第2話
≪page1≫
○上空をドラゴンが飛ぶ異世界
SE『…サアァ。チュンチュン』
草花が揺れる平原に仰向けで倒れていた雪女。ゆっくりと目を開け、青空を眺める。
雪女「私…トラックに轢かれたはずじゃ…」
起き上がって周りを見ると遠くに大きな山。大きな湖。大きな城が見える。とにかく何もかも大きい。
雪女「どこだろう…ここ…。また変な夢でも見てるのかな…」
≪page2≫
雪女「……? 私の身体、なんだかあったかい…? 生きてるって感じがする…。むしろ死んだはずなのに…」
自分の身体の違和感に気が付く雪女。雪女の白い肌は健康的な肌色に変化していた。雪女は、まじまじと自分の腕を見つめていた。
雪女「生まれ変わった…?」
雪女(鈴子ちゃんはよく漫画やアニメの話をしてくれた…。死んだはずの者が新しい命に生まれ変わる転生というのものがあるって…)
肌の色は変化したが、雪女の性別や容姿は変わっていない。
雪女(生まれ変わったのなら、氷の能力はどうなったんだろう…。私は普通の人間に生まれ変われたのかな…。あんな恐ろしい力、もういらない…)
雪女が少し歩くと、目の前に大きな川が見える。恐る恐る川に近付き、川に向かって手をかざす。緊張の面持ちの雪女。
雪女「もし、私に能力が無いのなら、川を凍らせることは出来ないはず…」
≪page3≫
SE『バキンッ』
生まれ変わる前よりも、むしろ、より強力に。大きな川は、向こう岸まで凍っている。
凍った川を眺めながら、落胆する雪女。
雪女(鈴子ちゃんは…あれからどうなったんだろう…。またいじめられたりしてないかな…。会いたい…。鈴子ちゃんに会いたいよ…)
哀しげな表情の雪女。ぎゅっと胸元で拳を握り締める。
雪女(でも…。この力がある限り、どの道、鈴子ちゃんには会えない…。私といると、鈴子ちゃんは凍っちゃうから…)
雪女「あははは…」
雪女は自暴自棄になりながら、自分で凍らせた川の上を歩いて向こう岸まで渡っていく。
≪page4≫
○雪女からほんの少し離れた地点。場面と視点が変わる。
スタイルの良いツインテールの少女と、身長の低い三つ編みの可愛らしい少女の2人組。
リン「魔法学校のエリートであるあたしが、あなたにお手本を見せてあげるんだから! しっかりと学ぶようにっ!」
モエ「は、はい!リン先輩!」
リン(あたしはリン・フロウナ。魔法学校のエリート学生。いつも成績優秀。容姿端麗。空前絶後。みんなの憧れの的の美少女魔法使い)
≪page5≫
リン(今日は可愛い後輩の女の子に指導して欲しいと頼まれ、魔物がよく出現する平原まで来たのだった)
モエ「リン先輩、ありがとうございますっす…! 私1人だと、こんな場所まで来られないっすから…!」
リン(か…可愛い…。あたしはこの後輩ちゃん、モエ・プランティアちゃんを気に入っている)
リン「気にしないで! 可愛い後輩のためなら、たとえ火の中、平原の中! なにせ、魔法学校のエリートだからね!」
ふんぞり返って胸を張るリン。
リン(魔法学校とは、その名の通り。魔法を学び、魔物と戦うための力を身に付ける学校だ)
平原を歩く2人。上空には、鳥が変化した魔物が飛んでいる。
リン(この世界には魔法の力が溢れている。その影響を受けやすい生物や物質は、時として人間に危害を加える危険な魔物と化すことがあるのだ)
≪page6≫
リンは上空の小型の魔物を、小さな風の魔法で撃ち落とす。それを見て目を輝かせるモエ。
モエ「さすがリン先輩! Aランクの魔法使いは私なんかと格が違うっす!」
リン「いやいや…。こんなの軽い準備運動だって。これからもっと凄いの見せてあげるんだから!」
≪page7≫
リン(魔法学生には適切な魔物と戦える目安として、F~Sのランクに分けられ強さを判定される)
リン(あたしはその魔法学校の中のAランクなのである。上から2番目。すなわち優秀なのである。ちなみに後輩ちゃんはEランク。まだまだ可愛い新米ちゃんだ)
リン「さて、そろそろ魔物が出現しやすいポイントに到着するわよ。気を付けて」
モエ「は、はいっす…」
リン(この辺に出る魔物は強くてもせいぜいCランク止まり。Aランクのあたしにとってはまぁウォーミングアップ程度の退屈な相手なのだけど。モエちゃんの安全を考えれば、このくらいがベストでしょう)
品定めをするように辺りを見回すリン。弱そうな魔物を見つけては露骨にガッカリした反応を見せる。
リン(さてさて。どこかに手頃な魔物はいないかしら…。あれは弱すぎる。あれもかなり弱い…。最低でもCランクくらいじゃないと、せっかくこんな場所まで来たんだから、モエちゃんに良い刺激を与えないと…)
リン(仕方ない。あれを使うか)
≪page8≫
リンは懐から紫色の細長い石を取り出す。
リン(強い魔物はこの石が発する魔力に引き寄せられやすい。当然、危険もあるからむやみやたらと使う物ではないのだけど、まぁここなら大丈夫でしょ)
リンは右腕を伸ばし、石を出来るだけ高く掲げる。そしてリンは魔力を石に込め、石の力を増幅させる。
綺麗な紫色の光が辺りを照らす。
リン(さぁ来なさい。Cランクの魔物!)
