第14話
○ユキたちの女子寮内。
≪page1≫
ユキ「……」
モエ「ぐすっ、ぐすっ…!」
リンとの会話後。ベッドで泣き続けるモエ。ユキは悲痛な表情を浮かべて、自分のベッドの上でモエの泣き声を聞き続けていた。
ユキ(モエちゃん…!)
モエのことを想い、胸が締め付けられる感覚に襲われたユキは、思わず胸元を握り締めるように押さえていた。
≪page2≫
○1人、職員室に向かうユキ。
ローク「リンさんの様子がおかしい…?」
ユキ「はい…。あんなの、リンちゃんじゃない…。絶対、何かがあったんです…!」
ユキ「先生、お願いします…。リンちゃんの特別任務がなんなのか、私に教えてください…」
ローク「……。申し訳ありませんが、それは教えることは出来ません…」
ユキ「なんでですか…?」
≪page3≫
ローク「Sランクの学生は、強大な力を持つ存在です…。それ故に、その存在は各地で必要とされています…。国の機密事項に関わる任務も数多く引き受けていて、口外することの出来ない事柄が多いんです…」
ユキ「…そんなこと、記憶喪失の私は、聞いたところで理解出来ません…。お願いします…!! 私が、リンちゃんを助けないといけないんです…!!」
ローク「……」
ローク「ユキさん…。分かりました…」
≪page4≫
ローク「私が、リンさんに話を聞きます。そして、彼女が何か悩みを抱えていないか、しっかりと精神状態の把握に努めます…!」
ユキ「…どうしても、私には話せないんですか?」
ローク「…すみません」
ユキ「…分かりました。リンちゃんのこと、よろしくお願いします…」
ユキはロークにリンのことを託し、職員室をあとにした。
ローク「…すみません。ユキさん。魔物化のことは、あなたに話す訳にはいかないんです…!」
ユキが去った後、ロークは悲痛な表情を浮かべていた。
≪page5≫
○廊下を歩くユキ。
ユキ「……」
回想の鈴子『先生に言っても、きっと仲良くなれるとか適当なこと言って放置されて…。大人の言うことなんて信じちゃ駄目だね…。あはは…』
ユキ「大人の言うことなんて、信じちゃ駄目だ…」
鈴子の言葉を思い出し、眉間にシワを寄せるユキ。
ミスティ「おや、ユキ君…?」
ユキと偶然すれ違うミスティ。ユキの様子がおかしいことに気付き、声を掛けた。
ミスティ「どうしたんだい? そんなに怖い顔をして…」
ユキ「……大人」
ミスティ「え?」
≪page6≫
ユキ「…いえ、なんでもありません」
ユキは、ミスティを怪訝な顔で見つめ、その場から立ち去った。
ミスティ「ユキ君…」
ミスティ「…まさか、気付いているのか?」
1人、意味深な言葉をつぶやくミスティ。
○ユキが女子寮内に戻る。
モエ「すん…すん…」
モエの鼻をすする音が、いつまでも止まない。
≪page7≫
ユキ(モエちゃん…。あれから、ずっと泣いてる…)
ユキ(なんで…)
ユキ(なんで、あの子が、こんな思いをしなければいけないんだ…!!)
目を瞑りながら、ユキは、不可解な現状に怒りを募らせていた。
ユキ(約束したんだ…! モエちゃんと…!)
≪page8≫
ユキ(私が必ず、リンちゃんを助けるって…!!)
ユキ「モエちゃん…。少し、出かけて来るから…」
そう言い残し、ユキは寮をあとにした。
○Sランク専用宿舎。
ユキ(この建物、普段は魔法の鍵が掛かってて、入ることが出来ない…)
ユキ(…だったら、ひたすら、リンちゃんが出て来るのを待つしかない!)
宿舎の入り口が見える茂みに隠れ、リンが出て来るのを待ち続けるユキ。
○数時間後、夕暮れの宿舎。
ユキ「……」
≪page9≫
ユキ(出て来ない…。リンちゃんは、私が張り込む前から寮内にいないのか…? 分からない…)
ユキ(分からないけど、私に出来ることは、これしかない…)
諦めることなく、張り込みを続けるユキ。
ユキ(…!)
リンが宿舎から姿を現した。
ユキ(出て来た…!)
リンの姿を確認し、飛び出しそうになるユキ。
≪page10≫
ユキ(いや、駄目だ…!)
回想のリン『Sランクの特別任務で忙しいから』
ユキ(きっと、今のリンちゃんとは、会話をしても意味がない…。だったら…!)
気付かれぬように、リンの尾行を始めるユキ。
○リンは学校の外へ出て、森の中へ入っていく。
ユキ(こんな時間にどこへ…?)
暗い中、リンは明かりも持たずに、迷いなく進んでいく。
≪page11≫
リンの尾行を続けるユキ。暗い森の中で、ユキはリンを見失わないようにするので精一杯になっている。
ユキ(うっ…! なんでリンちゃんは、こんな暗い中を進めるんだ…?)
リンの手には、薄っすらと光る石が握られていた。
ユキ(なんだ、あの石…?)
リンが進むほどに、石の光は強くなっていく。
ユキ(あの石の光を頼りにしているんだ…!)
ユキ「痛…!」
≪page12≫
木の枝が、ユキの頬に切り傷を作る。
ユキ(見失う訳にはいかない…! 私が、リンちゃんを助けるんだ…!!)
ユキは、リンに気付かれない距離を保ちながら、懸命に尾行を続けた。
○森の中を抜けるリン。
ユキ(や、やっと、森を抜けた…)
息を切らし、傷だらけになりながら、林の中からリンの様子を窺うユキ。
≪page13≫
ユキ(洞窟…?)
森を抜け、さらにしばらく歩いたリンは、なんの変哲もない小さな洞窟の岩壁の前で立ち止まった。
ユキ「……!!」
リンがしばらく立ち続けていると、岩肌に鉄の扉が現れた。
ユキ(…魔法で隠されていたのか? あんな所で、リンちゃんは一体何を…?)
リンが扉を開け中に入った。その後にユキも続こうとしていた。
SE『ヒュオッ!!』
ユキ「…!?」
辺りが赤く照らされ、何かが飛んで来る音が聞こえた。
≪page14≫
ユキは咄嗟に前へ飛んだ。
SE『ボッコオオオオン!!』
ユキが立っていた地面に、マグマの塊が着弾していた。
≪page15≫
ローブの男「……はぁ」
渓谷で戦った男が、暗がりの中、マグマに照らされながら、ユキの前に姿を現した。
ユキ「……。お前は…」
○ユキの回想。
寮内でリンと話すユキ。
リン『マグマを使う魔法学生と戦った…? それ…ウチの学校じゃ超有名人よ…』
≪page16≫
リン『最強の魔法学生…。マントル・デイサイト…』
リン『長い間、学校から姿を消していて、Sランクの魔物の討伐で、各地を飛び回ってるなんて噂されていたけど…。まさかエレナと一緒にいたなんて…』
○回想終了。
ユキは警戒心を高める。
ユキ「マントル・デイサイト…」
マントル「ふっ…。俺の正体はバレていたか…。まぁ、当然だな…。マグマを使う学生など、俺の他にまずいない…」
≪page17≫
フードも意味はないと言わんばかりに顔を晒すマントル。険しい顔付きの青年。最強の名に相応しい風格を漂わせていた。
ユキ「私はリンちゃんに会いに来たんだ…。邪魔しないで…」
マントル「はぁ…。そうはいかん」
マントル「何故なら俺の仕事は、それを邪魔することなのだからな…」
マントルは体から蒸気を発生させる。
≪page18≫
マントル「マグディバイド!!」
マントルは呪文を唱え、マグマで作られた真紅のグローブを装着する。
ユキ「はぁッ!!」
ユキも負けじと、魔法の武器を作り出す。
ユキ(最強の魔法学生が相手なら、私も、強い武器を作る…!)
ユキの身体からも、マントルの蒸気のように冷気が噴き出していた。
≪page19≫
ユキは氷のバズーカ砲を生成し、それを肩に担いだ。
回想の鈴子『雪ちゃん、これ見て! バズーカ砲! めっちゃ強いの!』
鈴子にゲームで見せてもらったバズーカ砲。それをユキは生み出していた。
マントル「……? なんだその武器は…?」
ユキ「バズーカ砲」
マントル「ばずーかほう?」
この世界にバズーカ砲は存在しない。マントルは、謎の物体を不思議そうに見つめた。
マントル「なんだか分からんが…行くぞッ!!」
≪page20≫
マグマの拳が高速で突っ込んでくる。それに狙いを定め、ユキはバズーカから雪の砲弾を撃ち出した。
真紅のグローブとぶつかった雪の砲弾が爆発し、辺り一面に雪と氷の結晶が散らばる。
SE『ボゴオオオオンッ!!』
マントル「ぬおっ…!?」
≪page21≫
凄まじい破壊力にマントルは吹っ飛んでいた。
マントルが体勢を崩している隙を狙い、ユキは次々と雪の砲弾を撃ち出していく。
マントル「くぅっ…!!」
砲弾が着弾するたびに、雪と氷の爆風がマントルを襲う。マントルはグローブをクロスさせ、爆風の衝撃を減らすので精一杯になっている。
マントル「ふっ…! この俺が押されるとは…!!」
ユキの実力に、マントルは思わず笑みを浮かべていた。
≪page22≫
マントルは接近戦は分が悪いと、真紅のグローブを一旦解除する。そして、手のひらをユキに向ける。
マントル「マグナム!!」
ユキ(さっきの魔法か…!)
