室内から出ると、暑くも寒くもない絶妙な温度のそよ風を、顔に感じる。
 二人は、広めのベンチに並んで座っていた。

 「待たせちゃったね」
 「まあ、長くなることは想像してたからな。それでどうだったんだ」

 気になって仕方ないという顔に向かって、残念そうに深く頷く。
 予想通りだよ、と。
 最悪だね、と。
 八代は、片手で頭を抱える。その状態で首を振り、「糞……」と洩らす。

 「理人君。私たちこれから、大事な話があるから、ちょっとあそこにいてくれない?」

 怪訝そうに兄を見ている理人君に、お願い、と頼む。
 あそこ、と指し示した先は、30メートルほど離れた場所にある、大木の傍のベンチだ。
 理人君は、不可解そうにしながらも、無言で向かっていった。

 彼がしっかり座るのを目視した後で、よし、と八代の隣に腰を下ろす。
 そして、マミから聞いたことを伝えていく。

 話が進んでいくにつれて、八代の顔は苦しげに歪み、樹里亜がマミを殴ったところで、息を飲んだのがわかった。

 「――それで、幸にも謝れるといいな、って言ってた」
 これで終わり、というように、肩を落とす。

 離れたところにいる理人君は、深刻そうな雰囲気の私たちを、奇妙な目で見ている。
 目が合うと、ふいっと反らされてしまった。
 八代はうつむいていた顔を上げて、彼をじっと見つめる。

 「あいつにも、話さないとな」

 出来ればずっと先送りにしておきたかった重大な仕事に、いよいよ手をつけようとするかのように、八代は言った。

 あなたが心から好いていた『幸』は、彼氏との夢を叶えるために、あなたを利用したかっただけなんだよ。

 そのことをできるだけ傷つかないように、理人君に伝えるには、どうすれば良いのだろう。

 「私から言おうか?」
 「いや、俺から話すよ。ありがとな、気を遣ってくれて」

 そう言って、よいしょ、と立ち上がる。

 「待たせたな、理人」
 おーいと手を振るその姿を見て、私は祈らずにはいられなかった。

 八代がこれ以上家族を失いませんように。
 二人がまた兄弟に戻れますように。

 その時、私の祈りに呼応するみたいに、強風が吹き荒れた。
 髪型が崩れないように頭を押さえながら、空を見上げると、いつの間にか晴天に陰りが出ていた。
 いくつかの雲が、太陽をちらちら覆い隠す。
 そういえば、午後から曇りだと、天気予報が言っていたな。

 「寒……」
 自然とそんな言葉が、口からポロっと出る。
 吹く風が、冬が近いことを知らせていた。

 「中に入るか。幸のところに行こう。その方が話しやすそうだしな」

 八代の提案により、快適な温度に保たれている病院の中へ、戻ることとなった。