特に意味はないが石をふりふりと振るリン。
≪page9≫
魔物はなかなか来ない。モエの方を気にしつつ、リンは苛立ちながら石を振り続ける。
リン(早く来なさいよ! 石を振ってるあたしが馬鹿みたいじゃない!)
ギリギリと歯を食いしばるリン。モエは恐る恐るリンに話し掛けようとしている。
モエ「あ…あのう、リン先輩…」
リン「あ、ちょっと待ってね…。もうすぐ来るから…」
モエ「う、上…」
リン「上?」
≪page10≫
リンの視界に入っていなかっただけで魔物は来ていた。かなり大型の魔物。リンの顔色が変わる。
リン「こ、この魔物の大きさ…。まさか、Aランク…?」
大きな翼を羽ばたかせる四足の獣型の魔物。爪と牙は大きく鋭い。体格もガッシリしている。リンとモエと比べて、4倍ほどの大きさ。
リン(なんでこんなところにAランクが!?)
≪page11≫
リン「モエちゃん! 離れて!」
モエ「は、はいっす…!」
リンは全力で応戦するため魔力を溜める。
魔物『グオオオオオオオッ!!』
魔物の咆哮。大きな音で耳を痛めるリンとモエ。リンは魔力を溜めるのを中断して耳を塞ぐ。その隙を狙うかのように、魔物は上空から爪を振り下ろす。
リン「くっ…!」
リンは攻撃をかわし、再び魔力を溜めることに専念する。
≪page12≫
魔物『グオオオオオオオッ!!』
リン「あぁっ! もう! さっきからうるさいわね!」
咆哮のせいで集中出来ないリン。かろうじて魔力を溜める。
リン「くっ…ブリズ!!」
リンは溜められた分の魔力で魔法攻撃を試みる。無数の氷の刃が魔物めがけて飛んでいく。
魔物『グオアアアアアアッ!!』
氷の刃が魔物の皮膚に弾かれる。焦りの表情を見せるリン。
≪page13≫
モエ「せ…せんぱぁい…」
モエが心配そうにリンを見つめている。
リン(落ち着け…!頭を使え…!あたしは優秀なAランクのエリート魔法学生なんだ…! …そうだ)
リンは魔物を呼ぶのに使った紫の石を取り出す。石に微量の魔力を流す。また危険な魔物を呼びかねないので細心の注意を払う。
リン「それっ!」
石を遠くに投げるリン。
魔物『グアアアアアッ!!』
魔物は石の方に引き寄せられた。リンは、このチャンスを逃すまいと、込められるだけの魔力を両手に込める。
≪page14≫
リン「喰らいなさいっ! ブリズオンッ!!」
風の魔法と氷の魔法の合わせ技、ブリズオンを唱えた。氷を纏った暴風の塊が魔物を襲う。皮膚を抉るかのようにガリガリという音を立てながら、暴風の塊は回転し続ける。
魔物『ギィアアアアアアアアッ!!』
リンが氷の魔法を放った時。雪女が遠くからリンたちの戦闘を目撃する。シルエットで雪女の口元が映る。
雪女「雪…女…?」
リンとモエは雪女には気付いていない。
魔物は激昂し、リンに向かって突進する。
≪page15≫
リンは回避しようと身構えるが、魔物は急に方向転換した。向かう先はモエ。
モエ「…え?」
リン「モエちゃん…ッ!!」
魔物がモエの方に向かってしまった。リンは急いで魔力を込める。だが、間に合わない。モエに迫る魔物。
≪page16≫
SE『パキンッ』
モエの前で魔物は凍り付いていた。呆気にとられるリンとモエ。
リン(今の魔法…。あたしじゃない…。モエちゃんは氷魔法を使えない…。じゃあ誰が…。ていうか、Aランクの魔物を一瞬で凍らせるなんて…そんなの、Sランクの魔法使いしかいないわよ…)
狼狽えながら辺りを見回すリン。
≪page17≫
モエの近くに、雪女が立っていた。モエは雪女を不思議そうに見つめながら、リンに助けられたと勘違いし、リンにお礼を言う。
モエ「せ、先輩…! 助けてくれてありがとうございますっす…!」
リン「う、うん。大丈夫? 怪我はない?」
モエ「大丈夫っす…! ちょっと腰が抜けちゃったっすけど…」
リンは腰を抜かして倒れているモエに手を貸し、ゆっくりと起こしてあげた。そしてリンは、雪女に恐る恐る声を掛ける。
