしまうが必死で抑える。
少女B「人が遊んでやるって言ってるのになんだその態度…?」
鈴子「だ…誰も頼んでない…ッ!!」
≪page27≫
少女A「ほんとウザいな鈴子はー」
少女C「いいから一緒に来いっつってんだよ」
雪女(やめろ…)
鈴子「やめて…! 離して…!」
雪女(やめろ…)
雪女「やめろォッ!!」
≪page28≫
雪女の絶叫が辺りに響く。雪女の足元や近くに停めてある車が凍り付いていた。
少女B「……え?」
少女A「なにこれ…」
雪女は手のひらから冷気を大量に放出する。それを鋭く尖らせ大きな槍を作った。
SE『ドガアァンッ!!』
雪女は、氷の槍を地面に突き刺し、コンクリートに大きな亀裂を作った。
雪女「殺すぞ…」
≪page29≫
少女B「ば…化け物…!?」
少女C「うわああああっ!?」
少女たちは慌てて逃げ出した。彼女たちを殺さずに済んだ雪女は、安心して泣き崩れた。
雪女「うぅっ…!!」
雪女(良かった…! 殺さずに済んだ…! 本当に良かった…!)
雪女の涙は、体から漏れ出る冷気ですぐに凍り、氷の粒がコロコロと辺りに転がった。
鈴子「雪ちゃん…! ありがとう…! あたしのこと助けてくれて…」
鈴子は雪女にお礼を言いながら近づこうとしていた。
雪女「近づくなッ!!」
鈴子「…雪ちゃんっ」
雪女は氷の涙を流しながら鈴子を睨みつける。
鈴子は拒絶されたのかと思い悲しそうな顔をしていた。
雪女(私の体からは絶えず冷気が溢れている。
今近づかれたら、間違いなく鈴子ちゃんを凍らせてしまう…。鈴子ちゃんだけは、何があっても絶対に凍らせる訳にはいかない…!)
≪page30≫
氷の涙を流しながら、鈴子に向き直る雪女。
雪女「ごめんね鈴子ちゃん…。私たち、もう一緒にいられないから…」
鈴子「え…」
困惑する鈴子。雪女は必死に笑顔を作ろうとしている。
雪女「今までありがとう…。本当に楽しかった…!!」
鈴子「雪ちゃんっ…!!」
雪女は駆け出した。鈴子が雪女の名前を叫んでいるのが聞こえているが、振り返らずに走り続ける。
雪女「うぅ…ッ! ううぅッ!!」
雪女(なんでこんなことに…! 大好きな友達と一緒にいることも出来ないなんて…!)
雪女(生まれ変われるなら、こんな氷の力なんてない普通の人間として生まれ変わりたい…)
≪page31≫
○複数の車が走る道路
道路に飛び出した雪女の右半身は明るく照らされていた。無我夢中で走っていたせいでトラックの目の前に飛び出してしまっていた。
雪女「あ…」
トラックに衝突することへの恐怖を一瞬覗かせるが、運転手を気遣い、雪女はトラックを凍らせる素振りは見せなかった。
トラックの衝突音が響く。
≪page32≫
○巨大な山脈や城がそびえ立つ異世界
平原で倒れていた雪女。身体を起こすと、彼女は立ち尽くしながら、見たことのない景色を呆然と眺める。
さらに雪女から離れた地で、鈴子によく似た少女の姿のカット。
第2話
≪page1≫
○上空をドラゴンが飛ぶ異世界
SE『…サアァ。チュンチュン』
草花が揺れる平原に仰向けで倒れていた雪女。ゆっくりと目を開け、青空を眺める。
雪女「私…トラックに轢かれたはずじゃ…」
起き上がって周りを見ると遠くに大きな山。大きな湖。大きな城が見える。とにかく何もかも大きい。
雪女「どこだろう…ここ…。また変な夢でも見てるのかな…」
≪page2≫
雪女「……? 私の身体、なんだかあったかい…? 生きてるって感じがする…。むしろ死んだはずなのに…」
自分の身体の違和感に気が付く雪女。雪女の白い肌は健康的な肌色に変化していた。雪女は、まじまじと自分の腕を見つめていた。
雪女「生まれ変わった…?」
雪女(鈴子ちゃんはよく漫画やアニメの話をしてくれた…。死んだはずの者が新しい命に生まれ変わる転生というのものがあるって…)
肌の色は変化したが、雪女の性別や容姿は変わっていない。
雪女(生まれ変わったのなら、氷の能力はどうなったんだろう…。私は普通の人間に生まれ変われたのかな…。あんな恐ろしい力、もういらない…)
雪女が少し歩くと、目の前に大きな川が見える。恐る恐る川に近付き、川に向かって手をかざす。緊張の面持ちの雪女。
雪女「もし、私に能力が無いのなら、川を凍らせることは出来ないはず…」
≪page3≫
SE『バキンッ』
生まれ変わる前よりも、むしろ、より強力に。大きな川は、向こう岸まで凍っている。
凍った川を眺めながら、落胆する雪女。
雪女(鈴子ちゃんは…あれからどうなったんだろう…。またいじめられたりしてないかな…。会いたい…。鈴子ちゃんに会いたいよ…)
哀しげな表情の雪女。ぎゅっと胸元で拳を握り締める。
雪女(でも…。この力がある限り、どの道、鈴子ちゃんには会えない…。私といると、鈴子ちゃんは凍っちゃうから…)
雪女「あははは…」
雪女は自暴自棄になりながら、自分で凍らせた川の上を歩いて向こう岸まで渡っていく。
≪page4≫
○雪女からほんの少し離れた地点。場面と視点が変わる。
スタイルの良いツインテールの少女と、身長の低い三つ編みの可愛らしい少女の2人組。
リン「魔法学校のエリートであるあたしが、あなたにお手本を見せてあげるんだから! しっかりと学ぶようにっ!」
モエ「は、はい!リン先輩!」
リン(あたしはリン・フロウナ。魔法学校のエリート学生。いつも成績優秀。容姿端麗。空前絶後。みんなの憧れの的の美少女魔法使い)
≪page5≫
リン(今日は可愛い後輩の女の子に指導して欲しいと頼まれ、魔物がよく出現する平原まで来たのだった)
モエ「リン先輩、ありがとうございますっす…! 私1人だと、こんな場所まで来られないっすから…!」
リン(か…可愛い…。あたしはこの後輩ちゃん、モエ・プランティアちゃんを気に入っている)
リン「気にしないで! 可愛い後輩のためなら、たとえ火の中、平原の中! なにせ、魔法学校のエリートだからね!」
ふんぞり返って胸を張るリン。
リン(魔法学校とは、その名の通り。魔法を学び、魔物と戦うための力を身に付ける学校だ)
平原を歩く2人。上空には、鳥が変化した魔物が飛んでいる。
リン(この世界には魔法の力が溢れている。その影響を受けやすい生物や物質は、時として人間に危害を加える危険な魔物と化すことがあるのだ)
≪page6≫
リンは上空の小型の魔物を、小さな風の魔法で撃ち落とす。それを見て目を輝かせるモエ。
モエ「さすがリン先輩! Aランクの魔法使いは私なんかと格が違うっす!」
リン「いやいや…。こんなの軽い準備運動だって。これからもっと凄いの見せてあげるんだから!」
≪page7≫
リン(魔法学生には適切な魔物と戦える目安として、F~Sのランクに分けられ強さを判定される)
リン(あたしはその魔法学校の中のAランクなのである。上から2番目。すなわち優秀なのである。ちなみに後輩ちゃんはEランク。まだまだ可愛い新米ちゃんだ)
リン「さて、そろそろ魔物が出現しやすいポイントに到着するわよ。気を付けて」
モエ「は、はいっす…」
リン(この辺に出る魔物は強くてもせいぜいCランク止まり。Aランクのあたしにとってはまぁウォーミングアップ程度の退屈な相手なのだけど。モエちゃんの安全を考えれば、このくらいがベストでしょう)
品定めをするように辺りを見回すリン。弱そうな魔物を見つけては露骨にガッカリした反応を見せる。
リン(さてさて。どこかに手頃な魔物はいないかしら…。あれは弱すぎる。あれもかなり弱い…。最低でもCランクくらいじゃないと、せっかくこんな場所まで来たんだから、モエちゃんに良い刺激を与えないと…)
リン(仕方ない。あれを使うか)
≪page8≫
リンは懐から紫色の細長い石を取り出す。
リン(強い魔物はこの石が発する魔力に引き寄せられやすい。当然、危険もあるからむやみやたらと使う物ではないのだけど、まぁここなら大丈夫でしょ)
リンは右腕を伸ばし、石を出来るだけ高く掲げる。そしてリンは魔力を石に込め、石の力を増幅させる。
綺麗な紫色の光が辺りを照らす。
リン(さぁ来なさい。Cランクの魔物!)
特に意味はないが石をふりふりと振るリン。
≪page9≫
魔物はなかなか来ない。モエの方を気にしつつ、リンは苛立ちながら石を振り続ける。
リン(早く来なさいよ! 石を振ってるあたしが馬鹿みたいじゃない!)
ギリギリと歯を食いしばるリン。モエは恐る恐るリンに話し掛けようとしている。
モエ「あ…あのう、リン先輩…」
リン「あ、ちょっと待ってね…。もうすぐ来るから…」
モエ「う、上…」
リン「上?」
≪page10≫
リンの視界に入っていなかっただけで魔物は来ていた。かなり大型の魔物。リンの顔色が変わる。
リン「こ、この魔物の大きさ…。まさか、Aランク…?」
大きな翼を羽ばたかせる四足の獣型の魔物。爪と牙は大きく鋭い。体格もガッシリしている。リンとモエと比べて、4倍ほどの大きさ。
リン(なんでこんなところにAランクが!?)
≪page11≫
リン「モエちゃん! 離れて!」
モエ「は、はいっす…!」
リンは全力で応戦するため魔力を溜める。
魔物『グオオオオオオオッ!!』
魔物の咆哮。大きな音で耳を痛めるリンとモエ。リンは魔力を溜めるのを中断して耳を塞ぐ。その隙を狙うかのように、魔物は上空から爪を振り下ろす。
リン「くっ…!」
リンは攻撃をかわし、再び魔力を溜めることに専念する。
≪page12≫
魔物『グオオオオオオオッ!!』
リン「あぁっ! もう! さっきからうるさいわね!」
咆哮のせいで集中出来ないリン。かろうじて魔力を溜める。
リン「くっ…ブリズ!!」
リンは溜められた分の魔力で魔法攻撃を試みる。無数の氷の刃が魔物めがけて飛んでいく。
魔物『グオアアアアアアッ!!』
氷の刃が魔物の皮膚に弾かれる。焦りの表情を見せるリン。
≪page13≫
モエ「せ…せんぱぁい…」
モエが心配そうにリンを見つめている。
リン(落ち着け…!頭を使え…!あたしは優秀なAランクのエリート魔法学生なんだ…! …そうだ)
リンは魔物を呼ぶのに使った紫の石を取り出す。石に微量の魔力を流す。また危険な魔物を呼びかねないので細心の注意を払う。
リン「それっ!」
石を遠くに投げるリン。
魔物『グアアアアアッ!!』
魔物は石の方に引き寄せられた。リンは、このチャンスを逃すまいと、込められるだけの魔力を両手に込める。
≪page14≫
リン「喰らいなさいっ! ブリズオンッ!!」
風の魔法と氷の魔法の合わせ技、ブリズオンを唱えた。氷を纏った暴風の塊が魔物を襲う。皮膚を抉るかのようにガリガリという音を立てながら、暴風の塊は回転し続ける。
魔物『ギィアアアアアアアアッ!!』
リンが氷の魔法を放った時。雪女が遠くからリンたちの戦闘を目撃する。シルエットで雪女の口元が映る。
雪女「雪…女…?」
リンとモエは雪女には気付いていない。
魔物は激昂し、リンに向かって突進する。
≪page15≫
リンは回避しようと身構えるが、魔物は急に方向転換した。向かう先はモエ。
モエ「…え?」
リン「モエちゃん…ッ!!」
魔物がモエの方に向かってしまった。リンは急いで魔力を込める。だが、間に合わない。モエに迫る魔物。
≪page16≫
SE『パキンッ』
モエの前で魔物は凍り付いていた。呆気にとられるリンとモエ。
リン(今の魔法…。あたしじゃない…。モエちゃんは氷魔法を使えない…。じゃあ誰が…。ていうか、Aランクの魔物を一瞬で凍らせるなんて…そんなの、Sランクの魔法使いしかいないわよ…)
狼狽えながら辺りを見回すリン。
≪page17≫
モエの近くに、雪女が立っていた。モエは雪女を不思議そうに見つめながら、リンに助けられたと勘違いし、リンにお礼を言う。
モエ「せ、先輩…! 助けてくれてありがとうございますっす…!」
リン「う、うん。大丈夫? 怪我はない?」
モエ「大丈夫っす…! ちょっと腰が抜けちゃったっすけど…」
リンは腰を抜かして倒れているモエに手を貸し、ゆっくりと起こしてあげた。そしてリンは、雪女に恐る恐る声を掛ける。
リン「あ、あんた、一体誰なの…?」
≪page18≫
雪女「雪女」
リン「ゆ、雪…女?」
ポカンとするリン。雪女は、ぼんやりとリンを見つめる。
リン「それが…あんたの名前…?」
雪女「あなたは…雪女じゃないの…?」
リン「はぁ!? だから、何よ! その雪女ってのは!?」
雪女(てっきり仲間かと思ったのに…。じゃあ、あの氷の力はなんだったんだろう…)
雪女に詰め寄るリン。慌ててリンを静止するモエ。
モエ「ま、まぁまぁ先輩! まずは私たちのことを説明した方が良いんじゃないっすか?」
リン「そ、それもそうね」
≪page19≫
リン「あたしたちは魔法学生。魔法学校で魔法を学んでいるの」
雪女「魔法…?」
雪女(鈴子ちゃんが話していた中に確かそんなワードがあったような…。お話の中に出て来る不思議な力のことだっけ。ここはお話の世界なの…? もう何がなんだか分からないよ…)
モエ「ここは魔物が出る場所っす! 魔法が使えない人は危険なので離れた方が良いっすよ…!?」
雪女(確かに私は氷の力は使えるけど、魔法は使えないし。じゃあ、素直に従うべきなのかな)
モエの言葉に素直に頷く雪女
リン「あたしたちが警護するわ。あんたはどこから来たの?」
≪page20≫
雪女「…分かりません」
リン「分からないって…。雪女とかさっきから妙なことばっかり言って、あたしたちをからかってるんじゃないでしょうね…?」
雪女「えっと…。ごめんなさい。私、本当に何も分からなくて…。気が付いたら、この平原にいたんです…」
リン「記憶喪失…ってこと…? それじゃ、自分の名前も分からなくて当然か…」
雪女(別に記憶喪失じゃないし、名前も元々無いんだけど…。それにしてもこの子、どことなく鈴子ちゃんに似てるような…)
≪page21≫
モエ「と、とりあえず魔法学校に同行してもらうのはどうっすか? リン先輩…!?」
リン「え、えぇ…。そうねモエちゃん…」
雪女(リン…!?)
