第17話
≪page1≫
○謎の施設内、ロークと対峙するユキ。
ユキ(…こいつが、リンちゃんのことを苦しめている元凶…。本当にそうなら、今すぐここでぶん殴ってやりたい…!)
ユキ(…でも、私はまだ、リンちゃんがどこにいるのかすら知らない…。もし、ロークしか知らない場所にいるとしたら…?)
ユキは、リンを救うために、平静を装った。
ユキ「…リンちゃんは、どこにいるんですか?」
≪page2≫
ローク「ユキさんは、リンさんを追ってきたんですよね?」
ローク「なら、ここのどこかにいますよ…」
ユキ(こいつ…!)
一番知りたいことをはぐらかされ、怒りを滲ませるユキ。
ローク「私も、あなたには聞きたいことが山程あるんです。なので、あなたのことを教えていただけるのなら、交換条件として話してあげても良いですよ? …まぁ、信じるか信じないかは、あなたの自由ですが」
≪page3≫
ユキ「……」
ローク「フゥ…。警戒心が強いですねぇ…。仕方ありません…。こちらから話をするとしますか…」
ローク「私はとある目的で、Sランクの学生を集めていました」
ローク「各地にSランクの生徒を派遣する…。私はその役目を任されていましたから、非常に都合が良かったのです」
ローク「はぁ…。しかし、Sランクの魔法学生は、思うように集まりませんでした…。なかなか優秀な生徒がいなくて、困ってしまいましたねぇ…。日頃から、真面目にお勉強して欲しいものです…」
教師の口調を崩さず、話を続けるローク。警戒心を抱きつつ、黙ってロークの話を聞くユキ。
≪page4≫
ローク「だから少し、刺激の強い体験をしてもらい、多くを学んでもらおうと思いました」
怪しい薄ら笑いを浮かべるローク。
ローク「Aランクの生徒を、Sランクの生徒に少し指導してもらい、ランクを上げてもらおうと思ったのです」
ユキ「……!!」
ユキ(エレナが、リンちゃんを襲ったのは…そういうことだったのか…!!)
ユキ「なんでエレナは、あなたの言うことを聞いたんですか…?」
≪page5≫
ローク「親切に教えてあげただけですよ。Sランクの人間は魔物化しやすいと」
ユキ「……えっ!?」
ユキは思わず声を上げてしまう。
ローク「あ…。すみません…」
ローク「それは私が作った嘘の設定でした…。うっかりしていましたね」
ユキ「は…?」
ロークの話に、怪訝な顔を浮かべるユキ。そんなユキに構わず、ロークは話を続ける。
≪page6≫
ローク「人間は、魔力をコントロールする術を生まれ持っています。魔物になんかなる訳ないんですよ」
ローク「しかしですね。その嘘の話をしたら、皆さん信じてしまいまして。…エレナさんも。リンさんも」
※ロークは、手中に収めた生徒を下の名前で呼んでいる。
ユキ「……!!」
リンの名前を聞き、ユキは目を見開く。
ローク「ほんと、純粋な生徒ばかりで可愛らしいですねぇ…。少しは疑われると思ったのですが…」
≪page7≫
ローク「でも念の為、薬を用意したんですよ」
ユキ「薬…?」
ローク「幻覚を見せる薬を。それを毎晩飲んでもらいました…。怖かったでしょうねぇ…。自分の身体が魔物化する幻覚を見せられたんですから…」
ユキ(こ……)
≪page8≫
ローク「それで、私の言うことを聞いてくだされば、薬を定期的に提供しましょう! そう約束してあげたのです」
ローク「リンさんなんかもう、大変でしたね…。私の前で泣き出してしまって…」
ローク「お願いします…っ! なんでも言うこと聞きますから…! だから薬をください!って、幻覚薬を必死に欲しがって、本当に可哀想でした…」
ユキ(こいつは……)
≪page9≫
ローク「私はSランクの力の研究がしたかったので、あらゆるデータが欲しかったんですよ」
ローク「だからSランクの皆さんの身体を、いろいろと調べさせてもらいたかったのです」
ローク「特にリンさんは、なんでも言うことを聞いてくれるとおっしゃってくれたので、それならばと、服を脱いでもらって、隅々まで調べさせてもらいました」
≪page10≫
ユキ(こいつは、何を言ってるんだ…!?)
気が遠くなるほど、頭に血が上っていくユキ。淡々とリンへの非道を語り続けるローク。
ローク「私にいろいろ調べられて、リンさんは恥ずかしがって泣いてしまいました…。なので、少し申し訳なかったと思…」
≪page11≫
SE『ドカァァァァァンッ!!』
ロークが話し終わる前に、ユキの身体よりも巨大な氷の大剣が、地面を抉っていた。ロークはそれをひらりと躱していた。
≪page12≫
ユキ「ロォークッ!!」
ユキの髪は逆立ち、口からは冷気が漏れていた。その姿は、妖怪そのものだった。
ローク「おお~怖い怖い…。ユキさん? 人の話は最後まで聞かないと駄目だって学校で習わなかったんですか?」
ローク「あっ…。私はそんなことは教えていませんでしたね…。これは、失礼しました…」
ロークは、激昂するユキを、ヘラヘラしながら眺めていた。
≪page13≫
ユキ「お前は、絶対に許さないッ!!」
ユキは空中に、無数のクナイを生成する。それをロークに向けて一斉に飛ばした。
≪page14≫
ローク「……ボソッ」
ユキ「…!?」
ロークが小声で呪文を唱える。次の瞬間、ロークの前で、クナイが見えない壁に飲み込まれるように消えてしまった。
ユキ(なんだ今の…!? 私の攻撃は、一体どこへ…!?)