リン「あ、あんた、一体誰なの…?」
≪page18≫
雪女「雪女」
リン「ゆ、雪…女?」
ポカンとするリン。雪女は、ぼんやりとリンを見つめる。
リン「それが…あんたの名前…?」
雪女「あなたは…雪女じゃないの…?」
リン「はぁ!? だから、何よ! その雪女ってのは!?」
雪女(てっきり仲間かと思ったのに…。じゃあ、あの氷の力はなんだったんだろう…)
雪女に詰め寄るリン。慌ててリンを静止するモエ。
モエ「ま、まぁまぁ先輩! まずは私たちのことを説明した方が良いんじゃないっすか?」
リン「そ、それもそうね」
≪page19≫
リン「あたしたちは魔法学生。魔法学校で魔法を学んでいるの」
雪女「魔法…?」
雪女(鈴子ちゃんが話していた中に確かそんなワードがあったような…。お話の中に出て来る不思議な力のことだっけ。ここはお話の世界なの…? もう何がなんだか分からないよ…)
モエ「ここは魔物が出る場所っす! 魔法が使えない人は危険なので離れた方が良いっすよ…!?」
雪女(確かに私は氷の力は使えるけど、魔法は使えないし。じゃあ、素直に従うべきなのかな)
モエの言葉に素直に頷く雪女
リン「あたしたちが警護するわ。あんたはどこから来たの?」
≪page20≫
雪女「…分かりません」
リン「分からないって…。雪女とかさっきから妙なことばっかり言って、あたしたちをからかってるんじゃないでしょうね…?」
雪女「えっと…。ごめんなさい。私、本当に何も分からなくて…。気が付いたら、この平原にいたんです…」
リン「記憶喪失…ってこと…? それじゃ、自分の名前も分からなくて当然か…」
雪女(別に記憶喪失じゃないし、名前も元々無いんだけど…。それにしてもこの子、どことなく鈴子ちゃんに似てるような…)
≪page21≫
モエ「と、とりあえず魔法学校に同行してもらうのはどうっすか? リン先輩…!?」
リン「え、えぇ…。そうねモエちゃん…」
雪女(リン…!?)
鈴子の名前と似ているリンに反応する雪女。雪女は、鈴子との思い出で頭がいっぱいになる。そして、表情がどんどん曇っていく。
雪女(名前まで似てるなんて…。なんだろう…この気持ち…。胸がモヤモヤする…。私は、本人に会いたいのに…)
○平原を進む3人
3人は歩き出した。リンが先頭、雪女を間に挟み、その後ろをモエがトコトコとついて歩く。
≪page22≫
リンは歩きながら後ろを振り向き、モエには聞かれないように小声で雪女に話し掛けた。
リン「ねぇ。あなたは魔法を使えるみたいだけど、もしかして魔法学生なんじゃないの?」
雪女「魔法学生…?」
リン「さっきも言ったけど、あたしたちは魔法学校で教育を受けてるの。魔物と戦うための力を身に付けた魔法使いの学生たちの総称が、魔法学生ってわけ」
リン「まぁ、この世界で魔法学生を知らない人はまずいないし…。あなた、本当に記憶喪失なのね…」
雪女(記憶喪失じゃないんだけどなぁ…。でも、どう説明すれば良いのか分からないし…。別に記憶喪失ってことでも良いか…)
雪女が困惑しつつも納得しようとしていた時、ズイッとリンが雪女に顔を近付けた。
リン「…ねぇ?」
≪page23≫
リン「さっきのあなたの力。あれは危険な力なの。しかも、あなたは記憶を失っている。そんな状態で力を使えば何が起こるか分からない…。思わぬ被害を出さないためにも、あの力の使用は控えて」
雪女「…思わぬ被害」
雪女は現世での記憶を思い出す。不良少女たちを怯えさせた力。鈴子を危険に晒してしまった力のことを。
雪女「分かりました…」
リンの言葉に、雪女は頷いた。
≪page24≫
リン(モエちゃんは、魔物を倒したのはあたしだと思ってる…。でも、あの氷魔法はあの雪女という子が使っていた…。そして、その強さは間違いなくSランク級…。そんな力を使われちゃったら、エリートのあたしはエリートじゃなくなってしまう…。あたしは、エリートじゃなきゃいけないのに…!)
