――約一年前。
 太一たちは放課後、帰り道の途中にあるコンビニに立ち寄り、少しだけお喋りをしてから帰途についていた。
 いつも通りの帰り道、毎日見ている風景、太一たちは何気ない日常の会話をしながら曲がり角を進んだ。

「……は?」

 驚きの声を漏らしたのは太一だった。
 ブロック塀が続いているはずの通りに出るはずが、街中では絶対に見ることのできない森の中に立っていたのだ。

「……な、なあ、太一? ここ、どこだ?」
「……いや、俺に聞かれても。公太はどうだ?」
「……ぼ、僕も分からない、かな」

 何が起きたのか理解できず、三人はただ立ち尽くすことしかできない。
 だが、そうしていられるのも僅かな時間だった。

 ――ガサガサ。

「……な、何か音が、したよな?」
「……あぁ、間違いなく」
「……森の中で、物音と言ったら?」
『ガルアアアアッ!』
「「「ひいいいいいいいいぃぃぃぃっ!?」」」

 茂みの奥から姿を見せたのは、テレビでも見たことがないような、巨大な熊に似た生物だった。

「に、逃げるぞ!」
「逃げるったって、どこにだよ!」
「分からないよ~!」
『ガルアアアアッ!』
「とりあえず熊の逆側に逃げよう!」
「「ひいいいいぃぃっ!?」」

 太一の言葉に反応して勇人と公太も走り出す。
 熊のような生物も追いかけてきたのだが、何故か急に足を止めて別の方向に顔を向ける。
 そのことに慌てている三人が気づけるわけもなく、彼らはそのまま走り続け、気づけば森を抜けて視界の拓けた場所までやってきていた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……に、逃げ切れたのか?」
「くそっ! マジでいったい何なんだよ!」
「そ、そうだね。本当にここ、いったいどこなんだろう?」

 息を切らせ、汗を拭いながら森の方へ振り返る太一。
 苛立ちを隠そうとせず、声を荒らげる勇人。
 不安が表情と声音に出ている公太。
 それぞれが反応を見せる中、太一は視線を拓けている方に向け、奥の方に何やら建物があるのを見つけた。

「……とりあえず、あっちに行ってみよう」
「根拠は?」
「……あっ! ねえ、勇人君! あっちに何か見えるよ!」
「あぁん? ……おぉ、マジじゃねえか!」
「人がいるかもしれないし、とりあえずあっちでいいんじゃないかな?」
「そうだね、賛成だよ!」

 太一の提案に最初こそ根拠を求めた勇人だったが、公太の発言を受けて彼も建物を見つけたことで、すぐに同意した。
 しかし、彼らにはいまだ理解できないことの方が多い。その最大の出来事というのが――

「ってかさー、マジでここどこなんだよ!」
「それは僕たちにも分からないよ。ねえ、太一君?」
「そうだな。でもまあ、信じたくはないけど……日本じゃないよな、きっと」
「はあ? 何言ってんだよ、太一! 俺たちは家に帰っている途中だったんだぞ? 日本からいきなり海外にでも来たって言いたいのか?」
「お、落ち着いてよ、勇人君! ……でも、こんな場所、家の近所になかった、よね?」

 信じられないのは言葉にした太一も同じだった。
 だが、公太が口にした通り、家の近所に大木が生い茂る森などなく、巨大な熊のような生物が目撃されたという話を聞いたこともない。
 ならば、ここが自分たちがいた場所とはまったく異なる場所ではないかと、太一は思いを巡らせていた。

「……あれじゃないか?」
「あれってなんだよ?」
「何か思いついたの、太一君?」
「いや、この話についても信じたくはないんだけど……俺たち、異世界に召喚されたっぽくね?」
「「……あぁー、異世界ねぇ」」

 あまりに現実味を帯びていない発言に勇人と公太は心ここにあらずな相槌を返す。
 しかし、周囲を見渡し、熊のような生物と遭遇した森を振り返ると、お互いに視線を合わせて大きく息を吐き出した。

「……その可能性しか、考えられねぇよなぁ」
「……僕たち、日本に帰れるのかな?」
「どうだろう。どちらにしても、本当にここが異世界ってことなら、どんな場所なのか、さっきの熊みたいな危険が他にもあるのか、いろいろと情報を集めないとダメなんじゃないかな?」

 ここが夢の中で、自分は家のベッドの上で寝ているという可能性だってある。
 しかし、先ほどの熊のような生物が、今見ている光景が、あまりにもリアル過ぎて夢や幻だと、太一はどうしても思うことができなかった。

「……どちらにしても、まずは人を探そう。話はそれから、だよな?」

 最後に太一がそう口にすると、勇人と公太は無言のまま頷いた。