✳︎✳︎✳︎ 綟side ✳︎✳︎✳︎



 特別クラスに編入してから早一ヶ月。綟も特別クラスに馴染み始めた頃のことだ。

隼人(はやと)様。海斗(かいと)様。教えてほしいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

 綟は青雲家の双子の隼人と海斗にある質問をしていた。

「……その様付け、直らない?」
「俺ら同級生だぞ?」
「ですが、身分は違います」
「「…………」」

 綟の主張は正しい。身分差というものは大きく、重要視されている。敬称など当たり前だ。

「じゃあ、様付けやめて?」
「あと、話し方も畏まらなくていいよ?」
「……それは、命令ですか?」
「命令って……」
「そうゆーのじゃなくってさぁ」

 隼人と海斗は綟の手を取り、迫った。

「友達同士でそーゆーの、なんかヤダ」
「大事な仲間で友達だろ? 俺らは」

 一般の女子生徒ならば顔を赤らめ喜びの悲鳴をあげるところだが、綟は少し違った。

「えっ、友達なのですか??」
「「…………」」

 予想外な回答に沈黙が訪れる。

「はぁ……綟って、変なところあるね」
「ね。なんか、変っていうか微妙にズレてるんだよね、根本的に」

 二人は互いに視線を送る。そして頷いた。

「俺らは同い年の同級生。そうだろ?」
「はい」
「俺と海斗が(あきら)架瑚(かこ)夕夜(ゆうや)と話す時、様付けなんかしてないし口調も軽い。綟だけそういうのは……俺ら的には嫌なんだよ」
「うんうん」

 綟は少し悩むと、「わかりました」と言った。

「では、呼び方だけ変えさせていただきます。……隼人、海斗」

 綟にしては進歩している。
 隼人と海斗はこれ以上の融通は聞かないと判断し、今日のところは呼び方が変わったことに喜ぶだけにした。

「それで、何を訊きたかったの?」

 そういえば、本題からそれていた。
 綟は意を決して尋ねる。

「……美琴(みこと)様について、教えていただけないでしょうか」

 数秒の後、隼人と海斗は笑い出した。

「な、何か変なことを申しましたか……?」
「いっ、いや、そんなことな……ぶっ。あっはっはっはっ!」
「隼人、笑いすぎ……でもほんとに面白い。……くくっ」

 二人は笑いを抑えるので必死だ。

「隼人。海斗。真菰(まこも)が困ってる」
「! 赤羽様……」

 暁が三人に近づく。

「面白いのはわかるけど、あんまり笑うと綟が怒るよ」
「ごめんごめん」
「綟、ごめんね」
「いえ、そんな……」

 暁がパンッと合掌した。

「じゃ、この話はおしまい。綟。具体的には夕夜の何を知りたいの?」
「あっ、えっと、うーん……」
「悩むところ? そこ」
「どゆこと?」

 暁はなんとなく察した。

「綟。夕夜のことを知って、どうしたいの?」
「!」
「そっちか」
「理解した」

 三人は綟の質問の意味を理解した。

「…………実は……」

 綟の告白はかなり衝撃的なものだった。
 あまり夕夜と会話が続かない。だが将来的に何年も付き合う仲間である。仲良くしたいが、一言、二言で会話が終わってしまうため、うまくいかない。
 そこで、夕夜について知ればもっと長く話せるのではないかと思い、夕夜について尋ねた。
 これが綟の質問の意図だった。

「まあ、夕夜って話すのあんまり好きじゃないしな」
「どちらかというと無口な方だな」
「架瑚も悪いだろ。どっちもそんなに話さないからなぁ」

 主人(あるじ)がダメだから従者もダメなのだという結論に至った。

「俺らに聞くよりも、架瑚に聞いた方が早いんじゃないか? 従兄弟(いとこ)なんだし」
「ですが、笹潟様は主人です。従者は主人を支え、守るもの。頼ってもいいのでしょうか……」
「いいだろ」

 即答だった。

「親密な中の方が仕事もやりやすいし。重要だよ、結構」
「そんなに気にしなくても架瑚は怒ったりしねぇよ。大丈夫大丈夫」
「てか、呼び方は俺らみたいにしないの? 夕夜、架瑚って。美琴様と笹潟様は笑いが止まらなくな……うぇっ」
「もうやめろって言ったのを忘れたか?」
「すんませんでした」

 笹潟家も美琴家も人数が多い。多くの人のことを指すので、下の名前で呼んだほうがいい。

「次会った時、聞いてみます」
「そうしな」
「綟」
「はい」
「隼人と海斗を下の名前で様付けにしてたのは苗字が同じだからだよな?」
「はい」
「なら、俺も二人と同じように暁でいい」
「わかりました。暁」

 架瑚のところへ行くとすぐに教えてくれた。

「夕夜のことについて? うーん、夕夜と言えばずんだ餅だろ」
「ずんだ、餅……?」
「あぁ。夕夜の好物だ」

 綟は放課後、ずんだ餅を買い夕夜のもとへ向かった。夕夜とは毎日夕方に従者会議を行っている。場所は笹潟家別邸の、架瑚の住む家だ。
 二人は架瑚を支えるため、明日の予定などに着いて話し合っているのだ。

「……という感じだ。わかったか?」
「はい。ありがとうございます。美琴様」
「…………」
「美琴様?」

 夕夜の様子が少しおかしいことに気づいた。

「……真菰」
「はい」
「暁たちから聞いた。すまなかった」
「……え?」

 まさか、会話が続かないという心配事を聞いてしまったのだろうか。

「あの、私こそ、申し訳ございませんでしたっ。あんなこと言うなんて、人として……」
「違う」

 夕夜ははっきりと断言した。

「俺の配慮が足りなかった。従者になってまだ日も浅い。不安になるのは当たり前だ。会話が足りなかった。本当に、すまなかった」

 綟は夕夜の言葉を聞いて、美琴夕夜という人を少しだけ知った。
 夕夜は顔に感情が現れにくいだけで、少し不器用なだけで、本当は誰よりも誰かのために動ける人なのだ、と。

「……私も、もっと美琴様とお話しするべきでした。どちらもおあいこということでよろしいでしょうか?」
「おあいこ」
「はい。おあいこです」
「そうだな。おあいこだ」

 ふっと夕夜が微笑んだ。さらりとした髪が下がり、伏目がちに微笑んだ姿を見て、綟は一瞬心が和らいだ。

「……ずんだ餅があるのですが食べませんか?」
「! ずんだ餅があるのか!?」

 笹潟様の言った通りだなぁ、と思いつつ、綟はずんだ餅を取り出す。

「いつもありがとうございます。美琴様」
「こちらこそ。真菰が従者になってくれたおかげで俺も助かってる。ありがとう」
「……ん、このずんだ餅美味しいですね」
「だろ? 俺が一番好きな食べ物だ」

 綟は夕夜に少しだけ近づけた気がした。