雪女の力に気付いているのはリンのみ。ここで雪女の力を隠蔽しようと考えていた。
○彼女たちの前に、3階建ての魔法学校の校舎が見える。長い廊下と多くの部屋を有している。
リン「ここが魔法学校よ。正確には、ノルシュ地方の学校だから、『ノルシュ魔法学校』って名前なんだけどね」
≪page25≫
リン「魔法学校は各地に点在していて、それぞれの地域で、魔物の討伐に日々尽力しているってわけ」
雪女はぼんやりと聞いている。魔物とは一体なんなのか等、まだあまりピンと来てはいない様子。
リン「まずは先生の元へ向かいましょうか」
リン「先生方は魔法に加え博識で、とても頼れる存在。あなたの記憶について、何か手立てがあるかもしれないから」
リンは雪女を連れ、先生と呼ばれる者の元へと歩みを進める。モエは相変わらず後ろからついてきている。
雪女はキョロキョロと校舎の様子を伺う。レンガ等が使われていて、日本の建物とは雰囲気が違う。
点々とたむろしている学生たちは、制服姿ではない雪女を物珍しげに見ている。
≪page26≫
○校舎の奥にある大きな広間。
校舎の中心部にある大広間へと3人は入っていく。大広間の奥には、魔法の道具の整理をしている物腰の柔らかそうな男性の姿があった。
ローク「おや、フロウナさん。そちらの方は?」
長身で眼鏡を掛けている男性、ローク。落ち着いた口調で雪女のことをリンに尋ねる。
リン「平原で自主練習をしていたところ、こちらの方と出会ったのですが…。どうやら、記憶喪失らしくて…」
ローク「なんと…」
リン「ローク先生なら何か分かるのではないかと思い、魔法学校までお連れしました」
≪page27≫
ロークはしげしげと雪女のことを見る。じっくり見られ、雪女は居心地の悪そうな表情を浮かべた。
ローク「彼女に魔力があるかどうか調べてみましょうか。それで何か糸口が見つかるかもしれません」
リン「ま、魔力鑑定を行うのですか…?」
ローク「えぇ。何か問題が…?」
リン「い、いえ…別に」
※【設定解説】魔力鑑定とは、その者の持つ魔力がF/E/D/C/B/A/Sランクの中のどの力に値するか鑑定することを指す。Fがもっとも低く魔力がほぼない人間、Sが最高ランクで、この世界のあらゆる魔物に対抗することが出来る、凄まじい力を有している存在である。
リン(魔力なんて調べられたら、あの子がSランクだってことが分かっちゃうじゃないの…! ど、どうしよう! あたしのエリートの立場が…!)
ロークはオカリナのような形状の鉱石を取り出す。そしてそれを雪女に手渡した。
ローク「その石を持ちながら先端を咥えて、しばらくそのまま待っていてください」
雪女「は、はい…」
≪page28≫
物を咥えている姿を男性に見られ、雪女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
その光景を、リンは全身を脱力させながら眺めていた。
リン(お…終わった…。あたしより強い奴なんていくらでもいる…。やっぱり、あたしはエリートなんかじゃないんだ…)
リンは、雪女の鑑定が終わるのを目をぎゅっと瞑りながら待っている。
リン(まだなの…? 怖い…。早く終わりなさいよ…)
鑑定石の輝きを放ち、ロークはその色を観察する。そして、観察を終えると顔を上げた。
≪page29≫
ローク「…Fランクですね」
リン「……へ?」
そっと目を開けるリン。雪女の咥えている鑑定石は薄ぼんやりとした鈍い輝きをほんの微かに放っていた。これは魔力がFランク相当であるという反応だった。
リン(な、なんで!? あんなに強い魔物を一瞬で凍らせたのに!?)
リンは安堵するより先に激しく混乱していた。自分がダメージを与えていたとはいえ、Fランクではあんな芸当は出来なかったのである。
リン(あ、あれはきっとあたしが無意識でやったんだわ…! だってFランクにあんなこと無理だもの…! 良かったぁ…!)
ローク「妙ですね…。魔物の生息する平原で、Fランクの人間が無傷でいられるなんて…」
リン「今日は魔物の数が少し少なかったので、運が良かったんですよ! ね? モエちゃん?」
モエ「えっ!? そ、そうっすね…!」
急に話を振られ驚いて声を上げてしまうモエ。
≪page30≫
ローク「うーむ…。魔力があればその魔力から何かヒントが得られると思ったのですが…。Fランクとなると探れることは非常に少ない…。困りましたね…」
しばらく考え込むローク。その後、何か思い付いたように視線を雪女へ戻す。
ローク「…身元が判明するまで、しばらくこの学校に滞在なさってはどうですか?」
雪女「…え?」
ローク「平原を彷徨っていたなら、この地域周辺の人間である可能性は高いはずです」
ローク「あなたを心配して捜索している身内の方がいらっしゃれば、平原と近いこの学校に行き着き、あなたの目撃情報を尋ねに来られることは大いにありえます」
ローク「ならば、ここに身を置くのがベストだと私は思うのですが…。どうでしょうか…?」
雪女「え…えっと…」
≪page31≫
ローク「記憶が戻らない。捜索が来ない。そうだとしても焦らずに、魔法学生として過ごしてみても良いのではないでしょうか」
ロークは雪女に優しく微笑んだ。雪女は少し迷いながらも、ロークの提案に頷く。
雪女「ご迷惑でないのなら…」
ローク「…決まりですね。そうなると、手続きが必要になりますね。名前の記憶はあるのですか?」
ロークが雪女に問い掛けると、あっ!と声を発し、リンが慌てて割って入る。
リン「先生、どうやら名前も覚えていないらしくて…」
リンは腕を組みながら、目を瞑り考え始める。
リン「エリートのあたしが素敵な名前を名付けてあげますよっ! そうねぇ…えっと…」
リン「ユキ! なんてどうかしら! 可愛いじゃない! ね?」
≪page32≫
リン「ユキちゃん!」