動揺するユキ。ロークは、淡々と話し続ける。
≪page15≫
ローク「いやぁ…。凄いですね。詠唱もなしに、生成した武器の一斉攻撃…。Sランクの学生でも出来る芸当ではありません…」
ローク「ユキさん…」
ローク「あなた“妖怪”なんじゃないですか?」
ユキ「……ッ!!」
ユキは、この世界に転生してから初めて“妖怪”というワードを聞き、思わず身体が反応してしまう。
≪page16≫
ローク「おとぎ話のような話なんですが、この世界とは別の世界には、“妖怪”と呼ばれる魔物のような存在がいるとかいないとか」
ローク「だって、鑑定石でも測れないユキさんの力は、“魔力”ではないじゃないですか?」
ローク「妖怪の“妖力”なんじゃないでしょうかねぇ…?」
ユキ(妖力…? それが、私の力の正体…?)
≪page17≫
ユキ(…いや、私の力が妖力だろうと、魔力だろうと…そんなの、どうだっていい…)
ユキ(こいつを、ぶちのめせる力なら、なんだって…!!)
ユキは、地面から尖った巨大な柱を生成。ロークの足元から攻撃する。
≪page18≫
ローク「おっと…」
ユキ「……!?」
ロークは、その場で軽く跳び、トンッと、尖った氷の柱の上に着地した。
ユキ(私の攻撃が、躱された…!? …なんなんだこいつは…!?)
≪page19≫
ローク「足元からの攻撃なんて、お行儀が悪いですよ? ユキさん」
ロークは一気にユキに接近。手のひらをユキの腹部に当てた。
ユキ「うぐっ!?」
ユキの腹部で衝撃波が発生。そのまま後方へ吹き飛ばされた。
≪page20≫
ユキ「ゲホッ…! ゴホッ…!!」
ユキ(な、なんだ今のは…!?)
腹部を押さえ呻くユキ。
ローク「ユキさん。あなたは、Sランクを超える力を持つ素晴らしい逸材です」
ローク「…せっかくリンさんに協力してもらったんです。この子の相手をしてもらいましょうか…」
≪page21≫
ロークは、懐から魔物を引き寄せる紫の魔石を取り出すと、魔力を込め輝かせた。その光は、今までにない強烈な光を放っていた。
ユキ(あの石が…あんなに光るなんて…!?)
魔物『ウオオオオオンッ!!』
どこからか、魔物と人間の少女の声が混ざったような声が響いてくる。
ユキ「こ…この気配は…!!」
ユキ(ずっと感じていた…空洞を包み込む異様な気配…!!)
≪page22≫
SE『バグァァァンッ!!』
空洞の中の鉄の扉のひとつが粉々に破壊され、砂埃を撒き散らしている。煙幕が徐々に晴れていく。
魔物『シュウウウアアア…』
ユキは、身体の震えが止まらなかった。
ユキの前には、“裸のリンの姿を持つ魔物”が浮遊していた。全身ライトグリーンの人間離れした見た目をしているが、その体型はスラッとしたスタイルの良いリンの身体そのものだった。
≪page23≫
ユキ(こんな…。こんなものを作るために、リンちゃんは…)
ユキは、怒りと憎悪を通り越したような表情で固まっていた。
ローク「美しいでしょう…? リンさんの魔力を元に作った私の自信作…。人工魔物“RIN”です」
ロークは、左手で持つ魔石にRINが気を取られているのを良いことに、右手でRINの身体を撫で回した。
ユキ「……ッ!!」
≪page24≫
激昂するユキは、ロークとRINをまとめて叩き潰すつもりで氷のハンマーを瞬時に作り、そのまま振りかぶった。
SE『パシッ』
ユキ「…うっ!?」
RINはそれを片手で受け止める。
≪page25≫
そのままハンマーごとユキをぶん投げ、岩肌に叩き付けた。
ユキ「がはっ…!!」
RIN『……』
RIN『エアルフェイト』
ユキ「リンちゃんの声…!?」
人工魔物からリンの声が発せられる。
≪page26≫
右手に風の刀を生成していた。
ユキ「くっ…!!」
ユキも急いで氷の剣を生成する。
≪page27≫
SE『バキィン…ッ!!』
ユキ「……うぅっ!!」
風の刀と氷の剣がぶつかり合い火花を散らす。ユキはリンと戦っているような気持ちになり、心が折れそうになる。
ユキ(う…!! こいつはリンちゃんじゃない…ッ!! しっかりしろ私ッ…!!)
刀と剣のぶつかり合いが続く。ロークはそれを観察するかのような目で、岩肌に寄り掛かりながら眺めている。
≪page28≫
RINは風の刀を構えたまま空中で回転を始める。凄まじい速さの回転でRINの姿は竜巻に変化する。
RIN『トルネオン』
ユキ「……っ!!」
SE『ビュオオオオオッ!!』
暴風の音を轟かせながら、RINはそのままユキに突撃する。ユキは咄嗟に回避しようと身を捻る。
≪page29≫
ユキ「うああああッ!!」
ユキの肩に少し竜巻が触れてしまい、斬り裂かれていた。血がポタポタと滴り落ちる。ユキが戦闘で傷を負ったのはこれが初めてだった。
ユキ「い…痛いッ…うぅッ…!」
慣れていない痛みの感覚に、ユキの心は一気に弱る。そんなことはお構いなしに、RINは刀を振り、ユキに襲い掛かる。
≪page30≫
負傷しながらも、ユキはなんとか剣で応戦する。
ユキ(約束したじゃないかッ!!)
ユキ(私が必ず助けるってッ!!)
