第13話
≪page1≫
○教室で長机に座り授業を受けるも、上の空のユキたち。
ユキ「……」
○時は遡り、エレナの報告を終えた職員室の様子。
ローク「皆さんの報告を聞き、エレナさんの身柄を保護しようと、教師たちがSランクの宿舎に向かったのですが…。彼女は、自分の部屋から姿を消していました…」
リン「……え?」
≪page2≫
ミスティ「もぬけの殻、だったねぇ。リン君に姿を見られて、もうここにはいられないと思ったんだろうねぇ…」
リン「そ、そんな…」
モエ「エレナ先輩…どこに行っちゃったんすか…?」
ユキは、自分たちを傷付けた友人の身を案じる2人に、いたたまれなくなった。
だが、リンは、決意に満ちた表情を浮かべていた。
○現在の教室。
≪page3≫
ローク「本日は、魔力鑑定を行いたいと思います。前から、鑑定石を配ってください」
神妙な面持ちで石を咥えるユキ。
しばらくしてから口を離し、石の色を観察する。
ユキ「この色…前と変わってない…」
ユキ(あれだけ練習したのに、私はまだFランクのままなんだ…。でも、今さらSランクになったところで、今はエレナはいない…。私は、なんのために…)
モエ「はぁ…」
ユキ(モエちゃんの色も、変わってない…。まるで、私たちのやっていることを否定されているみたいだ…)
鑑定の結果を見て、さらに落ち込むユキとモエ。その時だった。
ローク「フロウナさん、おめでとうございます…」
≪page4≫
ローク「Sランクです…!」
「おおおっ!!」と、教室に歓声が響く、リンのランクは上がり、ついにSランクに到達していた。
ユキ「リンちゃん…!」
リン「……」
リンは、難しい表情を浮かべていた。ユキは、エレナのことを思い出し、顔を伏せる。
ユキ「お、おめでとう…!」
ユキ(おめでとうなんて…言って良かったのかな…)
自分を気遣うユキに気付き、リンは笑顔を浮かべていた。
≪page5≫
リン「ありがとう、ユキ…!」
○授業が終わり、リンは廊下の一角でロークに声を掛ける。
リン「先生…! お話があります!」
ローク「フロウナさん…。どうされたんですか?」
リン「あたしに、エレナの捜索をさせてください…!」
ローク「…!」
≪page6≫
ローク「…そうですか。やはり、エレナさんのために、Sランクを目指していたんですね…」
リン「…はい。今のあたしなら、エレナの魔法に対抗出来ます…! 力尽くでもあの子を連れ戻して…。なんであんなことになってしまったのか、あたしは確かめたい…!!」
ローク「フロウナさん…。あなたは本当に、友達想いの優しい人なんですね…」
ロークは笑顔を浮かべたのち、すぐに真剣な表情に変わっていた。
≪page7≫
ローク「…実は、私からもお話することがあったんです。Sランクの生徒だけに話さなければならない…。非常に重要な、極秘のお話が…」
リン「……え?」
リンは、予想していなかった話を切り出され、不安げな表情を浮かべる。
ローク「ここで話すのはちょっと…。Sランク専用の宿舎まで来ていただけますか…?」
リン「…え、えぇ…」
≪page8≫
リン(極秘の話…? 一体、なんなの…?)