雪女「…!!」
雪女の表情が一変した。大事な親友だけが呼んでくれた大事な呼び名。それと全く同じ呼び名を、鈴子に似ている少女が気安く口に出した。リンに悪気はないと分かっていながら、雪女は彼女のことを睨み付けてしまった。
リン「な…何よ…? 気に入らなかったの…?」
急に怒りの感情を露わにする雪女に驚き、たじろぐリン。
ユキ「……なんでもないです」
そっけなく返す雪女、改めユキ。
大広間には重い空気が立ち込めていた。
≪page1≫
○上空をドラゴンが飛ぶ異世界
SE『…サアァ。チュンチュン』
草花が揺れる平原に仰向けで倒れていた雪女。ゆっくりと目を開け、青空を眺める。
雪女「私…トラックに轢かれたはずじゃ…」
起き上がって周りを見ると遠くに大きな山。大きな湖。大きな城が見える。とにかく何もかも大きい。
雪女「どこだろう…ここ…。また変な夢でも見てるのかな…」
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雪女「……? 私の身体、なんだかあったかい…? 生きてるって感じがする…。むしろ死んだはずなのに…」
自分の身体の違和感に気が付く雪女。雪女の白い肌は健康的な肌色に変化していた。雪女は、まじまじと自分の腕を見つめていた。
雪女「生まれ変わった…?」
雪女(鈴子ちゃんはよく漫画やアニメの話をしてくれた…。死んだはずの者が新しい命に生まれ変わる転生というのものがあるって…)
肌の色は変化したが、雪女の性別や容姿は変わっていない。
雪女(生まれ変わったのなら、氷の能力はどうなったんだろう…。私は普通の人間に生まれ変われたのかな…。あんな恐ろしい力、もういらない…)
雪女が少し歩くと、目の前に大きな川が見える。恐る恐る川に近付き、川に向かって手をかざす。緊張の面持ちの雪女。
雪女「もし、私に能力が無いのなら、川を凍らせることは出来ないはず…」
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SE『バキンッ』
生まれ変わる前よりも、むしろ、より強力に。大きな川は、向こう岸まで凍っている。
凍った川を眺めながら、落胆する雪女。
雪女(鈴子ちゃんは…あれからどうなったんだろう…。またいじめられたりしてないかな…。会いたい…。鈴子ちゃんに会いたいよ…)
哀しげな表情の雪女。ぎゅっと胸元で拳を握り締める。
雪女(でも…。この力がある限り、どの道、鈴子ちゃんには会えない…。私といると、鈴子ちゃんは凍っちゃうから…)
雪女「あははは…」
雪女は自暴自棄になりながら、自分で凍らせた川の上を歩いて向こう岸まで渡っていく。
≪page4≫
○雪女からほんの少し離れた地点。場面と視点が変わる。
スタイルの良いツインテールの少女と、身長の低い三つ編みの可愛らしい少女の2人組。
リン「魔法学校のエリートであるあたしが、あなたにお手本を見せてあげるんだから! しっかりと学ぶようにっ!」
モエ「は、はい!リン先輩!」
リン(あたしはリン・フロウナ。魔法学校のエリート学生。いつも成績優秀。容姿端麗。空前絶後。みんなの憧れの的の美少女魔法使い)
≪page5≫
リン(今日は可愛い後輩の女の子に指導して欲しいと頼まれ、魔物がよく出現する平原まで来たのだった)
モエ「リン先輩、ありがとうございますっす…! 私1人だと、こんな場所まで来られないっすから…!」
リン(か…可愛い…。あたしはこの後輩ちゃん、モエ・プランティアちゃんを気に入っている)
リン「気にしないで! 可愛い後輩のためなら、たとえ火の中、平原の中! なにせ、魔法学校のエリートだからね!」
ふんぞり返って胸を張るリン。
リン(魔法学校とは、その名の通り。魔法を学び、魔物と戦うための力を身に付ける学校だ)
平原を歩く2人。上空には、鳥が変化した魔物が飛んでいる。
リン(この世界には魔法の力が溢れている。その影響を受けやすい生物や物質は、時として人間に危害を加える危険な魔物と化すことがあるのだ)
≪page6≫
リンは上空の小型の魔物を、小さな風の魔法で撃ち落とす。それを見て目を輝かせるモエ。
モエ「さすがリン先輩! Aランクの魔法使いは私なんかと格が違うっす!」
リン「いやいや…。こんなの軽い準備運動だって。これからもっと凄いの見せてあげるんだから!」
≪page7≫
リン(魔法学生には適切な魔物と戦える目安として、F~Sのランクに分けられ強さを判定される)
リン(あたしはその魔法学校の中のAランクなのである。上から2番目。すなわち優秀なのである。ちなみに後輩ちゃんはEランク。まだまだ可愛い新米ちゃんだ)
リン「さて、そろそろ魔物が出現しやすいポイントに到着するわよ。気を付けて」
モエ「は、はいっす…」
リン(この辺に出る魔物は強くてもせいぜいCランク止まり。Aランクのあたしにとってはまぁウォーミングアップ程度の退屈な相手なのだけど。モエちゃんの安全を考えれば、このくらいがベストでしょう)
品定めをするように辺りを見回すリン。弱そうな魔物を見つけては露骨にガッカリした反応を見せる。
リン(さてさて。どこかに手頃な魔物はいないかしら…。あれは弱すぎる。あれもかなり弱い…。最低でもCランクくらいじゃないと、せっかくこんな場所まで来たんだから、モエちゃんに良い刺激を与えないと…)
リン(仕方ない。あれを使うか)
≪page8≫
リンは懐から紫色の細長い石を取り出す。
リン(強い魔物はこの石が発する魔力に引き寄せられやすい。当然、危険もあるからむやみやたらと使う物ではないのだけど、まぁここなら大丈夫でしょ)
リンは右腕を伸ばし、石を出来るだけ高く掲げる。そしてリンは魔力を石に込め、石の力を増幅させる。
綺麗な紫色の光が辺りを照らす。
リン(さぁ来なさい。Cランクの魔物!)