鈴子の名前と似ているリンに反応する雪女。雪女は、鈴子との思い出で頭がいっぱいになる。そして、表情がどんどん曇っていく。
雪女(名前まで似てるなんて…。なんだろう…この気持ち…。胸がモヤモヤする…。私は、本人に会いたいのに…)
○平原を進む3人
3人は歩き出した。リンが先頭、雪女を間に挟み、その後ろをモエがトコトコとついて歩く。
≪page22≫
リンは歩きながら後ろを振り向き、モエには聞かれないように小声で雪女に話し掛けた。
リン「ねぇ。あなたは魔法を使えるみたいだけど、もしかして魔法学生なんじゃないの?」
雪女「魔法学生…?」
リン「さっきも言ったけど、あたしたちは魔法学校で教育を受けてるの。魔物と戦うための力を身に付けた魔法使いの学生たちの総称が、魔法学生ってわけ」
リン「まぁ、この世界で魔法学生を知らない人はまずいないし…。あなた、本当に記憶喪失なのね…」
雪女(記憶喪失じゃないんだけどなぁ…。でも、どう説明すれば良いのか分からないし…。別に記憶喪失ってことでも良いか…)
雪女が困惑しつつも納得しようとしていた時、ズイッとリンが雪女に顔を近付けた。
リン「…ねぇ?」
≪page23≫
リン「さっきのあなたの力。あれは危険な力なの。しかも、あなたは記憶を失っている。そんな状態で力を使えば何が起こるか分からない…。思わぬ被害を出さないためにも、あの力の使用は控えて」
雪女「…思わぬ被害」
雪女は現世での記憶を思い出す。不良少女たちを怯えさせた力。鈴子を危険に晒してしまった力のことを。
雪女「分かりました…」
リンの言葉に、雪女は頷いた。
≪page24≫
リン(モエちゃんは、魔物を倒したのはあたしだと思ってる…。でも、あの氷魔法はあの雪女という子が使っていた…。そして、その強さは間違いなくSランク級…。そんな力を使われちゃったら、エリートのあたしはエリートじゃなくなってしまう…。あたしは、エリートじゃなきゃいけないのに…!)
雪女の力に気付いているのはリンのみ。ここで雪女の力を隠蔽しようと考えていた。
○彼女たちの前に、3階建ての魔法学校の校舎が見える。長い廊下と多くの部屋を有している。
リン「ここが魔法学校よ。正確には、ノルシュ地方の学校だから、『ノルシュ魔法学校』って名前なんだけどね」
≪page25≫
リン「魔法学校は各地に点在していて、それぞれの地域で、魔物の討伐に日々尽力しているってわけ」
雪女はぼんやりと聞いている。魔物とは一体なんなのか等、まだあまりピンと来てはいない様子。
リン「まずは先生の元へ向かいましょうか」
リン「先生方は魔法に加え博識で、とても頼れる存在。あなたの記憶について、何か手立てがあるかもしれないから」
リンは雪女を連れ、先生と呼ばれる者の元へと歩みを進める。モエは相変わらず後ろからついてきている。
雪女はキョロキョロと校舎の様子を伺う。レンガ等が使われていて、日本の建物とは雰囲気が違う。
点々とたむろしている学生たちは、制服姿ではない雪女を物珍しげに見ている。
≪page26≫
○校舎の奥にある大きな広間。
校舎の中心部にある大広間へと3人は入っていく。大広間の奥には、魔法の道具の整理をしている物腰の柔らかそうな男性の姿があった。
ローク「おや、フロウナさん。そちらの方は?」
長身で眼鏡を掛けている男性、ローク。落ち着いた口調で雪女のことをリンに尋ねる。
リン「平原で自主練習をしていたところ、こちらの方と出会ったのですが…。どうやら、記憶喪失らしくて…」
ローク「なんと…」
リン「ローク先生なら何か分かるのではないかと思い、魔法学校までお連れしました」
≪page27≫
ロークはしげしげと雪女のことを見る。じっくり見られ、雪女は居心地の悪そうな表情を浮かべた。
ローク「彼女に魔力があるかどうか調べてみましょうか。それで何か糸口が見つかるかもしれません」
リン「ま、魔力鑑定を行うのですか…?」
ローク「えぇ。何か問題が…?」
リン「い、いえ…別に」
※【設定解説】魔力鑑定とは、その者の持つ魔力がF/E/D/C/B/A/Sランクの中のどの力に値するか鑑定することを指す。Fがもっとも低く魔力がほぼない人間、Sが最高ランクで、この世界のあらゆる魔物に対抗することが出来る、凄まじい力を有している存在である。
リン(魔力なんて調べられたら、あの子がSランクだってことが分かっちゃうじゃないの…! ど、どうしよう! あたしのエリートの立場が…!)
ロークはオカリナのような形状の鉱石を取り出す。そしてそれを雪女に手渡した。
ローク「その石を持ちながら先端を咥えて、しばらくそのまま待っていてください」
雪女「は、はい…」
≪page28≫
物を咥えている姿を男性に見られ、雪女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
その光景を、リンは全身を脱力させながら眺めていた。
リン(お…終わった…。あたしより強い奴なんていくらでもいる…。やっぱり、あたしはエリートなんかじゃないんだ…)
リンは、雪女の鑑定が終わるのを目をぎゅっと瞑りながら待っている。
リン(まだなの…? 怖い…。早く終わりなさいよ…)
鑑定石の輝きを放ち、ロークはその色を観察する。そして、観察を終えると顔を上げた。
≪page29≫
ローク「…Fランクですね」
リン「……へ?」
そっと目を開けるリン。雪女の咥えている鑑定石は薄ぼんやりとした鈍い輝きをほんの微かに放っていた。これは魔力がFランク相当であるという反応だった。
リン(な、なんで!? あんなに強い魔物を一瞬で凍らせたのに!?)
リンは安堵するより先に激しく混乱していた。自分がダメージを与えていたとはいえ、Fランクではあんな芸当は出来なかったのである。
リン(あ、あれはきっとあたしが無意識でやったんだわ…! だってFランクにあんなこと無理だもの…! 良かったぁ…!)
ローク「妙ですね…。魔物の生息する平原で、Fランクの人間が無傷でいられるなんて…」
リン「今日は魔物の数が少し少なかったので、運が良かったんですよ! ね? モエちゃん?」
モエ「えっ!? そ、そうっすね…!」
急に話を振られ驚いて声を上げてしまうモエ。
≪page30≫
ローク「うーむ…。魔力があればその魔力から何かヒントが得られると思ったのですが…。Fランクとなると探れることは非常に少ない…。困りましたね…」
しばらく考え込むローク。その後、何か思い付いたように視線を雪女へ戻す。
ローク「…身元が判明するまで、しばらくこの学校に滞在なさってはどうですか?」
雪女「…え?」
ローク「平原を彷徨っていたなら、この地域周辺の人間である可能性は高いはずです」
ローク「あなたを心配して捜索している身内の方がいらっしゃれば、平原と近いこの学校に行き着き、あなたの目撃情報を尋ねに来られることは大いにありえます」
ローク「ならば、ここに身を置くのがベストだと私は思うのですが…。どうでしょうか…?」
雪女「え…えっと…」
≪page31≫
ローク「記憶が戻らない。捜索が来ない。そうだとしても焦らずに、魔法学生として過ごしてみても良いのではないでしょうか」
ロークは雪女に優しく微笑んだ。雪女は少し迷いながらも、ロークの提案に頷く。
雪女「ご迷惑でないのなら…」
ローク「…決まりですね。そうなると、手続きが必要になりますね。名前の記憶はあるのですか?」
ロークが雪女に問い掛けると、あっ!と声を発し、リンが慌てて割って入る。
リン「先生、どうやら名前も覚えていないらしくて…」
リンは腕を組みながら、目を瞑り考え始める。
リン「エリートのあたしが素敵な名前を名付けてあげますよっ! そうねぇ…えっと…」
リン「ユキ! なんてどうかしら! 可愛いじゃない! ね?」
≪page32≫
リン「ユキちゃん!」
雪女「…!!」
雪女の表情が一変した。大事な親友だけが呼んでくれた大事な呼び名。それと全く同じ呼び名を、鈴子に似ている少女が気安く口に出した。リンに悪気はないと分かっていながら、雪女は彼女のことを睨み付けてしまった。
リン「な…何よ…? 気に入らなかったの…?」
急に怒りの感情を露わにする雪女に驚き、たじろぐリン。
ユキ「……なんでもないです」
そっけなく返す雪女、改めユキ。
大広間には重い空気が立ち込めていた。
第3話
≪page1≫
○魔法学校の職員室
ロークに呼ばれ、ユキ、リン、モエの3人は職員室へ足を運んだ。ロークの話を聞き、リンは大声を上げる。
リン「あ、あたしと同じ部屋ですか…!?」
キョトンとリンの方を見るローク。
ローク「えぇ。何か問題が…?」
リン「い、いえ…。別に…」
ローク「それなら良かった。見知った顔のフロウナさんと一緒の方が、ユキさんも安心だと思います」
≪page2≫
リン(あたし、この子のこと、ちょっと苦手なのよね…。視線が怖いし…)
ユキ(鈴子ちゃんと似てる女の子、同じ呼び方…。モヤモヤする…)
モエ(うぅ〜…。なんか空気が重いっす〜…)
爽やかな笑顔のロークを余所に、険悪なオーラを纏うユキとリン。そして、汗が噴き出すモエ。
○魔法学校の女子寮前
リン「ここがあたしたちとあなたの部屋よ。エリートな先輩の言うことをちゃんと守るように! 分かった? ユキ」
≪page3≫
ユキ「…ふんっ」
ユキと呼ばれるのが気に入らず、思わずプイッとそっぽを向くユキ。
リン「んなっ!? 何よその態度は!? 人がせっかく親切に気を遣ってあげてるというのに…!!」
モエ「ま、まぁまぁリン先輩…! ユキさんは記憶喪失で混乱していて、いろいろ疲れているんだと思います…」
モエはリンに耳打ちをした。
モエ「今はそっとしておいてあげましょう…!」
リン「モ…モエちゅわん…!」
モエ(なんて可愛くて良い子なの! どこかの誰かと違って…!)
○女子寮内、リンたちの4人部屋
≪page4≫
リン「ここは元々4人部屋だけど、今はあたしとモエちゃんの2人で使ってるの。ベッドもまだ余ってる。あんたは空いてるベッドの好きな方使って良いわよ」
モエ「家事は当番制なんすけど、ユキさん。今日はいろいろ疲れたと思うっすから、まずはゆっくり休んで欲しいっす…!」
ユキ「……あ」
優しく寮内の案内をするリンとモエに、ユキは申し訳なさそうにしながら少し頭を下げる。
ユキ「ありがとう…」
リンはやれやれと少し呆れながらも、安堵した視線をユキに送った。一方モエは、屈託のない満面の笑みでユキを見つめていた。
≪page5≫
そんな生活から数日が経過したある日。
○魔法学校の職員室
ローク「どうですか、フロウナさん? ユキさんとは上手くやっていますか?」
リン「え、えぇ…。まぁ、エリートですから…。それなりに」
リン(まだあんまり喋ってないけど…)
苦笑いしながらロークに報告するリン。ロークはそんなリンの様子に気付かず、一人で深々と頷いていた。
ローク「それは良かった。エレナさんがSランクに昇格してリンさんの班を抜けて以来、少し心配していましたから」
リン「……」
エレナという名前を聞き、黙って俯くリン。その表情は曇っていた。
≪page6≫
ローク「ユキさんが班に加われば、リン班にもまた活気が戻って来るでしょうね」
リン「えっ!? 加わるって…。 は、班もあの子と一緒なんですか!?」
ローク「え、えぇ。寮が同じなので、それならば班も同じなのが自然だと思うのですが…。何か問題でも…?」
リン「い、いえ別に…」
ローク「寮生活で親睦を深め、お互い分かり合えた今なら、きっと任務も上手く行くでしょう」
リン「え、えぇ…。そうですね…」
爽やかな笑みを浮かべるローク。対象的に、リンは気が重そうな作り笑いを浮かべていた。
≪page7≫
○職員室から出た廊下
リン「はぁ…」
リン(ローク先生は優秀で優しい先生なんだけど、ちょっと鈍いところがあるのよねぇ…)
ロークとの会話を終え、ぐったりとした様子のリンが廊下を歩いていると、女性教員のミスティがリンに近付いてくる。
ミスティ「おや、リン君。なんだかお疲れのようだねぇ」
片目を長い銀髪で隠した怪しげな風貌の女性が、ニヤニヤしながらリンに労いの言葉を掛ける。
リン「ミスティ先生…!」
ミスティ「ロークは鈍感だから、彼の言動に振り回されて疲れるんだよねぇ…。分かる、分かるよ…。私もそうだから…。ふふふ…」
リン「は、はぁ…」
≪page8≫
怪しげな雰囲気のミスティに、たじろぐリン。
ミスティ「これ君にあげるよ。上手く役立ててくれ。ふふふ…」
リン「あ、ありがとうございます…」
ミスティから渡された物は、紫の魔石であった。リンも使っていた魔物を呼び寄せる力のある石だ。
リン(これのせいでいろいろ大変だったから、あんまり良い思い出ないんだけど…。って、あれはあたしの使い方に問題があったか…)
リンは複雑な顔をしながら、それを懐に仕舞った。
≪page9≫
それから5日後。
○魔法学校の校庭
ユキはリンたちのクラスに混じり、魔法の授業を受けている。
実技担当教諭「今日は魔法で、魚を生きたまま捕まえてもらいます。各々、創意工夫して、魚を生け捕りにしてみてください」
大きな水槽に入った魚を捕まえようと、クラスメイトたちが悪戦苦闘しながら、魚を捕まえている。ユキも見よう見真似でやってみる。
≪page10≫
ユキ「んん…」
ユキ(授業で習ったように…。魔力を込めて…魚を生け捕りに…うぐぐ…)
ユキの前に置かれた水槽で大人しく泳ぐ魚。ユキが捕まえようと念じているが、魚は捕まる気配がない。
魔法が使えない新入生に、クラスメイトから憐れみの視線が向けられていた。
ユキ「……ふぅ」
ユキ(別に私は魔法使いになりたかった訳じゃないんだけど…。でもやっぱり、上手く出来ないと悔しいな…。鈴子ちゃんも、学校でこんな気持ちだったのかな…)
モエ「……」
心配そうにユキを見つめるモエ。
≪page11≫
モエ「ユキさん…!」
モエがユキの様子を気にして声を掛けた。
モエ「あんまり気にすることないっすよ…? まだユキさんが転入して5日しか経ってないんすから…!」
ユキ「ありがとう…。私は大丈夫だから…」
教室にはリンの姿もある。モエはリンには聞こえないように小声で話し始める。
モエ「私も最初はFランクだったんすよ…」
ユキ「え…?」
モエ「…って、まだひとつ上のEランク止まりなんすけど…。たははは…」
恥ずかしそうに笑うモエ。
≪page12≫
モエは落ち着いた表情に戻ると、ユキに優しく語り掛ける。
モエ「私も何も出来なくて、悲しくて惨めな気持ちになって、ユキさんと同じように一人で塞ぎ込んでいたんすが…」
モエ「リン先輩が声を掛けてアドバイスしてくれたっす…!」
モエ「その頃はまだ全然リン先輩と話したことなかったっすが、あの時は嬉しかったっす…」
ユキ「あの子が…?」
○モエの回想。モエに優しく教えるリン。
モエ「リン先輩はAランクにも関わらず、私のことを気にかけて、丁寧に教えてくれて…。リン先輩のアドバイスを実践したら、Eランクに上がれたんっす…!」
○回想終了
≪page13≫
モエ「たったひとつでも、自分はやれば出来るんだとそう思えて、それ以来前向きになれたんすよ…!」
モエ「だからきっと、ユキさんにも何かそう思えるきっかけがあるんじゃないかと思って…。えっと、その…」
言葉に詰まるモエ。そんなモエに笑顔を向けるユキ。
ユキ「ありがとうモエちゃん…。私も前向きに考えてみる…!」
モエ「ユキさん…!」
ユキ(私は、元の世界のことが忘れられなくて、ずっと自分の殻に閉じこもっていた)
ユキ(でも、ここにいるのは、前の私とは違う…。今の私は、人間なんだ…)
≪page14≫
○魔法学校の職員室
ローク「リン班に任務をお願いしたいのですが」
その翌日。ロークがユキ、リン、モエの班に魔物討伐の任務を持ち掛けてきた。
ユキ「任務…?」
リン「ここは魔物を討伐する学生を育成するための機関。当然、魔物を討伐する任務があるのよ」
リン「もう知っているとは思うけど、魔法学生はS〜Fまでのランクに分けられているの。そのランクに合わせて、学生が対処出来る魔物の任務をこなすってわけ」
≪page15≫
ローク「リン班のランクはリンさんがA、モエさんがE、ユキさんがFなので、リンさんの負担が大きいのですが…」
ローク「モエさんは魔法の応用力に優れ、ランク以上の実力を期待出来ますし、ユキさんには実戦で魔法の使い方を学んでいただければと思いまして。どうでしょう?」
リン「そうですね…。どんな魔物なんですか?」
ローク「イムテ村で作物の被害が出ているようでして、目撃情報によると犯人は、Cランクの魔物のようですね」
リン(Cランクの魔物相手なら、あたし一人で余裕で対処出来る。ユキは魔法が使えないから不安だけど、モエちゃんはサポート力に長けてるし。十分なんとかなるか)
≪page16≫
リン「分かりました。その任務、あたしたちが引き受けましょう…!」
○魔法学校の廊下
リン「良い? ユキにとって、これが初任務よ! エリートのあたしの迷惑にならないよう気を付けてよね!」
エリートを鼻にかけるリン。魔法が使えないユキは、カチンと少し機嫌を損ねる。
ユキ「…何その言い方」
リン「…何その態度!?」
モエ「あわわ…。2人とも、落ち着いてくださいっす〜!」
ユキ(あっ…。またついカッとなって…。なんであの子と話すと、私はいつもこうなっちゃうんだろう…)
まだ距離感が掴めていないユキとリン。モエは心配そうに2人を見つめていた。
○夕方のイムテ村
平原を超え、彼女たちはイムテ村に辿り着いた。辺りは夕日に染まっていた。日が暮れる前に、リンは依頼主の村長の話を聞きに行くことにした。
≪page17≫
○村長の家の前
村長「夜中のうちにデカい影が作物を荒らしているようでのう…。動物ならわしらがなんとかするんじゃが、魔物となるとどうにもならんでな…」
リン「あたしたちに任せてください! スパッと解決して見せますから!」
手刀を使い、独特のジェスチャーでスパッとを表現するリン。
村長「おぉっ! スパッとよろしく頼みますぞ!」
リンのジェスチャーを真似する村長。
○夕暮れの畑
魔物が現れる前に作戦を立て、夜まで待ち伏せる3人。
リン「モエちゃんは、植物の魔法で作った野菜のトラップを、指定したポイントに設置してもらえる? 自分で引っ掛からないように気を付けてね」
モエ「了解っす…!」
リン「よし。…んで、ユキにはこれを」
≪page18≫
リンはゴソゴソと懐から紫の魔石を取り出した。
リン「これは魔物を誘き寄せる効果のある魔石よ。あなたはこれに魔力を込めて、魔物をトラップのポイントまで誘導してもらいたいの。当然、危険はあるけど…お願い出来る?」
ユキ「うん、分かった…」
リン「不安かもしれないけど、あたしが必ず仕留めてみせる。大丈夫、きっと上手く行く」
ユキ(今の私は雪女じゃない…。そして、この子は鈴子ちゃんじゃない…。新しい一歩を踏み出さないと、駄目なんだ…!)