ユキ「…リンちゃん?」
ユキは偶然近くを通り掛かり、宿舎へ向かう2人の背中を見ていた。
ユキ(なんだか、一緒に行ける雰囲気じゃないな…)
ユキはリンとロークの重苦しい雰囲気を感じ、その場に留まった。
○Sランク専用の宿舎の一角で、ロークと話すリン。
≪page9≫
リンは、目を見開き、表情を強張らせる。
リン「…そ、そんな…」
リン「あはは…せ、先生…? う、嘘ですよね…?」
ローク「……」
神妙な面持ちで俯くローク。
≪page10≫
リン「嘘だと言ってください…。お願いします…。う、うぷっ…!」
吐き気を催し、口を抑えるユキ。ロークは、そっとリンの肩を撫でた。
ローク「フロウナさん…! 大丈夫ですか…? すみません…。この話は、どうしても今しなければいけないんです…!」
ローク「魔物が生まれる成り立ちは、知っていますよね…?」
≪page11≫
リン「はぁ…はぁ…。た、確か、魔力の影響を受けやすい生物や物質が、時として人間に危害を加える危険な魔物と化すことがある…と、そう習いました…」
ローク「…Sランクの学生は、確かに強大な力を持っています…。それ故に…リスクも持ち合わせているのです…」
ローク「魔物になるのは、人間も例外ではないんですよ…」
リン「そ、そんな…」
改めてSランクの真実を知り、血の気が引いていくリン。
≪page12≫
ローク「魔力鑑定は、適切な魔物と戦うための力を測るという意味合いもありますが…」
ローク「その真の目的は、魔物化するリスクが高い生徒を、いち早く見つけることだったんです…」
リン「な、なんで、今まで…そのことを隠して、い…いたんですか…?」
リンは、震える声でロークに尋ねる。
ローク「混乱を避けるためです…」
≪page13≫
ローク「こんな話が広まれば、デマや憶測で騒ぎが大きくなってしまう…」
ローク「だから我々教師が、魔物化のリスクを背負った魔法学生一人一人を、しっかりケアしようということになったのです…」
リン(あたしは、魔物になるの…? エレナと、また会わなきゃなのに…? モエちゃんと、ユキにも…もう会えないの…?)
絶望感に打ちひしがれ、気が遠くなっていくリン。
≪page14≫
ローク「だけど安心してください…。魔物化を回避する対策は用意してあります…!」
ロークの言葉を聞き、リンの瞳に光が戻る。
リン「え、え…? ほ、本当ですかっ…!?」
ロークは懐から、数粒の薬が入った布袋を取り出した。
ローク「この薬を毎晩飲んでください…」
ローク「そうすれば、魔物化の進行を防ぐことが出来ます…!」
≪page15≫
リンは布袋を両手でしっかりと受け取った。
リン「よ…良かった…。本当に良かった…。あ、あたしもう…本当に怖くて…!」
魔物化に怯え、リンは涙目になっていた。ロークは、申し訳なさそうに頭を掻いた。
ローク「すみません…。怖がらせてしまいましたね…。しっかりと真実を知ってもらいたかったのです…」
≪page16≫
薬を貰い、気持ちに余裕を持ったリンは、ロークに質問を始めた。
リン「あ、あの…。ここ、Sランク専用の宿舎なんですよね…? あ、あたしもここに泊まらないと駄目なんでしょうか…?」
ローク「えぇ…。先程のお話通り、非常にデリケートな問題です。出来ればSランクの学生には、個別にしっかりとケアをしてあげたいのです…」
リン(ユキとモエちゃんと、離ればなれになるなんて…そんなの…)
≪page17≫
ローク「だけど安心してください。ただ宿舎が違うだけです。離ればなれになる訳ではありません…!」
リン「ローク先生…」
真剣なロークの言葉を、リンはしっかりと受け止めていた。
ローク「魔物化の経過をしっかり観察するために少し入院するだけ。そう思っていただければ…」
リン「……」
リン(ふふふ…。こんなに寂しい気持ちになるなんて…)
≪page18≫
リン(あたしにとって、あの2人は、それだけ特別な存在なんだ…!)