マグマの砲弾がユキに向かって放たれる。ユキはバズーカの砲弾で迎え撃つ。
≪page23≫
SE『ボオオオオオンッ!!』
マグマと雪の砲弾が空中でぶつかり、大爆発を起こした。お互い砲弾を撃ち合う。辺りには無数のマグマと雪が飛び散っている。
ユキ「はぁっ…はぁっ…!」
マントル「はぁ…ふぅ…」
重いバズーカ砲を担いでいるユキは、疲労の色を見せていた。マントルも魔力を多く消耗し、息を切らしている。
≪page24≫
マントル「キリがないな…。ならば、これはどうだッ!!」
地面に手をつけるマントル。
ユキ「…!!」
マントル「マグナオンッ!!」
地面が裂け、亀裂からマグマが吹き出した。これはユキが以前防ぎきれなかった魔法だ。
ユキは氷のバズーカ砲でマグマを狙う。
≪page25≫
ボンッ!と砲弾を撃ち出すが、雪の砲弾はマグマの波に飲み込まれ、爆発を起こさずに蒸発してしまった。
ユキ「くっ…! やっぱり、氷が効かない…!」
マグマの波にはユキの能力が通じなかった。ユキはバズーカ砲を投げ捨てると、無数の氷の壁を自分の前に並べる。しかし。
SE『ジュオオオオオッ!!』
次々に溶かされ蒸発していく壁。辺りに遮蔽物はない。万事休すだった。
ユキ「だ、駄目だ…。私の氷は…マグマには、勝てない…!」
≪page26≫
追い詰められ、諦めかけるユキ。その時、鈴子の顔が浮かんでいた。
ユキ「…!」
○ユキの回想。ハンバーガーショップで会話をするユキと鈴子。
マグマに落ちたゲームのキャラクターの動画を観て、鈴子からマグマの説明を受けた直後のユキ。
ユキ「マグマって怖いんだね…。落ちたらもう、どうしようもないのかな…」
鈴子「ふっふっふ…。実は、ひとつだけ助かる方法があるんだよ…!」
ユキ「えっ?」
≪page27≫
鈴子「お水だよ」
ユキ「水!?」
鈴子「そう! もしマグマに落っこちても、バケツの水があれば、マグマを冷やして固めることが出来るの!」
ユキ「へぇ〜! 凄い! さすが鈴子ちゃん! なんでも知ってるんだね!」
≪page28≫
鈴子「いやいや、こんなの全然凄くないから…! それに、これはゲームの話だし! 現実のマグマとは、違うかもだから!」
○回想終了。
ユキ(マグマは、冷えると固まる…?)
ユキ(何度も氷を使っても、マグマに全部溶かされた…。本当に、そんなことが可能なの…?)
ユキ「……」
ユキ「私は、鈴子ちゃんを信じる!!」
大きく息を吸うユキ。
≪page29≫
そして一気に吐き出した。
SE『ビュオオオオオオッ!!』
ユキはマグマに凄まじい範囲と風圧の氷の息を吹き掛ける。だが、マグマはグツグツという音を立てながらユキに迫り続けた。そして、つま先に触れそうなほどに追い詰められる。
ユキ(わ、私は絶対に諦めない…!!)
ユキ(大切な、友達のために…!!)
ユキは全神経を息を吐き出すことへ集中させる。氷の息は勢いを増した。そして、次第にマグマの波の動き鈍り、黒く変色していく。その光景を見て、マントルは驚愕する。
マントル「な…なんだと…!?」
≪page30≫
マントル「俺の魔法を、超える力…」
マグマが全て固まり、放心状態のマントル。それを尻目に、ユキは靴の裏にスケートシューズの刃のような物を形成すると、凍らせたマグマの上を颯爽と滑っていく。
マントル「は…速…ッ!!」
≪page31≫
速いと言い終える前に、ユキはもうマントルの目の前にいた。ユキの両腕には氷のグローブがはめられている。マントルも慌ててマグマのグローブで応戦する。
ユキ「うおりゃあっ!!」
マントル「ぬああああッ!!」
青と赤、それぞれのパンチを繰り出す両者。そして、2人の動きが止まる。
≪page32≫
真紅の拳を躱しながら、ユキの右ストレートがマントルの顔面に突き刺さっていた。クロスカウンターが決まった。
マントル「ふっ…。み、見事だ…。………はぁ」
マントルは最後に溜め息をつき終えると、白目を剥いて地面に倒れた。ユキは拳を掲げてガッツポーズをしていた。
第15話
≪page1≫
ユキは最強の魔法学生、マントル・デイサイトを倒すことが出来た。倒れて気絶しているマントルを残し、謎の鉄の扉の前に立つ。そして、ドアノブに手を掛ける。
ユキ「……」
ユキの手は震えていた。
≪page2≫
ズッシリと重い、鉄の扉を押し開ける。
扉の先には人工的に掘られたとしか思えない、綺麗で真っ直ぐな通路があった。人が4人横に並んで通れるくらいには、余裕のある広さに作られている。岩壁のいくつかは彫り抜かれ、照明にランプが吊るされている。
ユキ「何、ここ…?」
辺りを見回すユキ。
≪page3≫
ユキの頬を一筋、汗が伝う。
ユキ(怖い…。何がこんなに怖いのか分からないけど…。何か異様な、気配のようなものを感じる…)
ユキは足取り重く通路を進んでいく。
エレナ「……」
その背後に、フードを被ったエレナが立っていた。
≪page4≫
エレナは被っていたフードを下ろした。
エレナ「…サンディラヴァー」
エレナは光の弓を生成し、ユキに狙いを定める。
ユキ(この空洞を覆い尽くすような…殺気のような強い気配…。この奥から感じる…! 早く、リンちゃんを見つけないと…!)
施設の奥から漂う謎の殺気。その巨大な気配に掻き消され、ユキはエレナの殺気に全く気付いていない。エレナはユキの背中を、心臓を射抜ける位置を狙う。
≪page5≫
エレナ(Fランク…)
エレナはギリッと歯を食いしばる。
エレナ(Fランク…。Fランク…ッ!)
○エレナの脳裏に、氷の弓を構えるユキが浮かぶ。
エレナ(許せない…)
怒りの感情で端正な顔立ちは歪み始める。
≪page6≫
エレナ(殺してやる…ッ!!)
鬼のような形相へと変わるエレナ。
パッと、構えていた矢から指を離す。矢はユキ目掛けて飛んでいく。
かと思われた。
モエ「プランナー!!」
エレナ「……ッ!?」
≪page7≫
植物のツルが矢を受け止めていた。見覚えのある魔法に、エレナは勢いよく後ろを振り返る。
モエ「…エレナ先輩」
エレナ「モエ…!」
モエを見て驚くエレナ。モエは真っ直ぐエレナを見つめていた。
エレナ「 なんで、こんな所に…!」
≪page8≫
モエ「ユキさんの制服に、特殊な植物の種を飛ばしておきました…。この植物の花は、必ず種のある方向を向きます…。それを頼りに、ここまで辿り着きました…」
エレナ「さすが、モエね…」
モエ「エレナ先輩…。一体、何があったんすか…? いい加減、話してくださいっす…!」
エレナ「モエ…。あなたは、いつも優しくて…。ちょっぴり泣き虫で…。でも、本当はとても強い子よね…」
エレナは、モエの思い出を振り返り、穏やかな表情を見せていた。
≪page9≫
だが、その顔は徐々に醜く歪んでいく。
エレナ「でも、あなた…。Eランクでしょ…?」
エレナ「……死んでよ?」
モエ「……!?」
突然、別人のように顔が歪むエレナ。そんなエレナを見て、涙が溢れ出しそうになるモエ。
≪page10≫
モエ(だ…)
モエ(駄目だ…! 泣くな…! 泣くな…!!)
モエは涙を零さぬように、必死で耐える。
モエ(泣いてる、場合じゃない…!!)
エレナ「……」
涙を零さず耐えるモエ。そんなモエを、冷たく見下ろしているエレナ。
≪page11≫
モエ「私が…助けるっす…!」
モエ「リン先輩も…。エレナ先輩も…!!」
力強くエレナに立ち向かうモエ。
モエ(分かってるっす…! エレナ先輩は、こんな人じゃない…! 今のエレナ先輩は、本当の姿じゃない…!!)
≪page12≫
エレナ「…ふぅん。本当に優しいわね」
エレナ「…馬鹿みたいに」
エレナはモエと通路を見回している。そして、光の弓を解除した。
エレナ「こんな狭いところで、弓なんて使ってもね。それに…」
≪page13≫
エレナ「あなたなんて…これで死んじゃうんだから」
エレナ「サンディラ」
モエ「…!!」
雷の一閃がモエを襲う。
≪page14≫
モエは横に飛び退け回避する。
モエ(雷の魔法は直線的だ…! 私でも、回避するのは難しくない…!)
モエが手のひらから種を1粒撒いた。
≪page15≫
モエ「ガーディン!!」
モエが呪文を唱えると、地中からずんぐりとした体型の、子供の身長ほどの蓮の魔物が現れた。頭に大きな葉っぱが付いている。
○モエの回想。学校の花壇。
≪page16≫
地面から、小型の植物の魔物が数体出現した。
魔物に怯え、飛び上がるモエ。
モエ「うわっ!?」
モエ(ずっと魔力を流し続けた種が… 魔力の影響で、魔物化した…!?)
魔物『ギィッ! ギィッ!』
モエ「ひっ…!!」
魔物たちに、怯えるモエ。
≪page17≫
だが、魔物たちは、モエに懐いて寄り添っていた。
モエ「君たちは、私の味方っすか…?」
○回想終了。
モエ(あの時の魔物は、すぐに枯れちゃったっすけど、今回はさらに魔力を注いだ…!)
モエ(この魔物は、私よりも強い…!!)
