第10話

≪page1≫

○廃墟の地下空洞。

Sランクのカメレオンの魔物と戦闘中のユキ。

ユキ「…!!」

ユキの視界の外、背後からカメレオンが攻撃を仕掛ける。ユキは妖怪さながらの人間離れした第六感を働かせながら、姿の見えない魔物の攻撃を避け続けている。

≪page2≫

ユキ「早く上に戻らないと、マイちゃんたちが…リンちゃんが危ない…!」

ユキは自身の周りを氷の柱で囲った。柱の中で身を潜めるユキ。

魔物『シュウウウ…』

突如出現した氷の柱を、魔物は警戒しながら観察している。

≪page3≫

魔物『シュアアアアッ!!』

柱に隠れるユキに痺れを切らしたカメレオンは、柱を破壊しようと四方八方を動き回りながら攻撃を仕掛ける。

ユキ(あの魔物は、必ず私の元に突っ込んで来る…。だったら…)

ユキは目を瞑りながら耳を澄ませ、魔物の位置を確かめる。そして、攻撃のタイミングを見計らう。

SE『ガキンッ!!』

ユキ「…!!」

≪page4≫

ユキ「そこだッ!!」

ユキは音の方向に向けて、瞬時に尖った氷塊を地面から発生させた。カメレオンの腹部に、尖った氷が突き刺っていた。

魔物『ギィアアアアアッ!!』

ユキ「浅い…!」

攻撃を当てることに成功したユキだが、致命傷を与えるまでは至らなかった。

≪page5≫

攻撃を受けたカメレオンは、すぐに姿を消した。

先程とは打って変わり、空洞内は不気味に静まり返る。

ユキ(突っ込んで来ない…。学習したのか…)

カメレオンは静かに闇の中で身を潜める。しかし、ユキは魔物からの殺気を感じ取り、尚も警戒を続ける。

ユキ(微かだけど殺気を感じる…。あの魔物、大きくて強いけど…。やってることは熊と変わらない…。獲物を仕留めることしか考えてないんだ…)

≪page6≫

ユキは氷の柱を解除すると、全神経を集中させ、魔物を待ち構える。

ユキ(私は絶対、リンちゃんを守る…!!)

姿を消しているカメレオンが、ユキに向け舌を伸ばした。

○空洞の上、廃墟内。

Aランクのカメレオンと対峙するミナとリン。リンは未だに腰が抜けて動けないまま。魔物は舌をマイの右足に絡ませて捕食する隙を窺っている。

≪page7≫

ミナ「マイさんを離して! スプル!!」

ミナは、水の弾丸でカメレオンの舌を狙う。その瞬間、カメレオンは一気に舌を巻き取り始める。魔物はマイを捕食しようと大きく口を開けた。

ミナ「…ッ!! 駄目!!」

≪page8≫

リン「ウィード!!」

リンの風魔法が魔物に炸裂。風の刃を顔に受け、魔物は怯み、舌から解放されたマイは宙を舞っていた。

ミナ「バブリム…!! 」

咄嗟に魔法を唱えるミナ。弾力のある泡が発生し、魔物から放り出されたマイを受け止めていた。

ミナ「マイさん…!!」

≪page9≫

マイ「ミ…ミナ…。あ、ありがとう…」

意識を取り戻したマイ。朦朧とするマイを、ミナが庇いながら魔物から遠ざける。

リン「はぁ…はぁ…。ごめん、2人とも…。後は任せて…!」

マイ「リン…!」

足を震わせながら、魔物に立ち向かうリン。

ミナ(フロウナさん、あんな状態で戦えるの…!?)

≪page10≫

リンに狙いを変えた魔物は、景色に溶け込み姿を消した。

リン「消えた…!?」

初めて魔物の能力を見たリン。魔物を見失い焦りを見せる。その隙を突き、魔物はリンの足元から舌を伸ばした。

リン「うっ…!!」

魔物の舌に捕まるリン。

≪page11≫

リンは、先程のマイと同じように空中へと引っ張られる。

ミナ「フロウナさん…!!」

リン「くっ…ブリズ!!」

魔物『グギャアアアッ!!』

リンは自分の足に向けて氷の刃を放った。舌を傷付けられ、魔物はリンを放り出す。

≪page12≫

リン「エアル!」

リンは風で自分を浮かす。魔物は姿を消しながら、空中で制止しているリンに飛び掛かった。

リン「ぐあッ!!」

マイ「リン!!」

魔物がリンを殴り付けた。リンは地面に叩き付けられ、悶絶している。

リン「あ…うぅ…」

≪page13≫

魔物はリンを弱らせると、狙いをマイとミナに変えた。余裕を見せるかのように、ゆっくりとその姿を現す。

マイ「あ、あぁ…!」

廃墟の隅で、身を寄せ合いながら震えるマイとミナ。

リン(な…情けない…!! 何がエリートだ…!! 何が「必ずSランクになる」だ…!!)

