翌朝、翠は出勤してきた大僧正と話し合うことにした。非常勤とはいえ本職はプライドの高い仕事だ。そこを頭ごなしに叱っても火に油を注ぐだけだ。人は自分の信念を否定されるとますます意固地になる。これをバックファイヤー効果というのだが異世界の人々に通じるかわからない。だが一緒に仕事が出来ている。続けていくうえで価値観の共有は大切だ。翠は彼を上から目線で責めるのではなく本人の非を悟らせ自省を促した。

「ここは冒険者組合の業務と一部重複しています。モンスターが人里で暴れた場合の支援金給付。今まで冒険者個人加入の形で保険はありましたが保険でカバーできない不可抗力というものはあります。誰もが最強チートを使えるわけではないのですよ。どうしようもない不運にあえぐ人が出てきます。そんなピンチを勇者は放っておきますか?」

言われて大僧正は考え込んだ。「衆生を救うのは神の責務である」

「いえ、神様を拝んでいる間に空腹を抱えた子供が死んでいきます。息も絶え絶えの子供に詠唱を強いるだけの体力を期待できますか?」

翠は大僧正の魔導端末にガルブレイス龍の大暴虐事件を映した。荒ぶるモンスターが容赦なく村を焼き払っている。

「ぬうう。近衛師団が出遅れたために無辜の命が失われた」

大僧正の正義にスイッチが入った。今にも画面を叩き割りそうな勢いだ。

翠はスカートの裾が腰まであがるのも気にせずサッとモニタを抱えて一回転した。大丈夫、翡翠は無事だ。これ一枚でワンフロア分の机が買える。

「近衛師団はチート勇者ぞろいでしょう。言い換えれば国こそが最強の勇者と言えます。生死の境をさまよう罪なき人々を助けてこそ救済者ではないのですか?」

「金をバラまくことが勇猛といえるなら悪徳商人どもも勇者ではないか」

「いいえ、彼らは将来の顧客を見込んで投資しているだけです」

「それは知っている。税だって無辜の民から集めているではないか。それは

国の栄のためだろう。何もかも失った者は確かに気の毒だ。だがその救済がどう国の栄につながるのだ」

大僧正は直球勝負の命題で挑んできた。

「あなたが救った何割がガチ信者ですか。寄進者なんて極少数です。しかし信仰は買えません。例えば貴方が助けた子供の親が幾らか寄付するとします。その友達が真似をして学校では募金箱を設置し助け合いの輪が広がって世界は平和で豊かになります」

「しかし」

「はい、もちろんわかっています。ですが現実問題として困窮する人々は存在しています。彼らを放置すればさらなる不幸をまき散らすことは明白です。貧困者への炊き出しや住居の提供は国家が行うべきです」

「むう、それなら納得できる」

「そうです。それが正しいのです」

「ならば、なおさら勇者が必要では?」

「違います。神が顕現しなくて良い世の中です」

「なるほど、確かにな」

「わかってくれてありがとう」