「スタジオの細田アナ~。さっきのはですねぇ」
下田噴火山が蘊蓄を語り始めた。「大自然の一大観光ルート」となりうる小さな噴火から、東京と千葉で起こる小さな噴火まで、余すところなく網羅し、全国の観光ガイドで話題の「日本噴火ペディア」に載っている現象だという。ちなみにこの本は下田噴火山が芸能生活20周年を記念して書き起こしたベストセラーである。
「そうそう。火山活動の振動がですねぇ。人々の心に音響心理学な影響を及ぼすんです」
乙野教授が補足した。要約すると新幹線の騒音と地殻振動が共鳴して1/fゆらぎのような効果を生み出すという。それが人々の心に触れるのだ。
「はい。これが下田三つの名噴火という奴ですねえ」
そう言って噴火山は得意げに解説を続けた。
「そうですねえ。例えばあの伊豆半島の付け根の山『天城峠』なんかですねえ」
下田噴火山は天城峠に現象を解くカギがあると考えている。気候が穏やかで風光明媚な土地は数々の歌や小説の題材になってきた。石田小百合の天城越えという昭和歌謡は失恋女性の嫉妬と恨みをつづら折りに例えて謡っている。
噴火山もレコーディングのためたびたび来訪して一つの仮説にたどり着いた。
それは楽器のピッチである。リコーダーを持ち芸にしているが天城のスタジオではどうやってもチューニングが決まらない。苦労して独特の調整を編み出したが腑に落ちない。最初はリコーダーが気温の変化で伸長するのだと思った。
そこで温度変化に鈍感な材質の楽器を使った。しかし、音はどうしてもずれてしまう。リコーダーが犯人でないとすれば他にいる。音速の変化だ。
音速は大気の状態によって変化する。
「そういうわけで、下田っち。噴煙が音色に影響するのではないでしょうか」
乙野ひびきが仮説を立てた。
「いいね!」と噴火山もうなづく。
智恵理も噴火山につられて興奮気味だ。「そうそう。『ぶん』と聞こえるんですが実は『ふぇる』と言って…」
スタジオの細田アナが怪音の転訛に触れる。
「それってフェルマータじゃないですか?」
智恵理は心当たりがあるようだ。
そして「ちょっと楽器持ってきます」と言ってどこかに消えた。
一方、下田噴火山といえば、ちゃっかり番宣を始めた。
今回、番組では地元から東京と千葉の名噴火「大噴火」の瞬間を捉えるため、県内7箇所の観光案内人が実際に、「下田三つの名前噴火」を体験するツアーを開催し、特集する予定だという。
「下田噴火山さん、そのツアーというのは……」
MCの志海司郎も乗り気になった。
「そうですねえ、今度の週末にうちの会社主催で開催する予定ですよ!」
自信たっぷりだ。
「ぜひ取材させていただけないでしょうか?」
司郎の言葉に下田噴火山の目が光った。
そこへロングスカートに履き替えた智恵理が戻って来た。新品のリコーダーを手にしている。値札が貼ってある。スカートにも同じロゴ入りのタグが付いている。上層階の売り場で買ったものだろう。
「たぶん、フェルマータだとおもいます!」
その時、下田駅をまた新幹線が通過した。
ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃっちゃ、ぶんちゃん、「ふぇる」
それに合わせてスカートを優雅に揺らしながら智恵理はリコーダーを即興した。1/fゆらぎが聴衆を魅了する。下田噴火山も伴奏し始めた。
「フェルマータ、入りますぅ」
智恵理のサビに噴火山が被せてくる。番組のエンドロールが横に流れていく。