てっきりカフェとか図書館で勉強するもんだと思っていたから遥陽さんの家に行くなんて考えてもいなかった。
誰もいないって言ってるけど、今から遥陽さんの家に行くの……?
な、何も準備出来てないんだけど……!
「い、いやというわけじゃいですけど……」
「じゃあ決まり。俺の部屋広いから多分勉強に集中出来ると思うよ」
にっこりと笑う遥陽さんはとても嬉しそう。
その笑顔を見たら、なんだか断りづらくて苦笑いしてしまう。出来れば家じゃなくてほかの場所が良かったけど……。
「遥陽さんの家、初めてなので緊張します」
「あはは。別に緊張しなくてもいいよ〜。俺しかいないから、リラックスして勉強しよ!」
多分、それは無理ですよ!
遥陽さんはリラックス出来るかもしれないけど私は緊張で集中出来ないと思う。
それに、家族の人はいないと言っていたけどそれが尚更私の緊張を高める。
ふ、2人きりで部屋で勉強だなんて、大丈夫かな……。
たくさんの不安を抱えながら電車に揺られること20分。
「ここが俺の家。緊張しなくてもいいからね」
「は、はい!」
遥陽さんの家の最寄り駅から数分歩いたところに家はあった。
緊張がクライマックスになり、たどたどしく靴を脱いで部屋に案内される。か、菓子折りとか持ってきてないけど大丈夫かな。
私、この緊張に耐えられるかな。
キョロキョロと視線を泳がせながらちょこんと用意されていた座布団の上に座る。
「飲み物とか持ってくるから、先に勉強道具広げてて」
「はい」
ソワソワしていると遥陽さんはそう言って部屋を出ていった。
ドキドキしながら、勉強道具を広げる。
本当に遥陽さんの家に来てしまった。
これからどうなるんだろう。
シャーペンを強く握りしめながら、私は遥陽さんが来るのをひたすら待っていた。
初めての彼氏の家。
緊張で不安で仕方なかったけど、君はたくさんの楽しい話をしてくれた。
2人きりなんていつもの事なのに、なんだか特別に感じて。
幸せな時間が過ぎていった。
ふと話が止まって、お互い見つめ合う。
君が顔を寄せてきて、目をつむった次の瞬間、くちびるに暖かいものが触れたんだ。
君と初めてするキスは暖かくて。
忘れることの無いファーストキスになりました……。
「だからね、ここをこうして、この公式を使えば……」
「あっ、そっか。答えはこうだ!」
遥陽さんと勉強を始めてから数十分。
分からないところを丁寧に教えてくれるのでだいぶ勉強が進み、苦手な数学のワークが半分程終わった。
遥陽さんは教えるのが上手くて、すぐに頭の中に苦手な公式ややり方などが入ってくる。
「お、正解。なんだ、初優ちゃんすぐにわかるじゃん。偉いぞー!」
「ちょ、子供扱いしないでくださいよ!」
答えがわかって、正解すると遥陽さんはいたずらっ子のように笑うと私の頭をくしゃくしゃと撫で回す。
なんだか子供扱いされてるみたいで少しムッとする。
だけど、撫でられるのが心地よくてこのために頑張っているところがあるほど、遥陽さんの大きな手が大好きになっていた。
「でもほんと、初優ちゃんは飲み込み早いからすぐに理解してくれるよね。これなら俺と勉強しなくても大丈夫だったんじゃない?」
遥陽さんはノートをめくりながらそう呟いた。
「それは、遥陽さんが教えるのが上手いから……。私なんて落ちこぼれなんで、教えてもらわないと分からないんですよ」
遥陽さんの言葉に少しドキッとしながら、自虐的に答えた。
本当に勉強は苦手で、授業についていくのが精一杯な私にとって、テストは地獄だった。
それでもここまで頑張れたのはいつも応援してくれる親や紗夜のおかげ。進学校を選んだのも将来自分のためになるようにとここを選んだ。
「だから、頭のいい遥陽さんとか紗夜はいつも尊敬してるんです。勉強もできて、しっかり青春を楽しんでるの、すごいなって」
「初優ちゃん……」
笑ってそう言った。
ワークをめくり、次の問題を解こうとシャーペンを握る。だけど、それを阻止するように私の手に遥陽さんの手が重なった。
「遥陽さん?」
「……俺が、青春を楽しめているのは初優ちゃんのおかげだよ」
「へ?」
驚いて顔を上げると、遥陽さんが私を見つめていて、思いっきり目が合った。
真っ直ぐな視線にドキッとする。
こんなふうに見つめてくれたのはいつぶりだろう。
「初優ちゃんがいなかったら、今の俺はないよ。初優ちゃんと出会って毎日が輝いている。恋をして、大切な人に出会って。高校最後の春に、出会えたのが初優ちゃんなんだ。だからもっと初優ちゃんには自信を持って欲しい。こんなにも……人を幸せにしているんだって」
「……遥陽さん……」
ギュッと握られた手はとても暖かい。
こんな私でも、遥陽さんを幸せにできているのかな。だとしたらとても嬉しい。
私にとっての幸せが、遥陽さんの幸せでもあるから。こうしてちゃんと伝えてくれるところ、大好き。
「ねぇ、初優ちゃん」
「はい」
2人で見つめあって数秒の沈黙。
その後に声を出したのは遥陽さんだった。2人きりの甘い空間で、ギュッと手を握られている。
ドキンドキンと心臓の音が部屋に響いていた。
「俺の事、さん付けじゃなくて呼び捨てで呼んでよ。それと、敬語はもういらない。タメ口で、話してほしい」
「え?いいんですか?」
突然のお願いに、目を見開く。
そんなことを言われるなんて思わなかったから、驚いたけど嬉しくなった。
「だって付き合ってまだ敬語とか、なんかよそよしいじゃん。もう他人じゃないんだし、もっと俺に甘えてよ。俺の彼女なんだから、遠慮しなくてもいいよ」
名前を呼び捨て……。
男の子のことを名前で呼び捨てにするのは初めてかもしれない。小学生の頃も中学生の頃も君付けか苗字だったから。
気はずかしいけど、遥陽さんのことを名前でちゃんと呼びたい。タメ口で話したい。
「えっと、じ、じゃあ……遥陽……あ、ありがとう」
何を話していいか分からなくて何故かお礼を言ってしまった。噛み噛みで上手く名前も言えなかった。
だけど、くすぐったくて。
遥陽さんの名前が特別に感じた。
「……はぁ、可愛すぎ……」
「へぁ!?遥陽さん!?」
名前を言っただけなのに、遥陽さん……じゃなくて遥陽は、私を強く抱き締めてきた。
肩に顔を埋めて、愛おしそうに優しく強く抱きしめる遥陽は、なんだかいつもより余裕が無さそうだった。
「こら。遥陽さんに戻ってる。さん付け禁止。ね、初優」
「〜〜っ、は、はい!」
抱きしめられてガチガチに緊張していると、不意に自分の名前も呼ばれた。
いつもちゃん付けなのに、呼び捨てで呼ばれて、ドキンと心臓が跳ね上がる。
「ふはっ。緊張しすぎ」
「だ、だって急に抱きしめてくるから……」