エレナ「魔物を使うなんて…あなたも随分、悪趣味になったのね」
モエ「……」
≪page18≫
エレナ「無視しないでよ。モエ“ちゃん”?」
エレナ「サンディラ」
魔物に構わず、エレナはモエをロックオンして再び雷の魔法を唱える。蓮の魔物はモエの前に飛び出すと、葉の部分を前に向け、雷を防いだ。
エレナ「ふーん…。やるじゃない…。Eランクのクセに」
≪page19≫
エレナはモエを見下しているかのような視線を送る。
エレナ「サンディバン」
突如、手のひらをかざしていたエレナが、モエに人差し指を向け、別の呪文を唱える。蓮の魔物が再びモエを守ろうとする。
モエ「……!!」
小さな雷が、蓮の魔物の体内に侵入した。
≪page20≫
SE『パァァァァンッ!!』
魔物の内側で雷が弾け、蓮の魔物の体は稲妻を撒き散らしながら破裂してしまった。それを見ていたモエの表情がこわばる。
エレナ「モエ“ちゃん”にも、この魔法当ててあげようか…?」
エレナ「くひ、くひひひ…」
≪page21≫
エレナ「あはははははははっ!!」
モエ「……!」
あまりにも不気味なエレナの姿に、強い意志で立ち向かっていたはずのモエの心が少しずつ弱り始めていく。
モエは、今度は種を2粒地面へ投げる。
モエ「ガーディン!!」
≪page22≫
それぞれ、モエの身長よりスラリと高いバラの魔物とサボテンの魔物に成長する。どちらの魔物にも普通のバラとサボテンより大きなトゲが生えていた。
エレナ「なにそれ? そんなにお友達を増やして、お遊戯でも始めるの?」
エレナは魔物を無視。モエに向け手をかざす。
≪page23≫
エレナ「ほら、魔物のお友達。また守ってあげないと、モエ“ちゃん”が死んじゃうよ?」
モエ「…お願いっ!」
モエの声に合わせて、バラとサボテンの魔物は、体に生えていた大きなトゲを数本エレナに向かって飛ばす。
エレナ「えっ…!?」
≪page24≫
エレナのローブの袖や裾にトゲが突き刺さり、エレナはそのまま岩壁に拘束された。
エレナ「……うっ!」
エレナは体を大きく動かしもがくが、岩肌に深く刺さったトゲは抜ける気配はなかった。両腕を動かすことが出来ず、モエに狙いを付けられなくなった。
エレナ「トゲを飛ばすなんて…」
≪page25≫
モエ「エレナ先輩…」
モエ「私…。先輩の全てを受け入れるっす…!」
モエ「矢で射貫かれようが、雷を浴びせられようが…!」
モエ「…私は、エレナ先輩の味方っす…!!」
モエが魂を込めた言葉を送ると、エレナはもがくのをやめ、その言葉を静かに聞いていた。
エレナ「モエ…」
≪page26≫
エレナ「私が魔物になるとしても…?」
モエ「え……?」
このまま説得出来るかと思われたエレナの顔が、再び醜く歪んでいく。
エレナ「私は一生懸命、真面目に授業を受けて、真面目に特訓して、真面目に任務を達成して…」
エレナ「そしてようやく、Sランクになった…」
≪page27≫
エレナ「それなのに、ある日突然、お前はSランクになったせいで魔物になると言われた…!!」
モエ「ま、魔物…!?」
魔物化の話を初めて聞いたモエは、ショックのあまり後ずさってしまう。
エレナ「そう、魔物! 私は、Sランクになったあの日から、何度も魔物になりかけてる!! 」
≪page28≫
エレナ「腕や足が毛むくじゃらになって…。醜く変わって…!そのたびに、何度も何度も、私は床に胃液を吐き散らした…!!」
モエ「……!!」
エレナ「汚くて、臭くて…。本当に惨めで…」
エレナ「なんで私がこんな目に…? 私が何か悪いことした…?」
≪page29≫
感情を剥き出しにして怒り狂うエレナ。
エレナ「馬鹿馬鹿しいよね!? だったら私は、努力なんてしなかったッ!!」
エレナ「あなたみたいに、一生Eランクでのうのうと暮らしていたわッ!!」
エレナがモエに殺意を送る。真実を知らず、平和に毎日を過ごしている低ランクの魔法学生が、エレナには憎くて憎くてたまらなかった。
エレナの剥き出しの感情を浴びて、モエは青ざめる。
≪page30≫
エレナ「モエ…? あなたは、魔物になった私とも、お友達になってくれるの…?」
モエ「…エ、エレナ…先輩…」
エレナ「魔物になった私を受け入れて、そのままバリバリと喰い殺されてくれるの?」
モエ「あ…あの…」
SE『ビリッ』
エレナがトゲが刺さっていた袖を強引に引っ張り、服が千切れていた。エレナの右腕は自由になった。
≪page31≫
手のひらをモエに向ける。
モエ「…ッ!!」
エレナ「サンディラ」
バチィッ。と雷が弾ける音が響く。モエの小さな身体は雷の魔法に貫かれていた。
モエ「あっ……」
モエの全身は稲妻を纏う。そのまま体を痙攣させるとドサッと地面に倒れ伏した。
≪page32≫
モエはピクリとも動かない。エレナはモエの死体を足でつついていた。
エレナ「…さようなら。可哀想なモエ」
エレナはゴミを見るような目で、モエのことを見下ろしていた。
○施設の先へ進むユキ。
ユキ「待っててね…。リンちゃん…。モエちゃん…」
ユキ「きっとまた、一緒にいられるようにしてみせるから…!!」
第16話
≪page1≫
○岩肌の中の施設内で、モエを雷で射抜いたエレナ。モエの死体を見つめる。
エレナ「……」
≪page2≫
エレナ(…あなたなら、私のことを助けてくれると思ってたのに)
悲しそうな表情で、モエを見つめ続けるエレナ。
エレナ「…ふっ。…なんてね」
エレナ「あは…」
≪page3≫
エレナ「あははははは…」
乾いた笑いを発するエレナ。そんなエレナの姿を、バラとサボテンの魔物はじっと見つめていた。モエが魔法で生み出した魔物だった。主人が死んだのに、まだこの場に立ち尽くしているままだった。
エレナ「……」
エレナ「…何見てんだよクソが」
エレナが睨みながら、植物の魔物に毒を吐く。
≪page4≫
エレナ「あはは…。言葉なんて通じないか…。ほんと、馬鹿みたい…」
エレナ「……え?」
回想のモエ『ガーディン!!』
エレナ(モエは確かに、呪文を唱えていた…。こいつらは間違いなく、モエの魔法で動いている…。なのに…)
エレナ「なんで、こいつらまだ…」
頭が混乱して狼狽えるエレナ。次の瞬間。
≪page5≫
魔物『ギギッ!』
エレナ「…ッ!!」
エレナ「いぎっ!? あがぁッ…!!」
突然、バラとサボテンの魔物がエレナに抱きつく。エレナの体に複数のトゲが突き刺さり、エレナは痛みで悲鳴を上げた。
≪page6≫
エレナ「痛っ…痛いッ…!! クソッ…!!」
エレナは振り解こうとするが、体を動かせば動かすほどトゲが体に突き刺さる。両腕も魔物にガッチリホールドされている。反撃も逃走も出来ず、エレナは完全に拘束されていた。
エレナ「……あ」
エレナは、青ざめながら前方を見つめる。
≪page7≫
モエ「……」
モエがゆっくりと立ち上がる。
エレナ「あ…あなた…。なんで…」
震える声でモエに尋ねる。
≪page8≫
エレナ(雷が胸に直撃して、死なない訳がない…。ましてや、Eランクなんかに…。私の魔法が、受け止められる訳がない…)
エレナを睨むモエ。
エレナ(や、やめてよ…。そんな目で、私を見ないで…!)
怯えながら、モエの視線から逃れようとするエレナ。
≪page9≫
そんなエレナに、モエは怒鳴った。
モエ「私を、なめるなッ!!」
エレナ「……!!」
エレナ(今のは…誰の声…?)
エレナ(モエは…あんな喋り方じゃない…。あんなに、怖くない…)
モエ「……」
モエは突然、制服の上着を脱ぎ捨てた。
≪page11≫
エレナ「き…木の防具…!?」
モエは、木で作られた防具を、身体に巻き付かせるように身に付けていた。
モエ「木は絶縁体っす…。雷を通さないんすよ…」
エレナ(最初から、私と戦うことを想定していたっていうの…!?)
≪page12≫
モエ「私はSランクのあなたに勝った」
モエ「私は、あなたより強い…ッ!!」
エレナ「……ッ!?」
モエ「だから…私もSランクになるっすよ」
エレナ「……え?」
≪page13≫
モエ「Sランクにもなるし、魔物にだって、一緒になってやるっす…!」
モエ「地獄にだって、一緒に落ちてやる…!!」
モエ「私はそんなの、全然怖くない…ッ!!」
モエは涙が止まらなくなる。涙を流しながら、エレナに想いを伝える。
モエ「…私は……ッ!!」
≪page14≫
モエ「私は、一人になるのが、一番怖い…っ!!」
エレナ「……!!」
エレナ(モエは、私のために…ここまで…)
エレナ(それなのに、私は…。魔物化なんかを怖がって…。友達のことを、全く…信じてなかった…)
モエ「大丈夫っす…。何も心配いらないっすよ…」
≪page15≫
モエは優しい笑顔を浮かべた。
モエ「エレナ先輩は…友達っすから…!」
エレナ「……!!」
エレナの目からも涙が溢れる。
≪page16≫
エレナ「モ…、モエ…!!」
エレナ「で…でも私…! あぁ…あなたに! ひど…ひぐッ…! 酷いことを…うぅッ!!」
泣きじゃくるエレナ。そんなエレナを、モエは優しい眼差しで見つめ続ける。
≪page17≫
モエ「エレナ先輩…。お願いします…」
モエ「私たちの元に…帰ってきてください…」
そう言い終えるとモエはその場に倒れた。バラとサボテンの魔物は一気に枯れてしまった。
エレナ「モエっ…!!」
≪page18≫
エレナはモエに駆け寄る。急いでモエの脈を測る。
モエは気絶しただけだった。
エレナ「モエ…ごめんっ…!! 本当に…ごめんね…!!」
エレナ「ううううううッ…!!」
≪page19≫
エレナ「うわああああああッ!!」
エレナはモエを抱き締めながら号泣していた。人間の感情を取り戻したかのようであった。
≪page20≫
○モエたちがいる空洞のさらに奥。
その頃、ユキは怪しい通路の奥の奥へと突き進んでいた。
ユキ「…ドアがある」
大きく彫り抜かれた広い空間が見えた。岩肌にドアがいくつか設置されている。部屋の入口のようであった。
≪page21≫
ユキはドアを見回し、気配を探る。
ユキ「大きな気配は強くなってる…。でも、どの扉の先に、気配の主がいるのかまでは分からない…」
ユキ(こんな気配に覆われている場所で…。リンちゃんは、何を…?)