特に意味はないが石をふりふりと振るリン。
≪page9≫
魔物はなかなか来ない。モエの方を気にしつつ、リンは苛立ちながら石を振り続ける。
リン(早く来なさいよ! 石を振ってるあたしが馬鹿みたいじゃない!)
ギリギリと歯を食いしばるリン。モエは恐る恐るリンに話し掛けようとしている。
モエ「あ…あのう、リン先輩…」
リン「あ、ちょっと待ってね…。もうすぐ来るから…」
モエ「う、上…」
リン「上?」
≪page10≫
リンの視界に入っていなかっただけで魔物は来ていた。かなり大型の魔物。リンの顔色が変わる。
リン「こ、この魔物の大きさ…。まさか、Aランク…?」
大きな翼を羽ばたかせる四足の獣型の魔物。爪と牙は大きく鋭い。体格もガッシリしている。リンとモエと比べて、4倍ほどの大きさ。
リン(なんでこんなところにAランクが!?)
≪page11≫
リン「モエちゃん! 離れて!」
モエ「は、はいっす…!」
リンは全力で応戦するため魔力を溜める。
魔物『グオオオオオオオッ!!』
魔物の咆哮。大きな音で耳を痛めるリンとモエ。リンは魔力を溜めるのを中断して耳を塞ぐ。その隙を狙うかのように、魔物は上空から爪を振り下ろす。
リン「くっ…!」
リンは攻撃をかわし、再び魔力を溜めることに専念する。
≪page12≫
魔物『グオオオオオオオッ!!』
リン「あぁっ! もう! さっきからうるさいわね!」
咆哮のせいで集中出来ないリン。かろうじて魔力を溜める。
リン「くっ…ブリズ!!」
リンは溜められた分の魔力で魔法攻撃を試みる。無数の氷の刃が魔物めがけて飛んでいく。
魔物『グオアアアアアアッ!!』
氷の刃が魔物の皮膚に弾かれる。焦りの表情を見せるリン。
≪page13≫
モエ「せ…せんぱぁい…」
モエが心配そうにリンを見つめている。
リン(落ち着け…!頭を使え…!あたしは優秀なAランクのエリート魔法学生なんだ…! …そうだ)
リンは魔物を呼ぶのに使った紫の石を取り出す。石に微量の魔力を流す。また危険な魔物を呼びかねないので細心の注意を払う。
リン「それっ!」
石を遠くに投げるリン。
魔物『グアアアアアッ!!』
魔物は石の方に引き寄せられた。リンは、このチャンスを逃すまいと、込められるだけの魔力を両手に込める。
≪page14≫
リン「喰らいなさいっ! ブリズオンッ!!」
風の魔法と氷の魔法の合わせ技、ブリズオンを唱えた。氷を纏った暴風の塊が魔物を襲う。皮膚を抉るかのようにガリガリという音を立てながら、暴風の塊は回転し続ける。
魔物『ギィアアアアアアアアッ!!』
リンが氷の魔法を放った時。雪女が遠くからリンたちの戦闘を目撃する。シルエットで雪女の口元が映る。
雪女「雪…女…?」
リンとモエは雪女には気付いていない。
魔物は激昂し、リンに向かって突進する。
≪page15≫
リンは回避しようと身構えるが、魔物は急に方向転換した。向かう先はモエ。
モエ「…え?」
リン「モエちゃん…ッ!!」
魔物がモエの方に向かってしまった。リンは急いで魔力を込める。だが、間に合わない。モエに迫る魔物。
≪page16≫
SE『パキンッ』
モエの前で魔物は凍り付いていた。呆気にとられるリンとモエ。
リン(今の魔法…。あたしじゃない…。モエちゃんは氷魔法を使えない…。じゃあ誰が…。ていうか、Aランクの魔物を一瞬で凍らせるなんて…そんなの、Sランクの魔法使いしかいないわよ…)
狼狽えながら辺りを見回すリン。
≪page17≫
モエの近くに、雪女が立っていた。モエは雪女を不思議そうに見つめながら、リンに助けられたと勘違いし、リンにお礼を言う。
モエ「せ、先輩…! 助けてくれてありがとうございますっす…!」
リン「う、うん。大丈夫? 怪我はない?」
モエ「大丈夫っす…! ちょっと腰が抜けちゃったっすけど…」
リンは腰を抜かして倒れているモエに手を貸し、ゆっくりと起こしてあげた。そしてリンは、雪女に恐る恐る声を掛ける。
リン「あ、あんた、一体誰なの…?」
≪page18≫
雪女「雪女」
リン「ゆ、雪…女?」
ポカンとするリン。雪女は、ぼんやりとリンを見つめる。