ユキとモエの大切さを噛み締め、リンは笑った。
リン「分かりました…。荷物をまとめてこちらに移ります…」
ローク「本当に申し訳ありません…。リンさんの魔物化は必ず治ります…! ほんの少しだけ、辛抱してください…!」
リン「はい、よろしくお願いします…」
≪page19≫
ローク「…このことは、くれぐれも他の学生たちには内密にしておいてください。大きな騒ぎになりかねませんし、リンさんが差別やいじめを受ける恐れもあります…」
リン「は、はい…。分かりました…」
○ユキたちの女子寮内。
その日、リンは自分の荷物をまとめ、ユキとモエに寮から宿舎に移ることを告げた。
モエ「そんな…。リン先輩も、宿舎に移るだなんて…」
≪page20≫
リン「なーに暗い顔してんの! 大丈夫! Sランクの特別任務のため! それだけよ!」
ユキ「リンちゃん…」
ユキ「本当に、そうなの…?」
リン「え?」
ユキの問いに、リンは少し躊躇ってしまう。
リン(…ユキとモエちゃんは、絶対にあたしを差別したりしない…。2人にだけは、話しても良いんじゃ…)
≪page21≫
リン(いや、駄目駄目! 魔物化の話なんかしたら、この2人は必要以上に心配するに決まってる…! 先生はすぐ治るって言ってたし、大丈夫…!)
リン「…やっぱり、Sランクってプレッシャーがあるけど、大丈夫…! 任務が終わったら必ず戻るから!」
ユキ「う、うん…」
リンは、2人にそう誤魔化し、そのまま寮を去ることに決めた。
○女子寮の前。荷物を持って、2人に別れを告げるリン。
モエ「リ、リン先輩…。本当に、行っちゃう、んすか…?」
ぐすぐすっと鼻をすすり、涙を流すモエ。
≪page22≫
モエ「エレナ先輩がいなくなって…リン先輩までいなくなったら、私…!!」
ユキ「モエちゃん…」
ユキはそんなモエの背中をさすっていた。少しでも気持ちを落ち着かせてあげたいと優しく撫で続ける。
リン「お、大袈裟なんだから…! 寝る場所が違うだけよ!? 会おうと思えば、いつでも会えるわよ、全く…!」
もらい泣きしそうになるのを必死で堪えるリン。
≪page23≫
モエの言葉を聞き、リンの脳裏には、エレナの姿が浮かんでいた。
リン(エレナも、あたしと同じ話を聞かされたのよね…。その時、何が起きたっていうの…?)
エレナのことを思い、不安な気持ちが募る。そんな気持ちを振り払うように、リンは首を振った。
リン(あたしは、エレナとは違う…! 必ず、2人の元に戻るんだ…!)
≪page24≫
リン「じゃあ、行くから…! あとは任せたわよ…?」
ユキ「リンちゃん…!」
背を向け、立ち去ろうとするリンに、ユキは精一杯の言葉を送る。
ユキ「何か困ったことがあったら、私たちに相談して! 絶対に私たちが、リンちゃんを助けてあげるから…!!」
リン「…!!」
モエ「ユキさん…」
≪page25≫
ユキの言葉を聞き、涙が溢れ出してしまうリン。ユキたちに気付かれぬように、背を向けたまま手を振り、リンは寮を後にした。
リン「…馬鹿ユキ」
○Sランク特別宿舎、リンの部屋。
ロークから貰った薬を飲むリン。
≪page26≫
リン「これで、大丈夫なのよね…?」
薬を飲み終わり、リンはベッドに潜った。
リン(いろんなことが、ありすぎて…。本当に、疲れた…)
リンはすぐに眠りについた。
リンが眠り、しばらく経った頃。
リン「……ん」
リン「まだ夜…? あんなに疲れてたのに…。目が覚めちゃったか…」
≪page27≫
リン「……え?」
何気なく右手を見たリンは、絶句していた。自身の右腕は、鋭い爪の生えた、鱗に覆われた魔物の形状に変化していた。