ユキ「…早くリンちゃんを見つけないと」
ユキは背後を振り返った。
ユキ「…え?」
ユキは目の前を見つめ、固まっている。
≪page22≫
ローク「……」
ユキ目線の先には、ロークがキョトンとしながら立っていた。
ユキ「ロ、ローク先生…!?」
ローク「…ユキさん!? 何故ここに…!?」
ユキ「いや、それはこっちの台詞ですよ!?」
≪page23≫
ユキは、ロークにここに来た経緯を説明した。
ローク「なるほど…。リンさんの様子がおかしいことを心配して、ここまで…」
ユキ「先生こそ、こんなところで何をしてるんですか…!?」
ローク「当然の質問ですね…!」
ロークは笑みを浮かべつつ、ユキの問いに答え始める。
ローク「私は、学校で不穏な動きがあることに気付いていました…」
ユキ「不穏な動き…?」
≪page24≫
ローク「ユキさんも、なんとなく勘付いていたんですよね…? だからこそ、こんな場所まで来たんじゃないですか?」
ユキ「あ…。えっと…。す、すみません…」
ユキ(確かに…。エレナの件も、リンちゃんのことも、普通じゃない何かを感じていた…)
ユキは、今まで感じていた違和感を思い浮かべる。
ローク「謝る必要なんてありません…!」
≪page25≫
ローク「今回のことは、我々教師の不手際です…。生徒に余計な混乱を与えぬように秘密裏に動いていたのが、完全に裏目に出てしまいました…」
ローク「…そのせいで、リンさんを、ミスティ先生の陰謀に巻き込んでしまった…」
ユキ「えっ…!?」
≪page26≫
神妙な面持ちで、俯くローク。
ローク「……」
ローク「ここまで辿り着いたユキさんには、話しておきますが…」
ローク「私は、独自にミスティ先生の調査をしていました。ミスティ先生は、学校から頻繁に出入りをしていました…。彼女は裏ルートを使い、魔道具を仕入れていたんです…」
ユキ「ミスティ先生が…そんなことを…?」
ローク「不審に思った私は、ミスティ先生の追跡を開始しました。そして、今日、この謎の施設に辿り着いたのです…!」
≪page27≫
ローク「生徒にも、よく不審な道具を手渡していたようです…」
○リン、ヒエール、モエに道具を手渡すミスティの回想。
○回想終了
ローク「…彼女がここで、一体何を企んでいるのか…。一刻も早く突き止めなくては…!」
ユキ「ミスティ先生が、リンちゃんを…。そんなの、絶対に許せない…!」
≪page28≫
ユキ「……」
ユキは改めて辺りを見回す。
ユキ「いくつか扉がありますよね…? 手分けして探しましょうか?」
ローク「そうですね…。では私は向こうを…。ユキさんはあちらをお願いします…!」
ユキ「はい! 分かりました…!」
ユキは力強くドアノブに手を掛けた。
≪page29≫
SE『ガキィンッ!!』
ユキは氷の壁を背後に作り、ロークのナイフを受け止めていた。
≪page30≫
眼鏡を怪しく光らせるローク。
ローク「困りましたね…」
ローク「今ので、信じてもらえると思っていたのですが…」
ナイフを構えながら、ロークは肩を落とす。ユキは背を向けたままロークに言い放つ。
ユキ「…昔、ある親友が教えてくれたんです」
≪page31≫
ユキ「大人の言うことは、信じちゃ駄目だって…」
ユキの背後に浮かぶ鈴子の幻影。
ローク「フゥ…」
溜め息をつくローク。
ローク「いけませんね、それは…」
≪page32≫
ローク「…悪いお友達です」
ロークは醜悪な笑顔で、ユキの親友を侮辱していた。怪しく笑うロークを、ユキは睨む。
第17話
≪page1≫
○謎の施設内、ロークと対峙するユキ。
ユキ(…こいつが、リンちゃんのことを苦しめている元凶…。本当にそうなら、今すぐここでぶん殴ってやりたい…!)
ユキ(…でも、私はまだ、リンちゃんがどこにいるのかすら知らない…。もし、ロークしか知らない場所にいるとしたら…?)
ユキは、リンを救うために、平静を装った。
ユキ「…リンちゃんは、どこにいるんですか?」
≪page2≫
ローク「ユキさんは、リンさんを追ってきたんですよね?」
ローク「なら、ここのどこかにいますよ…」
ユキ(こいつ…!)
一番知りたいことをはぐらかされ、怒りを滲ませるユキ。
ローク「私も、あなたには聞きたいことが山程あるんです。なので、あなたのことを教えていただけるのなら、交換条件として話してあげても良いですよ? …まぁ、信じるか信じないかは、あなたの自由ですが」
≪page3≫
ユキ「……」
ローク「フゥ…。警戒心が強いですねぇ…。仕方ありません…。こちらから話をするとしますか…」
ローク「私はとある目的で、Sランクの学生を集めていました」
ローク「各地にSランクの生徒を派遣する…。私はその役目を任されていましたから、非常に都合が良かったのです」
ローク「はぁ…。しかし、Sランクの魔法学生は、思うように集まりませんでした…。なかなか優秀な生徒がいなくて、困ってしまいましたねぇ…。日頃から、真面目にお勉強して欲しいものです…」
教師の口調を崩さず、話を続けるローク。警戒心を抱きつつ、黙ってロークの話を聞くユキ。
≪page4≫
ローク「だから少し、刺激の強い体験をしてもらい、多くを学んでもらおうと思いました」
怪しい薄ら笑いを浮かべるローク。
ローク「Aランクの生徒を、Sランクの生徒に少し指導してもらい、ランクを上げてもらおうと思ったのです」
ユキ「……!!」
ユキ(エレナが、リンちゃんを襲ったのは…そういうことだったのか…!!)
ユキ「なんでエレナは、あなたの言うことを聞いたんですか…?」
≪page5≫
ローク「親切に教えてあげただけですよ。Sランクの人間は魔物化しやすいと」
ユキ「……えっ!?」
ユキは思わず声を上げてしまう。
ローク「あ…。すみません…」
ローク「それは私が作った嘘の設定でした…。うっかりしていましたね」
ユキ「は…?」
ロークの話に、怪訝な顔を浮かべるユキ。そんなユキに構わず、ロークは話を続ける。
≪page6≫
ローク「人間は、魔力をコントロールする術を生まれ持っています。魔物になんかなる訳ないんですよ」
ローク「しかしですね。その嘘の話をしたら、皆さん信じてしまいまして。…エレナさんも。リンさんも」
※ロークは、手中に収めた生徒を下の名前で呼んでいる。
ユキ「……!!」
リンの名前を聞き、ユキは目を見開く。
ローク「ほんと、純粋な生徒ばかりで可愛らしいですねぇ…。少しは疑われると思ったのですが…」
≪page7≫
ローク「でも念の為、薬を用意したんですよ」
ユキ「薬…?」
ローク「幻覚を見せる薬を。それを毎晩飲んでもらいました…。怖かったでしょうねぇ…。自分の身体が魔物化する幻覚を見せられたんですから…」
ユキ(こ……)
≪page8≫
ローク「それで、私の言うことを聞いてくだされば、薬を定期的に提供しましょう! そう約束してあげたのです」
ローク「リンさんなんかもう、大変でしたね…。私の前で泣き出してしまって…」
ローク「お願いします…っ! なんでも言うこと聞きますから…! だから薬をください!って、幻覚薬を必死に欲しがって、本当に可哀想でした…」
ユキ(こいつは……)
≪page9≫
ローク「私はSランクの力の研究がしたかったので、あらゆるデータが欲しかったんですよ」
ローク「だからSランクの皆さんの身体を、いろいろと調べさせてもらいたかったのです」
ローク「特にリンさんは、なんでも言うことを聞いてくれるとおっしゃってくれたので、それならばと、服を脱いでもらって、隅々まで調べさせてもらいました」
≪page10≫
ユキ(こいつは、何を言ってるんだ…!?)
気が遠くなるほど、頭に血が上っていくユキ。淡々とリンへの非道を語り続けるローク。
ローク「私にいろいろ調べられて、リンさんは恥ずかしがって泣いてしまいました…。なので、少し申し訳なかったと思…」
≪page11≫
SE『ドカァァァァァンッ!!』
ロークが話し終わる前に、ユキの身体よりも巨大な氷の大剣が、地面を抉っていた。ロークはそれをひらりと躱していた。
≪page12≫
ユキ「ロォークッ!!」
ユキの髪は逆立ち、口からは冷気が漏れていた。その姿は、妖怪そのものだった。
ローク「おお~怖い怖い…。ユキさん? 人の話は最後まで聞かないと駄目だって学校で習わなかったんですか?」
ローク「あっ…。私はそんなことは教えていませんでしたね…。これは、失礼しました…」
ロークは、激昂するユキを、ヘラヘラしながら眺めていた。
≪page13≫
ユキ「お前は、絶対に許さないッ!!」
ユキは空中に、無数のクナイを生成する。それをロークに向けて一斉に飛ばした。
≪page14≫
ローク「……ボソッ」
ユキ「…!?」
ロークが小声で呪文を唱える。次の瞬間、ロークの前で、クナイが見えない壁に飲み込まれるように消えてしまった。
ユキ(なんだ今の…!? 私の攻撃は、一体どこへ…!?)
