謁見の間で待っていると、王がどかどかと足音を鳴らしながらやって来た。スーとハロルはその場で跪く。王が立っている場所とは、人一人分ほどの高低差があった。
玉座にどかりと座ると、肘掛けに肘を突いて拳の上に頬を乗せた。そのまま、目配せで隣の近衛兵に合図を送る。
「良いぞ」
近衛兵の言葉に、二人は顔を上げた。
「大臣が出した手紙は読んだな?」
「はい」
「単刀直入に言うが、わしはお前たちを疑っている。なんでも羽の生えたトカゲのすぐそばに、銀髪赤目の女が居たという話だ。お前の弟子、まさにその容姿に当てはまるな」
白髪交じりの前髪が、タラリと垂れた。前髪の間から覗く目がハロルを凄む。思わず息を呑み、ゴクリと咽喉を鳴らした。
「それに学校で虚構術を使い、人を襲ったとも聞いたぞ」
スーは視線に割って入るように言葉を放つ。
「学校での件は弁明の余地もありません。ひとえに私の教育不足が招いたこと。しかし手紙に書いてありました事件に関しましては、我々は無実です」
「信じられんな。潔白を証明して見せよ。畑を荒らした羽の生えたトカゲは、南の空へ飛び立ったという。そこにはお前の家があるであろう」
「はい」
「お前と弟子ではないと言うのなら、その先にあるイアルグか、或いはエノスか。羽の生えたトカゲの正体を突き止めろ。もしもお前たちではない他の虚構士が後ろで手引きをしているのなら、そいつを捕まえて来い。虚構士ならば虚構士が相手をするのが良かろう?」
「仰せのままに。それでは、国境を超えるにあたって、許可証を戴けますでしょうか」
「無論だ」
王は視線をハロルの隣に居た兵士に向けた。
兵士は王に向かって礼をすると、スーに証書を渡した。それに目を通したスーは、王へ進言する。
「通行許可証をくださり痛み入ります。しかし王。大変恐縮ではございますが、虚構術の使用許可証を頂かないことには、虚構士と相対したときに捕まえることが出来ません」
「はん」
王は嘲りを交えたような短い笑い声を漏らした。
「言ったであろう。わしはお前らを信用していない。使用許可を出して他国で暴れられてはかなわぬ」
「しかし」
「しかし? さっきの今で忘れたのか? お前の弟子は一度しでかしているのだぞ」
スーは拳を握った。ハロルも歯を食いしばる。
「なあ……、お前戦争を起こしたいのか?」
ギロリと睨まれる。王の静かだが気迫がこもった視線に、スーは息を呑んで俯く。
「いえ」
「安心しろ。お前たちには護衛を付ける。腕利きの剣士だ。それで問題なかろう。もとよりわしがお前に依頼しているのは調査だ。虚構士の相手は虚構士。それはあくまで謀《たばか》りを見抜けというだけの話だ。戦えと言っているのではない。もしも戦うハメになるのなら、わしの兵が戦えば良い。兵士が戦わざるを得ない状況ならば、相手側に落ち度があると言える。国同士での問題になったときに、その方が話をまとめやすいのだ。わかれ」
断定的な物言いに、スーは短く「承知いたしました」とだけ返した。
※ ※ ※ ※
王が選定した兵は、スーの家に馬車を連れて直接来ると言うことらしく、その日はそのまま帰された。いつ来るとも言われなかったので、それが明日の朝なのか一週間後の夜なのかもわからない。
「ったくあのクソ王。偉そうにしやがって! 舐めてんのか! 舐めてんだな! あー、もうっ、イライラするっ! いつか虚構術でぎゃふんと言わせてやる!」
「情けない師匠で申し訳ないですねえ」
おっとりとした笑みのスーは、暴言を咎めようとはしない。いつもの調子で叱ってくれると思っていたハロルは、面食らってしまい言葉をなくした。それからややあって、ため息交じりに言葉を返す。
「あ、いや、その……オレが学校でヘマしてなけりゃあ良かったんだよな。ごめん師匠」