リン「あああああああッ!?」
ベッドから飛び起きるリン。全身から汗が吹き出す。
≪page28≫
リン「ハァッ、ハァッ、ハァッ…!?」
過呼吸になりそうなのを必死で抑え、一度目を閉じ、落ち着こうとする。
ゆっくりと目を開ける。ぼんやりと見える右手は、まだ鱗に覆われていた。
リン「嫌だ!! 魔物になんかなりたくない!! 誰か、助けて!! 助けて…!!」
涙を流しながら恐怖するリン。
リン「……あっ」
≪page29≫
少しずつ爪が元に戻っていく。鱗も小さくなっていく。しばらく待つと元の綺麗な少女の腕に戻っていた。
リン「はぁ…はぁ…。薬が、効いた…?」
棚の上に置いていた薬の入った袋を手に取り、リンは強く握り締めた。
リン「宿舎に移って良かった…。こんな姿、あの子たちに見せられる訳がない…!」
リンは薬を握り締めたまま、ボロボロと涙を流し続けた。
≪page30≫
○リンが宿舎に移り、数日が経過した。
中庭で話しているユキとモエ。
モエ「リン先輩…。大丈夫っすかね…」
ユキ「心配だよね…。何度か会いに行ってみても、宿舎から出て来なかったし…」
ユキ(嫌な予感がする…。私たちの知らない所で、何かが起きている…。そんな気がしてならない…)
モエ「…! リン先輩!」
ユキ「…!!」
≪page31≫
モエは偶然、宿舎に向かうリンを目撃した。2人は慌ててリンの元へ駆け寄ると、声を掛けた。
モエ「リ、リン先輩…!」
ユキ「リンちゃん…! 今まで何してたの…? 心配してたんだよ…!?」
リン「……」
リンは何も喋らない。光の無い目で2人のことをぼーっと眺めている。
ユキ「リンちゃん…? 大丈夫…?」
様子のおかしいリンに震えながら声を掛けるユキ。
≪page32≫
リン「……ごめん」
リン「Sランクの特別任務で忙しいから」
モエ「え…?」
感情のない声でそう告げるリン。その言葉に、モエは、トラウマを抉られていた。
呆然と立ち尽くす2人を残し、リンはそのまま、宿舎へと入っていく。
≪page1≫
○教室で長机に座り授業を受けるも、上の空のユキたち。
ユキ「……」
○時は遡り、エレナの報告を終えた職員室の様子。
ローク「皆さんの報告を聞き、エレナさんの身柄を保護しようと、教師たちがSランクの宿舎に向かったのですが…。彼女は、自分の部屋から姿を消していました…」
リン「……え?」
≪page2≫
ミスティ「もぬけの殻、だったねぇ。リン君に姿を見られて、もうここにはいられないと思ったんだろうねぇ…」
リン「そ、そんな…」
モエ「エレナ先輩…どこに行っちゃったんすか…?」
ユキは、自分たちを傷付けた友人の身を案じる2人に、いたたまれなくなった。
だが、リンは、決意に満ちた表情を浮かべていた。
○現在の教室。
≪page3≫
ローク「本日は、魔力鑑定を行いたいと思います。前から、鑑定石を配ってください」
神妙な面持ちで石を咥えるユキ。
しばらくしてから口を離し、石の色を観察する。
ユキ「この色…前と変わってない…」
ユキ(あれだけ練習したのに、私はまだFランクのままなんだ…。でも、今さらSランクになったところで、今はエレナはいない…。私は、なんのために…)
モエ「はぁ…」
ユキ(モエちゃんの色も、変わってない…。まるで、私たちのやっていることを否定されているみたいだ…)
鑑定の結果を見て、さらに落ち込むユキとモエ。その時だった。
ローク「フロウナさん、おめでとうございます…」
≪page4≫
ローク「Sランクです…!」
「おおおっ!!」と、教室に歓声が響く、リンのランクは上がり、ついにSランクに到達していた。
ユキ「リンちゃん…!」
