「それじゃあ世話になったな」

「温泉ってやつも、酒や飯も本当に最高だったぜ!」

「ええ、絶対にまた来るわね!」

「ありがとうございます。またこちらの温泉宿にお越しいただける際には、営業時間中にこちらの名刺を持って引き戸のある場所に来ていただければ、引き戸が現れます。もしも引き戸が現れないようなら、その際はすでにお部屋が一杯ということになります」

 冒険者の3人組がチェックアウトをするので、お見送りをしている。その際にこの温泉宿へ来ることができる名刺を2枚渡した。

 名刺と言っても、白い紙の表にはこの世界の共通語で温泉宿日ノ本、そして裏には温泉マークが書いてあるというシンプルなものである。

「おう。絶対に失くさないようにしないとな」

「あとはここに来るときは早く来ねえといけねえな。扉の前まで来て、泊まれないなんて最悪じゃねえか!」

 名刺は1枚紛失した時のためにパーティ単位で2枚渡している。

 この温泉宿は週休2日で、泊まる際には16時から受付を開始している。しかし温泉宿である以上、部屋の数は限られているため、部屋が一杯になってしまったら、引き戸を閉じてしまう。

 以前に来られたお客様たちの受付は16時から開始して、17時ごろまでに客室が埋まらない場合には引き戸の条件を指定して新しいお客さんを呼ぶといった営業体制にする予定である。客室の数は少しずつ増やしていくことにしよう。

 とはいえ常連さんばっかりになってしまっては目的である温泉宿を広めていくということができなくなってしまう。できるだけ新しいお客さんを呼んで温泉宿の噂を広めていけば、きっと少しずつ温泉宿が広まっていくだろう。

 まあ、天然の温泉というのはかなり珍しいから、最初は銭湯付きの宿からだろうけどな。

「それではご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「「「またのお越しをお待ちしております」」」

 俺が頭を下げたあとに従業員の3人が頭を下げて冒険者のお客さんを見送る。

 そして同様にもう2組のお客さんも全員で見送った。





「ふう~とりあえずご苦労さま。まだ1日目だけれど、みんな本当によくやってくれたよ」

 お客さんを見送ったあとは従業員全員で集まって仕事のことについて話し合う。基本的にお客さんがチェックアウトしたあとか晩ご飯の時に、その日の出来事について従業員で報告し合って共有をする。仕事上でのホウレンソウはマジで大事!

「こっちとしては細かなことはあるけれど、あとは経験をどんどん積んでもらえれば大丈夫っていう感想かな。みんなはどうだった。温泉宿の仕事はこんな感じになるけれど続けられそう?」

「そうですね、今のところは問題なさそうです。知らない人を接客するというのは意外と大変なのですね。ですが、以前までの職場があまりにも酷かったので、まったく気になりません」

「そ、そうか、それはよかった……」

 ポエルは駄女神の下でだいぶブラックな環境にいたらしいからな。さすがにそれより酷いと言われていないようでよかったよ。

「あとは日々のまかないの食事の量をもう少し増やしてくれれば文句はありませんね」

 3人とも相談して、俺も含めたみんなのまかないはお客さんと同じ料理を作ることになった。手間的には4人分多く作るだけなので、大した手間ではないからな。大体の材料費だけを給料から引くようになる。

 この温泉宿で出す食事の量についてだが、俺の実家で出している食事の量よりも多くしてある。こちらの世界のほうが、運動をしてお腹を空かせた冒険者のようなお客さんが多いだろうからな。

 料理に関してはそこまで利益が出ていないのだが、その分の利益はお酒で稼いでいるというわけだ。

「いや、あれでも普通の宿の食事よりは量を多くしてあるから、これ以上は駄目だな。あんまり食べすぎると健康にもよくないぞ」

「………………ちっ」

 うわ、舌打ちしやがったよ、この天使!? あの冒険者のリーダーもポエルを見て少し見惚れていたみたいだけど、中身はこんなんだからな!

 まあ、仕事はちゃんとやってくれて、お客さんにはこんな態度を取らなかったからいいんだけどさ。

「僕も全然大丈夫だよ! お客様と話すのは少しドキドキするけれど、みんな笑顔でお酒や料理をとってもおいしそうに食べてくれるから、本当にやりがいのある仕事だね!」

「おお、フィアナがそう言ってくれるのは嬉しいな。お客さんたちもフィアナがそう思って笑顔で接客してくれると嬉しいと思うぞ」

 やりがいのある仕事、そうフィアナが思ってくれているのならなによりだ。接客業でのやりがいは、お客さんが楽しんでくれているのを見たり、接客したお客さんたちから感謝の気持ちを伝えられることだものな。

「それになにより、いつもみたいに寝ずに働かなくてもいいし、命のやり取りをしなくてもいいから最高だね!」

「ああ……うん、そうだな……」

 本当にこの元勇者は不憫すぎる……その条件だと、ここの仕事だけじゃなくて、大抵の仕事が当てはまるんだけど……

「妾もまったく問題ないぞ! やはり、人とのふれあいというものは大事じゃな。それにここにおるといろんな種族たちの者が楽しんでいる姿を見られて、とても楽しいのじゃ!」

「それは俺も思った。いろんな種族のお客さんが来てくれて、この温泉宿の温泉や料理やお酒を楽しんでくれるのを見るのは俺まで楽しくなってくるよ」

 昨日来てくれたお客さんたちは人族にドワーフにエルフと、全員が違う種族だったが、その全員が楽しそうに過ごしてくれていた。そんな姿を見るのは温泉宿を経営している側としても楽しくなってくる。

「あえて言うのなら、もう少し妾の作業を減らしてもらってもいいのじゃがな」

「……いや、ロザリー本人はもっと働いてもいいくらいだぞ」

 あくまで動いてくれているのは召喚したゴーレムたちで、ロザリー本人はみんなの中で一番働いていないからな……本当にこのヒキニートは……

 とりあえず3人とも問題なくこの仕事を続けてくれそうなことには少しほっとした。

 とはいえまだ安心はできない。まだたった1日が終わっただけだからな。少なくとも休みの日までは気を引き締めていこう!