取り残された私と八代は、数分の間、少しも身動きせず、ぼうっと閉まった扉を眺め続けていた。

 「大丈夫かな……」

 大丈夫なわけない、と重々承知していたけれど、それでも呟かずにはいられなかった。

 「今ごろ頭冷やしてんだろうな。戻ってくるまで長くなるかもだけど、大丈夫か?」

 私の実にならない独り言に、八代は反応してくれた。

 「うん。理人君が少し落ち着くまで、待つよ」
 「そうか」
 「これからどうするの? 警察に樹里亜のことを話しに行く?」
 「いや、まずは樹里亜と話してみようと思う。本人の口から、ちゃんと聞きたい。動機から実行に移すまでの、心境とかもしっかりと」
 「ついてっても良い? 私も樹里亜の本心を知りたい」
 「ああ」

 どうせ樹里亜は、逃げられない。
 マミが助かったので、もう白状するしかないところに来てしまった。それならば彼女の本心を、この目で見届けたい。

 「樹里亜は、マミが救出されたこと、知ってるのかな」
 「折野が連絡してなければ、知らないんじゃねぇか。病院側も、折野の家族にしか電話してないそうだし」

 病院側は、合鍵を持っていた八代のことを、家の人だと思ったらしい。
 その誤解を敢えて訂正しないことで、樹里亜に連絡がいくことを防いだ。
 だから樹里亜は、計画は上手くいっている、と思っているはずだ。真実を知る邪魔者は、今ごろくたばっていると。

 「昨日の夜、色々掃除するために、幸の家に行ってたんだ。そうしたら、物置部屋からこんな物を見つけた」

 八代は、ポケットから折り畳んだ紙を出した。
 手を伸ばして受けとる。それはルーズリーフの切れ端だった。
 そこに書いてある文字を追っていくうちに、身震いが止まらなくなった。

 『樹里亜先輩、ごめんなさい。幸が落下したのは、わたしのせいなんです。幸の近くにあったあのポーチ……あれは昔わたしがプレゼントしたものなんです。わたしからの貰い物だからこそ、幸は風に飛ばされそうになるそれを、懸命に追いかけたんじゃないかと思います。幸がこんなことになったのは、わたしにも責任があるんです。わたしは罪の意識に耐えられません。償いとして最も苦しい自殺方法を取ります。先輩のご実家で死ぬ失礼を、許してください。ここなら防音もしっかりしていて、近所隣の人もいないので、どれほど苦しみ抜こうと誰にも気付かれない、と浅知恵を働かせた結果です。どうか堪忍してください』

 マミらしい丸っこい文字で、綴られている。しかし、マミが書いたものでないことはわかっていた。

 「これ――樹里亜が……」
 「だろうな」

 手のひらの中の紙を、もう一度見る。この文章を書いている時の樹里亜は、どんな顔をしていたのだろうか。
 樹里亜が、血の通っていない化け物のように思えて、心臓が早鐘を打ち始めた。

 胸に手を当てたとき、廊下から聞こえてきた悲鳴が、静寂を切り裂いた。