「それは、えっと、僕が言いたかったのは、なんていうか、その、僕が今まで男のふりをしてたのは、ずっと、誰かと、普通に話したり遊んだりしたいって思ってたからだっていうか、まあ、要するに普通の友達が欲しかったんだけど、でも、ほら、僕はこんな風だし、みんなも変だと思ってるし、そんなの無理だって諦めかけてたけど、でも、やっぱり、そんなの、寂しいじゃないか」
新庄は俯き加減になり、視線を落とす。
「だから、佐山くんが僕を好きになったなら、そんな風に言ってくれたら嬉しいけど、でも、佐山くんが嫌だと言うんだったら、仕方ないよ。僕なんかが佐山くんに好かれるわけないし、それに、佐山くんは、僕と違って女の子が好きだもんね。僕も本当はそうなんだけど」
「…………」
「あーもう! こうやって説明してても恥ずかしいよ僕! これじゃまるで僕、変態みたいだよ!」
「……ふむ」
佐山は小さく息を吐いた。新庄の言葉を噛み砕き、飲み込み、理解する時間が必要だったのだ。だが、それも終わった。
だから言うべき言葉を口にした。
「では新庄君。私からも一ついいかね?……いや、この場合は二つだ」
「……う、うん?」
新庄は顔を上げ、佐山を見上げる。彼は微笑を浮かべていた。
「まず、私が君のことを好きであることは間違いがない。確かに最初は、性別など気にせずに友人になりたいと思っただけだったのだが、今ははっきりと、男女の関係を望んでいるよ」
「……それじゃ」
「ああ、喜んでお受けしよう。これからよろしく頼むよ新庄君」
「ホント?本当にいいの?」
「もちろんだとも」
「やったぁ!!」
新庄はその場で飛び跳ねるように喜ぶ。
「ありがと佐山くん! 大好き!」
「私も君が好きだよ」
そう言うなり、新庄はいきなり佐山に抱きついてきた。そして首筋に顔を埋めてくる。
「……あれ? 何だろうコレ? 佐山くんの首筋見てると凄くキスしたくなる。どうしてかな? 女の子同士なのに不思議だね?」
「そうだな。不思議なものだ」
二人は笑い合う。
その光景を見ている者が居れば、きっとこう思ったはずだ。
『こいつらおかしい』
● 教室のドアを開けて中に入った瞬間、佐山は思わず足を止めた。
理由は室内に充満している空気にあった。
いつもと同じはずの空間に、どこか異質なものを感じた。
その原因は、
「おはようございます皆さん! さあ今日も張り切っていきましょう!」
教壇に立つ教師の元気一杯の声にある。
彼女はいつも通り白いブラウスの上に黒いスーツを着ている。ただ、普段ならばスカートであるところがズボンになっている上、その下のストッキングの色が黒ではなく白になっていた。さらに靴下まで履いている。
その格好を見て、佐山は、
(女教師物か)
と納得し、同時に、
(まさか、これがあの先生の正体なのか?)
とも思っていた。
見れば教室の中は、昨日よりも明らかに人数が少ない。十名程度しかいなかった。
新庄の方に視線を向ける。すると新庄はこちらに向かって手を振り、
「おはよー佐山くん」
と言い、それから横の席にいる少女の方を見る。
金髪の少女は新庄の方を向いたまま無言でいる。新庄は少し困ったような顔をして、
「えっと、どうかしたの?」
「……別に」
それだけを言うと少女は新庄から目を逸らすように前を見た。
「あ、そっか。昨日のこと怒ってるんだよね? ごめんね。でも、僕だって必死だったんだよ」
新庄は机の中から教科書を取り出しながら、
「僕が佐山くんのところに行こうとした時、ちょうどみんなが襲ってきたんだ。だから僕、佐山くんのところに行きたくても行けなくて……」
「嘘」
と、金髪の少女が言った。
「あんた、私のこと突き飛ばして逃げようとしたじゃない」
「え!? 違うよ!! そんな事してないよ!!」
「私はちゃんと見たもの。覚えてるわ。それに、もし本当にそんなことをしたんなら、なんで今も無事なの?」
新庄はその言葉に首を傾げ、自分の体を見下ろした。
「あ、ホントだ。僕パンティー一枚になってる。……あれ?でも佐山くんは?」
新庄の言葉を受け、佐山は自分が着ていたジャケットを脱いでみた。
「……」
確かにシャツが破られてはいるが、その下にはまだTシャツがある。
だが、新庄はどうだろうか。彼女の服装は今、ブラウスとベスト、それにタイトスカートという、普通のOLのような姿だった。しかし、今の彼女には、それらを身につけている場所が無いのだ。新庄は慌てて両手で胸を隠し、体を丸めようとする。だがそれはできない。新庄は後ろ手に縛られているからだ。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! そんな、僕はやってない! 本当に知らないよ!!」
新庄は叫ぶ。
「信じてよ! 僕、絶対に佐山くんを襲ったりしないもん!」
その言葉を聞いた瞬間、佐山の中で何かが変わった。
新庄への感情が変化していく。今まで抱いていたものが消えていき、別のものが生まれてくる。
「……新庄君」
呟き、佐山は新庄に近づく。新庄は不安そうな顔を上げ、
「佐山く」
だが、途中で声は途切れた。新庄が息を呑む。
佐山が新庄の肩に手を置いたのだ。新庄の体は小さく震えていた。
「……大丈夫だよ新庄君」
佐山は囁いた。
「私が居る」
そして佐山は新庄の頬に手を添え、顔を寄せていった。

「うぉおお! 来たぞ! 佐山の野郎が来た!!」
一時間目の授業が終わった後、佐山は廊下に出た途端に男子生徒達に囲まれた。
「なぁ佐山! お前、新庄に何する気だよ!」
「そうだぜ! 俺達の新庄に何をするつもりだコラァッ!!」
「あーあ! もう駄目だ! 俺はこの先ずっと佐山をネタに生きてくしかないんだ! 死ねぇえ佐山ぃいいいっ!!」
彼らは口々に叫び、そして襲いかかってくる。
それを、佐山は全て避けた。