決意に満ちた瞳で、ユキは頷いた。
モエは魔法で植物の種を生み出した。畑に落ちたその種は、野菜に似た植物へと成長を遂げた。モエは続けて、いくつか畑に同じトラップを設置していく。これに近付いた魔物は、ツルで足を拘束される仕掛けになっている。
リンは魔物との対峙に備え、軽くストレッチしている。
ユキは受け取った魔石に微量の魔力を流し、上手く効果を発揮出来るか練習していた。魔石は微かに光るのを確認し、ユキは気持ちを落ち着けるため深呼吸をした。
≪page19≫
3人の準備が整い夜の畑を見張りながら、家の陰に隠れそっと息を潜めた。
○日が沈んだ夜の畑
しばらくは何事もなく静かに時が流れた。途中、モエがあくびをしてしまい、慌てて口を手で隠すなんて場面があり、ユキとリンはその姿に和んでいたりもした。
村の近くの林から、巨大なシルエットが姿を現す。
≪page20≫
魔物『くんくん…くんくん…』
熊のような魔物が畑に現れた。
匂いを嗅ぎながら辺りを警戒している。
リン「来た…!」
ユキ(熊に似てる…。でも、私が知ってる熊はあんな見た目じゃない…。あれが魔物…)
魔物の体のサイズ自体は、現世の熊とほぼ変わらない。両腕のサイズが異常だった。足の2倍はある腕を、ドスドスと地面にめり込ませながら歩いている。
緊張の面持ちで、魔物の様子を窺う3人。
魔物『グウゥ……』
いつもの畑と様子が違うことに気が付き、魔物の動きが止まる。そして、踵を返して引き返そうとしていた。
≪page21≫
リン「ユキ、お願い…!」
ユキ「うん…!」
リンの声に頷くユキ。ユキは魔石を抱え、家の陰から慎重に畑の方へ歩いていく。
魔物と畑とユキが一直線上に並んだところで、ユキは魔石に魔力を込める。
ユキ「うぐぐぐぐ…!」
微かな魔力を絞り出すように、ユキは力を込めた。魔石が淡い紫色の光を放つ。すると、すぐに魔物が魔石に反応した。
魔物『グアアアアアッ!!』
魔物が吼えた。そのまま真っすぐユキの元へと突っ込んでいく。
≪page22≫
リン「よし…! 魔石に引き寄せられたわね…。このままモエちゃんのトラップの近くを通れば…」
風の魔力を両手に込めるリン。魔物がトラップにかかるのを待ち構えている。
その時、魔物は巨大な両腕を地面に激しく叩きつけた。
リンとモエ「…えっ!?」
驚愕する3人。魔物はその反動で畑を大きく飛び越えてユキの前に着地していた。
≪page23≫
ユキ「……あっ」
想定外の魔物の動きに固まるユキ。
リン「あいつ…! トラップを飛び越えるなんて…! ユキを助けないと…!!」
魔物に狙いを定めるリン。だが、魔物のすぐそばにユキがいる。魔物は不規則に身体を左右に揺らしていた。
リン「狙いが定まらない…! あれじゃ後ろのユキに当たっちゃう…!」
魔物にいつ襲われてもおかしくないユキ。それなのに攻撃が出来ずリンは焦る。
≪page24≫
徐々に迫る魔物。後退りするユキ。
モエ「ユ、ユキさん…! 逃げて…!」
ユキに向かって逃げるようにジェスチャーを送るモエ。だが、ユキは、首を振って拒否していた。
モエ「な、なんで…!?」
ユキ(ここで私が逃げたら、畑はめちゃくちゃにされる…。それに、あの子たちの任務も失敗しちゃう…!)
魔物『グアアアアアッ!!』
雄叫びを上げる魔物。巨大な右腕を振り上げた。
≪page25≫
SE『ドガアッ!!』
ユキ「うっ…!」
ユキに向かって振り下ろされる右腕。ユキはかろうじて攻撃を避けた。魔物はすぐにユキへ追撃しようと狙いを定める。
リン「くっ…! まだ距離が近い…! なんなのあの魔物…! まるでユキを盾にしてるような動きを…!」
リンは魔物を狙おうとするが、魔物はユキが巻き添えになるような位置をキープし続ける。
≪page26≫
ユキ「私は諦めない…! ここで生きるって、決めたから…!!」
リン「ユキ…」
ユキの決意に満ちた声を聞き、心打たれるリン。しかし、魔物はユキを押し潰すため、右腕を振り上げている。
その時、ユキは思い出していた。以前、平原で目撃した光景、リンが魔石を遠くに投げ、魔物を誘導していた時のことを。
ユキ(そうだ…! あれなら…!)
ユキ「……んんんんんっ!」
ユキはありったけの魔力を魔石に込める。
≪page27≫
ユキ「それ…!」
ユキは、魔力を込めた魔石を、トラップのある畑へ全力で放り投げた。
魔石は上手く畑へ落下した。固唾を呑んで魔物の動きを伺うユキ。
魔物『グアッ…!?』
魔物が攻撃を止め、魔石に引き寄せられ畑の中へと向かって走り出した。
≪page28≫
魔物が野菜に近付いた瞬間、キャベツの中に紛れた植物のトラップが作動する。キャベツの中から蔓が勢いよく伸び始めた。
SE『シュルシュルシュルッ!』
魔物『グアアアアアアッ!?』
リン「今だ…!!」
魔物は足を絡め取られ身動き出来ない。そのチャンスをリンは逃さなかった。風の魔力を両手に込めるリン。
≪page29≫
リン「ウィード!!」
無数の風の刃が魔物に襲い掛かる。
魔物『グアウウウウウッ!!』
全身を斬り刻まれた魔物はドスゥン!という音を立てながらその場に倒れた。
≪page30≫
ユキ「…や、やった…」
呆然と倒れている魔物を見つめるユキ。すると、リンが勢いよくユキに駆け寄ってきた。突然のことに驚くユキ。
ユキ「……え?」
リンはユキを力強く抱き締めていた。
≪page31≫
リンに抱き締められるまま、目を丸くして固まるユキ。モエは赤面しながら両手で顔を覆い、指の隙間から2人の様子を見守っている。リンはしばらく抱き締めた後、ようやく口を開いた。
リン「馬鹿っ!心配したじゃないっ! …よく思い付いたわね。魔石を投げるだなんて…!」
リンは涙目になっていた。心の底からユキのことを心配している様子だった。
ユキ「見てたから…。平原で同じやり方を…」
リン「それって…あたしの…?」
≪page32≫
ユキ「…それにしても、馬鹿なんて言い方は無いんじゃないの…? …リンちゃん?」
リン「…!!」
穏やかな笑みを見せるユキ。リンちゃんと初めて呼ばれ、リンは顔を赤くした。
ユキ「リンちゃんのおかげだよ…。ありがとう…」
リン「あ、あうぅ…!」
≪page33≫
リンの背中を優しく撫でるユキ。ますます赤くなるリン。
リン「まったく! こっちの気も知らないでっ! 馬鹿ユキ!」
涙目になりながら、必死で意地を張ろうとするリン。
モエ「ふふふ…!」
モエはそんな2人を微笑ましく思いながら、優しく見つめている。
林の中から、そんな3人の様子を窺う、フード付きのローブを纏った少女のシルエットがあった。
第4話
≪page1≫
魔物を討伐し、ユキとリンが打ち解け、すっかり気が抜けた3人は、しばらく座り込んで動けなくなっていた。
リン「…朝までこの村で休ませてもらいましょう。どこか泊めてくれる家を探さないと!」
リンがまだ起きている村人がいないか様子を見ようと立ち上がる。
その時、モエの肩に光の矢が突き刺さる。
モエ「…うっ」
モエはその場に倒れた。突然のことに、ユキとリンは呆然と倒れたモエを見つめている。
リン「……え?」
動揺して青ざめ、汗が噴き出すリン。
≪page2≫
モエ「い、痛いっ…!うぅっ…!」
リン「モ、モエちゃん!? 大丈夫!? 一体、何が…!?」
モエ「わ、分からない…っす…。い…いきなり、肩が…。ううぅッ…!!」
激痛で泣き出すモエ。モエの肩からは血が溢れている。どんどん血の気が引いていくリン。
リン(矢を引き抜けば出血は酷くなるはず…! どうする…!? どうすればいいの…!?)
ユキは光の矢が飛んできたのを目撃していた。矢が放たれたと思われる方向を睨んだ。
ユキ「あそこに誰かいる…!」
≪page3≫
魔法で作ったと思われる光の弓を持つ、フードを目深に被ったローブ姿の謎の人物が立っていた。
リン「誰なのあいつ…ッ!?」
モエを傷付けられ頭に血が上るリン。相手の目的は全く分からないが、敵であることは間違いなかった。
敵「……」
弓がリンたちに向けて構えられた。
リン「……!」
まだ攻撃するつもりの敵を見て、リンは歯を食いしばる。
≪page4≫
リン「…ユキはモエちゃんを連れてここから離れて! それから…村の医者を探して怪我を診てもらって…! お願い…!」
静かに怒りを燃やすリン。
リン「こいつはあたしが引き受けるから…!!」
ユキ「わ、分かった…!」
リンの気迫に押され、ユキはすぐこの場から離れることを決めた。
モエ「リ…リン…先輩…」
負傷したモエに肩を貸し、なんとか立たせると必死で村へと運ぶユキ。
≪page5≫
2人が立ち去るのを見届けると、リンはローブの人物に怒りをぶつける。
リン「ナメた真似してくれたわね…。私の大事なモエちゃんを傷付けるなんて…。肩から血が溢れて…! あんなに…痛そうに…!!」
リンの周囲に風が舞う。表情が怒りの感情で塗り潰される。謎の人物のローブも風で揺れる。
リン「百倍返しじゃ気が収まらないわよッ!!」
激昂するリン。突風が吹き荒ぶ。両手に風の魔力を込める。
≪page6≫
リン「トルネオンッ!!」
リンが使える最強の風の魔法を放った。両手から風を発生させ、それを地面に向けると、巨大な2つの竜巻が生まれた。その竜巻は、敵の元へと突き進む。敵は竜巻に巻き込まれまいと距離を取るが、凄まじい風圧に弓を構える腕が震えている。
敵「……チッ」
≪page7≫
リンに狙いを付けられず、舌打ちをするローブ姿の人物。その隙をつき、接近戦を仕掛けるリン。
リン「エアル!」
リンは足に風の魔力を纏っていた。足元で追い風を受け、リンは加速する。
リン「おらっ!!」
勢いに身を任せ飛び上がるリン。そして、敵の頭上から飛び蹴りを放った。敵は咄嗟に腕で蹴りをガードする。
≪page8≫
敵「うっ…!」
リン(この声、女か…!)
敵の声の高さで、性別を判断するリン。リンに蹴られよろめく敵。接近戦は分が悪いと執拗に距離を取ろうとする。
リン「誰なのよあんたは…ッ!? 魔法使ってるってことは魔法学生なのよねッ!? こんなことして、許されると思ってるの…!?」
敵「……」
謎の敵は何も答えない。そのまま光の矢がリンに向けて放たれた。リンは足元で風を爆発させ、上空へ飛び上がった。
上空へ逃げたリンに、敵は弓矢を放ち続ける。
≪page9≫
リン「ブリズ!」
リンは負けじと、氷の刃で矢を撃ち落とそうとする。だが、矢はあっさりと氷の刃を砕いた。
リン「なっ…!?」
矢はリンに向かって突き進む。リンは上空で身体を捻って矢を躱した。
≪page10≫
リン「私の魔法が打ち負けた…!? そ、そんな…」
動揺するリン。尚も弓で狙いを付ける敵。リンは空中で狙われることを恐れ、足元で風を起こし、すぐに地面に着地した。
リン(落ち着け…! あいつは弓しか使って来ない…! 攻撃自体は直線的で読みやすい! 隙をついて、また接近すれば…!)
