「さて、問題はこいつらをどうするかだな……」

 温泉宿のフロントには拘束された5人の男がいる。フィアナが気絶させている間に武装を解いてロープで縛り拘束している。

 盗賊たちが現れることは想定しており、どのように対応するのかは考えていたが、拘束したあとのことはまだ考えていなかった。まさか営業2日目にそんなやつらが現れるとは思ってもいなかったからな……

 この引き戸もさすがに宿へ来たら犯罪を犯す者なんて、未来や人の内心までを見通すことはできないようだ。

「普通に元の場所に戻して処刑すればいいのではないですか?」

「………………」

 相変わらずポエルは天使のくせに慈悲はまったくないようだ……

 とはいえ、これに関しては俺もそれが一番手っ取り早いとも思っている。こいつらは俺たちを襲おうとしていたわけだし、正当防衛も十分に主張できるだろう。

「基本的に盗賊や強盗は斬っても罪にはならないし、僕もいつもそのまま斬るか衛兵に突き出しているよ。でも街までこいつらを引き渡すのも難しいし、手間がかかるんだよね」

 フィアナの言う通り、一番いいのは近くの街の衛兵に突き出すことだが、この温泉宿の引き戸は街の指定ができないし、近くの街までこいつらを連行していくのはとても手間がかかる。

 それに衛兵にこの温泉宿のことを説明するのも難しいもんな……

「うむ、妾も賛成じゃな。こうした輩は魔族にもよくいたが、変に情けをかけて解放すればまた同じことを繰り返して、他の善良な民たちが被害を被るだけなのじゃ」

 そう、ロザリーの言う通り、ここで変な情を出してこいつらをこのまま解放をしてしまえば、きっとこいつらはまた同じことを繰り返すだろう。そしてその不利益を被るのは別の冒険者か商人か村人たちである。

 こいつらを出禁にすればもうこの宿に来ることはできないが、そのまま解放して他の人が困るのは嫌だな。

「そうなんだよな……とりあえず、そのまま解放するのはなしだな。だからといって、こんなやつらを殺して俺たちの手を汚すのも嫌だしなあ……」

 さすがにそんな汚れ仕事をみんなに任せるのも嫌だし、俺自身が人を殺すなんて絶対にやりたくない。

 そもそも俺にそんなことができるわけないんだよ……

「ふむ……じゃったらこういうのはどうじゃ?」

「うん?」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「お頭、お頭!」

「……ああん?」

 なんだ、頭がボーっとしやがるぜ……

「いてえ!」

 頭がはっきりすると、今度はいきなり右腕が痛み始めた。

 ちくしょう、あのクソ女に右腕を折られたんだったな。くそっ、覚えていやがれ! アジトに戻って仲間を全員連れてもう一度あの宿を襲ってやる!

 あの女が魔法を使ったのかは知らねえが、気が付けば仲間が全員気を失っていた。だが、アジトに戻れば俺の部下が30人はいる。今度は相手が何か魔法を使う前に全員で突っ込んでやればいい!

 そしてあの女が自分から殺せというくらいまで追い込んでやるぜ!

「お頭……」

「野郎ども、一度アジトに戻るぞ! 他の仲間を連れて全員であの宿を襲うぞ!」

「いえ……その……アジトはどこなんでしょう?」

「なに?」

 部下に言われて気付いた。

 ここはどこだ? 俺たちは街からアジトに戻る途中の岩場で野営をしようとしていたところで、あのおかしな扉を見つけたはずだ。だが今は一面広がる森の中にいる。

 夢……ってことはないな。俺の愛剣もねえし、持ち物も何ひとつねえ。そしてなにより、この右腕の痛みは本物だ。

「森の中か。あのあたりの森だとカウエナの森あたりになんのか……いや、あの森からならどっかに山が見えるはずだが、それも見えねえ……いったいどうなっていやがるんだ……」

 あのあたりの森ならカウエナの森で間違いないはずなんだが、このあたりならどこからでも見えるはずの一番大きい山が見えねえ。いったいここはどこなんだ?

「ちっ……まあいい。とりあえず他のやつらを起こして移動するぞ。武器がねえのはちと不安だが、どうせこの辺りにはつええ魔物なんていねえからどうとでもなる」

「はい、さすがお頭っす!」

「さっさとアジトに戻ってもう一度あの岩場に行くぞ。あのクソ女どもに痛い目を見させてやらねえとな!」

「うっす!」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「これでよしっと。これ以降は俺たちのかかわることではないな。……まあ十中八九死ぬだろうけれど、俺たちを殺そうとしていたわけだし、自業自得ということで」

「川や果物もあったし、運が良ければ数年くらいは生きられるかもしれないのじゃ」

 例の拘束した盗賊たちだが、持ち物をすべて没収したのち、拘束を解いて引き戸の外に解放した。ただし、解放した場所はこいつらがこの温泉宿にやって来た場所ではなく、ロザリーが引きこもっていた森の中だ。

 さきほどのロザリーの提案は、ロザリーが20年近く引きこもっていた森にあいつらを捨ててくるという提案だった。なんでもその森は人族の領域からも魔族の領域からも相当な距離が離れているらしく、他の人に迷惑をかける可能性もないらしい。

 川もいくつかあるし、食べられる草や果物なんかもあって、その森で生き延びることは十分に可能なようだ。……ただ、その森には凶暴な魔物が多いらしいから、その森で寿命をまっとうできる可能性は限りなく低いだろう。

「悪党相手ならそこまで気にする必要ないのにね。ヒトヨシさんが嫌だったら僕がやるのに」

 悪党相手には容赦がない。ただ、どちらかというとこれは完全に俺のエゴになる。

 やっていることは処刑と似たようなものだが、さすがに直接手を下すのはちょっとな……

 一応生き延びられる可能性はあることだし、これからも強盗が来たらこの対応にするとしよう。