優希さんが話をしていたなんて、全然知らなかった。
まぁ、連絡とってないから知らなかったのは当然なんだけど……。
「……それは自分からちゃんと冷泉さんに聞きなさい。ただ、これだけは言っておくよ」
「………」
「冷泉さんは初優のことが今でも大好きだよ。どんな風に転がるか分からないけど、話をちゃんとしなさい。……私はいつでも初優の味方だからね」
「紗夜……」
紗夜は私を見て、微笑みながらそう言ってくれた。
その言葉が胸の奥に響いて、涙がこぼれそうになる。最近は涙腺が緩くなっていて、泣くことを我慢出来なくなった。
「紗夜……私っ、どうしたらいいんだろ……ヒック……。このまま遥陽との恋が終わっちゃうのかな……うっ……」
「初優……」
涙を堪えきれなくなってポロポロとこぼれ落ちた。
嗚咽も止まらなくて、止めることができない。今までずっと気を張っていたせいもあってすぐには泣き止めなかった。
仲直りすればいい話だとはわかっている。
だけどそれすらも怖くて。1歩が踏み出せなかった。
「初優は初優のペースで話をすればいい。そんなに焦らなくても、冷泉さんなら大丈夫だよ。上手くいってもいかなくても、いい思い出になるように頑張ればいい」
「ふっ……うぅ……紗夜ぉ……」
私の隣の席に座り、背中をさすってくれる。
紗夜はいつも私の話を聞いてくれて、ちゃんとアドバイスしてくれる。不安な時はそばにいてくれるし、最高の友達だ。
「まぁ、これからどうするかは初優たち次第だからね。相談くらいしか乗れないけど、いつでも話は聞くよ」
背中を擦りながらなだめてくれる。
しばらく泣いていると気持ちが落ち着いてきて、やっと涙が止まった。泣いている間、チラチラと周りのお客さんに見られたけど泣いてよかったと思った。
「ありがとう、紗夜。落ち着いた……」
「そう。なら良かった。泣きたい時は泣かないとね。苦しいばっかりだから」
「うん……」
紗夜は私が落ち着いたのを確認してから自分の席に戻る。
家でも泣いていたけど外でこんなふうに思いっきり泣いたのは初めてで、スッキリした。
お皿に残ったパンケーキを眺めながら、紗夜に言った。
「私……ちゃんと遥陽と話をしてみる。別れることになってもこのまま続くにしても、モヤモヤが残ったままじゃ嫌だから。頑張る!」
「……あんまり頑張りすぎないでね。初優の決めたこと、私は応援するよ」
新たな決意を胸に、そう言い切った。
このままじゃダメだとわかっているから話をしたいと思った。遥陽の気持ちをちゃんと聞きたいと思った。
紗夜と話をして、改めてこれからの事を考えようと思えた。
「ありがとう、紗夜」
「……別に私は何もしてないよ。ほら、パンケーキ、残ってるよ。早く食べちゃおう!」
「うん!」
紗夜、ありがとう。
私、少しだけ勇気を出して、話してみるね。
紗夜と笑い合いながら、残りのパンケーキを口の中に頬張った。
君に恋をして、気持ちを伝えて両思いになって。
毎日が楽しくてキラキラ輝いていた。
毎日好きって気持ちでいっぱいになって、初めての彼氏が君で良かったと思った。
だけど、最近の私は恋を楽しめなくてずっと苦しいままだった。
すれ違いが続いて、君への気持ちもだんだんとしぼんでいって。
好きという気持ちはまだあるのに、君からの“好き”という言葉を受け止めきれなくなってしまいました。
だから……私は君に抱いた恋心を記憶の中にそっとしまいます……。
「おはよう〜!」
「おはよう!久しぶり〜!夏休みどうだった?」
ザワザワと騒がしい教室は、夏休み明けらしい会話が飛び交っている。
真っ黒に日焼けした人、彼氏ができたと喜んでいる人、宿題が終わらないと嘆いてる人。みんな楽しい夏休みを過ごしたようで、その生き生きと活気づいていた。
「初優〜!おはよう!」
「紗夜……おはよう……」
「あら、なんか顔が暗いね。大丈夫?」
私はというと、新学期の朝からどんよりとしていた。