動揺するユキ。ロークは、淡々と話し続ける。
≪page15≫
ローク「いやぁ…。凄いですね。詠唱もなしに、生成した武器の一斉攻撃…。Sランクの学生でも出来る芸当ではありません…」
ローク「ユキさん…」
ローク「あなた“妖怪”なんじゃないですか?」
ユキ「……ッ!!」
ユキは、この世界に転生してから初めて“妖怪”というワードを聞き、思わず身体が反応してしまう。
≪page16≫
ローク「おとぎ話のような話なんですが、この世界とは別の世界には、“妖怪”と呼ばれる魔物のような存在がいるとかいないとか」
ローク「だって、鑑定石でも測れないユキさんの力は、“魔力”ではないじゃないですか?」
ローク「妖怪の“妖力”なんじゃないでしょうかねぇ…?」
ユキ(妖力…? それが、私の力の正体…?)
≪page17≫
ユキ(…いや、私の力が妖力だろうと、魔力だろうと…そんなの、どうだっていい…)
ユキ(こいつを、ぶちのめせる力なら、なんだって…!!)
ユキは、地面から尖った巨大な柱を生成。ロークの足元から攻撃する。
≪page18≫
ローク「おっと…」
ユキ「……!?」
ロークは、その場で軽く跳び、トンッと、尖った氷の柱の上に着地した。
ユキ(私の攻撃が、躱された…!? …なんなんだこいつは…!?)
≪page19≫
ローク「足元からの攻撃なんて、お行儀が悪いですよ? ユキさん」
ロークは一気にユキに接近。手のひらをユキの腹部に当てた。
ユキ「うぐっ!?」
ユキの腹部で衝撃波が発生。そのまま後方へ吹き飛ばされた。
≪page20≫
ユキ「ゲホッ…! ゴホッ…!!」
ユキ(な、なんだ今のは…!?)
腹部を押さえ呻くユキ。
ローク「ユキさん。あなたは、Sランクを超える力を持つ素晴らしい逸材です」
ローク「…せっかくリンさんに協力してもらったんです。この子の相手をしてもらいましょうか…」
≪page21≫
ロークは、懐から魔物を引き寄せる紫の魔石を取り出すと、魔力を込め輝かせた。その光は、今までにない強烈な光を放っていた。
ユキ(あの石が…あんなに光るなんて…!?)
魔物『ウオオオオオンッ!!』
どこからか、魔物と人間の少女の声が混ざったような声が響いてくる。
ユキ「こ…この気配は…!!」
ユキ(ずっと感じていた…空洞を包み込む異様な気配…!!)
≪page22≫
SE『バグァァァンッ!!』
空洞の中の鉄の扉のひとつが粉々に破壊され、砂埃を撒き散らしている。煙幕が徐々に晴れていく。
魔物『シュウウウアアア…』
ユキは、身体の震えが止まらなかった。
ユキの前には、“裸のリンの姿を持つ魔物”が浮遊していた。全身ライトグリーンの人間離れした見た目をしているが、その体型はスラッとしたスタイルの良いリンの身体そのものだった。
≪page23≫
ユキ(こんな…。こんなものを作るために、リンちゃんは…)
ユキは、怒りと憎悪を通り越したような表情で固まっていた。
ローク「美しいでしょう…? リンさんの魔力を元に作った私の自信作…。人工魔物“RIN”です」
ロークは、左手で持つ魔石にRINが気を取られているのを良いことに、右手でRINの身体を撫で回した。
ユキ「……ッ!!」
≪page24≫
激昂するユキは、ロークとRINをまとめて叩き潰すつもりで氷のハンマーを瞬時に作り、そのまま振りかぶった。
SE『パシッ』
ユキ「…うっ!?」
RINはそれを片手で受け止める。
≪page25≫
そのままハンマーごとユキをぶん投げ、岩肌に叩き付けた。
ユキ「がはっ…!!」
RIN『……』
RIN『エアルフェイト』
ユキ「リンちゃんの声…!?」
人工魔物からリンの声が発せられる。
≪page26≫
右手に風の刀を生成していた。
ユキ「くっ…!!」
ユキも急いで氷の剣を生成する。
≪page27≫
SE『バキィン…ッ!!』
ユキ「……うぅっ!!」
風の刀と氷の剣がぶつかり合い火花を散らす。ユキはリンと戦っているような気持ちになり、心が折れそうになる。
ユキ(う…!! こいつはリンちゃんじゃない…ッ!! しっかりしろ私ッ…!!)
刀と剣のぶつかり合いが続く。ロークはそれを観察するかのような目で、岩肌に寄り掛かりながら眺めている。
≪page28≫
RINは風の刀を構えたまま空中で回転を始める。凄まじい速さの回転でRINの姿は竜巻に変化する。
RIN『トルネオン』
ユキ「……っ!!」
SE『ビュオオオオオッ!!』
暴風の音を轟かせながら、RINはそのままユキに突撃する。ユキは咄嗟に回避しようと身を捻る。
≪page29≫
ユキ「うああああッ!!」
ユキの肩に少し竜巻が触れてしまい、斬り裂かれていた。血がポタポタと滴り落ちる。ユキが戦闘で傷を負ったのはこれが初めてだった。
ユキ「い…痛いッ…うぅッ…!」
慣れていない痛みの感覚に、ユキの心は一気に弱る。そんなことはお構いなしに、RINは刀を振り、ユキに襲い掛かる。
≪page30≫
負傷しながらも、ユキはなんとか剣で応戦する。
ユキ(約束したじゃないかッ!!)
ユキ(私が必ず助けるってッ!!)
ユキ(約束を破るのか…!? ふざけるな…ッ!!)
ユキは自分にキレる。リンとモエに誓った約束を破りそうになっている自分にブチギレた。
ユキはRINを睨み付ける。そして威嚇する。
ユキ「殺すぞ…」
≪page31≫
ユキは手のひらから冷気を大量に放出する。それを鋭く尖らせ大きな槍を作った。
SE『ズドンッ!!』
RIN『ギャアアアアアアッ!!』
≪page32≫
リンと魔物が混ざった声で絶叫するRIN。大きな槍は彼女の体を貫いていた。そのままRINは消滅してしまった。
ユキ「ハァッ…ハァッ…」
心身共にボロボロになるユキ。
SE『ぱちぱちぱちぱち』
穏やかな表情を浮かべながら、ロークが拍手する。
ローク「やれやれ…。やられてしまいましたね…」
ローク「どうやら、失敗作だったようです」
ユキ「……」
怒る気力も失せたような表情で、ロークを見つめるユキ。
第18話
≪page1≫
○ロークの研究施設内。
ユキ「はぁ…はぁ…」
RINとの戦闘での負傷と疲労で、息を切らすユキ。
ローク「魔法とは違う力、実に興味深いです。どうですか? 魔法学生はもう卒業して、私のお手伝いをしてくだされば、代わりにリンさんは解放してあげても良いですよ」
ユキ「……」
ローク「ユキさんはFランクですから、伸び代が期待出来ない魔法には見切りを付けて、妖力の研究に専念すべきだと思うんですよ。その方が、あなたのためです」
≪page2≫
ローク「大丈夫、あなたは貴重な存在です。悪いようにはしませんから」
ユキ「……」
息を整えながら、ロークを睨み付けるユキ。
ローク「フッ…。大人の言うことは信じないんでしたっけ…? 仕方ありませんね…」
ローク「怪我をしていてお辛いでしょうから、私が手厚く“保護”してあげますよ」
怪しい笑みを薄っすらと浮かべるローク。
≪page3≫
ユキ(…さっき、私の攻撃を飲み込んだ魔法。あれは一体なんなんだ…。それに、腹部に打ち込まれた衝撃波…。あの力の正体が分からないと、迂闊に攻撃出来ない…!)
じりじりと迫るローク。ダメージを色濃く残し、ロークを倒す術を見いだせないユキは、焦りを見せていた。
エレナ「サンディラ!」
SE『バチッ』
ローク「!」
≪page4≫
稲妻が走る音が聞こえた瞬間、ロークは身を捻って雷を回避した。
ユキ「エレナ…!?」
エレナ「……」
ローブを脱ぎ捨て、学生服姿となったエレナが現れた。真っ直ぐ、静かにロークを睨む。
≪page5≫
ローク「おや。エレナさん。どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」
ローク「もうお薬はいらないんですか?」
エレナ「…馬鹿に付ける薬でも、作ったらどうですか?」
そう返すとエレナはロークを静かに睨む。ロークは相変わらずヘラヘラと薄気味悪い笑顔を浮かべている。
≪page6≫
エレナ「サンディラヴァー!」
雷をバチバチと弓に変化させる。さらに。
エレナ「エレクション!」
雷で分身を2体作る。本体のエレナを含めた3人は、ロークに向け弓を構える。
≪page7≫
3人のエレナの弓矢の一斉掃射。
凄まじい数の雷の矢がロークに向かって飛んでいく。ロークは冷静に魔法を唱えた。
ローク「インヘルト」
≪page8≫
ロークが呪文を唱えると、無数の光の矢が、ロークの身体の表面に現れた、透明な膜に吸収されていく。
ユキ「あれは…!」
ユキは、二度目のロークの魔法をしっかり観察する。
攻撃を全て吸収し終えたロークは、人差し指に小さな白い球を発生させる。
≪page9≫
そして、それをエレナに向けて放つ。
エレナ「……ッ!!」
エレナは2体の分身を自分の前へと操り、ロークの白い球を受けさせた。
≪page10≫
SE『ドパアアアアンッ!!』
エレナ「うあッ…!!」
凄まじい爆発が起き、エレナは吹っ飛び岩肌に叩き付けられてしまった。
ユキ「エレナ…ッ!!」
≪page11≫
ユキはエレナに駆け寄る。意識が朦朧とするエレナは気を失う前にユキに告げる。
エレナ「あ…あれがロークの…魔法…。はぁ…。吸収した力を…はぁ…。自分の力に変えて…相手に…返す…」
ユキ「わ、分かった…! ありがとう…! エレナ…!」
エレナ「……」
それを伝えると、エレナは微かに微笑みながら意識を失った。
≪page12≫
ユキ(エレナは…私にロークの魔法を伝えるために…)
ローク「私の魔法が分かって、良かったですね、ユキさん」
ローク「あなたたちの友達を思いやる心は、本当に素晴らしいです。真っ直ぐな心を持って育つ生徒を見て、私はとても嬉しく思います」
本心かどうかも分からない言葉を淡々と述べながら、ロークは貼り付けたような笑顔を浮かべる。
ユキ(エレナ…。モエちゃん…。リンちゃん…)
≪page13≫
ユキ(みんながいてくれたから、今の私がある…。だから、私が…!!)