ユキ(約束を破るのか…!? ふざけるな…ッ!!)
ユキは自分にキレる。リンとモエに誓った約束を破りそうになっている自分にブチギレた。
ユキはRINを睨み付ける。そして威嚇する。
ユキ「殺すぞ…」
≪page31≫
ユキは手のひらから冷気を大量に放出する。それを鋭く尖らせ大きな槍を作った。
SE『ズドンッ!!』
RIN『ギャアアアアアアッ!!』
≪page32≫
リンと魔物が混ざった声で絶叫するRIN。大きな槍は彼女の体を貫いていた。そのままRINは消滅してしまった。
ユキ「ハァッ…ハァッ…」
心身共にボロボロになるユキ。
SE『ぱちぱちぱちぱち』
穏やかな表情を浮かべながら、ロークが拍手する。
ローク「やれやれ…。やられてしまいましたね…」
ローク「どうやら、失敗作だったようです」
ユキ「……」
怒る気力も失せたような表情で、ロークを見つめるユキ。
第18話
≪page1≫
○ロークの研究施設内。
ユキ「はぁ…はぁ…」
RINとの戦闘での負傷と疲労で、息を切らすユキ。
ローク「魔法とは違う力、実に興味深いです。どうですか? 魔法学生はもう卒業して、私のお手伝いをしてくだされば、代わりにリンさんは解放してあげても良いですよ」
ユキ「……」
ローク「ユキさんはFランクですから、伸び代が期待出来ない魔法には見切りを付けて、妖力の研究に専念すべきだと思うんですよ。その方が、あなたのためです」
≪page2≫
ローク「大丈夫、あなたは貴重な存在です。悪いようにはしませんから」
ユキ「……」
息を整えながら、ロークを睨み付けるユキ。
ローク「フッ…。大人の言うことは信じないんでしたっけ…? 仕方ありませんね…」
ローク「怪我をしていてお辛いでしょうから、私が手厚く“保護”してあげますよ」
怪しい笑みを薄っすらと浮かべるローク。
≪page3≫
ユキ(…さっき、私の攻撃を飲み込んだ魔法。あれは一体なんなんだ…。それに、腹部に打ち込まれた衝撃波…。あの力の正体が分からないと、迂闊に攻撃出来ない…!)
じりじりと迫るローク。ダメージを色濃く残し、ロークを倒す術を見いだせないユキは、焦りを見せていた。
エレナ「サンディラ!」
SE『バチッ』
ローク「!」
≪page4≫
稲妻が走る音が聞こえた瞬間、ロークは身を捻って雷を回避した。
ユキ「エレナ…!?」
エレナ「……」
ローブを脱ぎ捨て、学生服姿となったエレナが現れた。真っ直ぐ、静かにロークを睨む。
≪page5≫
ローク「おや。エレナさん。どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」
ローク「もうお薬はいらないんですか?」
エレナ「…馬鹿に付ける薬でも、作ったらどうですか?」
そう返すとエレナはロークを静かに睨む。ロークは相変わらずヘラヘラと薄気味悪い笑顔を浮かべている。
≪page6≫
エレナ「サンディラヴァー!」
雷をバチバチと弓に変化させる。さらに。
エレナ「エレクション!」
雷で分身を2体作る。本体のエレナを含めた3人は、ロークに向け弓を構える。
≪page7≫
3人のエレナの弓矢の一斉掃射。
凄まじい数の雷の矢がロークに向かって飛んでいく。ロークは冷静に魔法を唱えた。
ローク「インヘルト」
≪page8≫
ロークが呪文を唱えると、無数の光の矢が、ロークの身体の表面に現れた、透明な膜に吸収されていく。
ユキ「あれは…!」
ユキは、二度目のロークの魔法をしっかり観察する。
攻撃を全て吸収し終えたロークは、人差し指に小さな白い球を発生させる。
≪page9≫
そして、それをエレナに向けて放つ。
エレナ「……ッ!!」
エレナは2体の分身を自分の前へと操り、ロークの白い球を受けさせた。
≪page10≫
SE『ドパアアアアンッ!!』
エレナ「うあッ…!!」
凄まじい爆発が起き、エレナは吹っ飛び岩肌に叩き付けられてしまった。
ユキ「エレナ…ッ!!」
≪page11≫
ユキはエレナに駆け寄る。意識が朦朧とするエレナは気を失う前にユキに告げる。
エレナ「あ…あれがロークの…魔法…。はぁ…。吸収した力を…はぁ…。自分の力に変えて…相手に…返す…」
ユキ「わ、分かった…! ありがとう…! エレナ…!」
エレナ「……」
それを伝えると、エレナは微かに微笑みながら意識を失った。
≪page12≫
ユキ(エレナは…私にロークの魔法を伝えるために…)
ローク「私の魔法が分かって、良かったですね、ユキさん」
ローク「あなたたちの友達を思いやる心は、本当に素晴らしいです。真っ直ぐな心を持って育つ生徒を見て、私はとても嬉しく思います」
本心かどうかも分からない言葉を淡々と述べながら、ロークは貼り付けたような笑顔を浮かべる。
ユキ(エレナ…。モエちゃん…。リンちゃん…)
≪page13≫
ユキ(みんながいてくれたから、今の私がある…。だから、私が…!!)
ユキ「私が…!!」
ユキ「リン班の私が…!! みんなを助ける…ッ!!」
≪page14≫
ローク「……」
瞳に強い光を宿すユキ。薄っすらと笑うローク。
ユキ「うおおおおおっ!!」
ユキは自身よりも大きな氷塊を生成。
≪page15≫
氷塊をロークに向かって放った。
ローク「インヘルト」
氷塊は、消滅しているかのように、ロークの膜に飲み込まれる。
ユキ(あの大きさの氷塊も飲み込まれるのか…!!)