≪page11≫
その時、リンの左肩に光の矢が突き刺さった。
リン「え…!?」
上空に放たれた光の矢のうちの1本が、リンの肩を貫いていた。
リン「う…くぅッ…!」
痛みに顔を歪めるリン。
≪page12≫
リン(さっき撃った矢がまだ生きてた…!? そんなことも出来るなんて…!!)
敵はわざと上空へ向かって無数の矢を放った。リンは思わず空を見上げた。
空からは、光の矢が雨のように降ってきていた。
≪page13≫
リン「くっ…! ブリズオン!!」
リンは、氷と風を組み合わせた魔法を放つ。氷だけでは防げなかった矢を、今度はかろうじて弾くことが出来た。
リン「……ッ! しまっ…」
上空に気を取られているリンに、敵は冷静に狙いを定めていた。
≪page14≫
リン「うあぁッ!!」
リンの右足は射抜かれた。ふとももに矢は突き刺さっている。リンは左足に体重をかけ、なんとか倒れず踏ん張った。
リン(攻撃を防ぐので精一杯で、まともにやり合えば打ち負ける…! どうすればいいの…!?)
リンは風を使って片足分の機動力をカバーする。前方から放たれる矢を、ブリズオンでなんとか防ぎ続ける。
リン(あいつは上からも攻撃出来る…! 前ばかりに気を取られるな…! 上にも注意を払え…!)
≪page15≫
そんなリンを嘲笑うように、敵は地面に向かって3本の矢を放った。矢は地中へと潜る。
リン(えっ…!? 下…!?)
予想していなかった下への射撃に、リンの思考は一瞬止まってしまう。次の瞬間、地面から矢が飛び出した。
リン「うわぁっ!?」
リンはなんとか2本の矢を躱す。
≪page16≫
リン「うぐっ…!」
躱せなかった最後の矢が、リンの左ふくらはぎに突き刺さった。
両足を射抜かれ、立っていることが出来なくなったリンはその場に倒れた。
静かにリンを見下ろす敵。リンは唇を噛み締めた。
敵「……」
リン(こ、こいつ…! 強い…!! 私よりも…! !)
≪page17≫
リン「あんた…私より強いってことは、Sランクの魔法学生なんでしょ…? どうして、こんなことを…!?」
敵「……」
敵は何も答えない。地面に倒れているリンに向けて光の弓を構える敵。両足を撃ち抜かれ立ち上がれない。魔法で攻撃しても避けられる。為す術がなかった。
リン「うっ…!」
死を覚悟して目を瞑るリン。
ユキ「やめろッ!!」
≪page18≫
ユキの声が響いた。モエを村人に託し、リンの元へ戻ってきていた。リンはユキに向かって叫ぶ。
リン「ユキ…!」
ユキが来て一瞬安堵してしまうリン。すぐに我に返り、ユキに向かって叫んだ。
リン「な、何してるのよ!! 早く逃げなさい!! あんたが敵う相手じゃない!!」
ユキ「嫌だ…!」
敵(…こいつは確か、新しく入った新入生だったな。魔力はほとんどない。Fランクの雑魚。話にならない)
リン「ブリズッ!!」
リンは魔法で敵を狙い続けるが当たらない。身動きが取れず右腕しか使えない。そのせいで攻撃が単調になり、相手に全部読まれてしまう。
≪page19≫
ユキを狙おうと弓を構える敵。それを見て、リンは焦る。
リン「ユキ…っ!! お願いだから早く逃げて…!!」
だが、ユキは逃げる素振りを見せない。
リン「なんでよ…!! 逃げなさいよ…!!」
首を振り拒否するユキ。
リン「なんでよ…! なんでなのよ…!」
言うことを聞いてくれないユキに、リンは項垂れる。
≪page20≫
ユキ「リンちゃんは、私の友達だから…!」
リン「ユ、ユキ…」
ユキの言葉に、リンは涙を零した。
敵(友達…。くだらない…! あいつはここで殺す)
ユキに向け、弓を構える敵。リンは拳を握り締め、涙を流しながら目を瞑った。
ユキ「…リンちゃん」
≪page21≫
ユキは敵の方を向きながら、優しい声色でリンに語り掛けた。
ユキ「私の“魔法”使うけど、良いよね…?」
リン「……え?」
敵(…死ね。Fランク…!)
敵がユキに向け5本の矢を同時に放った。
リン「ユキ…ッ!!」
≪page22≫
リンが矢を撃ち落とそうと手をかざす。
リンが魔法を撃つ前に、矢は空中で凍り付き、そのまま地面に落下した。
敵「……!?」
驚愕するリンと敵。ユキの身体からは冷気が立ち込めていた。リンも敵も、まだ何が起こったのか把握出来ていない。
敵(なんだ今のは…? 何が起こった…?)
動揺しながらも、弓を構える敵。次は上空に向けて矢を放った。矢の雨がユキに降り注ぐ。
リン「あんな数…! ここからじゃ防げない…!」
ユキに迫る矢の雨に、リンは絶望感を漂わせる。
≪page23≫
ユキの背後から、巨大な氷の柱が出現した。氷の柱は、ユキの頭上を覆うように、津波が凍ったような形状へと変化した。
光の矢は全て、氷の壁に阻まれた。
リン「……これは!」
リンは記憶を辿る。以前、平原で氷漬けになった魔物を思い出していた。
リン(やっぱりあれは、ユキの魔法…!?)
敵「……くッ!!」
≪page24≫
敵は上空、さらに前方に向かって矢を撃ち、続けざまに地面に向かって矢を放った。矢は全方位からユキを襲う。
ユキ「はぁッ!!」
ユキはさらに冷気を強めた。地面は完全に凍り、地面から突き出た矢は凍り付いた。空中の矢も全て凍り付き、力なく地面に落下した。
敵(さっきから訳が分からない…! 勝手に矢が凍るなんて…! あいつはFランクのゴミのはず…)
≪page25≫
敵は改めてユキのことを見た。ユキは、微かに髪を逆立てながら、静かに氷の弓を構えていた。
敵「そ…そんな…馬鹿な…」
敵(あれは…私と同じ力…!?)
動揺する敵に構わず、ユキは敵に狙いを定める。
≪page26≫
ユキ「…ふっ!!」
ユキが氷の矢を放つ。敵の右足に氷の矢が突き刺さった。
敵「……うあッ!?」
足を射抜かれた激痛でよろめく敵。
リンは、ユキの実力を目の辺りにして呆気にとられている。
≪page27≫
敵(クソッ…! 私の足が…!)
ユキ「……」
ユキは氷の弓を構えながらも、追撃しなかった。
敵「……ッ!!」
敵(こいつ…!! 私を見逃そうとしてるの…!?)
ローブの隙間から、怒りに満ちた口元が見える。
≪page28≫
敵(許さない…!! 殺す…!! 次は絶対、殺してやるッ!!)
ユキの慈悲に苛立ちながら、足を引きずりながら敵は暗闇に姿を消した。
リンはゆっくりと満身創痍の身体を起こした。
リン「ユキ、あんた…。そんな力が使えるのに、なんで今まで使わなかったのよ…!?」
リンは恐る恐るユキに尋ねた。ユキは笑いながらケロッと答える。
≪page29≫
ユキ「約束したから。リンちゃんと」
リン「……あっ」
○回想のリン
リン『さっきのあなたの力。あれは危険な力なの。しかも、あなたは記憶を失っている。そんな状態で力を使えば何が起こるか分からない…。思わぬ被害を出さないためにも、あの力の使用は控えて』
○回想終了
リン「あんた…。あれを今まで守ってたの…!?」
ユキ「う、うん…」
≪page30≫
リン「あははははっ…!」
思わず吹き出すリン。涙を拭い、ユキに向き直る。
リン「やっぱりあんた…。馬鹿ユキね…!」
ユキ「えぇ〜っ!? なんで!?」
約束を守っていたのに馬鹿ユキと呼ばれ、ユキはオーバーリアクションでショックを受けていた。
≪page31≫
○夜が明け、日が昇るイムテ村
○イムテ村の診療所内
リンのバストアップ。胸から下は映っていない。
リン「モエちゃん、大丈夫…?」
肩に包帯を巻いているモエに、リンは心配そうに声を掛けた。モエは元気なことを精一杯アピールした。
モエ「大丈夫っす…! 私は全然元気っすから…! 痛っ…!」
リン「もう! 無理しちゃ駄目よ。痛くて当然! しっかり休みなさい!」
≪page32≫
リンの全身が映る。肩と両足に包帯を巻いた満身創痍状態。自分を差し置いて、モエの心配をするリンに呆れるユキ。
ユキ「それはリンちゃんもね」
リン「はい…」
申し訳なさそうに項垂れるリン。
リン「ごめんね…。あたしがしっかりしなきゃいけないのに、こんな有り様で…」
ユキ「何言ってるの! リンちゃんがいたから、私はモエちゃんをお医者さんに連れて行けたんだから!」
モエ「そ、そうっすよ! 悪いのは全部、あのローブの人っす! リン先輩には胸を張って欲しいっす!」
リン「あ、ありがとう…。2人とも…」
2人の優しさに感謝し、穏やかな笑みを浮かべるリン。
リン「それにしても、どうやって帰ろうかしら…。これ…」
ユキとモエ「う…」
まともに歩けそうにないリンを見て、困り果てるユキとモエ。
≪page33≫
○昼間の街道
リンを背負って進む汗だくのユキ。
ユキ「はぁ…はぁ…」
リン「ユキ…無理しなくて良いわよ…? 重かったら降ろして良いから…」
心配そうに見つめるモエ。疲れを見せながらも笑顔を作るユキ。
ユキ「大丈夫…! 友達だから…!」
リン「気持ちが重い…!」
ボロボロで帰路につく3人。リンは満更でもない笑みを浮かべていた。
第5話
≪page1≫
○魔法学校、職員室。
イムテ村から帰還した直後のユキたち。リンとモエは、まだ身体に包帯を巻いている。リンはロークに任務を終えたこと、謎の人物に襲撃されたことを報告していた。
ローク「そうですか…。そんなことが…。本当に、皆さんが戻って来てくれて良かった…」
リン「すみません…。あたしの実力不足で、2人を危険に晒してしまいました…」
ローク「そんなことはありません…。フロウナさんが奮闘したからこそ、不測の事態を乗り切れたんです…」
モエ「そうっすよ…! それを言うなら、私が矢に打たれなければ…」
ユキ「いや、私が最初から魔法を使っていれば…」
≪page2≫
ローク「魔法…?」
リン「えぇ…。実は、ユキがSランク級の魔法に似た力を使っていたんです…」
ローク「ユキさんが…? にわかには信じられません…。ユキさんの魔力がFランクなのは、何度も確認していますから…」
ロークは顎を触りながら思考を巡らせる。それでも答えは出ない様子だった。
ローク「ユキさんに秘められた力…。もしかすると、その力がユキさんの失われた記憶を取り戻す鍵になるかもしれませんね…。私も、ユキさんに似た事案がないか調べてみます。その件で、もし、困ったことが起きたら、いつでも私に相談してください」
ユキ「は、はい…! 先生、ありがとうございます…!」
ユキ(記憶喪失じゃないとは、今さら言えない…)
ロークの気遣いに、申し訳なさそうに俯くユキ。
≪page3≫
ローク「襲撃の犯人についても、先生方と協力して捜索を進めます。早急に犯人の身柄を取り押さえたいとは思っていますが、皆さんも、身の回りの警戒を続けてください…!」
リン「はい…! ありがとうございます…!」
○学校の中庭
ロークに襲撃事件を報告し、職員室を後にしたユキたち。
リン「ユキの氷の力のこと、他の魔法学生には隠しておいた方が良いわね」
ユキ「え?」
いきなりのリンの発言に、ユキとモエはキョトンとしている。
リン「ユキの魔法はFランク。鑑定石で測ったんだから、それは紛れもない事実。それなのに、ユキはSランク以上の実力を発揮していた」
リン「あんなの、普通あり得ない」
リンの話に静かに耳を傾けるユキとモエ。ユキはリンに疑問を投げかけた。
ユキ「それなら、余計に話しておいた方が良いんじゃ…。隠し事は良くない気がするし…」
≪page4≫
リン「甘いっ!」
ユキ「えぇっ…!?」
ユキの発言に、呆れながら反論するリン。
リン「この学校は、あたしのような淑女だけじゃないの。何か気に入らないことがあると、変な因縁つけて来るような輩もいるのよ」
ユキ(淑女…?)
ユキは心の中でツッコミながら、受け流した。
リン「ただでさえ、ランクの高い生徒は嫉妬されやすい。一方的にライバル意識を向けて来るような奴もいるしね」
ユキ「なんだか、自分の体験のような言い方だね」
≪page5≫
モエ「ユキさんは、まだこの学校に転入したばかりで知らないかもしれないっすけど…。うちのクラスにも、リン先輩にちょっかいかける人がいるんすよ…」
リン「そう…! そいつの名前はヒエール・ツンドーラ。とっても嫌な奴で、あたしが一番苦手な男よ…!」
拳を握り締め、眉間に力が込もるリン。
リン「ああいうのとトラブルにならないためにも、ユキは普通の魔法学生として過ごした方が良いと思うの! 謎のローブ女の件もあるし…!」
ユキ「な、なるほど…」
リン「ユキ、くれぐれもヒエールには気を付けなさいよ? あたしも、いざという時は助けてあげるから…!」
ユキ「うん…! ありがとう、リンちゃん…!」
○時間は進み、場面は教室。
≪page6≫
リンとモエの怪我は完治し、包帯は取れていた。ユキ、リン、モエが座る長机の座席の側に、取り巻きを2人連れた性格の悪そうな男が立っていた。
※モエがリンを先輩と呼ぶのは、単純にモエが年下のため。魔法学校に入学する年齢に決まりがないため、学年という括りは行われていない。
ヒエール「おやおや。リン君。もう怪我は治ったのかイ? あんなに惨めな姿だったのに」
リンはなるべくヒエールのことを見ないように、視線を逸らしながら返事をする。
リン「えぇ…。おかげさまで…」
≪page7≫
ヒエール「フッ…。災難だったネ。そんな低ランクの奴らに先輩風吹かしてるせいで、バチが当たったんじゃないかナァ?」
ユキ(ほんとだ…。めちゃくちゃ嫌な奴だ…)
話に聞いていた通りのヒエールに、ユキは露骨に嫌そうな顔をする。モエは落ち着かない様子でリンのことを気に掛けている。
リン「そうかもねぇ。あんたにも、子分を引き連れてるバチが当たらなきゃ良いけど」
ヒエールの挑発に軽く言い返すリン。ヒエールの取り巻き2人は、顔を真っ赤にして怒り始める。
子分A「なんだと!? 我々はヒエール様を心から慕っているのだ! 子分などとそんな低レベルな存在と一緒にするな!」
子分B「そうだそうだ! ヒエール様こそ、次期Sランク候補の優秀な魔法学生なのさ! 同じAランクでも、お前とは格が違うんだよ!」
≪page8≫
リン「ふっ…」
子分A&B「何がおかしいんだコラー!?」
リンに鼻で笑われ、怒りを全身でアピールする子分たち。ヒエールはまぁまぁと両手を軽く振りながら、子分2人の気を鎮めた。
ヒエール「ボクくらいになると、自然と慕ってくれる人間が現れるのサ。君には無縁だろうけどネ」
リン「まぁね」
リンはヒエールのことを見ず、適当な相槌を打つ。ヒエールは薄ら笑いのまま、リンをさらに挑発する。
ヒエール「そんな可哀想な君も、優秀なボクのアドバイスが聞きたかったら、いつでも教えてあげるヨ。自称エリートくン」
リン「まぁね」
会話にならない返事を返され、ヒエールは口の端を歪ませていた。さらにリンを挑発する言葉を探す。
≪page9≫
ヒエール「ま、君がそんなだから、エレナ君は愛想を尽かしてしまったんだろうネ」
リン「…!!」
リンは勢いよく立ち上がった。そのままヒエールのことを睨み付けている。ヒエールは満足そうに笑っていた。
リン「あの子のことは、あんたには関係ないでしょ…?」
ユキ(リ、リンちゃん…?)