リン「それが…あんたの名前…?」
雪女「あなたは…雪女じゃないの…?」
リン「はぁ!? だから、何よ! その雪女ってのは!?」
雪女(てっきり仲間かと思ったのに…。じゃあ、あの氷の力はなんだったんだろう…)
雪女に詰め寄るリン。慌ててリンを静止するモエ。
モエ「ま、まぁまぁ先輩! まずは私たちのことを説明した方が良いんじゃないっすか?」
リン「そ、それもそうね」
≪page19≫
リン「あたしたちは魔法学生。魔法学校で魔法を学んでいるの」
雪女「魔法…?」
雪女(鈴子ちゃんが話していた中に確かそんなワードがあったような…。お話の中に出て来る不思議な力のことだっけ。ここはお話の世界なの…? もう何がなんだか分からないよ…)
モエ「ここは魔物が出る場所っす! 魔法が使えない人は危険なので離れた方が良いっすよ…!?」
雪女(確かに私は氷の力は使えるけど、魔法は使えないし。じゃあ、素直に従うべきなのかな)
モエの言葉に素直に頷く雪女
リン「あたしたちが警護するわ。あんたはどこから来たの?」
≪page20≫
雪女「…分かりません」
リン「分からないって…。雪女とかさっきから妙なことばっかり言って、あたしたちをからかってるんじゃないでしょうね…?」
雪女「えっと…。ごめんなさい。私、本当に何も分からなくて…。気が付いたら、この平原にいたんです…」
リン「記憶喪失…ってこと…? それじゃ、自分の名前も分からなくて当然か…」
雪女(別に記憶喪失じゃないし、名前も元々無いんだけど…。それにしてもこの子、どことなく鈴子ちゃんに似てるような…)
≪page21≫
モエ「と、とりあえず魔法学校に同行してもらうのはどうっすか? リン先輩…!?」
リン「え、えぇ…。そうねモエちゃん…」
雪女(リン…!?)
鈴子の名前と似ているリンに反応する雪女。雪女は、鈴子との思い出で頭がいっぱいになる。そして、表情がどんどん曇っていく。
雪女(名前まで似てるなんて…。なんだろう…この気持ち…。胸がモヤモヤする…。私は、本人に会いたいのに…)
○平原を進む3人
3人は歩き出した。リンが先頭、雪女を間に挟み、その後ろをモエがトコトコとついて歩く。
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リンは歩きながら後ろを振り向き、モエには聞かれないように小声で雪女に話し掛けた。
リン「ねぇ。あなたは魔法を使えるみたいだけど、もしかして魔法学生なんじゃないの?」
雪女「魔法学生…?」
リン「さっきも言ったけど、あたしたちは魔法学校で教育を受けてるの。魔物と戦うための力を身に付けた魔法使いの学生たちの総称が、魔法学生ってわけ」
リン「まぁ、この世界で魔法学生を知らない人はまずいないし…。あなた、本当に記憶喪失なのね…」
雪女(記憶喪失じゃないんだけどなぁ…。でも、どう説明すれば良いのか分からないし…。別に記憶喪失ってことでも良いか…)
雪女が困惑しつつも納得しようとしていた時、ズイッとリンが雪女に顔を近付けた。
リン「…ねぇ?」
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リン「さっきのあなたの力。あれは危険な力なの。しかも、あなたは記憶を失っている。そんな状態で力を使えば何が起こるか分からない…。思わぬ被害を出さないためにも、あの力の使用は控えて」
雪女「…思わぬ被害」
雪女は現世での記憶を思い出す。不良少女たちを怯えさせた力。鈴子を危険に晒してしまった力のことを。
雪女「分かりました…」
リンの言葉に、雪女は頷いた。
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リン(モエちゃんは、魔物を倒したのはあたしだと思ってる…。でも、あの氷魔法はあの雪女という子が使っていた…。そして、その強さは間違いなくSランク級…。そんな力を使われちゃったら、エリートのあたしはエリートじゃなくなってしまう…。あたしは、エリートじゃなきゃいけないのに…!)