≪page16≫
ユキ(さっき私が受けた衝撃波より、エレナの弓矢を吸収した力の方が威力が高かった…! たぶん、吸収した力によって、返す力も強くなるんだ…!)
ユキ(それなら、力を吸収させないように戦えれば…!!)
ローク「良いですね、その目。得られた判断材料を頭の中でしっかりと整理して、困難を乗り越えようとする姿勢、素晴らしいです」
ユキ(あいつの言うことは無視!)
≪page17≫
ユキは両足に、氷のブーツを生成した。
ユキ「はぁッ!!」
ブーツを履いたユキが、空中へ飛び上がる。
≪page18≫
ユキは、踵落としで思いっきり地面を砕く。周囲に岩の破片が飛び散った。
ユキ「これなら、どうだッ!!」
ユキの脳裏に、ヒエールの戦法が浮かぶ。以前、ユキを襲った地面を砕く攻撃、ユキはそれを応用する。
≪page19≫
ユキは飛び散った岩の破片を、次々とロークへ蹴り飛ばしていく。
ユキ(これは岩だ! 魔法でも妖力でもない! きっと吸収出来ないはず…!!)
≪page20≫
ローク「インヘルト」
SE『ズオオオオオオッ…』
ユキ「飲み込まれた…!!」
≪page21≫
ローク「そうですね。ひとつの考えに捕らわれず、様々な可能性を試す。その柔軟さは私も見習いたいくらいです」
ユキ(遠距離攻撃が駄目なら…!)
ユキは氷の剣を作る。そのままロークへ斬り掛かる。
≪page22≫
ローク「インヘルト」
ユキ「うっ…!?」
ロークの身体の膜に触れた剣は、ズブズブと飲み込まれていく。自分まで飲み込まれる感覚に襲われ、慌てて剣を離すユキ。
≪page23≫
ユキ「はぁっ…はぁっ…」
ローク「この短時間で、あれだけの攻撃を仕掛けるなんて…。ユキさん、あなたは本当に優秀な生徒ですね」
ユキ(あいつは…まだ、一度も攻撃を返してない…!)
ローク「優秀なユキさんには、ご褒美をあげないといけませんね」
穏やかな笑顔を浮かべ、ロークは、人差し指に小さな白い球を浮かべた。
≪page24≫
ユキ「マズい…!!」
ユキは急いで最高強度の壁を作り、その後ろに身を隠した。
ロークが、壁に向けて小さな球体を飛ばす。
≪page25≫
SE『ボグアアアアアアッ!!』
ユキ「うわあああああっ!!」
凄まじい爆発が壁を破壊する。
≪page26≫
氷の破片がユキの背中に突き刺さり、その激しい衝撃で地面に叩き付けられた。
ユキ「ガハッ…」
ユキは吐血し、全身も血塗れになっていた。ダメージは深く、もう立ち上がれる力が残っていない。
ローク「すみません…。少し、やり過ぎてしまいましたね…。すぐに、治療してあげますから」
ユキ(身体が…動かない…。目が、霞む…。耳も、よく聞こえない…)
≪page27≫
ユキのぼんやりとした視界の中には、口を三日月のように尖らせながら笑うロークの姿が映った。
ローク「ユキさん。安心してください。これからは、ずっとリンさんと一緒ですよ」
ローク「この、施設の中で」
ユキ「……」
ユキ(私にはもう、戦える力は残ってない…)
地面にうつ伏せで倒れる虚ろな目のユキ。
≪page28≫
ユキ(ロークは…そう思ってる…)
ユキは、震える右手の人差し指でロークを指す。
ローク「おや?」
ローク「駄目ですよ、ユキさん。人のことを指差すなんて…」
ユキ(さっき、ロークは、私の足元からの攻撃と、エレナの雷はインヘルトで防がなかった。…あれは、魔法が間に合わなかったんだ)
ユキ(あの魔法は、私より遅い)
≪page29≫
ローク「インヘルト」
ユキ「フロウ」
ユキが魔法を唱えた。ロークの魔法が発動する直前に、小さな風の弾丸はロークの眼鏡を砕いていた。
ローク「え?」
眼鏡の破片は、左目に突き刺っていた。
≪page30≫
ローク「ぎぃああああああッ!!」
ロークは絶叫する。両手で左目を押さえ、激痛でもがいている。その隙にユキは巨大な氷山をロークの上に作った。
ローク(魔法をここまで温存していたなんて…! ユキさん、あなたは本当に素晴ら…)
ローク「……あ」
≪page31≫
SE『ドゴオオオオッ!!』
大きな音を立て、氷山はロークを押し潰した。
ローク「……」
下敷きになったロークは気を失っていた。
≪page32≫
ユキ「……」
ユキ「ありがとう…リンちゃん…」
静かに微笑みながら、ユキも気を失った。
第19話
≪page1≫
○ロークと共に倒れているユキ。
ロークとの戦いが終結した後、ユキは気を失っていた。ユキの耳に薄っすらと声が聞こえてきた。
ミスティ「……ん… 」
ミスティ「…キ君…!」
ミスティの声だけが、ユキに微かに聞こえる。
≪page2≫
ミスティ「ユキ君! 大丈夫か!? …ユキ君ッ!?」
ユキを心配するミスティの顔が、ユキの視界に映る。
ユキ「……あ」
ミスティの隣には、エレナとモエが心配そうな顔で立っていた。
≪page3≫
ユキ「…せんせ…。みん、な…。どう…して…?」
