私も私でキスをして幸せな気持ちを忘れられなくて。遥陽の顔をよく見れなかった。
正直、妹さんとの会話はよく覚えていない。
でも……幸せだって感じた気持ちはよく覚えている。
遥陽。
幸せな気持ちを贈ってくれてありがとうね。
ーピピピ、ピピピ……。
帰る時間にスマホのアラームが鳴り響く。
帰る時間を忘れないようにとあれからアラームを設定して、その時まで勉強をしようと遥陽と決めた。
「……時間になっちゃったね。駅まで送るよ。帰りの電車、わかる?」
スマホのアラームを止めて、画面を閉じると遥陽が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だよ。遥陽に教えてもらったから。……ありがとう」
「ん。良かった……はぁ……」
「ちょ、遥陽?」
笑ってお礼を言ったら、急に遥陽がため息をつきながら私を抱きしめる。
私はびっくりしたけど、受け入れて反射的に抱きしめ返す。
いつもはこんな大胆なことしないから、反応に困ってしまうし、戸惑ってしまう。
だけどそんなことも愛おしいと思ってしまう自分もいて自分の心境の変化にも戸惑う。
「……あー、このままずっと一緒にいたい……。初優のこと、帰したくない……」
「……〜〜っ!」
あまりにも甘い遥陽に悶える私。
なんとも言えない空気になり、そのまましていると遥陽は名残惜しそうに私から離れる。
「……そろそろ行こうか」
「うん……今日はありがとう」
顔を真っ赤にしたまま、私はお礼を言った。
そこからはお互い無言で支度をして、駅まで歩く。
幸いといっていいのか分からないけど、遥陽のお母さんはまだ帰ってきていないらしく、会わずに1日が終わった。
「それじゃあまたね」
「うん。また今度」
無事に駅について、電車に乗り込む。
ドアの前で遥陽にバイバイしてから席に座り、ぼーっと外を眺めていた。
なんだか今日は色々ありすぎて勉強内容を思い出せない。このままじゃいけないとわかっているけどそんなことはどうでも良くなった。
「……遥陽……」
遥陽の名前をぽつりとつぶやく。
初めての彼氏。初めてのキス、初めての名前呼び。
色んな“初めて”を経験できて、私の心は満たされていた。
次はどんなキラキラした出来事が起こるのだろう。
そんなふうに、期待して遥陽と出会ってから毎日が楽しい。
ーピコン。
「ん?」
まもなく発車された電車に揺られながら思いに浸っていると手に持っていたスマホが震える。
画面を開くと遥陽からメッセージが届いていた。
『今日はありがとう。俺、すげー幸せ。お互いテスト頑張ろうな』
読んでいて嬉しい気持ちと照れくさい気持ちが混ざり合う。
遥陽とのメッセージ交換は宝物が増えていくみたいで大好き。私はメッセージに返事を送るとそっとスマホの画面を閉じて、目をつむった。
『私もすごく幸せだよ。こちらこそありがとう。また今度、2人でゆっくり過ごそうね』
ゆらゆらと電車に揺られながら、家に着くまで遥陽のことを考えていた。
高校生2回目の夏休み。
君と色んなことをして、色んな経験をした。
デートに行ったり時にはケンカをしたり。2人でしかできないことをたくさんしたね。
だけど……想いが溢れるくらい君を好きになって気がついた。
もし、君に会えなくなったらどうしよう。
すれ違いが続いたらどうしよう。
色んな不安を抱えた夏休み。
楽しかったけど、なんだかモヤモヤが広がって。
夏休みという一大イベントに、たくさんのことを考えていました……。
ーキーンコーンカーンコーン……。
4時間目が終わるチャイムが鳴り響く。その途端にザワザワと騒がしくなる教室。
私は1枚の紙を見ながら、ほっと胸をなでおろしていた。
「初優ー!テストどうだった?赤点回避した?」
紙を見ているとお弁当を持った紗夜が私の前に椅子を持ってきて向かい合わせになって座る。
今日で期末テストが全て返って来た。
最後に配られたテストは1番苦手な数学。テストのことでクラスでの話は持ち切りだった。
誰が赤点をとったとか、夏休みをどうするかとかクラスメイトは夏休みを前にイキイキと話をしていた。
私だって例外じゃない。
このテストで夏休みの運命が決まるといっても過言ではない。だからいつも以上に力を入れたし、寝る間も惜しんで勉強した。
そのかいあって私は……
「無事に全教科赤点回避したよー!」
数学のテストを紗夜に見せびらかす。1番不安だった数学のテストは赤点ボーダーラインギリギリだったけどなんとかセーフだった。
「おー!おめでとう!これで夏休み遊べるね!」
「紗夜のおかげだよ!ありがとう!」
紗夜は私のテストを見ると手を叩いて祝福してくれた。なんだかんだ言ってテスト期間最後の方は紗夜にも教えてもらったので本当に感謝しかない。
あれだけ勉強を教えるのは嫌だって言っていた紗夜。だけど勉強を教えてもらってよくわかった。紗夜はやっぱり教えるのが上手いって。
「冷泉さんと勉強会したかいがあったね」
「へぁ!?う、うん!」
紗夜に勉強会のことを言われ、過剰に反応してしまった。紗夜には軽く勉強会のことを話したけどキスをしたことは言っていない。
だから、その話になると敏感になってしまう。
だ、だって紗夜にキス……したとか言えるわけないから!