リン「……」
リンは、難しい表情を浮かべていた。ユキは、エレナのことを思い出し、顔を伏せる。
ユキ「お、おめでとう…!」
ユキ(おめでとうなんて…言って良かったのかな…)
自分を気遣うユキに気付き、リンは笑顔を浮かべていた。
≪page5≫
リン「ありがとう、ユキ…!」
○授業が終わり、リンは廊下の一角でロークに声を掛ける。
リン「先生…! お話があります!」
ローク「フロウナさん…。どうされたんですか?」
リン「あたしに、エレナの捜索をさせてください…!」
ローク「…!」
≪page6≫
ローク「…そうですか。やはり、エレナさんのために、Sランクを目指していたんですね…」
リン「…はい。今のあたしなら、エレナの魔法に対抗出来ます…! 力尽くでもあの子を連れ戻して…。なんであんなことになってしまったのか、あたしは確かめたい…!!」
ローク「フロウナさん…。あなたは本当に、友達想いの優しい人なんですね…」
ロークは笑顔を浮かべたのち、すぐに真剣な表情に変わっていた。
≪page7≫
ローク「…実は、私からもお話することがあったんです。Sランクの生徒だけに話さなければならない…。非常に重要な、極秘のお話が…」
リン「……え?」
リンは、予想していなかった話を切り出され、不安げな表情を浮かべる。
ローク「ここで話すのはちょっと…。Sランク専用の宿舎まで来ていただけますか…?」
リン「…え、えぇ…」
≪page8≫
リン(極秘の話…? 一体、なんなの…?)
ユキ「…リンちゃん?」
ユキは偶然近くを通り掛かり、宿舎へ向かう2人の背中を見ていた。
ユキ(なんだか、一緒に行ける雰囲気じゃないな…)
ユキはリンとロークの重苦しい雰囲気を感じ、その場に留まった。
○Sランク専用の宿舎の一角で、ロークと話すリン。
≪page9≫
リンは、目を見開き、表情を強張らせる。
リン「…そ、そんな…」
リン「あはは…せ、先生…? う、嘘ですよね…?」
ローク「……」
神妙な面持ちで俯くローク。
≪page10≫
リン「嘘だと言ってください…。お願いします…。う、うぷっ…!」
吐き気を催し、口を抑えるユキ。ロークは、そっとリンの肩を撫でた。
ローク「フロウナさん…! 大丈夫ですか…? すみません…。この話は、どうしても今しなければいけないんです…!」
ローク「魔物が生まれる成り立ちは、知っていますよね…?」
≪page11≫
リン「はぁ…はぁ…。た、確か、魔力の影響を受けやすい生物や物質が、時として人間に危害を加える危険な魔物と化すことがある…と、そう習いました…」
ローク「…Sランクの学生は、確かに強大な力を持っています…。それ故に…リスクも持ち合わせているのです…」
ローク「魔物になるのは、人間も例外ではないんですよ…」
リン「そ、そんな…」
改めてSランクの真実を知り、血の気が引いていくリン。
≪page12≫
ローク「魔力鑑定は、適切な魔物と戦うための力を測るという意味合いもありますが…」
ローク「その真の目的は、魔物化するリスクが高い生徒を、いち早く見つけることだったんです…」
リン「な、なんで、今まで…そのことを隠して、い…いたんですか…?」
リンは、震える声でロークに尋ねる。
ローク「混乱を避けるためです…」
≪page13≫
ローク「こんな話が広まれば、デマや憶測で騒ぎが大きくなってしまう…」
ローク「だから我々教師が、魔物化のリスクを背負った魔法学生一人一人を、しっかりケアしようということになったのです…」
リン(あたしは、魔物になるの…? エレナと、また会わなきゃなのに…? モエちゃんと、ユキにも…もう会えないの…?)
