「よし、今日もすぐに部屋が埋まってくれたな」
先ほどの盗賊のようなやつらのあとは、まともなお客さんが来てくれて、すぐに4組の客室が埋まってくれた。やはりこの世界では宿を求めている人は多くいるようだ。
「それにしても様々な種族のお客様がいらっしゃいますね」
「確かにそれは俺も思ったな」
今日この温泉宿に泊まってくれたお客さんは人族とネコの獣人の冒険者パーティ、4人組の人族の冒険者パーティ、3人組の鳥人族の旅人、3人組の人族の商人だった。
今のところは半分くらいが人族で、残り半分が様々な種族だった。鳥人族という種族は異世界の街でも見たことがなかったが、腕の内側に羽があって、短い時間なら飛ぶことも可能らしい。
「その割には魔族はおらんかったのう」
「魔族と人族の停戦協定が結ばれてからまだそれほど時間も経っていないからね。それによく使われているこの通貨は魔族が大勢いる領地では使われていないからかも」
確かに引き戸の条件でその辺りは絞っている。やはり停戦協定が結ばれても人族の領域に魔族が来るのはまだまだ先の話らしい。
個人的にはもっと商人とかが来るのかとも思っていたけれど、2日間で1組しか来ていない。やはり商人は1~2人で移動しているか、護衛を連れてもっと大人数で移動をしており、3~5人の条件に引っかからないのだろうな。
今回来てくれた3人組の商人さんは大きな背荷物を背負って小さな村を回る行商人さんだった。
「それと最初は全員が警戒しておりましたが、先ほどのゴミどもを除いたすべてのお客様が宿泊されてくれましたね」
……まあ、さっきのやつらがお客さんではなく、ゴミみたいなやつだったのは否定しない。
「やっぱり最初は怪しいと思っていても、宿だと思ったら珍しいから泊まってみたくなるんだと思うよ」
もちろん多少お金を払っても宿に泊まれるという魅力もあるが、やはり話のネタや経験として泊まりたいという気持ちが大きいんだろうな。ここからリピーターを獲得できるかが、この温泉宿の課題といったところだろう。
「あとはみんなみたいに綺麗な女性たちが出迎えてくれる宿に泊まりたいと思えるのもあるだろうね」
多少はみんなのモチベーションを上げるお世辞だが、半分以上は本音だったりもする。男として美人の女将さんがいる温泉宿には泊まりたくなるものなのである。
「えへへ~そんな綺麗だなんて!」
「ふっふっふ、わかっておるではないか!」
……相変わらずフィアナとロザリーはチョロすぎて逆に心配になるな。まあ半分以上は本音だから問題ないだろう。
「ヒトヨシ様も限りなく稀有で希少な変わった性癖を持っているお客様には需要があると思いますよ」
「やかましい!」
むしろ俺に需要がある人のほうがおかしいみたいな言い方はやめい!
素直に褒めたのにけなされたぞ!? もう褒めてやらんからな!
「いやあ、このビールというお酒や料理は本当においしいですな!」
「ええ。こっちのすき焼きという料理は初めて食べましたが、この濃厚で甘辛い味付けは素晴らしいですね!」
「サバの味噌煮という料理の味付けもたまりませんよ! それにそっちの野菜の揚げびたしという料理も最高です。まさか野菜がこれほどおいしく感じるとは!」
今日のメニューは小鉢とサバの味噌煮、ナスやアスパラガスやオクラの揚げびたしとメインのすき焼きである。基本的にこの宿の晩ご飯のメニューは肉と魚と野菜をバランスよく提供している。
今料理を味わっているのは男3人組の商人たちだ。この温泉宿にやってきた時は3人ともとても大きな背荷物をしょっていた。先ほど話を聞いたところ、大きな街を回るわけではなく、大きな商人たちがまわらないような小さな村々を回る行商人らしい。
異世界の村々を回る行商人か。きっと様々な苦労があるのだろうから簡単に言うものでもないかもしれないれけど、かなり羨ましく思っている。いろんな村や街を回って旅をするのってなんだか憧れるよね!
「満足してくれたようで、こちらとしてもとても嬉しいですよ」
「なにせ日々の食事は固い干し肉や塩漬けにしたしょっぱい保存食ですからね。行商の途中でこれほどおいしい食事を取れるとは思ってもおりませんでしたよ!」
「それにあの温泉というお風呂もとても素晴らしかったですよ! 旅の疲れが一瞬で吹き飛びました!」
「しかし道中でこれだけ快適な思いをするとあとが辛いかもしれません。ここにいつでも来られれば最高なんですけどね」
「こればっかりは難しいですからね。また引き戸が現れた場所に来る際にはぜひまた寄ってください」
この商人さんたちは様々な村を回っているが、引き戸が現れた場所を回るのは3~4か月に1回ほどらしい。一度引き戸が現れた場所に固定されるとなると、新しい場所を旅する旅人たちはこの温泉宿をあまり利用できないのかもしれない。
「逆にいつでも泊まれるようになってしまったらすぐに破産してしまいますので、ある意味良かったとも言えますね」
「はは、確かにそうですね」
確かにいつでも来られると、お金がすぐになくなってしまうのかもしれない。人は一度贅沢な味を味わってしまうとそれを繰り返したくなるものだよな。
「なあ、お兄さんたち。少しそっちの席にお邪魔してもいいか?」
話をしていると、商人の人たちの席に鳥人族3人組のお客さんたちがやってきた。