「なーに?その反応は。やっぱりなんかあったんでしょ?」
「な、なんにもないって言ってるでしょー!」
勘のいい紗夜は私の反応を見ると面白がっていつも追求してくる。
逃げるのに必死な私だけど、上手くはぐらかすことはできていなかった。
「……まぁ、話したくないなら別にいいけどー」
「なら追求しないでよ〜」
ムゥとくちびるを尖らせて、そっぽをむく紗夜。
私ははぁとため息をついて、テスト用紙をしまい、お弁当を取り出した。
「……ところでさ」
「ん?」
「初優って冷泉さんとどこか行くとか約束はしてるの?」
お弁当を広げていると紗夜が遠慮がちに聞いてくる。さっきまでは食い気味に聞いてきたのに、なんだろう。
「ん〜。まだ決めてないな〜。デートは行こうねって話はしてるけど……向こうは受験生だし……」
遥陽との会話を思い出しながら返事をする。
予定はまだ決めてないけどどこかには行きたいねと話をしていた。ただ、遥陽は大学受験も控えているからあまり迷惑をかけない程度にって私は思っている。
「確かに。うちの彼氏もそうだもんな〜。だけどさ、8月入ってから夏祭りあるじゃん?」
「そうだね。たしか、花火大会も同時にやるんじゃなかったっけ?」
私の住む街では毎年8月上旬に花火大会兼夏祭りが開催される。
それはそれは大きなお祭りで、神社から大通りにかけて出店が出たり、色んな催し物があったりで毎年大盛り上がり。
毎年私は家族と行っていて、去年は紗夜と行きたかったんだけど彼氏と行くって行っていたから結局紗夜とは行かなかった。
今年はどうしようかなとちょうど悩んでいたところだった。
「そうそう。ほら、去年初優と一緒に行けなかったでしょ?今年はお互い彼氏もいるし、ダブルデートしたいな……なんて思ってるの」
「ダブルデート?」
「うん。ダメ、かな?ほらうちの彼氏と冷泉さん、割と仲良いし、良かったらなんだけど……」
もごもごと最後は言葉を濁らす。
ダブルデートと聞いてびっくりしたけど、その考えはなかった……。紗夜の彼氏さんと私、紗夜、遥陽とで行くってことだよね?
「うーん……私は大丈夫だけど……遥陽はなんて言うかな……。そもそも夏祭りのことまだ行ってないんだよね」
夏休みの話はこれからするつもりだったのでまだ夏祭りのことは話していなかった。
今度電話で聞いてみようと思っていたんだけど……。
「そうなの?じゃあ私の彼氏から言ってもらうように話そうか?」
「ううん、それは大丈夫。元々話すつもりだったから」
お弁当をつまみながらそう話した。
紗夜は納得したように頷いている。
「ダブルデートかぁ……楽しそうだね」
「でしょ?うちの彼氏は全然OKだから、今度聞いてみてよ」
「わかった。電話で聞いてみるね」
ダブルデートなんてしたことも考えたこともなかったから楽しそう。
私は遥陽にダブルデートの話をしてみることにした。