雪女の力に気付いているのはリンのみ。ここで雪女の力を隠蔽しようと考えていた。
○彼女たちの前に、3階建ての魔法学校の校舎が見える。長い廊下と多くの部屋を有している。
リン「ここが魔法学校よ。正確には、ノルシュ地方の学校だから、『ノルシュ魔法学校』って名前なんだけどね」
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リン「魔法学校は各地に点在していて、それぞれの地域で、魔物の討伐に日々尽力しているってわけ」
雪女はぼんやりと聞いている。魔物とは一体なんなのか等、まだあまりピンと来てはいない様子。
リン「まずは先生の元へ向かいましょうか」
リン「先生方は魔法に加え博識で、とても頼れる存在。あなたの記憶について、何か手立てがあるかもしれないから」
リンは雪女を連れ、先生と呼ばれる者の元へと歩みを進める。モエは相変わらず後ろからついてきている。
雪女はキョロキョロと校舎の様子を伺う。レンガ等が使われていて、日本の建物とは雰囲気が違う。
点々とたむろしている学生たちは、制服姿ではない雪女を物珍しげに見ている。
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○校舎の奥にある大きな広間。
校舎の中心部にある大広間へと3人は入っていく。大広間の奥には、魔法の道具の整理をしている物腰の柔らかそうな男性の姿があった。
ローク「おや、フロウナさん。そちらの方は?」
長身で眼鏡を掛けている男性、ローク。落ち着いた口調で雪女のことをリンに尋ねる。
リン「平原で自主練習をしていたところ、こちらの方と出会ったのですが…。どうやら、記憶喪失らしくて…」
ローク「なんと…」
リン「ローク先生なら何か分かるのではないかと思い、魔法学校までお連れしました」
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ロークはしげしげと雪女のことを見る。じっくり見られ、雪女は居心地の悪そうな表情を浮かべた。
ローク「彼女に魔力があるかどうか調べてみましょうか。それで何か糸口が見つかるかもしれません」
リン「ま、魔力鑑定を行うのですか…?」
ローク「えぇ。何か問題が…?」
リン「い、いえ…別に」
※【設定解説】魔力鑑定とは、その者の持つ魔力がF/E/D/C/B/A/Sランクの中のどの力に値するか鑑定することを指す。Fがもっとも低く魔力がほぼない人間、Sが最高ランクで、この世界のあらゆる魔物に対抗することが出来る、凄まじい力を有している存在である。
リン(魔力なんて調べられたら、あの子がSランクだってことが分かっちゃうじゃないの…! ど、どうしよう! あたしのエリートの立場が…!)
ロークはオカリナのような形状の鉱石を取り出す。そしてそれを雪女に手渡した。
ローク「その石を持ちながら先端を咥えて、しばらくそのまま待っていてください」
雪女「は、はい…」
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物を咥えている姿を男性に見られ、雪女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
その光景を、リンは全身を脱力させながら眺めていた。
リン(お…終わった…。あたしより強い奴なんていくらでもいる…。やっぱり、あたしはエリートなんかじゃないんだ…)
リンは、雪女の鑑定が終わるのを目をぎゅっと瞑りながら待っている。
リン(まだなの…? 怖い…。早く終わりなさいよ…)
鑑定石の輝きを放ち、ロークはその色を観察する。そして、観察を終えると顔を上げた。
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ローク「…Fランクですね」
リン「……へ?」
そっと目を開けるリン。雪女の咥えている鑑定石は薄ぼんやりとした鈍い輝きをほんの微かに放っていた。これは魔力がFランク相当であるという反応だった。
リン(な、なんで!? あんなに強い魔物を一瞬で凍らせたのに!?)
リンは安堵するより先に激しく混乱していた。自分がダメージを与えていたとはいえ、Fランクではあんな芸当は出来なかったのである。
リン(あ、あれはきっとあたしが無意識でやったんだわ…! だってFランクにあんなこと無理だもの…! 良かったぁ…!)
ローク「妙ですね…。魔物の生息する平原で、Fランクの人間が無傷でいられるなんて…」
リン「今日は魔物の数が少し少なかったので、運が良かったんですよ! ね? モエちゃん?」
モエ「えっ!? そ、そうっすね…!」
急に話を振られ驚いて声を上げてしまうモエ。
≪page30≫
ローク「うーむ…。魔力があればその魔力から何かヒントが得られると思ったのですが…。Fランクとなると探れることは非常に少ない…。困りましたね…」
しばらく考え込むローク。その後、何か思い付いたように視線を雪女へ戻す。
ローク「…身元が判明するまで、しばらくこの学校に滞在なさってはどうですか?」
雪女「…え?」
ローク「平原を彷徨っていたなら、この地域周辺の人間である可能性は高いはずです」
ローク「あなたを心配して捜索している身内の方がいらっしゃれば、平原と近いこの学校に行き着き、あなたの目撃情報を尋ねに来られることは大いにありえます」
ローク「ならば、ここに身を置くのがベストだと私は思うのですが…。どうでしょうか…?」
雪女「え…えっと…」
≪page31≫
ローク「記憶が戻らない。捜索が来ない。そうだとしても焦らずに、魔法学生として過ごしてみても良いのではないでしょうか」
ロークは雪女に優しく微笑んだ。雪女は少し迷いながらも、ロークの提案に頷く。
雪女「ご迷惑でないのなら…」
ローク「…決まりですね。そうなると、手続きが必要になりますね。名前の記憶はあるのですか?」
ロークが雪女に問い掛けると、あっ!と声を発し、リンが慌てて割って入る。
リン「先生、どうやら名前も覚えていないらしくて…」
リンは腕を組みながら、目を瞑り考え始める。
リン「エリートのあたしが素敵な名前を名付けてあげますよっ! そうねぇ…えっと…」
リン「ユキ! なんてどうかしら! 可愛いじゃない! ね?」
≪page32≫
リン「ユキちゃん!」
雪女「…!!」
雪女の表情が一変した。大事な親友だけが呼んでくれた大事な呼び名。それと全く同じ呼び名を、鈴子に似ている少女が気安く口に出した。リンに悪気はないと分かっていながら、雪女は彼女のことを睨み付けてしまった。
リン「な…何よ…? 気に入らなかったの…?」
急に怒りの感情を露わにする雪女に驚き、たじろぐリン。
ユキ「……なんでもないです」
そっけなく返す雪女、改めユキ。
大広間には重い空気が立ち込めていた。