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 ぼとり、と空から雀が落ちてきた。

「……なんで?」

 うっかり踏みかけた足を静かに戻して、光は空を見上げる。綺麗な青空に、山桜が白く雪のように舞っていた。
 風は強いが、鳥が飛べないほどではない。脚を滑らす、樹木もない。

「え? なに、これ」
「ひとまず、妙な病を持っているとよくないので、触らないでくださいね」
「触らないよ?」

 そう(たもつ)が光を引っ張る。と同時に、「すまん、すまん」と声がかかった。

「こっちに雀が落ちてこなかったかね?」

 黒い着物を着込んだ初老の男性が、にこにこ歩み寄ってきた。
 この北山の(やしろ)の主だ。光もいくどか、顔を合わせたことはある。

 皇家をはじめ、術者たちは、花精という人の世と理の違う生きモノと触れ合い、それにまつわる術を使う。その延長線上にはどうしても、呪いだの祟りだのといった、よろしからぬものがついて回った。

 それを祓い清める術に特化したのが、彼ら術者が北山と呼ぶ聖地に住む呪解師たちだ。この黒衣の男性は、その中でも特に偉い、僧都(そうず)と呼ばれる地位の者だった。

「おお、可哀そうに、こんなところまで飛ばされて。井貫(いぬき)くん、保護してやりなさい」

 ふたりが無言で目をやった雀へ、僧都は大仰に同情すると、背後の使用人らしい女性にそう指示した。手早く彼女が雀を拾い上げ、一礼して先に去っていく。

「……なんだったんです、あの雀」

 大きな社の殿舎(でんしゃ)へ消えていく雀――もといそれを持った井貫の後ろ姿に、素朴に光るがこぼせば、僧都は思案しつつ、剃り上げた頭をかいた。

「う~ん、あれはただの雀なんだが、ちょっとしたトラブルというのに巻き込まれてな。すっ飛ばされてしまったので、憐れに思って回収にきたのだ」
「トラブル、ですか?」

 それは困ります、とばかりに惟は眉を寄せた。が、光はふと、雀が落ちてきた空をもう一度見上げた。

「……言われてみれば、かすか風に、花精の気が混じってますね……。もしかして、それがトラブルの元ですか?」
「おお、さすが。このわずかな残滓に気づかれたか」

 嬉しそうに感心して、僧都はまた、ふむ、と腕を組んだ。

「呪詛祓いにいらしたところを申し訳ないが、先に少し、見ていただきたいものがある。よろしいか……?」

 問いつつも、意味ありげな口調は、断れる雰囲気はもっていなかった。

 空気に飲まれるままに、光は頷く。惟は何か言いたげだったが、光が受けたことを無理に止めるまではしなかった。

 僧都に導かれ、ふたりは社の正殿の裏手。彼ら呪解師が生活の場としている離れの邸へ向かっていった。