第13話

≪page1≫

○教室で長机に座り授業を受けるも、上の空のユキたち。

ユキ「……」

○時は遡り、エレナの報告を終えた職員室の様子。

ローク「皆さんの報告を聞き、エレナさんの身柄を保護しようと、教師たちがSランクの宿舎に向かったのですが…。彼女は、自分の部屋から姿を消していました…」

リン「……え?」

≪page2≫

ミスティ「もぬけの殻、だったねぇ。リン君に姿を見られて、もうここにはいられないと思ったんだろうねぇ…」

リン「そ、そんな…」

モエ「エレナ先輩…どこに行っちゃったんすか…?」

ユキは、自分たちを傷付けた友人の身を案じる2人に、いたたまれなくなった。

だが、リンは、決意に満ちた表情を浮かべていた。

○現在の教室。

≪page3≫

ローク「本日は、魔力鑑定を行いたいと思います。前から、鑑定石を配ってください」

神妙な面持ちで石を咥えるユキ。

しばらくしてから口を離し、石の色を観察する。

ユキ「この色…前と変わってない…」

ユキ(あれだけ練習したのに、私はまだFランクのままなんだ…。でも、今さらSランクになったところで、今はエレナはいない…。私は、なんのために…)

モエ「はぁ…」

ユキ(モエちゃんの色も、変わってない…。まるで、私たちのやっていることを否定されているみたいだ…)

鑑定の結果を見て、さらに落ち込むユキとモエ。その時だった。

ローク「フロウナさん、おめでとうございます…」

≪page4≫

ローク「Sランクです…!」

「おおおっ!!」と、教室に歓声が響く、リンのランクは上がり、ついにSランクに到達していた。

ユキ「リンちゃん…!」

リン「……」

リンは、難しい表情を浮かべていた。ユキは、エレナのことを思い出し、顔を伏せる。

ユキ「お、おめでとう…!」

ユキ(おめでとうなんて…言って良かったのかな…)

自分を気遣うユキに気付き、リンは笑顔を浮かべていた。

≪page5≫

リン「ありがとう、ユキ…!」

○授業が終わり、リンは廊下の一角でロークに声を掛ける。

リン「先生…! お話があります!」

ローク「フロウナさん…。どうされたんですか?」

リン「あたしに、エレナの捜索をさせてください…!」

ローク「…!」

≪page6≫

ローク「…そうですか。やはり、エレナさんのために、Sランクを目指していたんですね…」

リン「…はい。今のあたしなら、エレナの魔法に対抗出来ます…! 力尽くでもあの子を連れ戻して…。なんであんなことになってしまったのか、あたしは確かめたい…!!」

ローク「フロウナさん…。あなたは本当に、友達想いの優しい人なんですね…」

ロークは笑顔を浮かべたのち、すぐに真剣な表情に変わっていた。

≪page7≫

ローク「…実は、私からもお話することがあったんです。Sランクの生徒だけに話さなければならない…。非常に重要な、極秘のお話が…」

リン「……え?」

リンは、予想していなかった話を切り出され、不安げな表情を浮かべる。

ローク「ここで話すのはちょっと…。Sランク専用の宿舎まで来ていただけますか…?」

リン「…え、えぇ…」

≪page8≫

リン(極秘の話…? 一体、なんなの…?)

ユキ「…リンちゃん?」

ユキは偶然近くを通り掛かり、宿舎へ向かう2人の背中を見ていた。

ユキ(なんだか、一緒に行ける雰囲気じゃないな…)