肩を落とす。するとそんなハロルの肩に、スーはポンと手を置いた。
「学校の件は残念でしたが、畑荒らしは君ではないのですよね」
「それはもちろんだぜ!」
「では無実を証明しなければなりませんね……しかし、危険を伴う旅になりますから、ハロルはうちで待っていてください」
「はっ、冗談キツイぜ。なんのための弟子なんだよ。それに、オレが居た方が師匠も心強いだろ?」
「それはなんとも言えませんねえ」
「はあ!? オレの強さは知ってんだろ? それに師匠より運動は得意なんだ。足手まといになるつもりはないぜ」
「君が頼もしいのは知っていますよ。それよりもミーンのことです。彼女のことを思うと、君が一緒に居てくれた方が安心かなと思いまして」
「ああ、そっか……」
家に帰ってからやることはいくつかあるが、まずはミーンだ。二人で家を空けるとなると、彼女を一度家に帰さなければいけない。元々、週に何回かは家に帰ってはいたので、その期間が長くなるだけだと思えば、生活面での影響はさほどない。しかし虚構士としての鍛錬を積むのに期間が空いてしまうのは良いことではなかった。せっかく覚えた虚構術も、虚構士ライセンスを持っているハロルやスーが居ない場所では使えないのだ。カンコツを忘れてしまうかも知れない。であればせめて姉弟子のハロルが一緒に残って修行をしながら留守番をするのがベターな選択と言えた。が——
「わたしも行く。お師匠さま、行かせてください」
そう思っていたのはハロルとスーだけだった。
「しかしね、遊びに行くわけではないのですよ」
「わたしは元々遊ぶために弟子入りしたわけじゃあないよ?」
「それはもっともですが、危険が伴うのです」
「修行って、そういうものなんじゃあないの?」
「それももっとも。しかし修行は、わたしが安全だと思える範囲内で行われるものです。厳しいですが、死なない保証があります。僕は死ぬかもしれない旅に出るのですよ」
「だったらわたしがお手伝いする。わたしが行けばハロルも行けるんでしょう? そうすれば——」
「わかんねえやつだな!」
ハロルは声を荒げた。ミーンの肩がビクリと震える。
「師匠は、お前のことを思って言ってんだ! わかれよそれくらい!」
勢いよく捲し立てられ、ミーンはしゅんと萎《しぼ》んでしまう。
「ハロルはどうしてわたしを虚構士に誘ったの?」
突然の質問に、ハロルは間抜けな声を出す。
「え?」
「わたしは、ハロルみたいに成りたいって思ったの。カッコ良くなりたいって。虚構士になったら、ビクビクして生きなくていい。人とは違う自分にも自信を持って生きて行ける。それに、お花を守ることも出来るって。ここで家に帰ったら、わたしはなにに自信を持つの? なにに胸を張れるの? なにを守れるの?」
エメラルドの瞳が、半開きの瞼の奥で輝きを放っている。ハロルは胸を締め付けられてしまい、言葉を返せない。彼女が虚構士になれば、彼女のためになると思っていた。しかしもっと端的な、私利私欲の部分では、友達が欲しかっただけだ。だと言うのに、彼女はとてつもない覚悟で弟子入りしたのだ。師匠の下で過ごさざるを得なく、弟子入りせざるを得なかったハロルとは違う。すべて自分で選んで覚悟を決めてここに来たのだ。
「ミーン」
スーは包み込むような深くやさしい声を向けて、膝を曲げた。
「君の気持ちはよくわかりました。同行を許します。ただし、ご両親を納得させてください。今回の調査がとても危険であると言うこと、死ぬかもしれないと言うことを伝えたうえで」
「はい」
「そして今日のところはおうちに帰りなさい。早ければ明日、兵士が迎えに来るでしょうから」
