✳︎✳︎✳︎夕夜side✳︎✳︎✳︎
「お見合い、ですか……?」
夕夜は母、麗に呼び出された。どうやら夕夜の婚約についての話らしい。
「あなたならきっと、どのような女性と結婚してもうまくやっていけるでしょうけれど、できるだけ希望に沿うつもりです。いくつか縁談もきていますし、学校もあと一年と少しで卒業でしょう。そろそろ考えなくてはならない年頃ですよ」
夕夜はあまり女性に興味がない。いや、だからといって男性に興味があるわけではないのが、基本的に人に興味がないのだ。
ある程度付き合いはするし話すこともあるが、自分から積極的に行くかと問われれば否定する。それが異性ともなれば尚更だ。
夕夜の女性のイメージは好奇心が強く群れることを好む生き物である。少数を好む夕夜とは反対をいく生き物だ。
そんな生き物と結婚……。考えたくもない。世の中にそのような女性はたしかにいるが、その人たちが全てではない。そのことも知ってはいるが、やはり、苦手意識のようなものが一度芽生えると、なかなか消えない。
だから夕夜はあまり乗り気ではない。
縁談も、婚約も、まだ少し遠い結婚も。
なるべく他人事でいたいのだ。
「何度かお見合いの機会を作りました。一度ぐらいは行った方がいいと思いますよ」
「……はい」
「それと、夕夜は美琴家の次期当主でもありますが、笹潟家に仕える分家の身でもあります。ほとんど家にいることもないでしょうから、そのことを了承してくださるご令嬢と婚約しなくてはいけませんよ」
「……はい」
夕夜は従兄の架瑚に仕える従者だ。美琴家の次期当主ではあるが、一日のほとんどを架瑚と過ごすことになる。その事情を理解し、受け入れてくれる令嬢でなければ婚約は不可だ。
「お見合いは一週間後、行います。心の準備はしておいてくださいね」
「はああぁ〜〜」
「どうした夕夜? 元気ないな」
場所は変わって天宮。夕夜は机に突っ伏していた。
「……なあ架瑚」
「なんだ」
「お前にも縁談とか来てるのか?」
「俺を誰だと思っているんだ、夕夜。五大名家次期当主の妻の座を狙う女がいないわけないだろう」
「だよなぁ」
当然架瑚の方が人気度が高い。なにせ、玉の輿である。夕夜の女性への苦手意識は主に架瑚に言い寄る女性たちを直接見てきたからである。
「麗さんの持ってきた見合い相手の紙とかある?」
「あるぞ、やる」
「いらないが見る」
架瑚はざっと目を通す。どの女性も良い家柄の令嬢で見目麗しく、高学歴だ。架瑚はだんだんと顔を引きつらせた。
「すげえな麗さん」
「……母上を甘くみられては困る」
「ま、そうだよな。弦木叔父さんが選んだ人なんだから」
美琴弦木。夕夜の父で、架瑚の叔父にあたる人物だ。普段は柔和な笑みを浮かべてニコニコとしている弦木だが、仕事の出来は恐ろしいほど早く、精度がいい。
しかしその裏では何度も徹夜をしているため、周囲からは体調面で心配されている少し困った人だ。けれど有能なことに変わりはない。笹潟の現当主、翁真も弦木の実力は一目おいている。
「で、どうするんだ? 婚約者は」
「……適当に選ぶよ」
「馬鹿かお前は。結婚だぞ? 人生の重大イベントトップスリーに入るぞ?」
「まあな」
それは夕夜もわかっている。だが、面倒なことに変わりはない。
「会ってもないのに決めつけるなよ?」
「架瑚はどうしてるんだ? お見合い」
「俺か? 『心理透視』で心を読んで適当に会話する」
「もっと誰にでもできるやつを教えろよ」
「そんなものがあったら誰も苦労しないな」
「……だな」
お見合いは諦めるしかなさそうだ。
「それにしたって夕夜。お前の婚約者の条件は厳しくないか?」
「仕方ないだろ。誰のせいでこうなったと思ってるんだ元凶野郎」
「俺の生まれを恨むのか?」
夕夜の婚約者条件は以下のものだ。
・ほとんど家にいないが許すこと
・地位は確立できるが愛される可能性は低いので希望を抱かないこと
・良い家柄であること
・高学歴であること
そのほか諸々たくさんある。
こんな条件なのにお見合いしたい人がいるだなんて変な話である。
「ま、頑張れ」