目が覚めたばかりなのとダメージで、口が上手く回らないユキ。
モエ「私が先生に知らせたんです…!」
モエ「みんなボロボロになって倒れてて…! だから助けてくださいって…!」
ミスティ「すまない、ユキ君…。今、回復を…!」
≪page4≫
ミスティ「ヒーリング!」
ユキ「……!」
ミスティは回復魔法を唱える。ユキは光に包まれ、みるみる顔色が良くなった。
ミスティ「ダメージが深いな…。私の魔法では、これ以上の回復は難しい…」
回復魔法を受けたユキが、すぐに立ち上がった。
≪page5≫
ユキ「いえ…! だいぶ楽になりました…! ありがとうございます…! うっ…」
モエ「ユキさん…! 無理しちゃ駄目っすよ…!」
立ち眩みを起こすユキを、モエが支えた。
ユキ「あ、ありがとう、モエちゃん…」
ユキ「え?」
≪page6≫
ユキはしばらくモエ見つめた後、大声を上げた。
ユキ「いや!! モエちゃん!? どうしてここに!?」
エレナ「今、気付いたの…?」
ユキの天然に、エレナはささやかなツッコミを入れた。
ミスティ「ユキ君を心配して、ここまで来たんだそうだ…。本当に、君たちは無茶をするね…」
ミスティ「……」
ミスティ「すまない…」
ユキ「先生…?」
≪page7≫
ミスティ「私は、ロークの不審な動きに気付いていた…。だが、実態を掴むことが出来ず、今日まで手をこまねいてしまった…! 君たちを危険に晒してしまったのは、全部、私のせいだ…!」
ミスティ「本当に、すまない…ッ!」
心から申し訳なさそうな表情を浮かべるミスティ。
ユキ「ふふっ…!」
ミスティ「ユキ君…?」
≪page8≫
ユキ「ミスティ先生…。ありがとうございます…。その言葉を聞いて、少し安心しました…」
ユキ(ロークと同じこと言ってるのに、ミスティ先生の言葉は信じられる…。不思議だ…)
ユキは安堵の表情を浮かべる。だが、すぐに一番大事な目的を思い出した。
ユキ「そうだ! リンちゃんは!?」
≪page9≫
ミスティ「私は今ここに着いたばかりで…。まだ、リン君の姿は発見出来ていない…」
ミスティは不安そうな表情を浮かべる。同じく、ユキの表情も曇る。
ユキ(…私は、ずっとここで戦っていた)
ユキ(あれだけ、大きな音を出していたのに、リンちゃんは全く姿を現さなかった…)
≪page10≫
ユキは心臓の鼓動が早くなるのを感じ、呼吸を整える。
ユキ(嫌な、予感がする…)
ユキが戦っていたこの広い空間には、RINが出て来た破壊された扉の他に、まだ2つ鉄の扉が設置されている。
ユキ「手分けして探そう…!」
ユキ(今度は、背後から襲われる心配もないし…!)
≪page11≫
ユキとモエは左にある扉、ミスティとエレナは右にある扉の先を確認する。
ユキの前には、ゴチャゴチャといろんな物が置かれている物置きのような光景が広がっていた。部屋の一角にはトイレと思われるドアやら、生活に必要な設備が設置されているようであった。
ユキ「ふぅ…。いない…」
ユキ「……!」
≪page12≫
ユキ(私、リンちゃんが見つからなくて…少し、ホッとしてる…!?)
ユキ(こんなのおかしい…!! 異常だ…!!)
ユキ(私は、何を怖がってるの…!?)
モエ「ユキさん…。大丈夫っすか…? 顔色が悪いっすよ…?」
別の部屋から、手分けをしていたミスティの声が響く。
ミスティ「リン君…!!」
ミスティの声を聞き、目を見開くユキ。
≪page13≫
遠くからミスティ先生の声が響く。心臓の鼓動が激しさを増すのを感じ、胸を押さえた。
ユキ(やめろ…。変なことは考えるな…。リンちゃんを見つけたい、それが普通なんだ…!)
ユキ(私は、リンちゃんに会えれば、それで…)
ミスティの声が聞こえた扉を開くユキ。
≪page14≫
大股を開き、壁を背に、力なく地面に座り込むリン。目に光はなく、よだれを垂らしている。
リン「お願いします…」
リン「薬をください…」
リン「なんでもしますから…」
リン「お願いします…」
≪page15≫
ユキの隣で泣き崩れるモエ。エレナは呆然と立ち尽くし、ミスティは、リンの様子を確認し、険しい顔で目をギュッと瞑る。
ユキ「……」
別の世界の出来事のように感じ、呆然と立ち尽くすユキ。
≪page16≫
感情のない表情で、淡々とユキのモノローグが続く。
ユキ(ああ見えてリンちゃんは繊細で、怖がりだから、魔物化の幻覚の時点で、心が壊れてしまったのか…)
ユキ(世の中には、どうすることも出来ないことがあるんだ…。分かってる…。私もそうだった)
ユキ(それでも、私はそれを全部「仕方ない」と思って受け入れていた。どうすることも出来ないから無理やり納得していた。だって、そうするしかないじゃないか…)
≪page17≫
怒りの表情へと変わるユキ。
ユキ(…じゃあこれも「仕方ない」のか!?)
ユキ(私は、こんなの嫌だ!! こんなの絶対、認めない!! だって私は…!!)
≪page18≫
ユキ(馬鹿だから!!)