ユキ「私が…!!」
ユキ「リン班の私が…!! みんなを助ける…ッ!!」
≪page14≫
ローク「……」
瞳に強い光を宿すユキ。薄っすらと笑うローク。
ユキ「うおおおおおっ!!」
ユキは自身よりも大きな氷塊を生成。
≪page15≫
氷塊をロークに向かって放った。
ローク「インヘルト」
氷塊は、消滅しているかのように、ロークの膜に飲み込まれる。
ユキ(あの大きさの氷塊も飲み込まれるのか…!!)
≪page16≫
ユキ(さっき私が受けた衝撃波より、エレナの弓矢を吸収した力の方が威力が高かった…! たぶん、吸収した力によって、返す力も強くなるんだ…!)
ユキ(それなら、力を吸収させないように戦えれば…!!)
ローク「良いですね、その目。得られた判断材料を頭の中でしっかりと整理して、困難を乗り越えようとする姿勢、素晴らしいです」
ユキ(あいつの言うことは無視!)
≪page17≫
ユキは両足に、氷のブーツを生成した。
ユキ「はぁッ!!」
ブーツを履いたユキが、空中へ飛び上がる。
≪page18≫
ユキは、踵落としで思いっきり地面を砕く。周囲に岩の破片が飛び散った。
ユキ「これなら、どうだッ!!」
ユキの脳裏に、ヒエールの戦法が浮かぶ。以前、ユキを襲った地面を砕く攻撃、ユキはそれを応用する。
≪page19≫
ユキは飛び散った岩の破片を、次々とロークへ蹴り飛ばしていく。
ユキ(これは岩だ! 魔法でも妖力でもない! きっと吸収出来ないはず…!!)
≪page20≫
ローク「インヘルト」
SE『ズオオオオオオッ…』
ユキ「飲み込まれた…!!」
≪page21≫
ローク「そうですね。ひとつの考えに捕らわれず、様々な可能性を試す。その柔軟さは私も見習いたいくらいです」
ユキ(遠距離攻撃が駄目なら…!)
ユキは氷の剣を作る。そのままロークへ斬り掛かる。
≪page22≫
ローク「インヘルト」
ユキ「うっ…!?」
ロークの身体の膜に触れた剣は、ズブズブと飲み込まれていく。自分まで飲み込まれる感覚に襲われ、慌てて剣を離すユキ。
≪page23≫
ユキ「はぁっ…はぁっ…」
ローク「この短時間で、あれだけの攻撃を仕掛けるなんて…。ユキさん、あなたは本当に優秀な生徒ですね」
ユキ(あいつは…まだ、一度も攻撃を返してない…!)
ローク「優秀なユキさんには、ご褒美をあげないといけませんね」
穏やかな笑顔を浮かべ、ロークは、人差し指に小さな白い球を浮かべた。
≪page24≫
ユキ「マズい…!!」
ユキは急いで最高強度の壁を作り、その後ろに身を隠した。
ロークが、壁に向けて小さな球体を飛ばす。
≪page25≫
SE『ボグアアアアアアッ!!』
ユキ「うわあああああっ!!」
凄まじい爆発が壁を破壊する。
≪page26≫
氷の破片がユキの背中に突き刺さり、その激しい衝撃で地面に叩き付けられた。
ユキ「ガハッ…」
ユキは吐血し、全身も血塗れになっていた。ダメージは深く、もう立ち上がれる力が残っていない。
ローク「すみません…。少し、やり過ぎてしまいましたね…。すぐに、治療してあげますから」
ユキ(身体が…動かない…。目が、霞む…。耳も、よく聞こえない…)
≪page27≫
ユキのぼんやりとした視界の中には、口を三日月のように尖らせながら笑うロークの姿が映った。
ローク「ユキさん。安心してください。これからは、ずっとリンさんと一緒ですよ」
ローク「この、施設の中で」
ユキ「……」
ユキ(私にはもう、戦える力は残ってない…)
地面にうつ伏せで倒れる虚ろな目のユキ。
≪page28≫
ユキ(ロークは…そう思ってる…)
ユキは、震える右手の人差し指でロークを指す。
ローク「おや?」
ローク「駄目ですよ、ユキさん。人のことを指差すなんて…」
ユキ(さっき、ロークは、私の足元からの攻撃と、エレナの雷はインヘルトで防がなかった。…あれは、魔法が間に合わなかったんだ)
ユキ(あの魔法は、私より遅い)
≪page29≫
ローク「インヘルト」
ユキ「フロウ」
ユキが魔法を唱えた。ロークの魔法が発動する直前に、小さな風の弾丸はロークの眼鏡を砕いていた。
ローク「え?」
眼鏡の破片は、左目に突き刺っていた。
≪page30≫
ローク「ぎぃああああああッ!!」
ロークは絶叫する。両手で左目を押さえ、激痛でもがいている。その隙にユキは巨大な氷山をロークの上に作った。
ローク(魔法をここまで温存していたなんて…! ユキさん、あなたは本当に素晴ら…)
ローク「……あ」
≪page31≫
SE『ドゴオオオオッ!!』
大きな音を立て、氷山はロークを押し潰した。
ローク「……」
下敷きになったロークは気を失っていた。
≪page32≫
ユキ「……」
ユキ「ありがとう…リンちゃん…」
静かに微笑みながら、ユキも気を失った。
第19話
≪page1≫
○ロークと共に倒れているユキ。
ロークとの戦いが終結した後、ユキは気を失っていた。ユキの耳に薄っすらと声が聞こえてきた。
ミスティ「……ん… 」
ミスティ「…キ君…!」
ミスティの声だけが、ユキに微かに聞こえる。
≪page2≫
ミスティ「ユキ君! 大丈夫か!? …ユキ君ッ!?」
ユキを心配するミスティの顔が、ユキの視界に映る。
ユキ「……あ」
ミスティの隣には、エレナとモエが心配そうな顔で立っていた。
≪page3≫
ユキ「…せんせ…。みん、な…。どう…して…?」
目が覚めたばかりなのとダメージで、口が上手く回らないユキ。
モエ「私が先生に知らせたんです…!」
モエ「みんなボロボロになって倒れてて…! だから助けてくださいって…!」
ミスティ「すまない、ユキ君…。今、回復を…!」
≪page4≫
ミスティ「ヒーリング!」
ユキ「……!」
ミスティは回復魔法を唱える。ユキは光に包まれ、みるみる顔色が良くなった。
ミスティ「ダメージが深いな…。私の魔法では、これ以上の回復は難しい…」
回復魔法を受けたユキが、すぐに立ち上がった。
≪page5≫
ユキ「いえ…! だいぶ楽になりました…! ありがとうございます…! うっ…」
モエ「ユキさん…! 無理しちゃ駄目っすよ…!」
立ち眩みを起こすユキを、モエが支えた。
ユキ「あ、ありがとう、モエちゃん…」
ユキ「え?」
≪page6≫
ユキはしばらくモエ見つめた後、大声を上げた。
ユキ「いや!! モエちゃん!? どうしてここに!?」
エレナ「今、気付いたの…?」
ユキの天然に、エレナはささやかなツッコミを入れた。
ミスティ「ユキ君を心配して、ここまで来たんだそうだ…。本当に、君たちは無茶をするね…」
ミスティ「……」
ミスティ「すまない…」
ユキ「先生…?」
≪page7≫
ミスティ「私は、ロークの不審な動きに気付いていた…。だが、実態を掴むことが出来ず、今日まで手をこまねいてしまった…! 君たちを危険に晒してしまったのは、全部、私のせいだ…!」
ミスティ「本当に、すまない…ッ!」
心から申し訳なさそうな表情を浮かべるミスティ。
ユキ「ふふっ…!」
ミスティ「ユキ君…?」
≪page8≫
ユキ「ミスティ先生…。ありがとうございます…。その言葉を聞いて、少し安心しました…」
ユキ(ロークと同じこと言ってるのに、ミスティ先生の言葉は信じられる…。不思議だ…)
ユキは安堵の表情を浮かべる。だが、すぐに一番大事な目的を思い出した。
ユキ「そうだ! リンちゃんは!?」
≪page9≫
ミスティ「私は今ここに着いたばかりで…。まだ、リン君の姿は発見出来ていない…」
ミスティは不安そうな表情を浮かべる。同じく、ユキの表情も曇る。
ユキ(…私は、ずっとここで戦っていた)
ユキ(あれだけ、大きな音を出していたのに、リンちゃんは全く姿を現さなかった…)
≪page10≫
ユキは心臓の鼓動が早くなるのを感じ、呼吸を整える。
ユキ(嫌な、予感がする…)
ユキが戦っていたこの広い空間には、RINが出て来た破壊された扉の他に、まだ2つ鉄の扉が設置されている。
ユキ「手分けして探そう…!」
ユキ(今度は、背後から襲われる心配もないし…!)