「……頑張る」
そして見合いの日となった。
「はじめまして。高崎清子と申します」
「美琴夕夜です」
清子は黒髪の美しい女性だった。
「わたくし、一度だけ夕夜さま会ったことがございますの。覚えていらっしゃいますか?」
「! 申し訳ございません。いつのことでしょうか」
「笹潟の若様の十四の誕生日の時、廊下で少しお話ししました。はじめは若様の従者なのでてっきり怖い方なのかと思っておりましたが、とてもお優しい方だと知りました」
「っ、あの時の……」
夕夜の記憶の片隅に残っていた。
婚約者を探すための会でもあるので女性が多く、廊下で出会った少女がご内儀争いについていけないと嘆いた気がする。あれは清子だったのか。
「泣きそうなわたくしを励ましてくれたのが夕夜様です。若様は良い人ですがちゃんと内面を知った上で婚約したいかどうかを考えろ、自分の気持ちを第一に、とおっしゃったこと、今も鮮明に覚えています」
何故だろう。少し前にも同じことを言われた夕夜は苦笑いを浮かべた。
「わたくし、そんな夕夜様のおかげで頑張ろうと思えたのです。夕夜様の隣にふさわしくあるために、女を磨きました」
そう言うと、清子は上衣を少し脱いだ。
「!? 清子さん、なに、してるんです?」
「ふふっ。わたくし、自分の体には少し自信がございまして……。お願いです、夕夜様。わたくしと婚約してくださいませんか?」
「っ……」
まさか、ここまで熱い想いをもっているとは思わなかった。頭を全力で回転させ、夕夜は一つの行動に至った。
「……清子さん。あなたの想いはわかりました」
「! じゃあ……!」
ですが、と夕夜は続けた。
「私はあなたとは婚約できません」
「!! どうして……っ!?」
夕夜の苦手なグイグイくるタイプだとは思わなかったのもそうだが、清子は本当に夕夜の婚約者になる条件を知っているのだろうか。
愛されなくとも、共にいられなくともいいのだろうか。
きっと、清子のような情熱的な人物は夕夜には似合わない。きっと清子にふさわしい男性は、愛を受け止め、それを清子の求める分だけ返すことのできる男が相応しい。
夕夜には、似合わない。
そのことを清子にゆっくりと伝えると、清子は「わかりました」と一言、そう言った。
「夕夜様」
清子は涙を堪えて夕夜と目を合わせた。
「夕夜様の婚約者になるのは諦めます。けれど……それでもわたくしは、夕夜様のことをお慕いしてもよろしいでしょうか」
夕夜が頷くと、清子は笑顔を浮かべつつも涙を流した。
「うぅわ、さいっあくの断り方をしたな、夕夜」
「それはない。夕夜、お前、辛辣なやつだったんだな」
「ありえない……」
次の日天宮に行くと、即囲まれお見合いの話をすることになった。素直に伝えると、皆は顔を歪めて夕夜を批判する。
「清子さんの気持ち考えろよ〜。馬鹿じゃないの?」
「ああいうのはとりあえず脈アリ的に思わせて別の人と婚約するのが一番なんだよ」
「そうそう。そうしたら『あぁ、自分よりも夕夜様のことを愛している女性がいたんだな』って勝手に納得するもんなんだから」
「夕夜って、こういうところが本当に馬鹿だよな」
「「 なー 」」
「うるさい」
すると、一人で何やら静かに考えていた暁が夕夜に言った。
「……いるじゃん」
「え?」
「条件を満たしてる人、一人いるじゃん」
ガラリと教室の扉が開いた。
「あれ、どうしたのですか? みなさん」
入ってきたのは綟だった。
「一緒に住んでて高学歴で家柄の良い夕夜の事情を理解し受け入れてくれる人。……綟しかいなくね?」
「なんの話です? 暁」
「実はな……」
暁は綟に夕夜の婚約事情を説明する。綟は聞き終わると「たしかにそうですね」と納得していた。
「若の家に一緒に住んでますし、天宮は帝都でも有名な進学校。家柄が良いかはわかりませんが……少なくとも美琴様の事情や性格などは他の女性よりも知る部分が多いかと思います」
「ほんとだ」
「すごい偶然」
「こーいうの、運命っていうのか?」
「綟、綟。夕夜が婚約してほしいって言ったらどーする?」
「えっ?」
「はぁっ!?」
