僕は夢の中で、どこか遠くの街にいた。ビルは崩れ落ちて、アスファルトの路面はところどころめくれて、あちこちにガラスが散乱していた。瓦礫の間を縫うように逃げ惑う人々の姿が目についた。悲鳴を上げながら走っている人もいる。でもそれは、悪夢に彩られた遠い街の喧騒に過ぎなかった。
僕のいる場所、空は晴れ上がっていて星がきれいに瞬いていた。夜が明ければこの廃墟も復興していくに違いない。
「ここはどこ?」
僕がたずねると隣を歩く誰かが言った。
「ここがあなたの街だよ」、という答えは妙に嬉しかったけれど、すぐに疑問も湧いた。「どうして、こんなところに来てしまったんだろう?」、と。「あなたが望んで来たんじゃないの」、と彼女は答える。
「僕はここに来ることを望んだりしないよ」、と僕が反論すると、「そんなことはないはず」と彼女は言う。
「だって、この街はあなたの記憶の中にある街でしょう」、と。
そう言われても、僕には何の記憶もない。
「僕はずっと一人で暮らしてきたんだよ。ここには誰もいないはずだ」、と僕が抗議しても、彼女の言葉は変わらない。
「それじゃあ、あなたはどうしてそんなことを言うの」、と彼女が聞いてくる。
「君が変なことを言うからだ」、と僕が言い返す。
「私はただ、事実を告げているだけ」、と彼女は冷静に言う。
「君は誰だい」、と僕がたずねたら、彼女は黙って微笑む。
「君は一体、なんなの」、と僕が聞くと、彼女もまた首を横に振る。
「私にも分からない」、と。
「でも、私たちは二人とも、同じ人間で、同じ記憶を持っている」、と彼女は言う。
「どういうこと?」、と僕が聞き返したら、彼女は困った顔をする。
「どういう意味か、自分で考えてみて」、と彼女は言う。
「君の言ってることはよくわからない。もっとわかりやすく説明してくれないか」
「難しいことを言わないで」、と彼女は言う。
「簡単なことだろ。君は自分が何者か知らないと言うけど、僕は知っている」、と僕が言うと、「違う」、と彼女は首を振る。