≪page11≫
ユキとモエは左にある扉、ミスティとエレナは右にある扉の先を確認する。
ユキの前には、ゴチャゴチャといろんな物が置かれている物置きのような光景が広がっていた。部屋の一角にはトイレと思われるドアやら、生活に必要な設備が設置されているようであった。
ユキ「ふぅ…。いない…」
ユキ「……!」
≪page12≫
ユキ(私、リンちゃんが見つからなくて…少し、ホッとしてる…!?)
ユキ(こんなのおかしい…!! 異常だ…!!)
ユキ(私は、何を怖がってるの…!?)
モエ「ユキさん…。大丈夫っすか…? 顔色が悪いっすよ…?」
別の部屋から、手分けをしていたミスティの声が響く。
ミスティ「リン君…!!」
ミスティの声を聞き、目を見開くユキ。
≪page13≫
遠くからミスティ先生の声が響く。心臓の鼓動が激しさを増すのを感じ、胸を押さえた。
ユキ(やめろ…。変なことは考えるな…。リンちゃんを見つけたい、それが普通なんだ…!)
ユキ(私は、リンちゃんに会えれば、それで…)
ミスティの声が聞こえた扉を開くユキ。
≪page14≫
大股を開き、壁を背に、力なく地面に座り込むリン。目に光はなく、よだれを垂らしている。
リン「お願いします…」
リン「薬をください…」
リン「なんでもしますから…」
リン「お願いします…」
≪page15≫
ユキの隣で泣き崩れるモエ。エレナは呆然と立ち尽くし、ミスティは、リンの様子を確認し、険しい顔で目をギュッと瞑る。
ユキ「……」
別の世界の出来事のように感じ、呆然と立ち尽くすユキ。
≪page16≫
感情のない表情で、淡々とユキのモノローグが続く。
ユキ(ああ見えてリンちゃんは繊細で、怖がりだから、魔物化の幻覚の時点で、心が壊れてしまったのか…)
ユキ(世の中には、どうすることも出来ないことがあるんだ…。分かってる…。私もそうだった)
ユキ(それでも、私はそれを全部「仕方ない」と思って受け入れていた。どうすることも出来ないから無理やり納得していた。だって、そうするしかないじゃないか…)
≪page17≫
怒りの表情へと変わるユキ。
ユキ(…じゃあこれも「仕方ない」のか!?)
ユキ(私は、こんなの嫌だ!! こんなの絶対、認めない!! だって私は…!!)
≪page18≫
ユキ(馬鹿だから!!)
ユキは突然、リンの胸ぐらを掴んで右手を振りかぶっていた。驚愕する一同。
≪page19≫
SE『パァンッ!!』
リンの頬が平手打ちされる音が辺りに響く。それでも虚ろな目のリン。リンの頬は、激しく叩かれ赤くなってしまっている。
ミスティ「やめろッ!!ユキ君ッ!!」
ミスティが羽交い締めにして制止しようとするが、ユキは止まらない。もう一発加えようとしている。
≪page20≫
モエ「ユキさん…ッ!! やめてください…ッ!!」
泣きながらユキを止めようとするモエ。
リン「お願いします…」
リン「なんでもしますから…」
エレナ「……っ!」
悪夢のような光景に、エレナは口を押さえて震えていた。
≪page21≫
ユキ「なんでもするなら…!」
SE『パァンッ!!』
ユキ「帰って来い…!!」
ユキ「馬鹿リン…ッ!!」
SE『パァンッ!!』
ミスティ「やめろと言っているのが、分からないのか…ッ!?」
お構いなしにリンの前に乗り出すユキ。言うことを聞く気配もない。
ミスティ(仕方ない…!! ユキ君を眠らせるしか…!!)
≪page22≫
リン「……う」
リン「…うるさいわね」
リン以外の、この場にいる全員の動きが止まる。
リン「そんなに…叩かれたら…痛いでしょうが…」
ユキ「あ…」
≪page23≫
ユキは我に返り、右手を震わせている。
ミスティ「ユキ君…。これは、“神様の気まぐれ”だ…。たまたま、運が良かっただけだ…!」
ミスティ「気持ちは分かるが、君のやったことは許されることじゃない…!」
静かにユキに怒るミスティ。ユキも、そのことは十分に理解していた。
ユキ「リン…ちゃ…ん…!」
ユキ「私は、なんてことを…!」
ユキの目から涙が溢れ出す。
≪page24≫
次の瞬間、リンがユキの胸ぐらを掴む。
SE『パァンッ!!』
ユキの頬が、リンに思いっきりビンタされた。突然のことに目を丸くして、リンを見つめるユキ。
ユキ「えっ…!?」
≪page25≫
SE『パァンッ!!』
ユキ「ぶっ…!?」
2発目の往復ビンタ。ユキは訳が分からずただただリンに叩かれ続けている。他のみんなもポカンとしながらそれを見ている。
SE『パァンッ!!』
ユキ「いぎゃあっ!?」
3発目のビンタが決まった。ユキは思いっきり吹っ飛んでいた。
≪page26≫
リンは腰に手を当てながらユキを見下ろしている。
リン「3発よ」
ユキ「……え?」
リン「あんたがあたしを叩いた回数」
≪page27≫
リン「これでおあいこよ。…馬鹿ユキ!」
ユキに向け、ニカッと笑うリン。
ユキ「…!」
頬を押さえながら涙を流すユキ。
エレナは、涙を流していたモエを気遣い、優しく頭を撫でた。ミスティは、ユキとリンのやり取りに思わず吹き出していた。
ミスティ「ふ…」
ミスティ「おあいこなら、“仕方ない”か…」
≪page28≫
戦いが終わり、リンの自我が蘇った後、研究施設の外でしばしの間、4人で夜風を浴びて疲弊した身体を癒やす。
リン「……」
リン「……ごめん」
他の3人がリンの方へ静かに顔を向ける。
リン「みんな…あたしのせいで…。こんなに大怪我して…。たくさん酷い目にあって…」
ユキ「そんな…!」
≪page29≫
エレナ「リンは何も悪くない…」
エレナ「悪いのはロークと…」
エレナ「……私」
リン「何言ってるの…? あんたはただ、ロークに騙されて利用されただけで…」
モエ「…先輩たちの気持ちは、痛いほど分かるっす…」
≪page30≫
モエ「私も同じ立場だったら、絶対謝ってたし、罪悪感を抱いていたっすから…」
リン「モエちゃん…」
エレナ「モエ…」
ユキ「私とモエちゃんが保証する」
ユキ「リンちゃんとエレナは何も悪くない…」
それでも申し訳なさそうにするリンとエレナ。ユキは穏やかな表情を向ける。
≪page31≫
ユキ「……」
ユキ「私はみんなが大好き…」
ユキ「ずっと一緒にいたい…」
リン「あ…!?」
リン「あ…あんた…よくそんな恥ずかしいこと言えるわね…!?」
赤面するリン。咳払いをしつつ、ポツリと呟いた。
≪page32≫
リン「…でも、あたしも同じ」
モエとエレナも静かに頷いた。
月明かりが4人を優しく照らしていた。
最終話
≪page1≫
○その時の状況の一枚絵をバックに、ナレーションが続く。
ナレーション『その後、ミスティから協力の要請を受けていた他の教員たちが、ロークの身柄確保及び研究施設の制圧を行なった』
ナレーション『ロークは、罪のないSランクの学生たちを非道な研究に付き合わせ、その過程で次々と人工的に魔物を生み出していた。不要になった魔物は、時に周囲へ解き放ち、研究資金調達の際には、裏組織に売り捌いていた。リンが平原で遭遇したAランクの魔物も、ロークが制作した魔物だった』
ナレーション『ユキたちの通うノルシュ魔法学校は、ノルシュ王国が管理していた。ノルシュ王国は、自国の代表する魔法学校で数々の悪行を働き、学校の品位を著しく下げたロークに憤っていた。身柄を預かり、然るべき裁きを与えると宣告した』
左目に眼帯をし、牢の中で薄ら笑いを浮かべるローク。
≪page2≫
ナレーション『…それから、幾日が経ち』
○とある海岸。
ユキは巨大なカニの魔物を追い掛けている。巨大なカニは凄まじい速さの横歩きで移動している。
ユキ「はぁ…はぁ…! モエちゃん!! そっち行ったよ!?」
≪page3≫
モエ「…今っす!!」
砂浜に置かれていたスイカのトラップが爆発を巻き起こす。カニはたまらず向きを変えて逃げ出した。
モエ「リン先輩っ! 次そっち頼むっす!!」
≪page4≫
リン「オーケー! まかせなさいって!!」
リン「エアルフェイトッ!!」
リンが風の刀を構え、足元で風を爆発させ、上空まで飛び上がる。
≪page5≫
リン「喰らいなさいっ!!」
空中で風を纏いながら、勢いよくカニのハサミを斬り落とした。
魔物『ブクブクブクブクッ!!』
カニは泡を吹きながら慌てている。
リン「そっち行ったわよっ!!」
≪page6≫
リン「エレナッ!!」
リンがエレナに向かって声を掛ける。
エレナ「上出来。それにしても…」
エレナ「…カニって本当に横にしか歩けないのね」
エレナ「可哀想に」
エレナはカニを哀れむような目で見つめている。
≪page7≫
エレナ「サンディラヴァー」
エレナは光の弓を作ってカニの両目に狙いを付けている。
エレナ「そこ…っ!!」
魔物『ブオオオオオオッ!!』
両目を射抜かれ、カニの魔物はカニとは思えない悲鳴を上げている。
≪page8≫
エレナ「後は任せたわ。ユキ!」
ユキ「うんっ!! みんな、ありがとう!!」
ユキは巨大な氷のボールを作り出した。さらに。
≪page9≫
ユキ「フロウナッ!!」
フロウよりも大きな風魔法で、氷の塊をカニの元へと吹き飛ばす。
ユキ「いっけええええっ!!」
≪page10≫
SE『ドゴオオオオオンッ!!』
ボールに押し潰されたカニは身動き出来なくなった。
リン「ふぅ…。ようやくやっつけたわね…」
≪page11≫
リン「それにしてもあんた…。その“フロウナ”って魔法、恥ずかしいからほんとにやめて欲しいんだけど…!」
ユキ「そんなこと言われても…新しく思い浮かんだのがこの呪文なんだからしょうがないじゃん…!」
リン「あんた、どんだけあたしのこと好きなのよ…!?」
ユキ「え、えぇ~っ?」
≪page12≫
ユキ(あれから、私たちリン班は、“エレナ・シャイニス”を含めた4人組になっていた。元々4人部屋だった寮は、ついに満室になったのだった)
ユキ(任務はやっぱり大変なこともあるけど、楽しい。友達と協力して、毎日充実してる…!)