勝手に話を進めないでもらいたい。
「そうですねぇ」
「っ、おい、真面目に答えようとするな」
綟は身分重視の考えなので拒否することなく考える。
「…………私にとっても都合がいいです」
「おお!! 脈アリだぞ夕夜!」
「よかったな、婚約おめでとう」
「茶化すな双子!!」
「それより、綟の都合って?」
「私も若に仕える身なので結婚できるお方が限られるんです。未婚者は世間体的にもあまりよろしくありませんので、婚約するとなれば利害による結婚……いわゆる政略結婚となりますね」
綟の婚約者となる条件は夕夜よりも厳しい。要因となるのは綟が女性であることだ。
「ほとんど家にはいられませんから、家事をすることが難しいですし、将来的に私が母となれば若の従者を辞めざるを得ません。若と美琴様にも迷惑をかけることになります」
女性は家事、育児を担うのが基本。
そうなれば綟は架瑚の従者を辞めることになる。
「ですが美琴様とならほとんどの条件をクリアできるのです。もし子供が生まれ若の家に住む場合、ある程度の支障は出ますが、影響は小さくできるかと」
夕夜はそれを聞くと考えた。
「どうするんだ? 夕夜」
「……」
だが、これは利害が一致するだけだ。
綟にも選ぶ権利がある。
もちろん夕夜にもあるのだが、立場的に夕夜の方が上だ。婚約を申し込めば綟はきっと断らない。
「綟は恋愛対象として見ている人はいないのか?」
「……言われて見るといませんね。多分、一度もありません。私は両親が他界しているので弟や妹も受け入れてくだされば、むしろ感謝します」
「そうか」
「はい」
どうやら綟にも特に願望はないらしい。
夕夜は改めて綟について考える。
・架瑚の家に共に住んでいる仕事仲間
・色恋に興味なし
・亡くなった《妖狩り》の隊長・真菰綴の娘
・天宮に在籍するほどの学力
綟以上の高物件はなかなかいない。
「……俺と婚約してほしい、と言ったらどうする」
「こんな私でよろしければ、共に歩んで行きたいと思います」
そして数日後、夕夜と綟の婚約は正式に決まった。
「お見合い、ですか……?」
夕夜は母、麗に呼び出された。どうやら夕夜の婚約についての話らしい。
「あなたならきっと、どのような女性と結婚してもうまくやっていけるでしょうけれど、できるだけ希望に沿うつもりです。いくつか縁談もきていますし、学校もあと一年と少しで卒業でしょう。そろそろ考えなくてはならない年頃ですよ」
夕夜はあまり女性に興味がない。いや、だからといって男性に興味があるわけではないのが、基本的に人に興味がないのだ。
ある程度付き合いはするし話すこともあるが、自分から積極的に行くかと問われれば否定する。それが異性ともなれば尚更だ。
夕夜の女性のイメージは好奇心が強く群れることを好む生き物である。少数を好む夕夜とは反対をいく生き物だ。
そんな生き物と結婚……。考えたくもない。世の中にそのような女性はたしかにいるが、その人たちが全てではない。そのことも知ってはいるが、やはり、苦手意識のようなものが一度芽生えると、なかなか消えない。
だから夕夜はあまり乗り気ではない。
縁談も、婚約も、まだ少し遠い結婚も。
なるべく他人事でいたいのだ。
「何度かお見合いの機会を作りました。一度ぐらいは行った方がいいと思いますよ」
「……はい」
「それと、夕夜は美琴家の次期当主でもありますが、笹潟家に仕える分家の身でもあります。ほとんど家にいることもないでしょうから、そのことを了承してくださるご令嬢と婚約しなくてはいけませんよ」
「……はい」
夕夜は従兄の架瑚に仕える従者だ。美琴家の次期当主ではあるが、一日のほとんどを架瑚と過ごすことになる。その事情を理解し、受け入れてくれる令嬢でなければ婚約は不可だ。
「お見合いは一週間後、行います。心の準備はしておいてくださいね」
「はああぁ〜〜」
「どうした夕夜? 元気ないな」
場所は変わって天宮。夕夜は机に突っ伏していた。
「……なあ架瑚」
「なんだ」
「お前にも縁談とか来てるのか?」
「俺を誰だと思っているんだ、夕夜。五大名家次期当主の妻の座を狙う女がいないわけないだろう」