急に立ち上がったリンを見て驚くユキ。
≪page10≫
ヒエール「ボクに関係あるなんて言ってないじゃないか。ただ、エレナ君のことを想うと可哀想だなと思って。かつて同じ班で仲間だった君が、いつまで経っても追いついて来ないんだからサ」
リン「……」
ヒエール「エリートなら、Sランクなんてすぐなんじゃないのかイ? エレナ君を見習いなヨ。ボクなら、もうすぐ彼女と同じ次元へと到達出来るだろうけどネ。才能のない人は哀れだネェ」
リン「黙りなさい…」
ヒエール「エレナ君は今頃、Sランクの特別任務で忙しくしているだろうネェ…。君のことなんか、もう忘れてるんじゃないかナァ…?」
リン「黙れ…! うっ、く…!」
モエ「せ、先輩…」
≪page11≫
リンは声を押し殺して泣いていた。エレナのことを持ち出せば、リンは自分のことに反応する。そのことに気を良くして、ヒエールはさらにリンを煽ろうとする。
ユキ(エレナって誰なんだろう…。私には、事情はよく分からないけど…。でも、これだけは分かる…。リンちゃんが…泣いているのは…!)
リンの涙を見て、ユキは静かに怒りを燃やしていた。
ヒエール「エレナ君もきっと、今のリン君を見たら指を差して笑ってしまうだろうネ。こんな風に! あっはっはっはっはっハッ!!」
リンを指差し高笑いをするヒエール。取り巻きも一緒になって笑い始めた。リンは必死に平常心を保とうと拳を握り締める。
≪page12≫
ヒエールの視界に、鬼の形相のユキが飛び込んできた。
ヒエール「ぐボァッ!?」
ユキの右ストレートが炸裂。ヒエールは盛大に吹っ飛んでいた。
リン「ユキ…!?」
≪page13≫
子分A&B「ヒエール様ぁっ!!」
倒れるヒエールに駆け寄る子分2人。ユキは床に転がっているヒエールを睨み付けた。
ユキ「リンちゃんを笑うな…!」
ヒエール「な、なんだお前は…! Fランクのクセに…! このボクに歯向かうのか…!?」
ユキ「……」
ヒエール「ヒッ…!?」
ユキの無言の圧力。妖怪のようなその迫力に、ヒエールは一気に戦意を喪失していた。
≪page14≫
ヒエール「ふ、ふン…! お前のような低レベルな奴の相手なんてしていられるか…!」
子分A&B「ヒエール様ぁ〜! 待ってくださいよ〜!」
立ち去るヒエール。追い掛ける子分2名。
ユキ「ふぅ…」
嵐が過ぎ去り、静けさを取り戻した教室。ユキは安堵の溜め息を漏らした。
リン「ユキ! なんてことするのよ! いきなりぶん殴るだなんて! 先生にチクられたらどうするの!?」
ユキ「ご、ごめん…。許せなくて…つい手が…」
申し訳なさそうにするユキ。しかし、言葉とは裏腹はリンは笑顔だった。
≪page15≫
リン「ま。あんたのおかげでスッキリしたわ…。ありがと…」
照れながら、ユキにお礼を言うリン。ユキもリンに笑顔を返した。モエもようやく笑顔を浮かべていた。
○ユキたちの教室、放課後のホームルーム
ローク「さて、来週の連絡事項ですが、レクリエーションにて、マジケットボールを開催したいと思います」
おぉーっ!!と教室が湧き上がる。ユキだけはキョトンとしている。
生徒A「私、マジケが一番好き!」
生徒B「思いっきり暴れてやるぜ!」
興奮する生徒を不思議そうに眺めるユキ。何が始まるのか気になるユキは、隣に座るリンに尋ねた。
ユキ「マジケットボールって何…?」
≪page16≫
リン「あっ、そうか。ユキは知らないんだっけ。マジケットボールっていうのは、ボールをリングの中に入れる競技のことよ。3人1組のチームに分かれて、ドリブルやパスを駆使してお互いのコートにあるリングを狙う。そして、リングに入った得点を競っていくの」
ユキ「私、それ知ってるかも…名前は違うけど…」
ユキ(バスケットボールのこと、鈴子ちゃんが教えてくれたから…)
モエ「私はちょっと苦手なんすよね…。魔法を思いっきり使おうと、みんな張り切ってて怖いっすから…」
ユキ「魔法って使って良いの…!?」
≪page17≫
リン「それがマジケの醍醐味よ。魔法学生は、授業と任務以外で魔法の使用は制限されてるから、そりゃあ張り切るってもんよねぇ。まぁ、あたしはまだ怪我が治ったばっかりだし、今回は、ほどほどにしておくつもりだけど」
ユキ「でも、魔法を使うって危ないんじゃないの?」
モエ「ボールを運ぶために魔法を使うのは自由なんすけど、相手に直接危害を加えてはいけないというルールがあるんす。でも、どこからどんな魔法のボールが飛んで来るか分からなくて、それはもう恐ろしいっす…」
リン「大丈夫よ、モエちゃん…! モエちゃんのことは、あたしが命に替えても守ってあげるから…!」
モエ「せ、せんぱぁい…!」
ユキ「あの…」
恐る恐る手をあげるユキを、不思議そうに見つめるリン。
≪page18≫
リン「ん? どうしたの、ユキ? ユキは超強いんだから、別にあたしが守らなくても大丈夫でしょ」
ユキ「いや、その…。私、みんなの前で力を使わない方が良いんだよね…?」
リン&モエ「あっ…」
魔法学生には力を隠すと決めた矢先に、開催されてしまうマジケットボール。そのことに改めて気付き、3人は固まっていた。
ユキ「ど、どうしよう〜!?」
ローク「ユキさん、まだホームルームは終わってませんよ…?」
大声を上げるユキに、ロークは困りながら注意する。
一方、マジケの開催を知り、怪しげな笑みを浮かべるヒエール。
≪page19≫
ヒエール(ふっ…。マジケか…。これは好都合。あくまでも競技として、あのFランクのクソガキに報復することが出来るゾ…!)
ヒエールは怒りに満ちた表情から、頬を赤らめ、恋をしているような表情へと変わった。
ヒエール(そして…。今度こそ、愛しのリン君を振り向かせてみせるサ…!)
実はリンに惚れていたヒエール。己の復讐心と恋路のため、ヒエールは闘志を燃やした。
○マジケ当日、魔法学校のマジケコート。マジケット専用のコートと、ゴールリングがそれぞれのエリアに1つずつ設置されている。
ローク「それでは、只今よりマジケットボールを開催いたします。事前に説明した通り、今回は3on3形式の試合です。トーナメントに最後まで勝ち進んだチームが優勝となります。皆さん、日頃の勉学の成果を、存分に発揮してください」
おぉーっ!と沸き立つクラスメイトたち。
ユキ「みんな気合入ってるなぁ…。やっぱり不安だよ…」
≪page20≫
リン「大丈夫よ、ユキ! あれから練習したんだから!」
モエ「そうっすよ…! 私たちも魔法でサポートするっすから…!」
ユキたちの元に、子分を2人引き連れてニヤニヤしながら近付いて来るヒエール。
ヒエール「おやおや。君のチームには、魔法が使えない人がいるのかい? それは可哀想にネェ。実質、2人で試合をしなきゃならないんだからサ」
リン「あんたも可哀想な奴ね…。試合前に、わざわざそんな挑発しに来ないといけないくらい、自分に自信がないなんて…」
≪page21≫
ヒエール「自信がない訳じゃないサ。今なら、リン君をボクのチームの控えにしてあげようと思ってネ」
リン「お断りよ。あんたのチームなんかに入ったら優勝出来ないもの」
子分A&B「なんだとーっ!?」
ヒエール「フッ…。相変わらず強気だネ。この前は、エレナ君のことで泣きべそかいていたというのに」
リン「もう泣かないわよ」
ヒエール「どうだかネェ」
睨むリンと不敵に笑うヒエール。怯えるモエ。
≪page22≫
無言のまま、ヒエールの前に割って入るユキ。
ユキ「……」
ユキを見て殴られたトラウマを思い出し、怯えるヒエール。
ヒエール「クッ…! またお前か…! 魔法も使えない出来損ないのクセに! お前なんか、みんなの笑いものになるが良いサ!」
ユキに捨て台詞を吐きながら、立ち去るヒエール一行。
ユキ「ふぅ…」
リン「ありがとう、ユキ。その気迫があれば大丈夫よ。あんたの実力を、あの馬鹿に見せつけてやりましょう!」
ユキ「…うん!」
≪page23≫
試合開始の時が訪れ、コートに立つリン班チームと相手チーム。
子分A「相手チームは全員Bランクで固めてますね」
子分B「こりゃ、あいつらここで敗退しますね。せっかく我々が捻り潰せると思ったのに、残念ですねぇ」
ヒエール「まァ、その時は存分に笑ってやれば良いサ」
ニヤニヤとリン班を見つめるヒエール。ロークが持っているホイッスルを吹き、試合が始まった。
≪page24≫
リン「エアル!」
風を足に纏い、空中を滑るように移動するリン。そのまま華麗にダンクシュートを決めた。
生徒たち「えぇぇーっ!?」
鮮やかなリンの活躍に、驚愕の声を漏らす生徒たち。
≪page25≫
モエ「プランナー!」
地面から植物を生やすモエ。そのまま植物のツルがボールを運び、軽く放り込むようにゴールを決めた。
生徒たち「うおぉーっ!?」
リンとモエの華麗なプレーに焦る相手チーム。
相手選手A「くっ…! リンとモエをマークして! ユキだけなら、私ひとりで十分!」
≪page26≫
リンとモエを空中に巨大な腕を発生させる魔法と、骨を操る魔法を駆使して妨害する相手チーム。その間に、リンはユキにボールをパスした。
リン「ユキ…!」
≪page27≫
相手選手A「よし! ボールがユキに渡った! これなら…」
ユキは鋭い目つきでゴールリングに狙いを定める。そして、鮮やかなスリーポイントシュートを放った。ボールはリングをくぐり、リン班チームはポイントを重ねた。
≪page28≫
生徒たち「なっ…!!?」
相手選手A「なんですって…!?」
驚愕するギャラリーの生徒たちと相手選手の少女。
○回想。マジケ専用コート。試合前の練習風景。
コートに集まるユキ、リン、モエ。
リン「よし…! んじゃ、さっそく、ユキにマジケの基礎を叩き込んであげるわ!」
得意げなリン。ユキはボールを両手で持ちながら、静かにゴールを見つめている。
リン「良い? まず、ボールは手を添えるようにして、それから…」
おもむろにボールを投げるユキ。リンは呆気にとられた表情を浮かべた。
≪page29≫
リン「あっ! ユキ! 何勝手に投げてるのよ! これから教えてあげようとしてるのに…」
スポッ。とあっさりゴールに入るボール。リンとモエはポカンとユキのことを見つめている。
リン「ちょちょちょ、ちょっと、あんた…!? な、なんでそんなに上手なのよ…!?」
ユキ「実はね…」
穏やかな笑顔で答えるユキ。その脳裏には、初めての親友、鈴子の姿が浮かんでいた。
○ユキの回想。公園に設置された夕暮れのバスケットコート。
≪page30≫
鈴子「雪ちゃん、たまにはこういうとこで遊ぼ!」
ユキ「こ、これは何…?」
鈴子「これはバスケ! バスケットボール! なんか投げて入れんの! あたし、こう見えて中学の頃バスケ部だったんだから!」
笑顔でバスケットボールで遊ぶ2人。鈴子に教えられ、ユキはメキメキと上達していた。
○回想終了
ユキ(教えてくれたんだ。私の、大切な人が…!)
ローク「ゲームセット! 勝者はリン班です!」
歓声が上がる中、自信に満ちた表情を浮かべるユキたち。
≪page31≫
子分A「あいつら…! 良い気になりやがって…!」
ヒエール「フッ…。そうこなくっちゃァ、面白くないじゃないか」
憤る子分たちと、尚も不敵に笑うヒエール。
○進んでいく試合。
次の試合でも、魔法を駆使して相手を引き離すリンとモエ、基本に忠実なプレイで手堅く得点を稼ぐユキ。
そして、舞台は決勝戦。ヒエールたちとの試合が始まろうとしていた。
≪page32≫
お互いに睨み合うリン班とヒエール班。
ヒエール「フッ。Fランク君、泣いて謝るなら今のうちだヨ?」
ユキ「それは、こっちの台詞だよ!」
≪page33≫
ローク「それでは、決勝戦を始めます…!」
ロークの掛け声の直後、コートに冷気が漂っていた。
ユキ「…!」
ヒエール「ふっふっフッ! 見せてやる! このボクの未来のSランクの実力を!」
実は氷の魔法使いだったヒエール。氷をコートに張り巡らせながら、ユキを睨んで不敵に笑う。
第6話
≪page1≫
○マジケットのコートで対峙しているリン班とヒエール班
ヒエール「フッフッフ…! ボクの魔法の強大さに腰が引けてしまったかナ? さっきまでの試合は魔力を抑えていたのサ」
ユキ(氷の魔法…。リンちゃんも使ってたけど、リンちゃんの魔法よりも氷の温度が低くて強度が高い…)
マジケットのコートは一面凍っていた。ユキは地面から突き出た巨大な尖った氷塊に触れ、氷の質を見極めている。
≪page2≫
リン「悔しいけど、氷魔法だけならあたしよりあいつの方が強い…! 風魔法なら負けないけど…!」
モエ「あわわわ…! 地面が凍ってて、これじゃ種が植えられないっす〜!」
コートのセンターサークルの上には、ロークが魔法で浮かせているボールがある。リンとヒエールはボールの前で向かいあった。
ローク「それでは、試合開始です!」
ロークの合図でボールは上空へと飛び上がった。その瞬間にリンは風魔法を唱えた。
≪page3≫
リン「エアル!」
足元で風の爆発を起こし、リンがボールを取ることに成功した。
ヒエール「それは譲ってあげるよ。せめてもの情けって奴サ」
リン「それはどうも!」
≪page4≫
リンは風を使い、コートに触れることなくリングへと向かっていく。そのままダンクを決めようとボールを振りかぶった。
ヒエール「フォルグ」
リン「!?」
リンの視界は突如、真っ白の霧に包まれていた。視界を奪われたリンは狙いを付けることが出来ない。ボールはリングの淵に弾かれていた。
リン「くっ!」
≪page5≫
子分A「ノビーテ!」
子分Aが魔法を唱えると、子分Aの腕はキリンの首のように伸びていく。そのままリンのボールを奪った。
リン「あっ!」
子分A「ヒエール様!」
子分Aがヒエールにパス。ニヤつきながらボールを受け取るヒエール。
ユキ「させない!」
子分B「それはこっちの台詞だ。バルーク!」
≪page6≫
子分Bが身体を風船のように膨らませユキをマーク。モエも慌てて駆け付けようとするが、氷に足を滑らせ尻餅をついた。
モエ「あうっ!」
ユキ「くっ…! そこをどいて!」
ヒエール「やれやれ。まともに動けているのはリン君だけか。本当に張り合いがない…ネ!」
ヒエールがボールを軽く放り投げる。すると、氷の柱が次々と突き出し、ボールをゴールへと運んでいく。
≪page7≫
そして、そのままボールはリングを潜った。突き出た柱はゴールの直後に砕け散った。
リン「やられた…!」
ヒエールに先制のスリーポイントを決められ、肩を落とすユキとモエ。リンは俯く2人に笑顔を向けた。
リン「まだ始まったばっかりよ! こっから巻き返しましょう!」
ユキ「…うん!」
モエ「はいっす!」
≪page8≫
リンのエンドスローインで試合再開。モエにボールが渡るが、その瞬間、モエの視界が霧に包まれる。
ヒエール「フォルグ」
モエ「わわっ!?」
子分A「ノビーテ!」
子分Aの腕を伸ばす魔法でボールを奪われるモエ。ボールはヒエールへパスされる。リンがエアルで空中を浮遊し、ボールの元へ向かう。
子分B「バルーク!」
リン「あーもう! 邪魔っ!」
リン(霧を風で吹き飛ばそうにも、それだとモエちゃんがボールをまともに投げられなくなる…! 厄介極まりない…!)