ユキ(いろんなことがあったけど、私は、幸せ者だ)
≪page13≫
ユキ「……」
ユキ(だからこそ、私は…あなたのことが心配なんだ…)
ユキ「鈴子ちゃん…」
○1人、魔法学校の廊下を歩くユキ。
≪page14≫
ユキ(鈴子ちゃんは、元気にしてるかな…? もし、今もまだ、いじめられていたら…?)
ユキ(私がいなくなって、深く傷付いていたら…?)
ユキ(私は、ここに来てから、鈴子ちゃんのことを忘れたことはない…)
ユキ「会いたいよ…。鈴子ちゃん…」
≪page15≫
ミスティ「ユキ君」
ユキ「うわあっ!?」
突然、ユキの背後に現れるミスティ。飛び上がって驚くユキ。
ミスティ「あっ…。すまない。また生徒を驚かせてしまった…」
ユキ「い、いえ…! 考え事をしていたからですよ…! あははは…!」
≪page16≫
ミスティ「どうかな? 任務の方は?」
ユキ「…こんなこと言って良いのか、分からないんですけど…。楽しいです…!」
ミスティ「ふふふ…。それは何よりだ」
ユキ「……」
ユキ「ミスティ先生のおかげ、なんですよね…? 私たちが4人一緒にいられるのは…」
ミスティ「!」
≪page17≫
ユキ「リンちゃんから聞きました…。本来、Sランクの魔法学生が2人もいる班はありえないと…。ロークの後を引き継いだミスティ先生が、私たちのために無理をしてくれたって…!」
ミスティ「……」
ミスティ「君たちは、ずっと離ればなれになり、辛く苦しい日々を送っていた…。一緒にいて当然なんだ…。リン班4人の編成、これ以外、私は認める気はない…」
ミスティ「私がそうしたかっただけさ…」
ユキ「……」
ミスティは笑みを浮かべ、ユキも申し訳なさそうにしつつ、ミスティに笑みを返した。
≪page18≫
ミスティ「そうだ。実は、君に見てもらいたい物があってね」
ミスティは、ローブのポケットから、薄く平たい物を取り出した。
ミスティ「これだよ」
それをユキに手渡す。ユキは驚愕の表情を浮かべる。
ユキ「こ、これは…!?」
≪page19≫
ユキ(スマホ…!?)
ユキの手には、ユキが現世で見た物とそっくりなスマホが握られていた。
ミスティ「やはり、君はこれが何か知っているようだね…。前に私に、他の世界から来たと教えてくれていたから…」
ユキ「これ、どうしたんですか…!?」
ミスティ「ロークだよ」
≪page20≫
ミスティ「奴の研究施設から見つかった物だ…。ロークは、異世界の研究を始めていたらしくてね。その過程で、その平たい魔道具を作り出したらしい…」
ユキ(ロークが、私の世界のことを知っていたのは、異世界を研究していたからなのか…!)
ミスティ「あらゆる力を吸収するロークの魔法、インヘルトの術式を応用したものが使用されているようだ…。技術を吸収して、自分の物にする魔道具なんだと…。まぁ、私も詳しいことは分からないが…」
ミスティ「もし、君にとって必要な物ならと思ったんだが…。ロークの私物なんて、手に取りたくないか…。すまないね…」
申し訳なさそうな表情を浮かべるミスティ。
≪page21≫
ユキ「いえ…! ミスティ先生! ありがとうございます…!」
ユキ「これで、友達に会えるかもしれない…!」
明るい笑みを浮かべるユキ。
ミスティ「そうか…。なら、良かったよ」
ミスティは、安堵の笑みを浮かべ、ユキに手を振り立ち去っていく。
○ユキたちの女子寮。
寮でスマホをいじるユキ。
リン「ユキ…。何その妙な平べったい物は…?」
≪page22≫
ユキ「スマホ…! なんかいろいろ出来んの!」
リン「はぁ…。スマホ…」
一心不乱にスマホをいじるユキ。
ユキ(あ、あった…! WINE!!)
回想の鈴子『WINEやってる?』
ユキ(このスマホは、私の世界と繋がってる…!)
≪page23≫
胸の鼓動が高鳴るユキ。WINEのアイコンをタップする。
ユキ(これで、鈴子ちゃんにメッセージが送れる…!)
しばらくスマホをいじり続けるユキ。そんなユキを、心配そうに見つめるリン、モエ、エレナ。
ユキは徹夜でスマホをいじっていた。
○翌朝、魔法学校の廊下。
教室に向かって歩くリン班。
≪page24≫
エレナ「ユキ、大丈夫…? 目にクマが出来ているけど…」
ユキ「う、うん…。大丈夫…」
ユキ(あれから、WINEをずっといじってたけど…。駄目だ…。使い方が分からない…。誰かにメッセージは送れるみたいだけど、鈴子ちゃんに繋がる手掛かりは見つけられなかった…)
モエ「ユキさんにとって、大切な方なんですね…。その、鈴子さんという方は…」
ユキ「うん…。鈴子ちゃんは、リンちゃんに似てるんだ…。優しくて、明るくて、いつも私に笑顔をくれた…」
リン「へぇ…あたしに…。ちょっと想像出来ないわね…」
≪page25≫
ユキ「馬鹿ユキ、とは一度も呼ばれなかったけどね…!」
リン「わ、悪かったわね…。口が悪くて…!」
ユキ「ふふっ…」
ユキ「嬉しいな…。みんなに、鈴子ちゃんの話が出来て…」
嬉しそうなユキを見て、微笑むリンたち。
≪page26≫
リン「また、会えると良いわね…。鈴子ちゃんと…!」
ユキ「うん…! ありがとう、リンちゃん…!」
○それから数日後、女子寮内。
ユキ「うぅ〜…」
エレナ「ユキ、あんなにやつれて…。可哀想に…」
ヘロヘロになりながら、スマホをいじり続けるユキ。
≪page27≫
ユキ「うぅ〜…会いたいよ〜…。鈴子ちゃん〜…」
モエ「ユキさん…」
リン「そのスマホ?って奴、そんなに扱いが難しいものなのね…。具体的には、何が出来る物なの…?」
ユキ「うぅ…。いろいろ出来るらしいけど…。今やろうとしてるのは、遠くの人と手紙のような物でやり取り出来る機能だけど…。それが上手く行かなくて…」
ユキ「他に、私でも使えそうなのは、写真を撮る機能くらいしか…」
リン「写真…?」
≪page28≫
ユキ「この道具に景色を映して、それをそのまま絵のように残すことが出来るんだ…。鈴子ちゃんはよく、私と写真を撮ってくれた…」
リン「へぇ…そんなことまで出来るなんて…」
ユキ「ん…? 待てよ…」
ユキ(初めて会ったあの日、鈴子ちゃんは、写真について何か言っていたような…)
ユキ(思い出せ…! 絶対言ってた…! えっと…確か…何かに上げるって…!)
鈴子『自撮りしても良い? ミンスタに上げる…のは駄目か!』
ユキ「…!!」
≪page29≫
○現世。
ユキとの待ち合わせ場所で、スマホをいじる鈴子。
鈴子(雪ちゃん…。お元気ですか…? あたしはマジ元気!)
鈴子(あれから、いじめられそうになった時、雪ちゃんの名前を呼ぶと、雪ちゃんを怖がってあの子たちは逃げるようになったんだよ…! マジウケるよね…!)
鈴子(元々あたしと友達だったオタクの子も、不良から解放されたあたしとまた仲良くしてくれるようになったんだ…!)
鈴子(全部、雪ちゃんのおかげだよ…! いろんなことがあったけど、あたしは、幸せ者だよ…)
鈴子「……」
≪page30≫
鈴子(だからこそ、あたしは…あなたのことが心配なんだ…)
鈴子「雪ちゃん…」
スマホをいじり続ける鈴子。
鈴子「ミンスタかー…。ギャルのフリをするために、一応入れといたけど…。あはは…。結局あんま使わなかったな…! もう消しとくか…!」
ミンスタをアンインストールしようとする鈴子。
鈴子「うーん…。でも、念の為、最後にちょっと確認を…」
鈴子「あれ…? ミンスタに、通知が来てる…?」
スマホを見て、涙を流す鈴子。
≪page31≫
鈴子のスマホに、ユキとリン班4人の笑顔の写真が映っていた。
鈴子「う…うぅ…ッ! 良かった…っ!」
鈴子「ユキちゃんも、幸せなんだね…!」
≪page32≫
ユキの元に、鈴子のフォローが返ってきた。ミンスタの画面に映る鈴子のアカウント名は、リンと表示されていた。
鈴子と友達のツーショット写真が表示される。
涙を流しながら微笑むユキ。
ユキ「鈴子ちゃん」
ユキ「また、会えたね…!」