「だよなぁ」
当然架瑚の方が人気度が高い。なにせ、玉の輿である。夕夜の女性への苦手意識は主に架瑚に言い寄る女性たちを直接見てきたからである。
「麗さんの持ってきた見合い相手の紙とかある?」
「あるぞ、やる」
「いらないが見る」
架瑚はざっと目を通す。どの女性も良い家柄の令嬢で見目麗しく、高学歴だ。架瑚はだんだんと顔を引きつらせた。
「すげえな麗さん」
「……母上を甘くみられては困る」
「ま、そうだよな。弦木叔父さんが選んだ人なんだから」
美琴弦木。夕夜の父で、架瑚の叔父にあたる人物だ。普段は柔和な笑みを浮かべてニコニコとしている弦木だが、仕事の出来は恐ろしいほど早く、精度がいい。
しかしその裏では何度も徹夜をしているため、周囲からは体調面で心配されている少し困った人だ。けれど有能なことに変わりはない。笹潟の現当主、翁真も弦木の実力は一目おいている。
「で、どうするんだ? 婚約者は」
「……適当に選ぶよ」
「馬鹿かお前は。結婚だぞ? 人生の重大イベントトップスリーに入るぞ?」
「まあな」
それは夕夜もわかっている。だが、面倒なことに変わりはない。
「会ってもないのに決めつけるなよ?」
「架瑚はどうしてるんだ? お見合い」
「俺か? 『心理透視』で心を読んで適当に会話する」
「もっと誰にでもできるやつを教えろよ」
「そんなものがあったら誰も苦労しないな」
「……だな」
お見合いは諦めるしかなさそうだ。
「それにしたって夕夜。お前の婚約者の条件は厳しくないか?」
「仕方ないだろ。誰のせいでこうなったと思ってるんだ元凶野郎」
「俺の生まれを恨むのか?」
夕夜の婚約者条件は以下のものだ。
・ほとんど家にいないが許すこと
・地位は確立できるが愛される可能性は低いので希望を抱かないこと
・良い家柄であること
・高学歴であること
そのほか諸々たくさんある。
こんな条件なのにお見合いしたい人がいるだなんて変な話である。
「ま、頑張れ」
「……頑張る」
そして見合いの日となった。
「はじめまして。高崎清子と申します」
「美琴夕夜です」
清子は黒髪の美しい女性だった。
「わたくし、一度だけ夕夜さま会ったことがございますの。覚えていらっしゃいますか?」
「! 申し訳ございません。いつのことでしょうか」
「笹潟の若様の十四の誕生日の時、廊下で少しお話ししました。はじめは若様の従者なのでてっきり怖い方なのかと思っておりましたが、とてもお優しい方だと知りました」
「っ、あの時の……」
夕夜の記憶の片隅に残っていた。
婚約者を探すための会でもあるので女性が多く、廊下で出会った少女がご内儀争いについていけないと嘆いた気がする。あれは清子だったのか。
「泣きそうなわたくしを励ましてくれたのが夕夜様です。若様は良い人ですがちゃんと内面を知った上で婚約したいかどうかを考えろ、自分の気持ちを第一に、とおっしゃったこと、今も鮮明に覚えています」
何故だろう。少し前にも同じことを言われた夕夜は苦笑いを浮かべた。
「わたくし、そんな夕夜様のおかげで頑張ろうと思えたのです。夕夜様の隣にふさわしくあるために、女を磨きました」
そう言うと、清子は上衣を少し脱いだ。
「!? 清子さん、なに、してるんです?」
「ふふっ。わたくし、自分の体には少し自信がございまして……。お願いです、夕夜様。わたくしと婚約してくださいませんか?」
「っ……」
まさか、ここまで熱い想いをもっているとは思わなかった。頭を全力で回転させ、夕夜は一つの行動に至った。
「……清子さん。あなたの想いはわかりました」
「! じゃあ……!」
ですが、と夕夜は続けた。
「私はあなたとは婚約できません」
「!! どうして……っ!?」
夕夜の苦手なグイグイくるタイプだとは思わなかったのもそうだが、清子は本当に夕夜の婚約者になる条件を知っているのだろうか。
愛されなくとも、共にいられなくともいいのだろうか。
きっと、清子のような情熱的な人物は夕夜には似合わない。きっと清子にふさわしい男性は、愛を受け止め、それを清子の求める分だけ返すことのできる男が相応しい。
