新庄は佐山の隣に立つ。そして横目でちらと彼を見た。
佐山は何も言わず、新庄も何も言わなかった。
新庄は俯き気味に前を向き、佐山はまっすぐ正面を向いていたが、視線だけをわずかに動かして新庄を見る。
二人の目が合った。
新庄が微笑む。佐山は僅かに口元を動かしただけで、何も答えなかった。
ただ黙って見つめ合い、やがて互いに目を逸らす。
「ふ、ふふふふ。ご覧になって二人とも。これが男女の友情というものよ」
いつの間にか新庄の後ろに回り込んでいた少女が、両手を広げていた。その腕の中には、小柄な金髪の少年がいる。
「あの、葉末先輩。なんですかこれは」
新庄は顔を赤くしながら言う。
「あら、あなたには刺激が強いかしら。まあ、無理もないかもしれませんわね。でも大丈夫よ。このビデオはフィクションだから」
「あのですね……」
「そう言えば、昨日のお二人はとても可愛かったですよね。まるで女の子みたいで」
「やめて下さい……」
新庄は赤くなりつつも、苦笑している様子で言った。
葉末が胸を張って答える。
「いいじゃない。可愛いものは仕方ありませんわ。わたくしも、たまには男の子になりたいなと思うことがありますもの」
「やめましょうよ。そういう話は……。それよりどうして僕らを呼んだんですか」
「ああ、そうそう、実はお願いしたいことがございまして……」
と、二人が座ろうとした時だった。
佐山は校舎の方を振り向いた。何かが来るのを感じ取ったのだ。それも一騎ではない数体分の気配。恐らく、いや間違いなく、彼らは敵だ。
(……来客?)
佐山は立ち上がる。そして隣にいる新庄に目を向けた。
彼女が着ているのはブレザーの制服を着崩すということもない制服だった。佐山は自分の鞄を持ち上げる。
突然の出来事に驚き戸惑っているらしい新庄の傍に寄ると彼女の鞄を奪い取り、彼女の肩を抱き寄せる。そしてもう片方の手で自分の上着と鞄を掴む。佐山は自分の上着と鞄を持って新庄を抱き寄せたまま走り出す。
「きゃっ!? ちょ、ちょっと何するんですのいきなり!?」
「すまない! 説明している時間はないんだ! 頼む! 私の後ろについてきてくれないか!」
「あ、あう……はぃ……」
その時だった。いきなり大勢にゾンビに囲まれた。しかも一体ではなくて数十体が相手である。新庄は混乱しつつも自分の体から力を抜き、相手のされるがままにまかせる。ゾンビの一人は新庄の首に歯を突き立てようとする。その瞬間に新庄の体が宙に浮いた。同時に首根っこを掴まれ、引っ張られる感覚が襲ってきた。次の瞬間、目の前を銀色のものが過る。銀線一本、鋭い光。そして風。
気がつけば佐山の腕の中に抱えられている。佐山が全力で走っているのだ。彼は廊下に飛び込むとさらに別の教室に入った。そこは化学実験室であり、薬品をしまうガラス張りのケースなどが並べられていた。新庄は自分がどこにいるのか理解した直後、全身を恐怖と寒気に捕まれたような気分になった。
「あのぅ……佐山くん」
と、彼女は上目遣いで言う。
「な、何だろう?」
と返事をすると同時に新庄の拳が飛んできた。軽く小突く程度だったが確かに命中する。
佐山は殴られた頭を手で押さえた。何が起こったのか判らない。新庄を見るが、彼女は真っ赤になりながら震えていて言葉がないようだ。そしてもう一度、今度は強めの一撃が飛んでくる。佐山は避けた。新庄の足は止まらず、さらに二度、三度と繰り出されるので、その都度回避していくが、何発も続くうちに体勢が崩れる。
「どわぁ!」
新庄は倒れてきた彼の顔面に向かって蹴りを入れる。そして倒れた彼の襟をつかみあげようとした。
佐山は首を振って起き上がり、慌てて新庄から離れる。新庄も我に帰ったように佐山から離れ、床に置いてあったバッグを手に取る。彼女はそのまま、部屋から飛び出していく。佐山はそのあとを追った。追ってどうなるものでもないと知っていても走るしかなかった。背後から「逃げるのではない! 戦って切り抜けろ!」と声がするが無論そんな余裕はない。階段の踊り場へ出ると佐山は新庄の手を掴んだ。
新庄は足をもつれさせ転びそうになるのをこらえ、息も荒げずに彼を見上げる。彼女もまた、逃げようとしない。戦うつもりなのだ。
「私達は二人で一人の戦士ですので……」
二人は並んで階下に向かう。新庄は右手を壁に添えつつ、
「こういうことも……あるかなとは思っていたのですけれど」
はははと笑いながらも顔色は青い。だがそれでも歩く速度は速かった。彼女にとってここは慣れ親しんだ母校でもある。道はよくわかっていた。この先の角を曲がれば中庭に出られ、そこに隠れることができると、知っている。そして新庄の思った通り角を曲がり、
「あ、あれ」
彼女は立ち止まった。目の前には人影があったからだ。だがその人物が敵かどうか判断がつかない。相手は男で黒いスーツにネクタイをしているが顔が仮面に覆われていた。ただ、手に持っているのは日本刀だ。新庄は身を固くし佐山の前に出て相手を威嚇しようとするが遅かった。
相手が一歩進むのとほぼ同時に新庄と佐山の背後に新たな人が現れたのだ。それは二人の女生徒だった。二人も仮面をつけているが髪は長く背は低い。おそらく中学生だと思われた。彼女たちは手ぶらで武器のようなものは一切持っていないが、代わりに何かを持っているようだった。それを目にした新庄は、あっと思ったとき、それが自分に襲いかかってきていた。彼女は咄嵯に手を出して防御しようとしてしまう。それを見た佐山は素早く動き、新庄を押し倒し庇うようにすると二人に迫る凶器を持った女子たちに対してナイフを構えた。しかし佐山が二人に対してナイフを構えても意味はなかった。何故なら刃は相手に向けるべきものであるからだ。二人の敵に対し彼は何もできないまま追い詰められてしまうかに見えた。
しかしそこで新庄が動いた。
新庄は腰に差していた小さなポーチの中を探るとその中身を両手に広げて掲げた。彼女達の前に差し出したのは折り紙で作った紙の兜である。