「「「いらっしゃいませ、ようこそ温泉宿『日ノ本』へ!」」」
「ぬおっ!? なぜこんな炭鉱の奥にこんな場所が!?」
「むむっ、明るすぎてまだ目が慣れんのう」
「まさかこの扉は別の国につながっておるのか!?」
今回のお客さんは3人組のドワーフのようだ。異世界の街でも見たが、ドワーフは普通の人族よりも背が少し低く、必ずと言って良いほど口ひげを生やしているからすぐにわかる。
どうやら引き戸は炭鉱の中につながったらしく、まだ目が慣れてないらしい。背中には炭鉱で掘ってきたと思われる鉱石を籠に入れて背負っており、大きな斧と槌をこちらに向けている。
「いらっしゃいませ、ここは温泉のある宿となっております。まずは武器を納めてください」
今回はフィアナと俺が前に出てドワーフのお客さんを迎えている。
やはり武器を構えてくるお客さんが基本のようだ。まあ魔法があったり魔物が存在する物騒な世界だ。引き戸は人里から離れた場所に現れるようだし、警戒するのは当然と言えば当然か。
戦闘能力のない俺とポエルはフィアナかロザリーと一緒にお客を出迎えたほうがいいかもしれないな。
「温泉っちゅうのは知らんが、ここは宿なのか?」
「はい。この引き戸という扉は魔道具で、いろんな場所につながっているんだよ……じゃない、います」
フィアナはまだ敬語には慣れていないので、言葉遣いは怪しいけれど、とてもいい笑顔で接客をしてくれる。多分ブラックな仕事から解放されて今は清々しい気持ちでいっぱいなのだろう。
そして女性ものの着物を着ているフィアナは綺麗な女性にしか見えない。……まあ着物は胸の小さい人のほうが似合うと前に聞いたことがある。さすがにフィアナには絶対に言えないけれど。
「ほう……確かに見たことがない造りじゃな」
「うむ。それにこの建物の装飾は素晴らしいのう。細かな部分まで精密に作られておるな」
「この扉のガラスもワシらの国では見たことがないほど見事な加工が施されておったのう」
どうやらドワーフさん達が見るところはさっきの冒険者達とはだいぶ異なるようだ。建物やフロントの細かな装飾を詳しく見ているらしい。そしてようやく武器である斧や槌を下ろしてくれた。
「温泉は地下から湧き出る高温のお湯を使ったお風呂です。おひとり様1泊銀貨7枚、晩ご飯と朝ご飯の2食付きで金貨1枚となります」
「なに、こんな場所で風呂に入れるのか!?」
「さっきまで鉱石を掘っておって身体中泥だらけじゃから、こんな場所で風呂に入れるのはとてもありがたいのう!」
「今日はもう十分な鉱石を掘れたから、鉱山から出て野営の準備をするところじゃったからちょうどいいんじゃないか。この宿の造りも興味深いし、泊まることにせんか?」
「うむ、賛成じゃ!」
「そうじゃな、別の国の宿もとても気になるし、賛成じゃ。もちろん飯も気になるから飯付きで頼むとしよう!」
「ありがとうございます。3名様で金貨3枚となります」
「おう、これで頼む」
フィアナがドワーフのひとりから金貨3枚を受け取る。
「ちと気になるのじゃが、ここでは酒は出すのか? 別の国の酒は少し興味があるのう」
「はい、別料金だけど、お酒も出してますよ」
「おお、それは楽しみじゃな!」
「どんな酒があるんじゃ?」
「ええ~と……」
「冷たく冷やされて喉越しがスッキリとしたビールというお酒、米という穀物から作られた独特の香りのする日本酒、蒸留という手段を用いて酒精の強さを上げた蒸留酒、他にもワインや果実酒など、様々なお酒を取り揃えておりますよ」
フィアナに助け舟を出した。さすがにみんなはまだ細かいお酒の種類などは覚えていないからな。
「おおっ、そいつは楽しみじゃ!」
「ならば、温泉とか言う風呂の前に酒からもらうとしようではないか!」
「申し訳ございません、飲酒後のお風呂は非常に危険となりますので、お酒を飲まれる場合には温泉を楽しんでからでお願いします」
実は飲酒後の入浴は危険な行為なのである。飲酒した後すぐに風呂へ入ると急速に酔いが回り、脳卒中や心臓発作を引き起こす可能性が上がったり、湯船の中で眠って溺死する可能性だってある。
なので当温泉宿では温泉に入る前の飲酒は禁止している。
「むうっ、そいつは残念じゃな……」
「ですが当温泉宿のお酒は食事にとても合いますので、ご夕食を楽しみにしておいてくださいね」
「ほう、そいつは期待してしまうぞ!」
「よし、期待しておくことにするわい!」
ふっふっふ、俺のストアの能力で購入できる元の世界の酒は異世界の街で飲んだ酒とはレベルが違うからな! さきほどの冒険者もそうだが、ぜひともこの温泉宿の常連にしてくれるぜ! 楽しみに待っているがいい!
そのあとは先ほどの冒険者パーティと同様に部屋までの案内を終えた。
「フィアナ自身でもわかっていると思うけれど、たまに言葉遣いが少し変になることくらいかな」
「は、はい! 今後は気を付けます!」
「まあ、そのあたりは徐々に直していけばいいからね。それ以外の接客はとてもよかったよ。とくに笑顔がよかったからそのままの調子で頼むよ」
「はい! ありがとうございます!」
どうやら褒められたことがよっぽど嬉しかったらしく満面の笑みをしている。今までブラックな環境で働いていてロクに褒められたことがなかったのかもしれない……
フィアナは褒めて伸ばしてあげるようにしよう。
「おっと、ちょうど3組目のお客さんも来ているみたいだな」
フィアナとフロントに戻ると、すでに新しいお客さんが来ているようだった。さて、どんなお客さんだろう?