ミーンは落ち込むハロルの顔を上目遣いに見てきた。目が合って、微笑が零れる。つられてハロルも笑みを返したが、どこか白々しい、乾いたものだと自覚していた。
玉座にどかりと座ると、肘掛けに肘を突いて拳の上に頬を乗せた。そのまま、目配せで隣の近衛兵に合図を送る。
「良いぞ」
近衛兵の言葉に、二人は顔を上げた。
「大臣が出した手紙は読んだな?」
「はい」
「単刀直入に言うが、わしはお前たちを疑っている。なんでも羽の生えたトカゲのすぐそばに、銀髪赤目の女が居たという話だ。お前の弟子、まさにその容姿に当てはまるな」
白髪交じりの前髪が、タラリと垂れた。前髪の間から覗く目がハロルを凄む。思わず息を呑み、ゴクリと咽喉を鳴らした。
「それに学校で虚構術を使い、人を襲ったとも聞いたぞ」
スーは視線に割って入るように言葉を放つ。
「学校での件は弁明の余地もありません。ひとえに私の教育不足が招いたこと。しかし手紙に書いてありました事件に関しましては、我々は無実です」
「信じられんな。潔白を証明して見せよ。畑を荒らした羽の生えたトカゲは、南の空へ飛び立ったという。そこにはお前の家があるであろう」
「はい」
「お前と弟子ではないと言うのなら、その先にあるイアルグか、或いはエノスか。羽の生えたトカゲの正体を突き止めろ。もしもお前たちではない他の虚構士が後ろで手引きをしているのなら、そいつを捕まえて来い。虚構士ならば虚構士が相手をするのが良かろう?」
「仰せのままに。それでは、国境を超えるにあたって、許可証を戴けますでしょうか」
「無論だ」
王は視線をハロルの隣に居た兵士に向けた。
兵士は王に向かって礼をすると、スーに証書を渡した。それに目を通したスーは、王へ進言する。
「通行許可証をくださり痛み入ります。しかし王。大変恐縮ではございますが、虚構術の使用許可証を頂かないことには、虚構士と相対したときに捕まえることが出来ません」
「はん」
王は嘲りを交えたような短い笑い声を漏らした。
「言ったであろう。わしはお前らを信用していない。使用許可を出して他国で暴れられてはかなわぬ」
「しかし」
「しかし? さっきの今で忘れたのか? お前の弟子は一度しでかしているのだぞ」
スーは拳を握った。ハロルも歯を食いしばる。
「なあ……、お前戦争を起こしたいのか?」
ギロリと睨まれる。王の静かだが気迫がこもった視線に、スーは息を呑んで俯く。
「いえ」
「安心しろ。お前たちには護衛を付ける。腕利きの剣士だ。それで問題なかろう。もとよりわしがお前に依頼しているのは調査だ。虚構士の相手は虚構士。それはあくまで謀《たばか》りを見抜けというだけの話だ。戦えと言っているのではない。もしも戦うハメになるのなら、わしの兵が戦えば良い。兵士が戦わざるを得ない状況ならば、相手側に落ち度があると言える。国同士での問題になったときに、その方が話をまとめやすいのだ。わかれ」
断定的な物言いに、スーは短く「承知いたしました」とだけ返した。
※ ※ ※ ※
王が選定した兵は、スーの家に馬車を連れて直接来ると言うことらしく、その日はそのまま帰された。いつ来るとも言われなかったので、それが明日の朝なのか一週間後の夜なのかもわからない。
「ったくあのクソ王。偉そうにしやがって! 舐めてんのか! 舐めてんだな! あー、もうっ、イライラするっ! いつか虚構術でぎゃふんと言わせてやる!」
「情けない師匠で申し訳ないですねえ」
おっとりとした笑みのスーは、暴言を咎めようとはしない。いつもの調子で叱ってくれると思っていたハロルは、面食らってしまい言葉をなくした。それからややあって、ため息交じりに言葉を返す。
「あ、いや、その……オレが学校でヘマしてなけりゃあ良かったんだよな。ごめん師匠」
肩を落とす。するとそんなハロルの肩に、スーはポンと手を置いた。
