「よし、いざ異世界の街へ!」
「張り切っているな、ヒトヨシ」
「そりゃまあこの世界に来て初めての街だからね。緊張もするけれど、楽しみのほうが大きいよ」
昨日フィアナとロザリーには俺が異世界からやってきたことを話したが、2人とも思ったよりもすんなりと受け入れてくれた。そもそも異世界というものがいまいちピンと来ていないような感じではあった。
まあ昔の文明レベルの日本からしたら、外国だって異世界と同じようなものだっただろう。少し文明が発達した外国のような認識で間違えないと言えば間違いないもんな。
とはいえ、さすがに天使であるポエルや神様の話については話していないので、ポエルはこちらの世界にやってきてから知り合ったと説明しておいた。
「それじゃあどこかの大きな街の近くに引き戸をつなげるぞ」
この温泉宿の引き戸は俺が望んだ条件を満たす人の前に現れるのと、俺自身がこちらの異世界の世界へ行くこともできる。今までも異世界の街に行ってみたかったが、なにせ俺もポエルも戦闘能力は皆無だからな。
護衛ができるフィアナとロザリーを従業員に迎えて初めて異世界の街へ行けるというわけだ。
もちろん遊びに行くわけではなく、店を開く前に現地の人たちがどんな生活を送っているのかを見ておきたかった。それにこちらの世界には人族や魔族以外の種族もいるらしいから、それに慣れておくという意味もある。
「……よし、これでこの引き戸は大きな街の近くの人通りがないところにつながったはずだ」
「ほお、これは便利なものじゃな」
「とはいえ、ここに行きたいみたいな指定はできないから難しいところだな」
残念ながら、この街に行きたいみたいな感じで特定の場所を指定することはできないらしい。どこにつながるかは運次第というわけだ。
だがその代わりに、一度行ったことのある場所には何度も行くことができるらしい。気に入った街の市場などで、定期的に異世界の市場で食材を仕入れに行くことも可能というわけだ。
「俺の服はどうかな、変に思われないかな?」
「大丈夫です。誰もヒトヨシ様のことなど微塵も気に留めないと思いますよ」
「……引っかかる言い方ではあるが、この格好で問題はなさそうだな」
この世界にやってきた時の俺の格好はいわゆる料亭や温泉宿で見るような作務衣姿だった。温泉宿で仕事をする時はこの格好で過ごすが、さすがに異世界の街では目立ちすぎるため、今はこちらの世界に合わせた服装をしている。
今はストアで購入した目立たなそうな襟付きのシャツとズボンを着ている。この格好なら多分目立たないだろう。
「人族の街に行くなどだいぶ久しぶりじゃから、楽しみなのじゃ!」
「ええ、私も楽しみです」
「街をゆっくりと回れるなんて久しぶりだなあ」
「………………」
まあぶっちゃけ俺が目立とうが関係ないんだけどね……
なにせこちらの連れは銀髪のメイド服を着た天使、立派な鎧と剣を身に付けた元勇者、角は帽子で隠しているとはいえ真っ赤な髪のゴスロリ服の前魔王。俺なんて見向きもされないだろう。
特にロザリーのゴスロリっぽい服は目立ちすぎるから着替えてほしかったのだが、その服は特別製らしく、あんな見た目なのに丈夫で魔法の補助効果があるそうなので、無理に別のをとは言えなかった。
きっと世間知らずのお嬢様がメイドと護衛と下男を連れて街を歩いているとか思われるんだろうな。……って誰が下男だ!
「よし、いざ異世界の街へ!」
アホなひとりノリツッコミを終えて、引き戸を開いた。
「……ここは森の中か?」
「ええ、そのようですね」
引き戸の先は森の中だった。生い茂った木々の隙間から木漏れ日が差し込む。そういえば太陽の光を見るのは久しぶりな気がする。
後ろを見ると、何もない森の中にポツンと青い布地に温泉マークが描かれた暖簾があり、その奥には木とガラスでできた引き戸が見える。
なるほど、この引き戸は外からこんなふうに見えるのか。……森の中にポツンとこんな怪しい引き戸があってお客さんは入ってくるのかな? いや、逆に何があるのかと気にはなりそうか。
「近くに街があるはずなんだけどな」
この引き戸は人がいないところに現れてしまうようだが、少なくとも近くに街があるはずだ。
「ヒトヨシさん、僕に任せて!」
「おわっ!?」
そう言うとフィアナは近くにあった大きな木を駆け上がっていった。あんなに重そうな鎧を身に付けているのに、ものすごい身体能力だ。
「あっちの方角に街が見えたよ」
「ああ、ありがとうフィアナ」
う~む、普段はしょっちゅう社畜っぷりを見せつけるフィアナだが、やっぱり元勇者なんだよな。これなら街の中で何かあったとしても対応してくれるだろう。
街の入り口の門に並びながら、並んでいた人に話を聞いてみたところ、どうやらこの街に入るためには門番によるチェックを受ける必要があるとのことだった。とはいえ、危険なものを持っていないかと、指名手配されている犯罪者でないか確認するくらいのチェックらしい。
商売をするために大きな荷物がある場合には荷物に応じた通行税を払う必要があるらしいが、身ひとつで街に入るためには特に税金は不要らしい。もちろんその辺りは街によって異なるようだ。
「……通ってよし」
「ありがとうございます」
こちらの格好が格好だけに少しだけ……いや、結構不審な目で見られたが、無事にチェックをパスすることができた。
そして高い城壁に囲まれた門を抜け、初めて異世界の街へと足を踏み入れた。