「なんで、タイマーは、朝五時に設定したはずなのに、今八時なんですか?!」

 私は起きて時計を見るなり、驚愕した。ベッドの上には誰もいない。
 きっと、先に起きた彼女が、知らぬ間にタイマーを変更したのだ。
 慌てて、外へと出ると、彼女が再びライラックの前にいた。
 その背中は、寂しそうで――けれど、他に何かの感情の気配も感じられて――。

「……」
 その感情を私は理解できない。だから、私はその後ろ姿に、どう声をかけたものかと思った。
 けれど、やはりまずは、勝手に一緒に寝たことを謝らないと、と思って口を開く。

「ハル様! ごめんなさい!
下僕の分際で勝手に一緒に「そんなに朝から馬鹿でかく声を上げて。一体何事だって言うんだ」
「ふぇっ?」

 私は、思わず間の抜けた声を上げた。

「お前は私を老人扱いでもして、馬鹿にしたいのかね」
 彼女は腕を組んで、こちらを見(おろ)してくる。怒っている様子などない。

「あ、あの……ハル様、そういう訳ではなく……。その、勝手に一緒に寝てすみませんでしたと、言いたくて……」

 私は拍子抜けると同時に、恐怖しながら正直に謝った。すると、彼女は、

「なんで謝るんだ? お前が一緒に寝たからって、私に不利益でもあるか?」
と言った。

「……だ、だって……私は、あなたの下僕みたいなもので……ご主人様と一緒に眠るだなんてそんな恐れ多い事……」

 私は、ごにょごにょと言った。すると、彼女は、ふんと、鼻を鳴らした。

「お前なんて下僕以下だ。下僕なら一緒に寝るのは嫌だが、それ以下のお前と眠るなんて、どうでもいいことだ。
ノミかシラミと一緒に寝たって、かゆいぐらいで何も気にならない」
「私の存在、イコール、ノミですか……」

 怒られないことに安心すると同時に、ショックを受ける私。
 しかし、そんな私の前に、彼女は、どんっと、水を入れたじょうろを置いた。

「ごちゃごちゃとどうでもいいことを言っている暇があるなら、さっさとそこの花に水をやってこい。
九十を超えた老人でも、畑作をやっている者がいるというのに、
私のような若人を老人扱いする馬鹿が、ぼさっと突っ立っている道理はないだろう?」

「……あれ、れえ?」
 私は思わずそう言ってしまった。

 彼女は、昨日まであんなにも落ち込んで、泣いていたはずである。
 なのに、なぜ彼女は、もう完全に平常運転に戻っているのだろう。
 しかし、彼女は、そんな私に、思いっきり怪訝そうな顔をして見せた。

「なにが、『あれれえ?』だ。訳の分からないことを言っていると、鶏糞を頭からぶっかけるぞ」
「ひいいい!」
 彼女が鶏糞の袋を持ち上げたので、私は慌てて逃げたのだった。

 だから、私は知らない。

「……ありがとうな。」

 彼女が、ほんのり照れた顔で、そう密かにつぶやいたのを――。
 彼女が、希望を宿した瞳で、私の背を見つめていたのを――。