夕夜には、似合わない。
そのことを清子にゆっくりと伝えると、清子は「わかりました」と一言、そう言った。
「夕夜様」
清子は涙を堪えて夕夜と目を合わせた。
「夕夜様の婚約者になるのは諦めます。けれど……それでもわたくしは、夕夜様のことをお慕いしてもよろしいでしょうか」
夕夜が頷くと、清子は笑顔を浮かべつつも涙を流した。
「うぅわ、さいっあくの断り方をしたな、夕夜」
「それはない。夕夜、お前、辛辣なやつだったんだな」
「ありえない……」
次の日天宮に行くと、即囲まれお見合いの話をすることになった。素直に伝えると、皆は顔を歪めて夕夜を批判する。
「清子さんの気持ち考えろよ〜。馬鹿じゃないの?」
「ああいうのはとりあえず脈アリ的に思わせて別の人と婚約するのが一番なんだよ」
「そうそう。そうしたら『あぁ、自分よりも夕夜様のことを愛している女性がいたんだな』って勝手に納得するもんなんだから」
「夕夜って、こういうところが本当に馬鹿だよな」
「「 なー 」」
「うるさい」
すると、一人で何やら静かに考えていた暁が夕夜に言った。
「……いるじゃん」
「え?」
「条件を満たしてる人、一人いるじゃん」
ガラリと教室の扉が開いた。
「あれ、どうしたのですか? みなさん」
入ってきたのは綟だった。
「一緒に住んでて高学歴で家柄の良い夕夜の事情を理解し受け入れてくれる人。……綟しかいなくね?」
「なんの話です? 暁」
「実はな……」
暁は綟に夕夜の婚約事情を説明する。綟は聞き終わると「たしかにそうですね」と納得していた。
「若の家に一緒に住んでますし、天宮は帝都でも有名な進学校。家柄が良いかはわかりませんが……少なくとも美琴様の事情や性格などは他の女性よりも知る部分が多いかと思います」
「ほんとだ」
「すごい偶然」
「こーいうの、運命っていうのか?」
「綟、綟。夕夜が婚約してほしいって言ったらどーする?」
「えっ?」
「はぁっ!?」
勝手に話を進めないでもらいたい。
「そうですねぇ」
「っ、おい、真面目に答えようとするな」
綟は身分重視の考えなので拒否することなく考える。
「…………私にとっても都合がいいです」
「おお!! 脈アリだぞ夕夜!」
「よかったな、婚約おめでとう」
「茶化すな双子!!」
「それより、綟の都合って?」
「私も若に仕える身なので結婚できるお方が限られるんです。未婚者は世間体的にもあまりよろしくありませんので、婚約するとなれば利害による結婚……いわゆる政略結婚となりますね」
綟の婚約者となる条件は夕夜よりも厳しい。要因となるのは綟が女性であることだ。
「ほとんど家にはいられませんから、家事をすることが難しいですし、将来的に私が母となれば若の従者を辞めざるを得ません。若と美琴様にも迷惑をかけることになります」
女性は家事、育児を担うのが基本。
そうなれば綟は架瑚の従者を辞めることになる。
「ですが美琴様とならほとんどの条件をクリアできるのです。もし子供が生まれ若の家に住む場合、ある程度の支障は出ますが、影響は小さくできるかと」
夕夜はそれを聞くと考えた。
「どうするんだ? 夕夜」
「……」
だが、これは利害が一致するだけだ。
綟にも選ぶ権利がある。
もちろん夕夜にもあるのだが、立場的に夕夜の方が上だ。婚約を申し込めば綟はきっと断らない。
「綟は恋愛対象として見ている人はいないのか?」
「……言われて見るといませんね。多分、一度もありません。私は両親が他界しているので弟や妹も受け入れてくだされば、むしろ感謝します」
「そうか」
「はい」
どうやら綟にも特に願望はないらしい。
夕夜は改めて綟について考える。
・架瑚の家に共に住んでいる仕事仲間
・色恋に興味なし
・亡くなった《妖狩り》の隊長・真菰綴の娘
・天宮に在籍するほどの学力
綟以上の高物件はなかなかいない。
「……俺と婚約してほしい、と言ったらどうする」
「こんな私でよろしければ、共に歩んで行きたいと思います」
そして数日後、夕夜と綟の婚約は正式に決まった。