ユキはリンとロークの重苦しい雰囲気を感じ、その場に留まった。

○Sランク専用の宿舎の一角で、ロークと話すリン。

≪page9≫

リンは、目を見開き、表情を強張らせる。

リン「…そ、そんな…」

リン「あはは…せ、先生…? う、嘘ですよね…?」

ローク「……」

神妙な面持ちで俯くローク。

≪page10≫

リン「嘘だと言ってください…。お願いします…。う、うぷっ…!」

吐き気を催し、口を抑えるユキ。ロークは、そっとリンの肩を撫でた。

ローク「フロウナさん…! 大丈夫ですか…? すみません…。この話は、どうしても今しなければいけないんです…!」

ローク「魔物が生まれる成り立ちは、知っていますよね…?」

≪page11≫

リン「はぁ…はぁ…。た、確か、魔力の影響を受けやすい生物や物質が、時として人間に危害を加える危険な魔物と化すことがある…と、そう習いました…」

ローク「…Sランクの学生は、確かに強大な力を持っています…。それ故に…リスクも持ち合わせているのです…」

ローク「魔物になるのは、人間も例外ではないんですよ…」

リン「そ、そんな…」

改めてSランクの真実を知り、血の気が引いていくリン。

≪page12≫

ローク「魔力鑑定は、適切な魔物と戦うための力を測るという意味合いもありますが…」

ローク「その真の目的は、魔物化するリスクが高い生徒を、いち早く見つけることだったんです…」

リン「な、なんで、今まで…そのことを隠して、い…いたんですか…?」

リンは、震える声でロークに尋ねる。

ローク「混乱を避けるためです…」

≪page13≫

ローク「こんな話が広まれば、デマや憶測で騒ぎが大きくなってしまう…」

ローク「だから我々教師が、魔物化のリスクを背負った魔法学生一人一人を、しっかりケアしようということになったのです…」

リン(あたしは、魔物になるの…? エレナと、また会わなきゃなのに…? モエちゃんと、ユキにも…もう会えないの…?)

絶望感に打ちひしがれ、気が遠くなっていくリン。

≪page14≫

ローク「だけど安心してください…。魔物化を回避する対策は用意してあります…!」

ロークの言葉を聞き、リンの瞳に光が戻る。

リン「え、え…? ほ、本当ですかっ…!?」

ロークは懐から、数粒の薬が入った布袋を取り出した。

ローク「この薬を毎晩飲んでください…」

ローク「そうすれば、魔物化の進行を防ぐことが出来ます…!」

≪page15≫

リンは布袋を両手でしっかりと受け取った。

リン「よ…良かった…。本当に良かった…。あ、あたしもう…本当に怖くて…!」

魔物化に怯え、リンは涙目になっていた。ロークは、申し訳なさそうに頭を掻いた。

ローク「すみません…。怖がらせてしまいましたね…。しっかりと真実を知ってもらいたかったのです…」

≪page16≫

薬を貰い、気持ちに余裕を持ったリンは、ロークに質問を始めた。

リン「あ、あの…。ここ、Sランク専用の宿舎なんですよね…? あ、あたしもここに泊まらないと駄目なんでしょうか…?」

ローク「えぇ…。先程のお話通り、非常にデリケートな問題です。出来ればSランクの学生には、個別にしっかりとケアをしてあげたいのです…」

リン(ユキとモエちゃんと、離ればなれになるなんて…そんなの…)

≪page17≫

ローク「だけど安心してください。ただ宿舎が違うだけです。離ればなれになる訳ではありません…!」

リン「ローク先生…」

真剣なロークの言葉を、リンはしっかりと受け止めていた。

ローク「魔物化の経過をしっかり観察するために少し入院するだけ。そう思っていただければ…」

リン「……」

リン(ふふふ…。こんなに寂しい気持ちになるなんて…)

≪page18≫

リン(あたしにとって、あの2人は、それだけ特別な存在なんだ…!)

ユキとモエの大切さを噛み締め、リンは笑った。

リン「分かりました…。荷物をまとめてこちらに移ります…」

ローク「本当に申し訳ありません…。リンさんの魔物化は必ず治ります…! ほんの少しだけ、辛抱してください…!」

リン「はい、よろしくお願いします…」

≪page19≫

ローク「…このことは、くれぐれも他の学生たちには内密にしておいてください。大きな騒ぎになりかねませんし、リンさんが差別やいじめを受ける恐れもあります…」

リン「は、はい…。分かりました…」

○ユキたちの女子寮内。

その日、リンは自分の荷物をまとめ、ユキとモエに寮から宿舎に移ることを告げた。

モエ「そんな…。リン先輩も、宿舎に移るだなんて…」

≪page20≫

リン「なーに暗い顔してんの! 大丈夫! Sランクの特別任務のため! それだけよ!」

ユキ「リンちゃん…」

ユキ「本当に、そうなの…?」

リン「え?」

ユキの問いに、リンは少し躊躇ってしまう。

リン(…ユキとモエちゃんは、絶対にあたしを差別したりしない…。2人にだけは、話しても良いんじゃ…)

≪page21≫

リン(いや、駄目駄目! 魔物化の話なんかしたら、この2人は必要以上に心配するに決まってる…! 先生はすぐ治るって言ってたし、大丈夫…!)