「学校の件は残念でしたが、畑荒らしは君ではないのですよね」
「それはもちろんだぜ!」
「では無実を証明しなければなりませんね……しかし、危険を伴う旅になりますから、ハロルはうちで待っていてください」
「はっ、冗談キツイぜ。なんのための弟子なんだよ。それに、オレが居た方が師匠も心強いだろ?」
「それはなんとも言えませんねえ」
「はあ!? オレの強さは知ってんだろ? それに師匠より運動は得意なんだ。足手まといになるつもりはないぜ」
「君が頼もしいのは知っていますよ。それよりもミーンのことです。彼女のことを思うと、君が一緒に居てくれた方が安心かなと思いまして」
「ああ、そっか……」
家に帰ってからやることはいくつかあるが、まずはミーンだ。二人で家を空けるとなると、彼女を一度家に帰さなければいけない。元々、週に何回かは家に帰ってはいたので、その期間が長くなるだけだと思えば、生活面での影響はさほどない。しかし虚構士としての鍛錬を積むのに期間が空いてしまうのは良いことではなかった。せっかく覚えた虚構術も、虚構士ライセンスを持っているハロルやスーが居ない場所では使えないのだ。カンコツを忘れてしまうかも知れない。であればせめて姉弟子のハロルが一緒に残って修行をしながら留守番をするのがベターな選択と言えた。が——
「わたしも行く。お師匠さま、行かせてください」
そう思っていたのはハロルとスーだけだった。
「しかしね、遊びに行くわけではないのですよ」
「わたしは元々遊ぶために弟子入りしたわけじゃあないよ?」
「それはもっともですが、危険が伴うのです」
「修行って、そういうものなんじゃあないの?」
「それももっとも。しかし修行は、わたしが安全だと思える範囲内で行われるものです。厳しいですが、死なない保証があります。僕は死ぬかもしれない旅に出るのですよ」
「だったらわたしがお手伝いする。わたしが行けばハロルも行けるんでしょう? そうすれば——」
「わかんねえやつだな!」
ハロルは声を荒げた。ミーンの肩がビクリと震える。
「師匠は、お前のことを思って言ってんだ! わかれよそれくらい!」
勢いよく捲し立てられ、ミーンはしゅんと萎《しぼ》んでしまう。
「ハロルはどうしてわたしを虚構士に誘ったの?」
突然の質問に、ハロルは間抜けな声を出す。
「え?」
「わたしは、ハロルみたいに成りたいって思ったの。カッコ良くなりたいって。虚構士になったら、ビクビクして生きなくていい。人とは違う自分にも自信を持って生きて行ける。それに、お花を守ることも出来るって。ここで家に帰ったら、わたしはなにに自信を持つの? なにに胸を張れるの? なにを守れるの?」
エメラルドの瞳が、半開きの瞼の奥で輝きを放っている。ハロルは胸を締め付けられてしまい、言葉を返せない。彼女が虚構士になれば、彼女のためになると思っていた。しかしもっと端的な、私利私欲の部分では、友達が欲しかっただけだ。だと言うのに、彼女はとてつもない覚悟で弟子入りしたのだ。師匠の下で過ごさざるを得なく、弟子入りせざるを得なかったハロルとは違う。すべて自分で選んで覚悟を決めてここに来たのだ。
「ミーン」
スーは包み込むような深くやさしい声を向けて、膝を曲げた。
「君の気持ちはよくわかりました。同行を許します。ただし、ご両親を納得させてください。今回の調査がとても危険であると言うこと、死ぬかもしれないと言うことを伝えたうえで」
「はい」
「そして今日のところはおうちに帰りなさい。早ければ明日、兵士が迎えに来るでしょうから」
ミーンは落ち込むハロルの顔を上目遣いに見てきた。目が合って、微笑が零れる。つられてハロルも笑みを返したが、どこか白々しい、乾いたものだと自覚していた。