≪page14≫

リンの脳裏に浮かぶ過去の光景。変わってしまったエレナ。涙を流すモエ。どうすることも出来なかったリン。過去の光景を、マイとミナを危険に晒している今の状況と重ね、リンは苛立つ。

リン(あたしは…あたしは…!!)

リンの右手に、風の魔力が集中し始めた。

○一方、地下の空洞。

≪page15≫

神経を集中させ、魔物の攻撃に備えるユキ。

ユキ(あの魔物は、私に反撃されて直接攻撃を躊躇ってる…。次はきっと、舌を伸ばして来る…!)

ユキの足に向けて、カメレオンの舌が迫る。

ユキ「…!!」

≪page16≫

舌に捕まるユキ。その瞬間、ユキは笑った。

ユキ「…掴んだね?」

魔物『…!!』

ユキ「はぁッ!!」

全身から冷気を吹き出すユキ。ユキの足に巻き付かせた舌は、一気に凍り付いていく。

魔物『ギィアアアアア…ッ!!』

≪page17≫

舌を伝わり、魔物は全身まで凍っていく。カメレオンは、あっという間に氷の彫刻のように固まっていた。

ユキ「リンちゃん! 今、行くから!」

ユキは氷の柱を足元に発生させ、地上まで伸ばしていく。

○氷の柱に乗り、屋敷へと戻るユキ。

ユキ「リンちゃん…!!」

≪page18≫

リン「うおああああ…ッ!!」

ユキが地上へと上がった瞬間、リンの手には、薄っすらと風の刃が浮かんでいた。

ユキ「…!!」

リン「あたしは、自分が許せないッ!!」

右手に微かに揺らめく不安定な風の刃を構え、リンは魔物に飛び掛かる。

≪page19≫

リン「はぁッ!!」

魔物『ギャアアアアアアッ!!』

魔物がリンに一刀両断された。その直後、強烈な風が吹き荒れる。

≪page20≫

魔物は無数の風の刃に切り刻まれ、木っ端微塵に吹き飛んでいた。

リン「はぁ…はぁ…」

マイ&ミナ「す…」

ユキ「凄い…」

○廃墟の外、近くの崖の上からリンの戦いを見ていたローブの女。

ローブの女「……」

ローブの女は、そのまま踵を返して去っていく。

≪page21≫

○魔物討伐後の廃墟の外。

マイ「ありがど〜!! リン〜!! 死ぬがど思っだ〜!!」

鼻水を垂らしながら、泣きながらリンにお礼を言うマイ。ミナはマイにハンカチを渡した。

リン「いやいや…。ごめんね…。あたしがしっかりしてれば、マイに痛い思いさせずに済んだのに…」

マイ「あんなの全然痛ぐながっだ〜! リンは命の恩人だよ〜!! うおおお〜ん!!」

ミナ「はいはい…。ちょっと落ち着いてください…」

ミナがマイをなだめる。泣き続けながらも大人しくなるマイ。

≪page22≫

ミナ「フロウナさん、本当にありがとうございました…! 私も…フロウナさんみたいに強くなりたい…!」

リン「ミナ…」

ユキ「……」

マイとミナにお礼を言われ、照れるリン。そんなリンをユキは笑顔で見つめていた。

○任務後、学校に帰還したユキたち。

ユキは、寮の近くの小川で魔法の特訓を続けていた。

≪page23≫

ユキ「うぅ〜! えいっ!」

魚を捕まえようと奮闘するユキ。だが、相変わらずユキの指先から魔法は出なかった。そんなユキの背後から、リンが声を掛けた。

リン「まだ駄目みたいね…」

ユキ「うん…。イメージはバッチリだと思うんだけどな…」

リン「決まったの? 魔法のイメージ?」

ユキ「あっ…! えっと、まぁ、うん…」

リン「…?」

ユキの歯切れの悪い回答に、リンは不思議そうな表情を浮かべた。

≪page24≫

リン「またあたしが手伝ってあげても良いけど…。でも結局、自分の魔力で魔法が使えないと意味ないのよね…。もし、ユキに魔法が使える時が来たら、頭の中に呪文が浮かぶはずよ」

ユキ「頭に呪文が…。もう少しだと思うんだ…。だから、自分の力で頑張ってみる…!」

リン「分かった…! 頑張って…!」

○一方、魔法学校の花壇。

植物が植えられていない花壇の前で、モエがしゃがんでいる。

モエ「ユキさんとリン先輩が頑張っているんすから、私も、もっと強くならないと…!」

≪page25≫

懐から種を取り出し、花壇に植えるモエ。

モエ「プランナー!」

種は一気に成長し、花壇からツル状の植物が伸びた。そして、花壇の側に生えていた木に絡みつく。ツルは木をへし折ろうと力を込めるが、木を折ることは出来ず、そのまま力尽き枯れてしまった。

モエ「植物に流す魔力が足りない…。でも、これ以上どうすれば良いんすか…?」

≪page26≫

ミスティ「モエ君」

モエ「うっひゃあああああ!?」

突然、モエの背後から現れたミスティ。モエは可愛い悲鳴を上げ、飛び上がって驚いていた。

ミスティ「おやおや…。大丈夫かい…? すまないね。驚かせるつもりはなかったんだ」

モエ「い、いえ…! 大丈夫っす…!」

モエ(ミスティ先生は普段から不気味っすから…!)