≪page9≫
身体を膨らませリンの進路を妨害する子分B。その隙にヒエールは氷魔法を操りゴールを決める。
その後もヒエール班の得点が続き、18-0の一方的な試合展開に。
リン「なんとか流れを変えないと…。モエちゃん、あれやるわよ!」
モエ「い、良いんすか…?」
リン「おあいこよ! 気にしない!」
リンのエンドスローイン。ユキがボールを受け取る。それを見たヒエールが魔法の詠唱を始めようと口を開く。
≪page10≫
モエ「フラッフ!」
モエが呪文を唱えた。モエの手に綿毛のタンポポが出現し、綿毛にモエが息を吹きかける。
ヒエール「うッ!?」
綿毛がヒエールの周りに浮遊し、呪文の詠唱を妨害する。
子分B「ヒエール様! …お前ら、卑怯だぞ!」
リン「散々人のこと邪魔しといて何言ってんの!それに、あれはただ綿毛が飛んでるだけ! ルール違反はしてないっつーの! …ユキ! 行くわよ!」
ユキ「うん!」
≪page11≫
リン「エアル!」
リンが呪文を唱えると、ユキの足元に風が発生した。ユキは風で空中を翔ける。
子分A&B「何ィ!?」
ユキに魔法を掛けるとは思っていなかった子分たち。不意をつかれた彼らの間を抜け、ユキはゴールへ突っ込む。
ユキ「おりゃあっ!」
≪page12≫
ユキのダンクシュート。得点は3-18に。
子分A「油断した…! すみません、ヒエール様…!」
ヒエール「別に良いサ。このくらいサービスしてあげるのが優しさってものだヨ…!」
笑顔をやや引きつらせながらも、まだ余裕を見せるヒエール。反面、リン班は試合の流れを掴み始めていた。
≪page13≫
モエ「フラッフ!」
リン「エアル!」
ユキ「いっけええええ!!」
モエのタンポポの綿毛と、リンの風のサポートで、リン班は得点を伸ばし、試合は18-18の同点になっていた。
リン「よっしゃ! 完全に主導権は掴んだわ! このまま引き離しましょう!」
ヒエール(マズいゾ…。完全にあいつらのペースじゃないか…。このままだと負ける…!)
≪page14≫
試合終了の時間が迫り、焦るヒエール。リンの足元をジッと見ながら思考を巡らせている。そして、子分Bに耳打ちをした。
ヒエール「君はあのチビの魔法を遮るのに集中してくれ」
ニヤリと笑うヒエール。子分Bがモエの前で思いっきり身体を膨らませていた。
モエ「フラッフ!」
子分B「バルーク!」
モエの綿毛は子分Bが全て遮り、ヒエールが呪文を唱える隙を作っていた。
ヒエール「フォルグ」
リン「うっ! また霧!」
リンが霧に包まれる。リンの姿は、試合を観戦しているクラスメイトやロークからも見えていない。
≪page15≫
ヒエール「ブリーズ」
リン「なっ…!?」
コートの氷がリンの足まで伸び、リンは拘束され身動きが取れなくなっていた。
子分A「ノビーテ!」
子分Aがリンからボールを奪うと、そのままヒエールにパス。ヒエールは氷の柱を操りシュートを決めた。その直後、ヒエールはリンの足を覆っていた魔法を解いた。霧が晴れた頃には、すでに魔法の痕跡は消失していた。
≪page16≫
リン「ちょっと!! 今のは明らかに反則じゃない!!」
ヒエール「フッ…。そんな証拠どこにあるんだい?」
リン「なんですって…!? そんなの先生に聞けば…」
ローク「すみません…! 私からも確認が難しくて…」
リン「そんな…」
ヒエール「フッフッフ…。もう時間が無いヨ? どうやら、このままボクらの勝ちのようだネェ」
≪page17≫
モエ「うぅ…」
ボールを持ちながら弱気になるモエ。そんなモエの視界に、ユキの横顔が写った。
ユキ「モエちゃん…。私に任せて…!」
モエ「ユキさん…?」
ユキ「ルールを破って、リンちゃんを凍らせるなんて許せない…。あんな奴には、絶対に負けたくない…!」
モエ「は、はいっす…! ユキさん、お願いしますっす!」
モエのエンドスローイン。ユキにボールが渡る。次の瞬間、ユキの身体は霧に包まれていた。
ヒエール「フォルグ」
≪page18≫
ユキの視界を奪い満足そうに笑うヒエール。さらに駄目出しの魔法を唱える。
ヒエール「ブリーズ」
ユキの両足が凍り付く。ユキは視界も身動きも封じられていた。
ヒエール「Fランク如きにここまでする必要はないだろうけどネェ。今までのお返しだよ。試合終了まで無様に凍っていたまえ」
リン「ユキ…!」
子分A&B「おっと! ここは通さない!」
リンはユキを助けに向かおうとするが、子分A&Bに阻まれていた。
≪page19≫
ユキ「……ありがとう」
ヒエール「は?」
急にお礼を言われポカンとするヒエール。次の瞬間、ユキの足に纏わりついていた氷は、まるで砂のように脆く崩れ落ちていた。
ヒエール「何ッ!?」
ユキ「霧のおかげでみんなに見られなくて済む」
ユキは凍った足場でも、霧の中でも、お構いなしにドリブルを始めた。普通のコートの上のようにゴールへ向かって突き進んでいく。
≪page20≫
ヒエール(なんであいつはこの状況で普通に動けるんだ!? しかも、ボクの氷が効いてない!? まるで、“氷に耐性がある”みたいじゃないか!!)
ユキ(霧の中は、雪山に住んでいた私にとって、日常の光景だから…)
驚愕するヒエールを余所にゴールを目指すユキ。苛立つヒエールは手段を選ばずさらに魔法を唱えた。
ヒエール「生意気なんだよお前ェ!! ブリズ!!」
霧の中で攻撃魔法を放つヒエール。尖った氷の刃がユキに襲い掛かる。
ユキ「……」
顔に氷魔法が直撃したユキ。だが、ユキには氷が通用しない。ヒエールの攻撃を物ともせず、ゴールに向かって突き進む。
≪page21≫
ヒエール「なんで効かないんだヨォ!? ブリズ!!」
さらにユキを襲う氷の刃。ユキは反則を続けるヒエールを睨んだ。
ヒエール「うおわああああッ!?」
ヒエールの周りに3本の巨大な氷の柱が出現した。これはヒエールの魔法ではない。ユキがヒエールを氷の柱の間に挟んでいた。
ヒエール「馬鹿な…。このボクが…氷に負け…た…?」
ユキ「ふっ!」
ユキはスリーポイントシュートを放った。
≪page22≫
次の瞬間、ユキを覆っていた霧は晴れ、ボールはリングを潜っていた。点数は21-21の同点に。
ローク「試合終了の時間です…! 同点なので、これから延長戦に…」
子分A&B「ヒエール様ァ!! しっかりしてください〜!!」
ローク「おや…? ツンドーラさん、どうしたんですか…?」
氷の柱に挟まり気を失っているヒエール。ロークは不思議そうに彼を眺めていた。
子分B「分かりません…! 何故か自分の魔法に挟まって気を失っているんです〜!」
≪page23≫
ローク「それは困りましたね…。ツンドーラさんが気絶して延長戦が出来ないとなると…リン班の優勝ですかね」
リン「へ? えっと…。や…やったぁ〜!」
リン(なんか釈然としないけど…)
ユキ「やったね、リンちゃん!」
無邪気に喜ぶユキに、リンはムッとしながらそっと耳打ちをした。
リン「ユキ…! あんたでしょ…! ヒエールを気絶させちゃったのは…! ちょっとやりすぎよ!」
ユキ「ご、ごめん…」
モエ「リン先輩…! ユキさんは、先輩のために怒っていたんです…! だから…」
≪page24≫
申し訳なさそうにするユキと、そんなユキを庇うモエ。いじらしい2人を見て、リンはすっかり説教する気が失せていた。
リン「はぁ〜…。ほんと馬鹿ユキなんだから…。まぁ、あんたのそういうところ、嫌いじゃないけど…」
ユキ「え? 何か言った?」
リン「う、うるさいわね! やっぱり少し反省しなさい…!」
キョトンとしながら真顔で聞き返すユキ。そんなユキに、顔を真っ赤にしながら怒るリン。ユキとモエは再び慌てていた。
○夕方の魔法学校、医務室から出て来たヒエール。
≪page25≫
子分A「ヒエール様、大丈夫ですか…?」
子分B「何か必要な物があれば言ってください…!」
ヒエール「うるさいネ…。少し、1人にしてくれ…」
不機嫌そうに子分A&Bを追い払うヒエール。困惑した表情のまま立ち尽くす子分2人。
○校舎裏を1人歩くヒエール。
ヒエール「あのFランク…絶対に許さんゾ…。あいつの氷の力、何か裏があるに違いない…。うっ…。まだ少し目眩がする…」
ミスティ「おやおや。大丈夫かい?」
≪page26≫
○ヒエールの前にミスティが現れた。フラつく彼を気に掛けるミスティ。
ヒエール「ミスティ先生…。こんなところで何をしているのですか?」
ミスティ「ふふふ…。薬の調合に使うキノコが生えてないか探しにね。…と、薬と言えば。これ、飲んでみるかい?」
小さなビンに入った薬を手渡すミスティ。
≪page27≫
ヒエール「なんですか…これ…?」
ミスティ「最近仕入れた都会の薬だよ。魔力の流れを良くするものらしいが…。まぁ、気休め程度のものだろうね。体調が悪そうに見えたからさ。良かったらどうぞ」
ヒエール「あ、ありがとうございます…」
ヒラヒラと手を振りながら立ち去るミスティ。
ヒエール「なんだこの見るからに怪しい薬は…。こんな物を飲んだところで…」
そうは言いつつ薬を飲むヒエール。薬を飲み干したヒエールは、目を細めながら空のビンを見つめている。
ヒエール「うッ…!?」
目を見開くヒエール。彼の身体から魔力が溢れている。
≪page28≫
ヒエール「うおおおおッ!? これはァ!? 今までにない魔力の高まりを感じるゾォ!!」
○ユキたちが暮らす女子寮。
リン「いやぁ〜。今日は疲れたわねぇ…。ヒエールのせいで余計に…」
モエ「リン先輩、お疲れ様でしたっす…!」
リン「それはあなたたちもね…! おかげで優勝出来たし…! あっ。優勝といえば祝勝会よね…! せっかくだし、みんなでお祝いしましょうか!」
ユキ「祝勝会…? 私、やったことない…」
≪page29≫
モエ「ユキさんにとって、初めての祝勝会っすね…!」
リン「だったら余計にお祝いしないと…! ちょっと買い出しに行きましょうか! 学校の売店はまだ開いているはずよね…」
ユキ(お祝いか…。鈴子ちゃんも、何かあるたびにいろいろお祝いしてくれたっけ…)
○ユキの回想。現代のハンバーガーショップで一緒に座るユキと鈴子。
鈴子「雪ちゃん! 今日は雪ちゃんと出会ってから1週間のお祝い! ほら、食べて食べて!」
ユキ「あ、ありがとう…。で、でも、それってお祝いすることなのかな…?」
鈴子「あたしは雪ちゃんと一緒にいるとずっとハッピーなの! だから、いつでも何度でもお祝いしても良いの〜! 」
ユキ「うん…! 私も、鈴子ちゃんと一緒にいると幸せ…!」
笑い合うユキと鈴子。
○回想終了。
前世の記憶を思い出し、切なげな笑みを浮かべるユキ。
≪page30≫
リン「ユキ? 何してるの! 早く行くわよ!」
ユキ「う、うん…!」
○寮から出る3人。夕焼けの中、校舎にある売店へと向かう。
リンとモエが笑いながら会話している中、3人の最後尾を歩くユキ。
ユキ(リンちゃんとモエちゃん、2人は私にとってかけがえのない大切な友達…。でも、鈴子ちゃんのことを思い出すと、やっぱりちょっと寂しくなっちゃうな…)
鈴子のことを思い出し、上の空になっているユキ。そんなユキの足元は不自然に盛り上がっていた。
≪page31≫
リン「ん…? 急に視界が悪く…」
リンたちの周辺には、深く濃い霧が立ち込めていた。
SE『ズガァァンッ!』
リンとモエ「えっ!?」
リンとモエから離れて歩いていたユキ。彼女だけ、地面から突き出した無数の巨大な氷の柱に、取り囲まれるように閉じ込められていた。上空を覆い隠すように突き出した氷の柱によって、ユキは脱出出来なくなっていた。
ユキ「これは…!?」
ヒエール「ブリズグラッジ…」
新たに習得した呪文を唱えるヒエール。両手に冷気が集まっていく。
≪page32≫
ヒエール「フッフッフッ…。やぁ、Fランク君…。借りを返しに来たヨ…」
霧の中からユキの前に現れたヒエールは、両手に大きな氷の扇子を構えていた。
第7話
≪page1≫
○氷の壁に囲まれたユキ。壁の外では、リンとモエが立ち尽くしている。
リン「この氷…! ヒエールの仕業…!? 学校内では、授業と自主訓練以外の魔法の使用は禁止されているのに…!!」
モエ「ユキさん! 大丈夫っすか!? ユキさん!!」
リン「モエちゃん、少し離れて! この氷をぶっ壊すから! トルネオン!!」
竜巻で氷を破壊しようとするリン。
≪page2≫
だが、氷の壁には傷ひとつ付いていなかった。
リン「そ、そんな…! 今のは、あたしの最強の魔法よ…!? あたしと同じ、Aランクのあいつの魔法なら、十分砕けるはずなのに…!」
リン(ま…まさか…。今のあいつは…!?)
