「どうかな? あんた、本当は何者だ? どうしてこんな事をやってるんだ? 金目当てじゃないだろう? そもそも、なぜ今になって出てきた? もう十年以上前になるぜ?」「…………」
「あの時、俺の目の前で消えちまった。あれから俺は何度となく考えた。何が悪かったのかと」
「君は、何も悪くはないさ」
「そうかい?」男は車を発進させるとスロープを下っていく。「あの時の事を思い出した。あの時に、俺は決めたのさ。あの女は必ず殺す。何があってもだ。どんな犠牲を払っても」
車は地下から地上へと出た。
車は高速を降り一般道を走り出した。
男は運転しながら、つぶやいた。「俺の復讐のために、死んでくれや」
車は速度を上げ、やがて加速していった。

***
雅麗姫が目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。
窓には鉄格子がはめられていて外の様子はわからない。雅麗姫はベッドから起き上がった。
壁の時計を見ると時刻は午前二時過ぎだった。
雅美が言うには、自分は三日ほど意識を失っていたらしい。雅美は隣の部屋にいるようだ。
雅美は雅麗姫が目覚めた事を知るとすぐに駆けつけてきて、彼女の身体をペタペタと触りまくった。
「もう大丈夫なの?」「えぇ、心配かけてごめんなさい」
「でも、本当に良かった」
「ここはどこ?」「分からない」
「そう」
「ねぇ、これからどうしよう?」「そうね」
「とりあえず、ここを出てみましょうか?」「えぇ、でもどうやって?」
「私が囮になるわ」「そんな、無茶だよ」
「大丈夫。こう見えても腕に覚えはあるの」
「でも」「大丈夫、任せて」
「分かった。じゃあ、お願い」
「えぇ」
二人は準備を整え、部屋を出た。
廊下は静まり返っていて人の気配はなかった。
「誰もいないみたいね」
「うん」「でも油断しないでね」
「わかってる」
「行くよ」
「えぇ」
雅麗姫はうなずくと、雅美の後について歩き始めた。
階段に差し掛かったとき、突然、二人の前に人影が立ち塞がった。
「動くな」銃口が向けられた。
「誰?」「大人しくしろ。抵抗するなら撃つぞ」
「私は人質なんかにならないわ」
「黙れ」
「この子は関係ない」
「黙ってろ」
「待って! その子は関係ありません。私だけです。だから撃たないでください」
男はしばらく考えていたが、銃口を下ろした。「よし、ついて来い。妙な真似をするんじゃないぞ」そう言って男は再び歩き出した。
男に連れられ、雅麗姫と雅美はエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが動き始めると、男が再び声をかけてきた。「おい、どこに行くかは分かってるな?」「もちろんよ」「ふん、まぁいい」
エレベーターが止まると、男はそのまま歩いていく。
男に続いて歩いていると、ドアの前に立った。
男が鍵を差し込みドアを開けると、そこには長い通路が続いていた。
男は懐中電灯をつけると、先に進んで行った。
しばらく歩くと、男の声が聞こえた。「止まれ」
「え?」「声を出すな」
「ここは?」「見取り図によれば、貨物室らしいが、さてね」「開けられるの?」「あぁ、やってみよう」
雅麗姫は雅美を後ろに下がらせると、ゆっくりと進み出て、壁に手を触れた。
そして、耳を押し当てた。
すると、かすかに金属がこすれ合うような音が聞こえてきた。
「どこかに操作盤があるはず」
「これじゃないか?」
「ありがとうございます。どれ?」
「ここだ」
「ここを押せば開くかも。ちょっと離れててください」
「わかった」
雅美が後ろに飛びのくと同時に、雅麗姫はボタンを押した。
すると、扉の向こう側で何かがはじけ飛ぶような音がして、続いて扉が開いた。
その向こう側には真っ暗な空間が広がっていた。
「なんだ? 明かりをつけろ!」男が叫んだ。
雅麗姫は手探りでスイッチを探した。
「あった!」それを押すと、暗闇の中に光が差し込んできた。
雅麗姫は振り返ると、「行きましょう」と言った。

***
それからしばらくの間、二人は歩いた。
時折、分かれ道があったが、ほとんど一本道だった。
そして、ようやく前方に光が見えてきた。
「出口だ」男が言った。
「やったね」雅美も喜んだ。
だが、その喜びはすぐにかき消された。
その先にあったのは大きな鉄の隔壁だったのだ。
「どういうことだ?」男が言った。
「まさか、閉じ込められた?」雅美が言った。
「そんな馬鹿なことがあってたまるか」
男は懐から拳銃を取り出し、その引き金を引いた。
だが、弾は出てこなかった。
「チッ、ジャムった」
「落ち着いて、もう一度試しましょう」
「そうだな」
男は慎重に狙いを定め、再び撃った。
だが、結果は同じだった。
男は舌打ちすると、今度は足で蹴飛ばした。
しかし、それでも隔壁はびくともしなかった。
「ちくしょう!」男は拳で何度も叩いた。
だが、隔壁は微動だにせず、ただ鈍い音を立てるだけだった。
「駄目だ。開かない」
「どうして?」雅美が聞いた。
「知らん。とにかくここから出る方法を考えないと」
「だけど、どうやって?」
「それは……」
その時、男は何かを思いつくと、おもむろに上着を脱ぎ捨てた。
「何をするつもり?」「見てれば分かる」
男は上着とシャツを床に置くと、ネクタイを緩め、Yシャツのボタンを外し始めた。
雅美は慌てて顔を背けた。
しばらくして、男が言った。「これでどうだ?」
「何も起こらないよ?」「そりゃそうだろうな」
「どういうこと?」「簡単な話さ。要は外に出たいんだろ? だったら、外から引っ張ってもらえばいいのさ」
「どうやって?」「簡単さ。まずは俺がこの上に乗る」
男は靴を脱ぐと、その上に乗ろうとした。
「ちょっと待って、危ないよ!」「平気さ」「そうじゃなくて、落ちたりしたらどうするの!」「俺は頑丈だからな。心配はいらないさ」
「でも」
「それより、時間がないんだ。早くしないと、あいつらがここに来るかもしれない」
「……」
雅美はしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したようにうなずいた。「分かったわ」
雅美も同じように上着やシャツを脱いで、その上に乗った。
「じゃあ、行くぜ」男が言うと、雅美はうなずいた。
男はベルトを外すと、それを使って自分の身体を固定した。そして、そのまま勢いをつけて飛び降りた。
「きゃああああっ」雅美の悲鳴が響き渡った。
男は着地すると、すぐに立ち上がった。
「どうだ?」「ダメみたい」
「そうか」
「どうしよう?」「仕方ない、一旦戻ろう」「でも、来た道は塞がれてるよ」
「別の道を探すしかない」
「そうね」

***
二人はエレベーターに戻ると、階数表示を見上げた。
エレベーターの表示は二階を示していて、まだしばらくは時間がかかりそうだった。
雅麗姫は雅美の隣に座ってため息をついた。
雅美は心配そうな顔で雅麗姫を見た。「大丈夫?」「えぇ、何とかね」
「でも、本当にどうしよう?」「そうね」
その時、雅麗姫が突然立ち上がった。
「どうしたの?」雅美が驚いた様子で聞くと、雅麗姫は黙って首を振った。
雅麗姫は目を閉じて耳を澄ませた。やがて、彼女は目を開けた。「聞こえる」
雅美は何のことかわからずにキョトンとしていた。
雅麗姫は雅美の手を取ると、「静かに」と言って耳を済ませさせた。