ユキは突然、リンの胸ぐらを掴んで右手を振りかぶっていた。驚愕する一同。
≪page19≫
SE『パァンッ!!』
リンの頬が平手打ちされる音が辺りに響く。それでも虚ろな目のリン。リンの頬は、激しく叩かれ赤くなってしまっている。
ミスティ「やめろッ!!ユキ君ッ!!」
ミスティが羽交い締めにして制止しようとするが、ユキは止まらない。もう一発加えようとしている。
≪page20≫
モエ「ユキさん…ッ!! やめてください…ッ!!」
泣きながらユキを止めようとするモエ。
リン「お願いします…」
リン「なんでもしますから…」
エレナ「……っ!」
悪夢のような光景に、エレナは口を押さえて震えていた。
≪page21≫
ユキ「なんでもするなら…!」
SE『パァンッ!!』
ユキ「帰って来い…!!」
ユキ「馬鹿リン…ッ!!」
SE『パァンッ!!』
ミスティ「やめろと言っているのが、分からないのか…ッ!?」
お構いなしにリンの前に乗り出すユキ。言うことを聞く気配もない。
ミスティ(仕方ない…!! ユキ君を眠らせるしか…!!)
≪page22≫
リン「……う」
リン「…うるさいわね」
リン以外の、この場にいる全員の動きが止まる。
リン「そんなに…叩かれたら…痛いでしょうが…」
ユキ「あ…」
≪page23≫
ユキは我に返り、右手を震わせている。
ミスティ「ユキ君…。これは、“神様の気まぐれ”だ…。たまたま、運が良かっただけだ…!」
ミスティ「気持ちは分かるが、君のやったことは許されることじゃない…!」
静かにユキに怒るミスティ。ユキも、そのことは十分に理解していた。
ユキ「リン…ちゃ…ん…!」
ユキ「私は、なんてことを…!」
ユキの目から涙が溢れ出す。
≪page24≫
次の瞬間、リンがユキの胸ぐらを掴む。
SE『パァンッ!!』
ユキの頬が、リンに思いっきりビンタされた。突然のことに目を丸くして、リンを見つめるユキ。
ユキ「えっ…!?」
≪page25≫
SE『パァンッ!!』
ユキ「ぶっ…!?」
2発目の往復ビンタ。ユキは訳が分からずただただリンに叩かれ続けている。他のみんなもポカンとしながらそれを見ている。
SE『パァンッ!!』
ユキ「いぎゃあっ!?」
3発目のビンタが決まった。ユキは思いっきり吹っ飛んでいた。
≪page26≫
リンは腰に手を当てながらユキを見下ろしている。
リン「3発よ」
ユキ「……え?」
リン「あんたがあたしを叩いた回数」
≪page27≫
リン「これでおあいこよ。…馬鹿ユキ!」
ユキに向け、ニカッと笑うリン。
ユキ「…!」
頬を押さえながら涙を流すユキ。
エレナは、涙を流していたモエを気遣い、優しく頭を撫でた。ミスティは、ユキとリンのやり取りに思わず吹き出していた。
ミスティ「ふ…」
ミスティ「おあいこなら、“仕方ない”か…」
≪page28≫
戦いが終わり、リンの自我が蘇った後、研究施設の外でしばしの間、4人で夜風を浴びて疲弊した身体を癒やす。
リン「……」
リン「……ごめん」
他の3人がリンの方へ静かに顔を向ける。
リン「みんな…あたしのせいで…。こんなに大怪我して…。たくさん酷い目にあって…」
ユキ「そんな…!」
≪page29≫
エレナ「リンは何も悪くない…」
エレナ「悪いのはロークと…」
エレナ「……私」
リン「何言ってるの…? あんたはただ、ロークに騙されて利用されただけで…」
モエ「…先輩たちの気持ちは、痛いほど分かるっす…」
≪page30≫
モエ「私も同じ立場だったら、絶対謝ってたし、罪悪感を抱いていたっすから…」
リン「モエちゃん…」
エレナ「モエ…」
ユキ「私とモエちゃんが保証する」
ユキ「リンちゃんとエレナは何も悪くない…」
それでも申し訳なさそうにするリンとエレナ。ユキは穏やかな表情を向ける。
≪page31≫
ユキ「……」
ユキ「私はみんなが大好き…」
ユキ「ずっと一緒にいたい…」
リン「あ…!?」
リン「あ…あんた…よくそんな恥ずかしいこと言えるわね…!?」
赤面するリン。咳払いをしつつ、ポツリと呟いた。
≪page32≫
リン「…でも、あたしも同じ」
モエとエレナも静かに頷いた。
月明かりが4人を優しく照らしていた。
最終話
≪page1≫
○その時の状況の一枚絵をバックに、ナレーションが続く。
ナレーション『その後、ミスティから協力の要請を受けていた他の教員たちが、ロークの身柄確保及び研究施設の制圧を行なった』
ナレーション『ロークは、罪のないSランクの学生たちを非道な研究に付き合わせ、その過程で次々と人工的に魔物を生み出していた。不要になった魔物は、時に周囲へ解き放ち、研究資金調達の際には、裏組織に売り捌いていた。リンが平原で遭遇したAランクの魔物も、ロークが制作した魔物だった』
ナレーション『ユキたちの通うノルシュ魔法学校は、ノルシュ王国が管理していた。ノルシュ王国は、自国の代表する魔法学校で数々の悪行を働き、学校の品位を著しく下げたロークに憤っていた。身柄を預かり、然るべき裁きを与えると宣告した』
左目に眼帯をし、牢の中で薄ら笑いを浮かべるローク。
≪page2≫
ナレーション『…それから、幾日が経ち』