○氷の中のユキとヒエール。
ヒエールと対峙するユキ。彼のことをキッと睨みつける。
ユキ「私になんの用なの…?」
ヒエール「なんの用? ボクをあそこまでコケにしておいて、なんの用はないじゃないか!」
≪page3≫
ヒエールは氷扇で舞うように氷魔法をユキに向かって放つ。
ユキ「……」
氷魔法はユキに直撃した。だが、ユキはノーダメージ。その様子を見ても、ヒエールは動じていなかった。
ヒエール「やはり。君には氷魔法が効かないようだネ。どうなっているんだい? Fランクにそんな力がある訳ないだろう?」
ユキ「……」
≪page4≫
何も答えないユキ。ヒエールはそんなユキを見下すように鼻で笑った。
ヒエール「まぁ、良いサ。君が何者でも、君のことを痛め付けることが出来れば、ボクはそれで満足なんダ!」
ヒエールがさらに氷塊を放つ。ユキは身体で魔法を受け止めようと身構えるが、氷はユキの足元へ降り注いでいた。
ヒエールの狙いはユキ本人ではなかった。氷塊は地面を砕き、砕かれた石がユキに向かって飛ぶ。
ユキ「…!」
≪page5≫
ユキは冷静に氷の壁を出現させ、石を防いでいた。だが、小石のひとつがユキの頬を掠め、一筋の血を流していた。
ヒエール「ハッハッハッ! やはり、君は氷魔法を使えるようだネ! それも、かなり強大な力を! だけどね、今のボクは、君を上回る力を手に入れたのサ!」
氷の舞を踊るヒエール。そのたびに、射出された氷塊がユキの周りの地面を砕き続ける。ユキは、氷の壁を駆使してヒエールの攻撃から逃げ続ける。
≪page6≫
ユキ「氷の温度がさらに低い…。試合の時よりも強くなってる…!」
ヒエール「気付いてくれたようだネ! その通りサ! 今のボクは、さっきまでのボクじゃない! ひと握りの魔法学生しか到達することが出来ない…最強のSランクの力に目覚めたんだヨ!」
攻撃を続けるヒエール。足元の地面を破壊され、ユキはよろめきながらも回避を続ける。
ヒエール「どうせ君には氷が効かないんだろう? ボクも馬鹿じゃない。それなら、ほんの少し工夫するだけサ」
ユキ「あなたは何がしたいの…? 私を攻撃して、それが何になるの?」
≪page7≫
ヒエール「ムカつくんだヨ。君のような存在がサ。 落ちこぼれのくせに、リン君とは仲良さそうにして。ボクを散々コケにして。そんな奴は、力尽くで分からせるしかないだろう?」
○ユキの脳裏に浮かぶ前世の光景。鈴子をいじめていた少女たちの姿が浮かんでいた。
ユキ(この人は、あの子たちと同じだ…。力で自分の思い通りにしようとする…。鈴子ちゃんをいじめていた、あの子たちと一緒なんだ…)
ユキ「奇遇だね…。私も、あなたのことは許せない」
ユキがヒエールに敵意を向ける。それでも尚、ヒエールは余裕の笑みを浮かべていた。
ヒエール「まだそんな生意気な口を…。自分の状況が分かっているのかナ? ボクの魔法に押され続けているじゃないか」
≪page8≫
地面を破壊してユキを襲い続けるヒエール。ユキの表情は、雪女時代のような冷たいものへと変わった。
SE『パキンッ』
ヒエール「!?」
ユキは壁に囲われた地面を全て凍らせた。ユキの氷に覆われた地面は、ヒエールの魔法を全て無効化し、粒子のようにかき消していた。
≪page9≫
ヒエール「そ、そんな馬鹿な…!? こんな…こんなはずはないッ!!」
魔法を放ち続けるヒエール。だが、ヒエールの魔法は、氷の床に触れた瞬間、全て消え去っていく。
ユキ「…もう終わり?」
ヒエール「くッ…! ボクはSランクなんだ…! こんな奴に、負ける訳がない!!」
氷の総攻撃を放つヒエール。ユキはいくら氷の直撃を受けても平然としている。
≪page10≫
ヒエール「クソッ…! クソォッ…!!」
ヒエールに迫るユキ。その時、空を覆っていた氷の柱が砕け散っていた。
リン「よし…! ようやく氷が砕けた…! ユキ、大丈夫…!?」
リンが足に風を纏い、地上へ降り立った。
ヒエール(これはチャンス…!)
≪page11≫
ヒエールは氷でリンの手足を拘束した。ヒエールは、身動きの取れなくなったリンを盾にしていた。
リン「うっ…!?」
ヒエール「動くなヨ…! 動いたら、リン君がどうなっても知らないゾ…?」
ユキ「リンちゃん…!」
リン「くっ…! ウィード!」
後ろ手で拘束されながらも、手のひらから風の刃を発生させ氷を砕こうとするリン。だが、リンの魔法はヒエールよりも劣っていて砕くことが出来ない。
≪page12≫
リン「あんた…! 本当に最低ね…! こんなことまでするなんて…!」
ヒエール「なんだヨ…。ボクはSランクになったんだゾ! 魔法学生がもっとも憧れる、凄い魔法学生なんだゾ…!?」
リン「Sランクだからって、そんなのちっとも凄くない…! 人を傷付けて、自分のことばっかりで…! あんたみたいな奴、あたしは大嫌いよ…!!」
リンの言葉に、怒りを滲ませるヒエール。
ヒエール「ボクの気持ちも知らないで勝手なことを…。自分の立場ってものを教えてやろうか…?」
ユキ「やめろ! リンちゃんに手を出すな!」
≪page13≫
ヒエール「なら、ボクの言うことを聞きなヨ…。ボクの靴を舐めながら、ボクに働いた無礼の数々をここで詫びろ…! それで全て水に流してやるサ…!」
ユキ「…そんなことで良いなら」
ユキは躊躇わずに膝をつき、四つん這いの格好になった。
リン「ユキ…! 馬鹿な真似はやめて…! こんな奴に、あたしを傷付ける度胸なんてないんだから…!」
ヒエール「少し黙っていなヨ。これからお友達の無様な姿を見せてあげるからサ…!」
≪page14≫
リン「駄目…! お願い…やめて…!」
涙目で震えるリンを眺めながらヒエールが笑う。ユキがヒエールの靴に舌を付けようとしていたその時。モエの呪文を唱える声が響いた。
モエ「フラッパ!!」
ヒエール「これは…!」
モエは氷の柱にツタを結び、てっぺんまでよじ登っていた。モエの魔法で作られたタンポポの綿毛が、ヒエールの目の前で浮遊し始める。一見、試合で放った呪文と同じだが、無数の綿毛の先に付いている種が一斉に発光し始めた。
≪page15≫
ヒエール「うおぉッ!?」
ヒエールの前で爆竹のように弾ける種。リンはその隙にヒエールの手から逃れていた。
リン「エアル!」
両手両足を拘束されながら、リンは風魔法で横っ飛びになりながらもヒエールから距離を取る。
ヒエール「クソッ…! 逃がすか…!!」
≪page16≫
ヒエールは扇を振り、氷の刃を放った。
リン「うあッ…!」
ユキ「リンちゃん!!」
リンの脇腹に氷の刃が突き刺さっていた。出血し、動かなくなるリン、ユキは青ざめながら目を見開き、小さく震え始める。
ヒエール「き、君が…いけないんだゾ…。ボクから、逃げるから…」
モエ「リン先輩…! しっかりしてください…! リン先輩…!!」
倒れているリンの元へ駆け付けるモエ。リンの返事は聞こえない。冷静さを欠いていくユキ。
≪page17≫
ユキ「よくも…リンちゃんを…」
ヒエール「…!!」
冷気を漂わせるユキ。ゆっくりと右手をヒエールに向けてかざした。
ユキ「よくも…よくもッ!!」
巨大な氷塊がユキの四方に生成された。
≪page18≫
その直後、氷塊が一斉にヒエールに向かって飛ぶ。ヒエールも氷魔法で対抗しようとするが、ユキの攻撃には全く通用しない。
ヒエール「うわあああああっ!?」
氷塊は、ヒエールの周りの氷を砕く。その破壊力を目の当たりにして、ヒエールはすでに戦意を喪失していた。
≪page19≫
ユキ「お前は、野放しにしておいたら駄目だ…」
ヒエール「ヒェッ…!!」
殺意に満ちたユキの表情。手には細長く尖った氷塊を握っていた。
モエ「ユ、ユキ…さん…?」
ユキのあまりの迫力に、モエはそれ以上言葉を発せなくなっていた。ユキは、今にもヒエールを手にかけようとしていた。その時、僅かに意識を取り戻したリンが声を振り絞った。
リン「や…」
≪page20≫
リン「やめて…ユキ…!!」
ユキ「…ッ!!」
リンの言葉を聞き、ユキは前世で見た悪夢を思い出していた。鈴子をいじめていた少女たちを、そして、鈴子を凍らせてしまった悪夢のことを。
ヒエールの目の前まで、ユキの持つ氷塊は迫っていた。ギリギリのところで、ユキは踏みとどまっていた。
ヒエール「ば…化け物…!!」
ユキ「…う、あ…!」
人殺しの化け物になってしまった悪夢の光景。その光景と、今の状況が重なり、ユキは顔面蒼白で震えていた。
≪page21≫
ユキ「私は…化け物…?」
ヒエール(こいつだけは、許しておけない…!! 氷が効かなくても、刃物ならどうだ…!!)
ユキの動きが止まり、その隙にヒエールは懐からナイフを取り出していた。ナイフを構えたままま、ヒエールはユキの腹部へ突進する。
リン「ユキ…!」
ユキがナイフに刺されようとしていた時。
≪page22≫
ミスティ「スリープ」
ミスティの呪文を唱える声が響いた。次の瞬間、ヒエールは白目を向いて倒れていた。
モエ「ミ、ミスティ先生…!」
ミスティ「妙な霧が立ち込めていて、少し様子を見に来たんだが…。なんだか、大変なことになっていたようだね…」
ユキ「はぁ…はぁ…」
≪page23≫
ミスティ「ユキ君、大丈夫か…?」
ユキ「あっ…。は、はい…。私よりも、リンちゃんを…!」
ミスティの魔法により、ヒエールの拘束とリンの治療が行われ、この場の騒動はひとまず収束した。ユキは尚も、身体の震えは止まらなかった。
ユキ(化け物…。私は…化け物…?)
○ヒエールの騒動の翌朝。ロークのホームルーム。
≪page24≫
ローク「昨日、このクラスのヒエール・ツンドーラさんが、魔法を使ってクラスメイトを襲撃する事件が起きました…。彼の処分は、学校の方で後々決められるでしょう…」
子分A&B「ヒエール様…」
重苦しい空気に包まれる教室。リンの怪我は、ミスティの治癒魔法で完治していたが、心の方は癒えてはいなかった。
ユキ「……」
リン「……」
ユキ(私は、結局あの頃と、鈴子ちゃんを凍らせかけていた妖怪の頃と何も変わってない…。力に身を任せて…気に入らないものを排除しようとしていた…。ヒエールと同じだ…)
リン(あたしが、ヒエールよりも強かったら…。Sランクになれていたら、ユキをあんな目に遭わせずに済んだのに…!)