この夏休みはあまり楽しめなくて、結局遥陽とは話し合いはできず、喧嘩した状態をズルズル引きづっていた。
「大丈夫じゃないよ……夏休みの宿題は昨日徹夜で終わらせたし、遥陽からはメッセージ来ないし、考えることが多すぎて頭回らないよ……」
「まさか、まだ冷泉さんと話し合いできてないの?」
紗夜はカバンを自分の机の上に置くと、私の前に椅子を持ってきて座る。
驚いたように私を見ていた。
「うん……なんか話し合いしたいってメッセージを送ったのに、返事はないし、読まれてすらもなかった……」
遥陽とのメッセージ欄を開き、紗夜にほら、と画面を見せる。
話し合いをしようと決めたその日に、私からメッセージを入れたのだけど何も音沙汰なしで今日まできてしまった。
そのせいでソワソワとずっと落ち着かないし、考えることが多すぎて夜もあまりよく眠れていない。
「宿題はちゃんと終わらせたのね……」
私の話に突っ込む紗夜。
苦笑いしながら、メッセージの画面を見る。
「あー、こりゃめちゃくちゃ避けられてるね」
「やっぱり!?あー、なんか腹たってきた!こっちはちゃんと向き合おうとしてるのに、向こうが避けてたら意味ないじゃん!」
ずっと考えていたせいで、情緒不安定だ。
最近はすぐに怒ったり、泣いたりしてしまって、自分の感情がコントロールできていない。
ここまで感情をコントロール出来ないのは生まれて初めてだ。
「まぁまぁ。落ち着いて。ここ、学校だから」
「………うん」
冷静な紗夜になだめられ、深呼吸する。
「冷泉さんって真面目そうだけど、意外とこういうの苦手だったりするのかな」
「こういうの?」
「喧嘩よ、喧嘩。自分の思ってることちゃんと言えてるのかなって。初優は言えてるみたいだけど、冷泉さんは優しいから、自分の思ったこと言えてないんじゃないかな」
たしかに。
遥陽は優しいし、あまり自分の気持ちを言わない。私の事を好きっては伝えてくれるけど、それは自分の意見じゃない。
遥陽は優しすぎて、自分の気持ちをさらけ出すのは苦手だった。
「紗夜の言う通りかも……」
「だとしたら初優とまっすぐ向き合うってなかなか難しいんじゃないかな〜」
「でも……!」
ーキーンコーンカーンコーン……。
紗夜と話している最中にホームルームが始まるチャイムが鳴った。クラスメイトはガタガタと自分の席に戻り始め、ホームルームの準備をしている。
「あ、そろそろ戻るね。この話の続きはまた後で!」
「うん」
その様子を見た紗夜は話を切り上げて、自分の席に戻る。
私も頷いて、机に顔を突っ伏した。
私は遥陽のこと、信じてるよ。ちゃんと話をしてくれること、自分の気持ちを言ってくれること。
こんな感じのまま、2人の関係を終わらせたくないんだ。
そのことを紗夜に伝えたかったのに、タイミング悪かったかな。
「はぁ……遥陽、いまどう思ってるんだろ……」
窓の外の空を見ながらボソリとつぶやく。
空はどんよりと曇りがかっていて、まさに私の気持ちそのものだった。
気分もどんよりしているのに天気まで悪いなんて。
今日は最悪のスタートだ……。
間もなくして先生が教室に入ってきて、出席をとりはじめる。
その声を聞きながら遥陽の事を考えていた。
***
日曜日。
私は部屋の片付けをしたり、宿題をしたりしながら過ごしていた。
新学期が始まってから数日がたった。
だけど相変わらず遥陽からは連絡はない。
余程塾が忙しいのか、私を避けているのか……。連絡がないと不安でマイナス思考に陥ってしまう。
「ダメだ、ダメだ……!しっかりしないと!」
マイナス思考に陥らないように自分を励ましながら宿題と向き合う。
だけどやっぱり集中出来なくてすぐに手元にあったスマホを触ってしまう。
そしてメッセージアプリを開らき、遥陽の名前を眺める。何もメッセージが来ていないことにため息をついて、スマホを閉じた。
もう今日はずっとこの繰り返し。
メッセージが来ないとわかっていてもスマホを開いてしまう。