○とある海岸。
ユキは巨大なカニの魔物を追い掛けている。巨大なカニは凄まじい速さの横歩きで移動している。
ユキ「はぁ…はぁ…! モエちゃん!! そっち行ったよ!?」
≪page3≫
モエ「…今っす!!」
砂浜に置かれていたスイカのトラップが爆発を巻き起こす。カニはたまらず向きを変えて逃げ出した。
モエ「リン先輩っ! 次そっち頼むっす!!」
≪page4≫
リン「オーケー! まかせなさいって!!」
リン「エアルフェイトッ!!」
リンが風の刀を構え、足元で風を爆発させ、上空まで飛び上がる。
≪page5≫
リン「喰らいなさいっ!!」
空中で風を纏いながら、勢いよくカニのハサミを斬り落とした。
魔物『ブクブクブクブクッ!!』
カニは泡を吹きながら慌てている。
リン「そっち行ったわよっ!!」
≪page6≫
リン「エレナッ!!」
リンがエレナに向かって声を掛ける。
エレナ「上出来。それにしても…」
エレナ「…カニって本当に横にしか歩けないのね」
エレナ「可哀想に」
エレナはカニを哀れむような目で見つめている。
≪page7≫
エレナ「サンディラヴァー」
エレナは光の弓を作ってカニの両目に狙いを付けている。
エレナ「そこ…っ!!」
魔物『ブオオオオオオッ!!』
両目を射抜かれ、カニの魔物はカニとは思えない悲鳴を上げている。
≪page8≫
エレナ「後は任せたわ。ユキ!」
ユキ「うんっ!! みんな、ありがとう!!」
ユキは巨大な氷のボールを作り出した。さらに。
≪page9≫
ユキ「フロウナッ!!」
フロウよりも大きな風魔法で、氷の塊をカニの元へと吹き飛ばす。
ユキ「いっけええええっ!!」
≪page10≫
SE『ドゴオオオオオンッ!!』
ボールに押し潰されたカニは身動き出来なくなった。
リン「ふぅ…。ようやくやっつけたわね…」
≪page11≫
リン「それにしてもあんた…。その“フロウナ”って魔法、恥ずかしいからほんとにやめて欲しいんだけど…!」
ユキ「そんなこと言われても…新しく思い浮かんだのがこの呪文なんだからしょうがないじゃん…!」
リン「あんた、どんだけあたしのこと好きなのよ…!?」
ユキ「え、えぇ~っ?」
≪page12≫
ユキ(あれから、私たちリン班は、“エレナ・シャイニス”を含めた4人組になっていた。元々4人部屋だった寮は、ついに満室になったのだった)
ユキ(任務はやっぱり大変なこともあるけど、楽しい。友達と協力して、毎日充実してる…!)
ユキ(いろんなことがあったけど、私は、幸せ者だ)
≪page13≫
ユキ「……」
ユキ(だからこそ、私は…あなたのことが心配なんだ…)
ユキ「鈴子ちゃん…」
○1人、魔法学校の廊下を歩くユキ。
≪page14≫
ユキ(鈴子ちゃんは、元気にしてるかな…? もし、今もまだ、いじめられていたら…?)
ユキ(私がいなくなって、深く傷付いていたら…?)
ユキ(私は、ここに来てから、鈴子ちゃんのことを忘れたことはない…)
ユキ「会いたいよ…。鈴子ちゃん…」
≪page15≫
ミスティ「ユキ君」
ユキ「うわあっ!?」
突然、ユキの背後に現れるミスティ。飛び上がって驚くユキ。
ミスティ「あっ…。すまない。また生徒を驚かせてしまった…」
ユキ「い、いえ…! 考え事をしていたからですよ…! あははは…!」
≪page16≫
ミスティ「どうかな? 任務の方は?」
ユキ「…こんなこと言って良いのか、分からないんですけど…。楽しいです…!」
ミスティ「ふふふ…。それは何よりだ」
ユキ「……」
ユキ「ミスティ先生のおかげ、なんですよね…? 私たちが4人一緒にいられるのは…」
ミスティ「!」
≪page17≫
ユキ「リンちゃんから聞きました…。本来、Sランクの魔法学生が2人もいる班はありえないと…。ロークの後を引き継いだミスティ先生が、私たちのために無理をしてくれたって…!」
ミスティ「……」
ミスティ「君たちは、ずっと離ればなれになり、辛く苦しい日々を送っていた…。一緒にいて当然なんだ…。リン班4人の編成、これ以外、私は認める気はない…」
ミスティ「私がそうしたかっただけさ…」
ユキ「……」
ミスティは笑みを浮かべ、ユキも申し訳なさそうにしつつ、ミスティに笑みを返した。
≪page18≫
ミスティ「そうだ。実は、君に見てもらいたい物があってね」
ミスティは、ローブのポケットから、薄く平たい物を取り出した。
ミスティ「これだよ」
それをユキに手渡す。ユキは驚愕の表情を浮かべる。
ユキ「こ、これは…!?」
≪page19≫
ユキ(スマホ…!?)
ユキの手には、ユキが現世で見た物とそっくりなスマホが握られていた。
ミスティ「やはり、君はこれが何か知っているようだね…。前に私に、他の世界から来たと教えてくれていたから…」
ユキ「これ、どうしたんですか…!?」
ミスティ「ロークだよ」
≪page20≫
ミスティ「奴の研究施設から見つかった物だ…。ロークは、異世界の研究を始めていたらしくてね。その過程で、その平たい魔道具を作り出したらしい…」
ユキ(ロークが、私の世界のことを知っていたのは、異世界を研究していたからなのか…!)