モエ「ユキさん…。リン先輩…」
落ち込むユキとリンを見て、モエは悲しそうな表情を浮かべていた。
≪page25≫
○放課後。学校の中庭で1人佇むユキ。
ユキ「はぁ…」
モエ「ユキさん…」
ユキの元に、神妙な面持ちのモエがやってきた。
ユキ「モ、モエちゃん…! どうしたの…?」
モエ「ユキさんには、話しておこうと思ったんです…」
ユキ「な、何を…?」
モエ「…エレナ先輩のことを」
ユキ「えっ…」
≪page26≫
ユキは、リンとヒエールの会話を思い出した。リンが涙を見せた原因、その名前がエレナだった。
モエ「ユキさんがこの学校に転入する前。エレナ先輩という方が、私たちの班にいたんです…」
○モエの回想。半年前のリン班。
リン「くっ…! こいつ、硬い…!」
Aランクの魔物と戦闘するリン。風魔法を駆使して立ち回るが、決定打になるダメージを与えられない。
エレナ「リン。避けて」
リン「…!」
リンから離れた位置から、金髪の少し長めのショートボブの少女、エレナが右手をかざしていた。
≪page27≫
エレナ「サンディラ」
エレナの右手から発せられた雷魔法が、一直線に魔物を貫いた。リンでは倒せなかった魔物を、エレナはあっさりと倒していた。
≪page28≫
リン「はぁ〜。まーたあんたに手柄を横取りされたわね〜」
エレナ「…別に。風が効かないなら、雷が効くんじゃないかと思っただけ」
リン「まったく…。相変わらず冷めてるわね〜…。もっとムキになってくれないと張り合いないわ…」
エレナ「きゃは。リンの手柄取っちゃったー。…これで良い?」
リン「わざとらしいわ!」
モエ「先輩! お疲れ様っす…!」
茂みの中からひょっこりと姿を現したモエ。
≪page29≫
リン「モエちゃん! 大丈夫? 怪我はない?」
モエ「はいっす…! 先輩たちのおかげで、もう元気全開っす!」
エレナ「それは何より。モエのサポートのお陰で、私たちも無傷で終わったわ。ありがとう」
モエ「いえ、そんな…! 当然のことをしたまでっす…!」
優しく微笑みながら、エレナはモエの頭を撫でた。それを見て、リンは頬を膨らませた。
リン「ちょっと! 手柄だけじゃなくて、モエちゃんまで取らないでよ!」
エレナ「いつからあなたの物になったの?」
モエ「あわわ! 先輩、喧嘩は駄目っすよ〜!」
喧嘩と言いつつ、笑顔でじゃれ合う3人。
≪page30≫
○そんなある日、リンたちの教室。
ローク「おめでとうございます…! シャイニスさん! Sランク到達です…!」
クラスメイトたち「おぉーっ!!」
エレナ「私が…Sランク…?」
驚くエレナと、表情に寂しさを滲ませるリン。リンはすぐに笑顔に切り替えていた。
≪page31≫
リン「おめでとう…! エレナ…! やっぱ…あんた凄いわ…!」
エレナ「…ありがとう。リン」
互いに魔法を競っていたリンに気を遣い、少し申し訳なさそうにするエレナ。だが、エレナはすぐにリンの祝福を素直に受け取っていた。そんな2人を見つめながら、モエは温かな笑顔を浮かべていた。
現在のモエ「リン先輩とエレナ先輩は、本当に仲が良くて…。ずっと、ずっとその関係は続いていくと思ったんです…。でも…」
≪page32≫
○場面は変わり、Sランク専用の宿舎の前。
冷たい表情のエレナ。衝撃を受けるリンとモエのカット。エレナは背を向けて、2人の元から離れていく。
第8話
≪page1≫
○中庭でモエの話を聞いているユキ。
モエ「あれは…エレナ先輩がSランクに上がった日のことでした…」
ユキ(リンちゃんとエレナ…。仲の良い2人の間に、一体何があったんだろう…)
○7話ラストから少し遡ったモエの回想。リンたちの教室。
リン「また、あんたに先越されちゃったわね」
エレナ「…ごめん」
≪page2≫
リン「ふ…! 何謝ってるの? あんたは凄いことを成し遂げた。胸を張ってりゃ良いのよ!」
エレナ「そうね。ごめん」
リン「ほら! もう謝るの禁止!」
モエ「エレナ先輩…! 本当におめでとうございますっす…!」
エレナ「ありがとう、モエ…」
ローク「……」
エレナを心配するような眼差しを送るローク。
≪page3≫
ローク「シャイニスさん。少し、よろしいですか?」
エレナ「…? はい」
廊下でロークに話し掛けられ、キョトンとするエレナ、リンとモエ。
○ひと気のない校舎裏で、ロークと話をするエレナ。エレナは驚愕の表情を浮かべる。
エレナ「そ…そんな…。そんなことって…!」
≪page4≫
○それから少し時間が経過。寮内はリンとモエのみ。
リン「エレナ…。遅いわね…。Sランクになった後、先生から呼び出されたみたいだけど…。Sランクってやっぱり忙しくなるのかしら…」
モエ「魔法学生が目指す最高地点…。あらゆる魔物に対抗出来る力を持つ存在…それがSランクの魔法学生なんすよね…?」
リン「そうね…。Sランクの魔物の被害も、年々増え続けているって話だし…。きっと、各地でエレナの力は必要とされている…」
≪page5≫
モエ「エレナ先輩と、もう一緒にいられなくなるってことっすか…?」
リン「モエちゃん…」
悲しそうな表情のモエを見て、リンは笑顔を作った。
リン「もしかしたら、そうなるかもしれないけど…。でも、あの子は…。エレナは、あたしたちのことを忘れたりしない…! あの子のために、あたしたちが出来ることは精一杯応援してあげること!」
モエ「…そうっすね! じゃあ、まずはSランク昇格のお祝いっすね…!」
リン「うん…! 張り切って準備して、あの子を驚かせてやりましょう!」
エレナのために、パーティーの準備をする2人。
○数時間後、エレナが寮に戻る。
エレナ「……」
≪page6≫
リン「エレナ! 遅かったじゃない…! 心配してたのよ…!?」
エレナ「……」
虚ろな目のエレナ。リンの言葉が耳に入っていないかのような態度を見せる。
モエ「エ…エレナ先輩…? どうしたんですか…?」
心配のあまり、エレナに触れようとするモエ。その瞬間、エレナは目を見開いていた。
モエ「あっ…!」
リン「モエちゃん!?」
エレナはモエの頬を叩いていた。理由も分からぬまま、その場に倒れるモエ。
≪page7≫
リンは頭に血が上り、エレナを怒鳴りつける。
リン「な、何やってんのよ、あんた!? モエちゃんが、あんたに何をしたっていうの!?」
エレナ「…あっ。モ、モエ…」
エレナが僅かに動揺を見せる。だが、エレナはすぐに顔を伏せて、寮内の自分の生活スペースへと向かった。
エレナ「…ごめん。私、今日からSランク専用の宿舎に移るから」
リン「はぁ!?」
エレナ「Sランクの特別任務。そのために、私はあなたたちとは別行動を取ることになる」
モエ「エ…エレナ先輩?」
≪page8≫
赤くなった頬を押さえながら、モエは心配そうにエレナを見つめている。
モエ「な、何かあったんすか…? 私たちで良ければ、いくらでも話を聞くっすよ…?」
リン「そ、そうよ! あんた、ちょっとおかしいわよ!? 急にこんな…。あんたのお祝いもしようと準備してたのに…!」
エレナ「うるさい!!」
エレナの怒号で静まり返る寮内。普段は冷静なエレナが声を荒げ、リンとモエはショックのあまり固まっていた。
エレナ「…ごめん。詳しいことは、話せないから」
リン「エレナ…!!」
≪page9≫
エレナはリュックに荷物をまとめると、早足に寮から立ち去ってしまった。モエは、涙が溢れて止まらなかった。
モエ「うぅ…! ううううっ…!!」
リン「モエちゃん…」
モエの涙に釣られて、リンも涙を流していた。リンはモエを抱きながら、しばらく2人で泣き続けた。
現在のモエ「その日から…。エレナ先輩とはしばらく会えなくなってしまったんです…。先生に聞いても、Sランクの特別任務。その一点張りで…。でも、それから何日か経った頃」
○Sランク専用宿舎に向かうエレナ。その姿を偶然目にしたリンとモエ。
リン「エレナ…!」
エレナの元へ駆け寄る2人。
≪page10≫
エレナ「……」
光を失った目のエレナ。ボーっとしながらリンを見つめている。
モエ「エレナ先輩、大丈夫っすか…?」
リン「あんた、あれから一度もあたしたちに会いに来なくなって…。少しくらい、顔を見せてくれても良いじゃない…!」
エレナ「……」
涙を必死に堪えるリン。エレナにもっとも伝えたかった言葉をなんとか振り絞る。
リン「と……」
リン「友達でしょ…? あたしたち…?」
エレナ「……」
リンとモエは、固唾を呑んでエレナの返事を待った。
エレナ「…ごめん」
≪page11≫
エレナ「Sランクの特別任務で忙しいから」
リン「…!!」
モエ「エレナ先輩…!!」
リンの友達という言葉に同意することなく、モエの呼び止める声も無視し、エレナは宿舎へと立ち去った。リンの涙が、地面に染みを作っていく。
リン「くっ…! うぅ…っ!」
リン「あ、あたしが…エリートだったら…!! Sランクになれたら、エレナとまた話せるかもしれない…!!」
モエ「リン先輩…」
≪page12≫
リン「待っててね…。モエちゃん…。あたし、なんとしてでもSランクになってやる…! そして、エレナとまた、一緒にいられるように、してみせるから…!」
○回想終了
モエ「それからなんです…。リン先輩が、自分のことを“エリート”と呼ぶようになったのは…」
ユキ「……」
モエ「自分はエリートだから…。いつか必ずSランクになれるって…。そう自分に言い聞かせているんです…」
ユキ「リンちゃん…」
モエの話を聞き、胸を痛めるユキ。話を頭の中で整理しながら、ゆっくりと口を開く。
ユキ「…どうして、私にエレナの話をしてくれたの?」
≪page13≫
モエ「…リン先輩には、ユキさんの力が必要だと思ったんです」
ユキ「私の…?」
モエ「リン先輩は、いつも優しくて真面目で、だから、自分のことを追い詰めすぎてしまうんです…。私は、怖い…。リン先輩も、エレナ先輩みたいになってしまうんじゃないかって…!」
ユキ「モエちゃん…」
モエ「ユキさんに、こんなことお願いするのもおかしいんじゃないかと思ったんすけど…。お願いします…。リン先輩を、助けてあげてください…!」
ユキ「……」
≪page14≫
ユキ(リンちゃんとモエちゃんは、こんなにツラい思いをして…。それでも、私に優しくしてくれて…。私は、そんなことも知らずに、自分のことで頭がいっぱいになっていた…)
ユキ「もちろん…! 私が必ず、リンちゃんを助ける…!」
モエ「ユキさん…。ありがとうございます…!」
ユキ(私は、自分のことはよく分からないけど…。でも、友達のためなら、止まっていることなんて出来ない…。考えろ…。リンちゃんのために、私が出来ることを…!)
○場面は変わり、学校から少し離れた森の中で魔力を高めるリン。
リン(ヒエールのSランクの魔法…。あれは、普通の魔法とは違っていた…)
≪page15≫
リン(魔力の武器を持って、詠唱なしで魔法を放っていた…。あのローブの女も同じ…。魔力で作られた弓を持っていた…)
リン「トルネオンッ!!」
円柱状に森の一部が竜巻に包まれる。リンの周囲の木々が跡形もなく吹き飛ばされていた。
リン「違う…。こうじゃない…」
≪page16≫
リン「魔力の武器。そこにヒントがあるはずなのに…。分からない…。どうすれば、Sランクに到達出来るのか…!」
苛立ちながら歯を食い縛るリン。やりきれない気持ちのまま、学校へと引き返す。
○魔法学校、女子寮前。
リン「はぁ…」
溜め息をつきながら、寮へと戻ろうとするリン。その時、寮の近くを流れる小川から、妙な音が聞こえることに気が付いた。
SE『バシャッ。パチャッ』
リン「ん?」
≪page17≫
リン「 水の音…?」
リンは音を少し気にしつつも、寮のドアノブに手をかけていた。
リン「魚でも跳ねてんのかしら…」
SE『チャプ…バシャッ…ジャバ』
リン「んん…?」
SE『ゴポッ…ジャブジャブ…』
リン「な、何よこの音…!? 怖い…!!」
青ざめながら、リンは寮のドアを開けた。
≪page18≫
リン「ユキ! モエちゃん! なんか、川から変な音が…!!」
2人に助けを求めようとするリン。だが、2人は留守で、寮内はしんと静まり返っていた。
リン「い、いない…。ちょっと…。こんな状況であたし1人にしないでよ…!」
尚も聞こえる川の異音。部屋に留まることも出来ず、リンは落ち着かない様子で部屋をウロウロしていた。
リン「うぅ〜! 様子を見に行くしかないか…!」
≪page19≫
リン「あ…あたしはエリートなのよ…! ど、どんな奴が相手だって、風でぶっ飛ばしてやろうじゃないの…!」
そうは言いつつ、キッチンにあったフライパンを盾代わりに構えながら、恐る恐る川の様子を見に行くリン。
川に辿り着いたリンは、フライパンを構えながら大声で叫んだ。
リン「か、覚悟しなさい! このあたしが来たからには、あんたの好きに…」
≪page20≫
ユキ「え?」
リン「え?」
フライパンを構えるリンを見つめながら、呆然と立ち尽くす川の中のユキ。一方、リンの方も、小川の中で、シャツ1枚でずぶ濡れになっているユキを見てポカンと立ち尽くす。
≪page21≫
ユキ「リンちゃん、何やってるの…?」
リンは咄嗟にフライパンを後ろに隠しながら、ユキにツッコミを入れた。
リン「それはこっちの台詞だわ! あんた、そんなずぶ濡れになりながら何やってんのよ!?」
ユキ「さ、魚を捕まえようと…」
リン「はぁ!?」
予想外の答えにさらに呆気にとられるリン。
リン「魚なんて捕まえてどうすんのよ…? 食べるの?」
思わず隠したフライパンを取り出すリン。ユキも困惑しながら話を続ける。
ユキ「そうじゃなくて…。魔法で魚を捕まえる特訓をしてるんだ…」
≪page22≫
リン「魔法で魚を捕まえなくても…あの氷の力を使えば一発なんじゃないの…?」
ユキ「私、魔法のランクを上げたいんだ…! そして、Sランクになりたい…!」
リン「エ、Sランク〜!? あ、あんたが!?」
ユキ「うん…!」
リン「あっ…」
ユキの真剣な眼差しを見て、リンは咳払いをした。
リン(この子、本気でSランク目指してるの…!?)
≪page23≫
リン(Aランクのあたしでさえ、こんなに苦しんでるのに…!? 一番下のFランクから、最高のSランクを目指すなんて…どれだけ大変か分かってるでしょ…!?)
ユキは川の中を泳ぐ魚に、人差し指で狙いを付け続ける。
ユキ「うっ…! えいっ…! やっぱり上手く行かないな…!」
ユキは魔法を放とうと力むが、何も起こる気配はない。
リン「ほんと、馬鹿ユキなんだから…」
ユキには聞こえない声で、穏やかな表情で囁くリン。
≪page24≫
リンはそっとユキの元へ近付いた。
リン「ユキ、落ち着いて。闇雲に魔法を撃とうとしたって上手く行きっこないわ」
リン「魔法を撃つには、魔力を練る必要があるの。自分の身体の中に流れる魔力を感じ取って、それを1箇所に集中させる」
ユキ「魔力を感じ取る…。授業でも教わったけど、私にはよく分からなくて…」
リン「う〜ん…そうよね…。分かってたら苦労しないか…。えっと、どう言えば良いのかな…」
しばらく考えるリン。ユキの氷の力を思い出していた。
リン「そうだ…!」
≪page25≫
リン「あんた、氷の力使ってる時はどうやってるの…?」
ユキ「えっ…? えっと、特に考えたことなかったな…。強いて言うなら、なんとなく力を込めて…」
リン「それよ…! なんとなく力を込める…! それの魔法版よ! いつも使ってる力とは、別のところから力を引き出す感じでやってみて…!」
ユキ「別のところから…。う〜ん…!」
ユキは魔力を引き出そうと、人差し指を突き出して集中する。だが、ユキの指先には、冷気が漂い始めてしまった。
ユキ「駄目だ…! これはいつもの私の力…! 魔法じゃない…!」
≪page26≫
リン「諦めるな! そのまま続けて…! あんたなら絶対出来る…!」
ユキ「う、うん…!」
リンの声援を受け、ユキはさらに集中する。しかし、冷気はさらに強まり、川は次第に凍り始める。
リンは靴とソックスを脱ぐと、川の中へ足を踏み入れた。
リン「ひっ…! つめたっ…!」
凍り掛けた川の冷たさに怯みつつ、ユキの背後に回る。冷え切ったユキの手を優しく握ると、リンは自分の魔力をユキに流し始めた。
≪page27≫
リン「 あたしの魔力をあんたに流すから、その魔力を使いなさい…! きっと、自分の中に元々流れている力よりも分かりやすいはずよ…!」
ユキ「う、うん…!」
ユキの手の冷たさでリンの指がかじかんでいく。それでも、リンはユキの手を離さない。
リン「頑張れユキ…! 自分を信じて…!」
ユキ「自分を、信じる…!」
リンの言葉を受け、ユキはさらに集中する。その時、ユキはリンの魔力を捉えていた。
ユキ「…!!」
≪page28≫
ユキの指から小さな魔力が射出された。小川は小石を放ったかのように、微かな波紋を作り揺らめいていた。
リン「や…やった…」
ユキ「出来た…」
ユキ「やったぁ! 出来たよ! リンちゃん!」
リン「やったわね! 凄いわ! ユキ!」
≪page29≫
2人は満面の笑みで抱き締め合った。リンの表情は、先程よりも明るくなっていた。
リン(ユキがSランクを目指して頑張ってるのに、あたしが諦めるなんて、そんなのおかしいじゃないの…!)
リン「…ありがとう、ユキ」
ユキ「えっ…!? な、なんでリンちゃんがお礼を…? お礼を言うのは私の方なのに…」
リン「いーの! ありがたく受け取っておきなさい!」
ユキの頭を力強く撫でるリン。そんな2人の様子を、モエは木の陰から見守っていた。
≪page30≫
モエ(ユキさんなら…本当に…)
○場面は変わり、夜の街道。
巨大なサソリの魔物の前に立つエレナ。サソリは、毒針でエレナに攻撃を仕掛ける。
エレナ「…!」
エレナに毒針は直撃した。腹部を貫かれるエレナ。
≪page31≫
だが、それはエレナではなく、雷魔法で作られた分身だった。
エレナ「サンディラ」
別方向からサソリに雷魔法が炸裂。
≪page32≫
巨大サソリは黒焦げになり力無く倒れた。
エレナ「今の魔物、わざわざ出向いた割には、本気を出すまでもなかったわね…」
エレナ「……」
エレナはジッと、サソリを憐れむような視線を送り続けた。
エレナ「…可哀想に」
そう呟くと、エレナはその場から立ち去った。