リン「…やっぱり、Sランクってプレッシャーがあるけど、大丈夫…! 任務が終わったら必ず戻るから!」

ユキ「う、うん…」

リンは、2人にそう誤魔化し、そのまま寮を去ることに決めた。

○女子寮の前。荷物を持って、2人に別れを告げるリン。

モエ「リ、リン先輩…。本当に、行っちゃう、んすか…?」

ぐすぐすっと鼻をすすり、涙を流すモエ。

≪page22≫

モエ「エレナ先輩がいなくなって…リン先輩までいなくなったら、私…!!」

ユキ「モエちゃん…」

ユキはそんなモエの背中をさすっていた。少しでも気持ちを落ち着かせてあげたいと優しく撫で続ける。

リン「お、大袈裟なんだから…! 寝る場所が違うだけよ!? 会おうと思えば、いつでも会えるわよ、全く…!」

もらい泣きしそうになるのを必死で堪えるリン。

≪page23≫

モエの言葉を聞き、リンの脳裏には、エレナの姿が浮かんでいた。

リン(エレナも、あたしと同じ話を聞かされたのよね…。その時、何が起きたっていうの…?)

エレナのことを思い、不安な気持ちが募る。そんな気持ちを振り払うように、リンは首を振った。

リン(あたしは、エレナとは違う…! 必ず、2人の元に戻るんだ…!)

≪page24≫

リン「じゃあ、行くから…! あとは任せたわよ…?」

ユキ「リンちゃん…!」

背を向け、立ち去ろうとするリンに、ユキは精一杯の言葉を送る。

ユキ「何か困ったことがあったら、私たちに相談して! 絶対に私たちが、リンちゃんを助けてあげるから…!!」

リン「…!!」

モエ「ユキさん…」

≪page25≫

ユキの言葉を聞き、涙が溢れ出してしまうリン。ユキたちに気付かれぬように、背を向けたまま手を振り、リンは寮を後にした。

リン「…馬鹿ユキ」

○Sランク特別宿舎、リンの部屋。

ロークから貰った薬を飲むリン。

≪page26≫

リン「これで、大丈夫なのよね…?」

薬を飲み終わり、リンはベッドに潜った。

リン(いろんなことが、ありすぎて…。本当に、疲れた…)

リンはすぐに眠りについた。

リンが眠り、しばらく経った頃。

リン「……ん」

リン「まだ夜…? あんなに疲れてたのに…。目が覚めちゃったか…」

≪page27≫

リン「……え?」

何気なく右手を見たリンは、絶句していた。自身の右腕は、鋭い爪の生えた、鱗に覆われた魔物の形状に変化していた。

リン「あああああああッ!?」

ベッドから飛び起きるリン。全身から汗が吹き出す。

≪page28≫

リン「ハァッ、ハァッ、ハァッ…!?」

過呼吸になりそうなのを必死で抑え、一度目を閉じ、落ち着こうとする。

ゆっくりと目を開ける。ぼんやりと見える右手は、まだ鱗に覆われていた。

リン「嫌だ!! 魔物になんかなりたくない!! 誰か、助けて!! 助けて…!!」

涙を流しながら恐怖するリン。

リン「……あっ」

≪page29≫

少しずつ爪が元に戻っていく。鱗も小さくなっていく。しばらく待つと元の綺麗な少女の腕に戻っていた。

リン「はぁ…はぁ…。薬が、効いた…?」

棚の上に置いていた薬の入った袋を手に取り、リンは強く握り締めた。

リン「宿舎に移って良かった…。こんな姿、あの子たちに見せられる訳がない…!」

リンは薬を握り締めたまま、ボロボロと涙を流し続けた。

≪page30≫

○リンが宿舎に移り、数日が経過した。

中庭で話しているユキとモエ。

モエ「リン先輩…。大丈夫っすかね…」

ユキ「心配だよね…。何度か会いに行ってみても、宿舎から出て来なかったし…」

ユキ(嫌な予感がする…。私たちの知らない所で、何かが起きている…。そんな気がしてならない…)

モエ「…! リン先輩!」

ユキ「…!!」

≪page31≫

モエは偶然、宿舎に向かうリンを目撃した。2人は慌ててリンの元へ駆け寄ると、声を掛けた。

モエ「リ、リン先輩…!」

ユキ「リンちゃん…! 今まで何してたの…? 心配してたんだよ…!?」

リン「……」

リンは何も喋らない。光の無い目で2人のことをぼーっと眺めている。

ユキ「リンちゃん…? 大丈夫…?」

様子のおかしいリンに震えながら声を掛けるユキ。

≪page32≫

リン「……ごめん」

リン「Sランクの特別任務で忙しいから」

モエ「え…?」

感情のない声でそう告げるリン。その言葉に、モエは、トラウマを抉られていた。

呆然と立ち尽くす2人を残し、リンはそのまま、宿舎へと入っていく。