絶望感に打ちひしがれ、気が遠くなっていくリン。
≪page14≫
ローク「だけど安心してください…。魔物化を回避する対策は用意してあります…!」
ロークの言葉を聞き、リンの瞳に光が戻る。
リン「え、え…? ほ、本当ですかっ…!?」
ロークは懐から、数粒の薬が入った布袋を取り出した。
ローク「この薬を毎晩飲んでください…」
ローク「そうすれば、魔物化の進行を防ぐことが出来ます…!」
≪page15≫
リンは布袋を両手でしっかりと受け取った。
リン「よ…良かった…。本当に良かった…。あ、あたしもう…本当に怖くて…!」
魔物化に怯え、リンは涙目になっていた。ロークは、申し訳なさそうに頭を掻いた。
ローク「すみません…。怖がらせてしまいましたね…。しっかりと真実を知ってもらいたかったのです…」
≪page16≫
薬を貰い、気持ちに余裕を持ったリンは、ロークに質問を始めた。
リン「あ、あの…。ここ、Sランク専用の宿舎なんですよね…? あ、あたしもここに泊まらないと駄目なんでしょうか…?」
ローク「えぇ…。先程のお話通り、非常にデリケートな問題です。出来ればSランクの学生には、個別にしっかりとケアをしてあげたいのです…」
リン(ユキとモエちゃんと、離ればなれになるなんて…そんなの…)
≪page17≫
ローク「だけど安心してください。ただ宿舎が違うだけです。離ればなれになる訳ではありません…!」
リン「ローク先生…」
真剣なロークの言葉を、リンはしっかりと受け止めていた。
ローク「魔物化の経過をしっかり観察するために少し入院するだけ。そう思っていただければ…」
リン「……」
リン(ふふふ…。こんなに寂しい気持ちになるなんて…)
≪page18≫
リン(あたしにとって、あの2人は、それだけ特別な存在なんだ…!)
ユキとモエの大切さを噛み締め、リンは笑った。
リン「分かりました…。荷物をまとめてこちらに移ります…」
ローク「本当に申し訳ありません…。リンさんの魔物化は必ず治ります…! ほんの少しだけ、辛抱してください…!」
リン「はい、よろしくお願いします…」
≪page19≫
ローク「…このことは、くれぐれも他の学生たちには内密にしておいてください。大きな騒ぎになりかねませんし、リンさんが差別やいじめを受ける恐れもあります…」
リン「は、はい…。分かりました…」
○ユキたちの女子寮内。
その日、リンは自分の荷物をまとめ、ユキとモエに寮から宿舎に移ることを告げた。
モエ「そんな…。リン先輩も、宿舎に移るだなんて…」
≪page20≫
リン「なーに暗い顔してんの! 大丈夫! Sランクの特別任務のため! それだけよ!」
ユキ「リンちゃん…」
ユキ「本当に、そうなの…?」
リン「え?」
ユキの問いに、リンは少し躊躇ってしまう。
リン(…ユキとモエちゃんは、絶対にあたしを差別したりしない…。2人にだけは、話しても良いんじゃ…)
≪page21≫
リン(いや、駄目駄目! 魔物化の話なんかしたら、この2人は必要以上に心配するに決まってる…! 先生はすぐ治るって言ってたし、大丈夫…!)
リン「…やっぱり、Sランクってプレッシャーがあるけど、大丈夫…! 任務が終わったら必ず戻るから!」
ユキ「う、うん…」
リンは、2人にそう誤魔化し、そのまま寮を去ることに決めた。
○女子寮の前。荷物を持って、2人に別れを告げるリン。
モエ「リ、リン先輩…。本当に、行っちゃう、んすか…?」
ぐすぐすっと鼻をすすり、涙を流すモエ。
≪page22≫
モエ「エレナ先輩がいなくなって…リン先輩までいなくなったら、私…!!」
ユキ「モエちゃん…」
ユキはそんなモエの背中をさすっていた。少しでも気持ちを落ち着かせてあげたいと優しく撫で続ける。
リン「お、大袈裟なんだから…! 寝る場所が違うだけよ!? 会おうと思えば、いつでも会えるわよ、全く…!」
もらい泣きしそうになるのを必死で堪えるリン。
≪page23≫
モエの言葉を聞き、リンの脳裏には、エレナの姿が浮かんでいた。
リン(エレナも、あたしと同じ話を聞かされたのよね…。その時、何が起きたっていうの…?)
