名曲は続いていた。

ピアノの演奏者はピアノ奏者の歌を聴くことにより、ピアノの演奏者の気持ちを奏で、ピアノ奏者をピアノの音色にのせた。


聴衆とピアノの間に月光の帯がいくつも降り注ぐ。それが弦をかき鳴らすように震えている。
いや、光条はゆらがない。揺さぶられているのは心の方だ。
「涙…?」
土浦厳は目尻を拭った。しっとりとした感覚。それを月に照らしてみると煌めいた。
「弾いてるのは俺じゃないか!」
彼はピアノ職人を人ごみの中から探し当てた。
「どうした? 新しいピアノが欲しくなったか?」
「ああ、俺はもう耳朶から逃げない」
そういうと傍らの鍵盤をポロンと押し下げた。
(了)