「おお、これは広いな!」

「すっげ~! こんなにでけえ風呂初めて見たぜ!」

 今はランダと一緒にこの宿の温泉とやらに入りに来ている。

 さっき店主と思われる男がこの宿のウリといっていただけあって、さすがに見事な浴場である。そもそも脱衣所にあったあの大きくて曇りのない見事な鏡を見た時点でとても驚いた。

 あんなに大きくて綺麗に自分を映す鏡なんて初めて見たな。下手をすれば貴族でも持っていないんじゃないかと思わせるすごい代物だった。

「よっしゃあ、早速入ろうぜ!」

「待て、ランダ! 入り口の張り紙に書いてあっただろう。いきなり湯船に入るのは駄目だ」

「おっと、そうだった! 先に身体を軽く洗い流さなくちゃいけないんだったな」

 男湯に入ってすぐのところにここの温泉の入り方が共通語とわかりやすい絵で書いてあった。絵もあったのは文字の読めない者や、共通語ではない場所から来た者への配慮だろう。

 張り紙によるとまずはかけ湯と言って、お湯をかけて埃や汚れを落として入るんだったな。確かに今の俺達は裸になったとはいえ、まだ土や埃なんかが身体中についている。湯船を汚さないためにも、まずはお湯をかけてそれを取り除くのだろう。

「ここにある桶を使っていいらしいな」

 浴場に入ってすぐの場所に木でできた桶が積まれていた。この桶で湯船の湯を身体にかけて汚れを落とすらしい。

「ああ~温かくて気持ちいいな!」

「ああ。このお湯をかけるだけでもすでに十分気持ちいいぞ!」

 時期的に今はまだマシなほうだが、寒い時期の川での水浴びは本当に辛いものがある。身体をずっと拭かないと不快で臭うし、髪の毛は油でベトベトになってしまうから、寒い中身体を震わせて冷たい水で身体を拭かなければならない。

「うあああああ~」

「ああああ……こいつは効くなあ~」

 体の汚れを落とし、湯船の中にゆっくりと身体を沈めていくと、思わず声が出てしまった。

 最初は少し熱いと思っていた湯船だが、少しすると身体が慣れてきたようで、身体全体がだんだんと温まって心地よい感覚に包まれていく。

 まるでここ数日間の移動と魔物との戦闘での疲れが、すべてこの湯の中に溶けて消えていくような感覚がしてくるほどだ。

「湯の中に身体を沈めるのがこんなに気持ちがいいとは思わなかったぜ! 街の公衆浴場の小さなぬるい湯につかるのと全然違うぞ!」

「そうだな。なるほど、あそこの管から熱い湯が常に流れているから、この湯船は常に温かいわけか」

 確かこの宿の主人は地中から高温の湯が湧き出ると言っていた。おそらくその高温の湯を常に湯船に流すことによって、湯船全体の温度をこの温度に保っているのだろう。

「……確かにこれは普通の水じゃないな。少し変わった臭いもするし、肌がツルツルとする気もするぞ」

「本当だ、でもそこまでは気になんねえな。それにしてもこんなに広い風呂なのに誰もいないっていうのはどういうことだ?」

「おそらく、まだこの宿は開いたばかりなんだろう。あの部屋もそうだったが、この宿にあるすべての物が真新しかった。しかし、あの広い部屋とこの温泉という風呂があるだけで、倍の値段がしてもおかしくない気もするな」

「もしかすると開店したばかりの特別料金なのかもな!」

「ああ、そうかもな。少なくともあの川辺で野宿するのとは天と地の違いだ。この宿へ泊まれることになって本当に運が良かったな」

「ちげえねえ。そんじゃあ俺は一度出て、身体を洗うとするか」

「俺もそうしよう」

 なかなかお湯が高温だから、そろそろ身体が熱くなってきた。一度湯船から上がって身体を洗うとしよう。

「ふむふむ、こっちのレバーを回すと……おお、本当にお湯が出てきたぜ!」

「これはすごい魔道具だな。あの扉の魔道具といい灯りの魔道具といい、この宿のある国はこれ程便利な魔道具が溢れている国なんだな」

「まるで別の世界に迷い込んできたみたいだぜ」

「言いえて妙だな。ええ~と、説明によるとこっちが髪を洗う用で、こっちが身体を洗う用か。おおっ、見ろランダ、めちゃくちゃ泡がでてきたぞ!」

「ははは、リーダーの頭が泡だらけだぜ! なんだかいい香りもするし、街で売っている高価な石鹸なんかよりもよっぽどすげえぞ!」

「確かにな。それにみるみるうちに汚れが落ちていく。こいつはすごいな」

 身体を洗ったあとはもう一度湯船にゆっくりと浸かってから、ランダと一緒に温泉をあとにした。



「さすがにまだウラネは出てきてないみたいだな」

「ここで少し待っていようぜ。おおっ、このソファはすっげえ柔らかいぞ!」

 温泉を出たあとはこのまま晩ご飯を食べるから、休憩室という部屋でウラネを待つことにした。ここは温泉から出た後に待ち合わせをする場所になっているらしく、部屋にもあった畳が敷いてある場所とソファが置いてあった。

「……なあ、これ気にならねえか?」

「ああ、やっぱり気になるよな」

 俺の目の前にあるのは大きな金属の塊だが、中には商品が沢山入っていて前面はガラスで覆われている。その中には商品と思われる名前と金額がそれぞれに書いてあった。

()()()()()と書いてあるが初めてみる。商品は飲み物で、下に書いてある金額を入れてから番号を押せって説明が書いてあるな」