≪page27≫

ミスティ「自主訓練かい? 感心だね。私は研究は好きだけど、特訓は苦手だったからねぇ」

モエ「あはは…。でも、思ったように行かなくて、特訓になっているのかは怪しいっすけど…」

ミスティ「そうか…。じゃあ、驚かせてしまったお詫びに、良い物をあげよう」

ミスティはダボダボのローブから、手のひらサイズの布袋を取り出し、モエに手渡した。

モエ「? なんすか、これ…?」

ミスティ「これは魔力が込めてある植物の種だよ。そうすると、成長が早まったり品質が良くなったりすることが、最近の研究で分かったんだ。植物の魔法を使う君には、ピッタリの品だと思ってね」

モエ「あ、ありがとうございますっす…!」

ミスティ「ふふふ…。じゃあ、頑張って」

ミスティは手をヒラヒラ振りながら、その場から立ち去った。モエは、ミスティから貰った種をしげしげと見つめている。

モエ「種に魔力を込める…」

≪page28≫

モエは、ミスティから受け取った種を手のひらに乗せ、握り締め、さらに自分の魔力を注ぎ始めた。そして、花壇に種をひと粒植えた。

モエ「プランナー!」

先程のように、モエの呪文で種は急成長を始めた。

モエ「あ…あわわわ…」

植物の成長を見守るモエは、驚愕の表情を浮かべながら影で覆われていた。

○一方、ユキたちの女子寮前。

ユキ「ううううう…!」

リン「ユキ〜。そろそろ休憩しなさいよ〜。風邪引くわよ〜…?」

ユキ「もうちょっと〜!」

ユキ(呪文…呪文…。呪文が浮かばない〜!)

リン「はぁ…馬鹿ユキ…」

マイ「リン〜!」

なかなか特訓を切り上げないユキに呆れているリン。そこへ、マイとミナがやって来た。

≪page29≫

マイ「何やってんの〜?」

リン「馬鹿が風邪引かないか見守ってんのよ…」

ミナ「へ…?」

マイ「そんなことより! これ! 受け取ってくだされ〜!」

リン「これは…?」

マイ「任務に行く前、約束したじゃん! スイーツ奢るってさ!」

マイは紙袋に入った購買のスイーツを手渡した。リンは申し訳なさそうにしながら袋を受け取る。

リン「えぇっ!? 良いって言ったのに…」

ミナ「あの時、フロウナさんがいなかったらどうなっていたか…。これでも足りないくらいですよ…!」

ユキ(…!!)

リンたちの会話が聞こえていたユキ。ミナが発したフロウナという言葉が、ユキの脳裏にこびり付いていた。

≪page30≫

リン「ユキー! マイたちがスイーツ持って来てくれたわよー! これで休憩しましょうー!」

ユキ「フロウ!!」

リン「えっ!?」

急にユキにラストネームを呼ばれ、驚くリン。次の瞬間、小川を泳いでいた魚は空中に弾き飛ばされていた。

ユキ「で…出来た…」

リン「それ…あたしの名前…」

≪page31≫

ユキ「出来たよリンちゃん! 私の“風魔法”!」

リン「え…ええええええ〜!?」

リンは、ユキが風魔法を習得したこと。その呪文が自分の名前であること。2つのことに驚愕していた。

○女子寮内。ユキたちの部屋。

モエ「ただいまっす〜!」

満面の笑みで帰宅したモエ。ユキは上機嫌のモエを不思議そうに見つめている。

≪page32≫

ユキ「おかえり、モエちゃん! なんだか嬉しそうだけど、何か良いことあったの…?」

モエ「えへへ、ちょっと…。あれ? リン先輩、どうしたっすか? 膝を抱えて…」

リン「知らない…! 馬鹿ユキに聞いて…!」

ユキ「リンちゃん! ごめん! 何回も謝ってるでしょ! 風魔法を覚えたこと、まだ怒ってるの〜!?」

リン「なんでよりによってあたしの名前にするのよ! 恥ずかしいでしょうが!」

ユキ「だって、浮かんじゃったんだからしょうがないじゃん!」

顔を真っ赤にしてふてくされるリン。言い争う2人を、モエはキョトンとしながら見つめていた。