ミスティ「あらゆる力を吸収するロークの魔法、インヘルトの術式を応用したものが使用されているようだ…。技術を吸収して、自分の物にする魔道具なんだと…。まぁ、私も詳しいことは分からないが…」
ミスティ「もし、君にとって必要な物ならと思ったんだが…。ロークの私物なんて、手に取りたくないか…。すまないね…」
申し訳なさそうな表情を浮かべるミスティ。
≪page21≫
ユキ「いえ…! ミスティ先生! ありがとうございます…!」
ユキ「これで、友達に会えるかもしれない…!」
明るい笑みを浮かべるユキ。
ミスティ「そうか…。なら、良かったよ」
ミスティは、安堵の笑みを浮かべ、ユキに手を振り立ち去っていく。
○ユキたちの女子寮。
寮でスマホをいじるユキ。
リン「ユキ…。何その妙な平べったい物は…?」
≪page22≫
ユキ「スマホ…! なんかいろいろ出来んの!」
リン「はぁ…。スマホ…」
一心不乱にスマホをいじるユキ。
ユキ(あ、あった…! WINE!!)
回想の鈴子『WINEやってる?』
ユキ(このスマホは、私の世界と繋がってる…!)
≪page23≫
胸の鼓動が高鳴るユキ。WINEのアイコンをタップする。
ユキ(これで、鈴子ちゃんにメッセージが送れる…!)
しばらくスマホをいじり続けるユキ。そんなユキを、心配そうに見つめるリン、モエ、エレナ。
ユキは徹夜でスマホをいじっていた。
○翌朝、魔法学校の廊下。
教室に向かって歩くリン班。
≪page24≫
エレナ「ユキ、大丈夫…? 目にクマが出来ているけど…」
ユキ「う、うん…。大丈夫…」
ユキ(あれから、WINEをずっといじってたけど…。駄目だ…。使い方が分からない…。誰かにメッセージは送れるみたいだけど、鈴子ちゃんに繋がる手掛かりは見つけられなかった…)
モエ「ユキさんにとって、大切な方なんですね…。その、鈴子さんという方は…」
ユキ「うん…。鈴子ちゃんは、リンちゃんに似てるんだ…。優しくて、明るくて、いつも私に笑顔をくれた…」
リン「へぇ…あたしに…。ちょっと想像出来ないわね…」
≪page25≫
ユキ「馬鹿ユキ、とは一度も呼ばれなかったけどね…!」
リン「わ、悪かったわね…。口が悪くて…!」
ユキ「ふふっ…」
ユキ「嬉しいな…。みんなに、鈴子ちゃんの話が出来て…」
嬉しそうなユキを見て、微笑むリンたち。
≪page26≫
リン「また、会えると良いわね…。鈴子ちゃんと…!」
ユキ「うん…! ありがとう、リンちゃん…!」
○それから数日後、女子寮内。
ユキ「うぅ〜…」
エレナ「ユキ、あんなにやつれて…。可哀想に…」
ヘロヘロになりながら、スマホをいじり続けるユキ。
≪page27≫
ユキ「うぅ〜…会いたいよ〜…。鈴子ちゃん〜…」
モエ「ユキさん…」
リン「そのスマホ?って奴、そんなに扱いが難しいものなのね…。具体的には、何が出来る物なの…?」
ユキ「うぅ…。いろいろ出来るらしいけど…。今やろうとしてるのは、遠くの人と手紙のような物でやり取り出来る機能だけど…。それが上手く行かなくて…」
ユキ「他に、私でも使えそうなのは、写真を撮る機能くらいしか…」
リン「写真…?」
≪page28≫
ユキ「この道具に景色を映して、それをそのまま絵のように残すことが出来るんだ…。鈴子ちゃんはよく、私と写真を撮ってくれた…」
リン「へぇ…そんなことまで出来るなんて…」
ユキ「ん…? 待てよ…」
ユキ(初めて会ったあの日、鈴子ちゃんは、写真について何か言っていたような…)
ユキ(思い出せ…! 絶対言ってた…! えっと…確か…何かに上げるって…!)
鈴子『自撮りしても良い? ミンスタに上げる…のは駄目か!』
ユキ「…!!」
≪page29≫
○現世。
ユキとの待ち合わせ場所で、スマホをいじる鈴子。
鈴子(雪ちゃん…。お元気ですか…? あたしはマジ元気!)
鈴子(あれから、いじめられそうになった時、雪ちゃんの名前を呼ぶと、雪ちゃんを怖がってあの子たちは逃げるようになったんだよ…! マジウケるよね…!)
鈴子(元々あたしと友達だったオタクの子も、不良から解放されたあたしとまた仲良くしてくれるようになったんだ…!)
鈴子(全部、雪ちゃんのおかげだよ…! いろんなことがあったけど、あたしは、幸せ者だよ…)
鈴子「……」
≪page30≫
鈴子(だからこそ、あたしは…あなたのことが心配なんだ…)
鈴子「雪ちゃん…」
スマホをいじり続ける鈴子。
鈴子「ミンスタかー…。ギャルのフリをするために、一応入れといたけど…。あはは…。結局あんま使わなかったな…! もう消しとくか…!」
ミンスタをアンインストールしようとする鈴子。
鈴子「うーん…。でも、念の為、最後にちょっと確認を…」
鈴子「あれ…? ミンスタに、通知が来てる…?」
スマホを見て、涙を流す鈴子。
≪page31≫
鈴子のスマホに、ユキとリン班4人の笑顔の写真が映っていた。
鈴子「う…うぅ…ッ! 良かった…っ!」
鈴子「ユキちゃんも、幸せなんだね…!」
≪page32≫
ユキの元に、鈴子のフォローが返ってきた。ミンスタの画面に映る鈴子のアカウント名は、リンと表示されていた。
鈴子と友達のツーショット写真が表示される。
涙を流しながら微笑むユキ。
ユキ「鈴子ちゃん」
ユキ「また、会えたね…!」