エレナのことを思い、不安な気持ちが募る。そんな気持ちを振り払うように、リンは首を振った。
リン(あたしは、エレナとは違う…! 必ず、2人の元に戻るんだ…!)
≪page24≫
リン「じゃあ、行くから…! あとは任せたわよ…?」
ユキ「リンちゃん…!」
背を向け、立ち去ろうとするリンに、ユキは精一杯の言葉を送る。
ユキ「何か困ったことがあったら、私たちに相談して! 絶対に私たちが、リンちゃんを助けてあげるから…!!」
リン「…!!」
モエ「ユキさん…」
≪page25≫
ユキの言葉を聞き、涙が溢れ出してしまうリン。ユキたちに気付かれぬように、背を向けたまま手を振り、リンは寮を後にした。
リン「…馬鹿ユキ」
○Sランク特別宿舎、リンの部屋。
ロークから貰った薬を飲むリン。
≪page26≫
リン「これで、大丈夫なのよね…?」
薬を飲み終わり、リンはベッドに潜った。
リン(いろんなことが、ありすぎて…。本当に、疲れた…)
リンはすぐに眠りについた。
リンが眠り、しばらく経った頃。
リン「……ん」
リン「まだ夜…? あんなに疲れてたのに…。目が覚めちゃったか…」
≪page27≫
リン「……え?」
何気なく右手を見たリンは、絶句していた。自身の右腕は、鋭い爪の生えた、鱗に覆われた魔物の形状に変化していた。
リン「あああああああッ!?」
ベッドから飛び起きるリン。全身から汗が吹き出す。
≪page28≫
リン「ハァッ、ハァッ、ハァッ…!?」
過呼吸になりそうなのを必死で抑え、一度目を閉じ、落ち着こうとする。
ゆっくりと目を開ける。ぼんやりと見える右手は、まだ鱗に覆われていた。
リン「嫌だ!! 魔物になんかなりたくない!! 誰か、助けて!! 助けて…!!」
涙を流しながら恐怖するリン。
リン「……あっ」
≪page29≫
少しずつ爪が元に戻っていく。鱗も小さくなっていく。しばらく待つと元の綺麗な少女の腕に戻っていた。
リン「はぁ…はぁ…。薬が、効いた…?」
棚の上に置いていた薬の入った袋を手に取り、リンは強く握り締めた。
リン「宿舎に移って良かった…。こんな姿、あの子たちに見せられる訳がない…!」
リンは薬を握り締めたまま、ボロボロと涙を流し続けた。
≪page30≫
○リンが宿舎に移り、数日が経過した。
中庭で話しているユキとモエ。
モエ「リン先輩…。大丈夫っすかね…」
ユキ「心配だよね…。何度か会いに行ってみても、宿舎から出て来なかったし…」
ユキ(嫌な予感がする…。私たちの知らない所で、何かが起きている…。そんな気がしてならない…)
モエ「…! リン先輩!」
ユキ「…!!」
≪page31≫
モエは偶然、宿舎に向かうリンを目撃した。2人は慌ててリンの元へ駆け寄ると、声を掛けた。
モエ「リ、リン先輩…!」
ユキ「リンちゃん…! 今まで何してたの…? 心配してたんだよ…!?」
リン「……」
リンは何も喋らない。光の無い目で2人のことをぼーっと眺めている。
ユキ「リンちゃん…? 大丈夫…?」
様子のおかしいリンに震えながら声を掛けるユキ。
≪page32≫
リン「……ごめん」
リン「Sランクの特別任務で忙しいから」
モエ「え…?」
感情のない声でそう告げるリン。その言葉に、モエは、トラウマを抉られていた。
呆然と立ち尽くす2人を残し、リンはそのまま、宿舎へと入っていく。