それですぐに、先輩の家に行ったの。でもいなくて――大和さんの家にも行ったけど、二人とも出掛けてた。
 ちょっと考えて、病院にいるんだ、と気付いた。

 家族として、病院の人に呼ばれるのは当然だった。大和さんは、付き添いなんだろう。
 今日は帰ってこないかもしれない。
 そう思って、明日の朝早くに改めて訪ねることにした。

 夜が開けて再び先輩の家に行くと、今度は家にいた。非常識な時間に来たわたしを、先輩は迷惑そうな様子もなく上げてくれた。
 リビングに通されて、挨拶もそこそこに本題に入った。

 「先輩は――樹里亜先輩はっ! 幸を殺そうとしたんですよね!?」

 ブルブル震えながら、叫ぶように言ったわたしに、先輩は目を丸くした。

 「何言ってるの、マミ。冗談でも言っていいことと、悪いことがあるよ」

 本気で怒った様子で、睨まれた。この期に及んで、まだシラを切ろうとする先輩に、わたしは必死に訴えた。

 「じゃあ、わたしが眠ってた間、制服を持ってって、何をしてたんですか? 携帯に見に覚えのないやり取りがあったのも、ちゃんと見ました! 先輩が幸を4階におびき寄せたってことはわかってるんです!」

 肩をいからせて問い詰めた。それでもまだ、先輩はしらばっくれようとしたの。馬鹿なわたしなら、まだ騙せると思ったのかもね。

 「マミが招待しといて勝手に眠っちゃったから、軽い仕返しとして隠したの。あと私はずっとマミの家にいたんだよ? 目が覚めて私がいなかったら、どんな反応するんだろう、って思って、ちょっと意地悪するつもりで、クローゼットの中で息をひそめてたの」

 あっけらかんと話す先輩に、焦る様子はみじんもなかった。
 わたしは、口をパクパクさせながら、それでも食いかかった。

 「メッセージは――幸に送ったあのメッセージは、何なんです!?」
 「それもちょっとしたイタズラだよ。いつまでも来ないマミを待ち続ける姿を想像したら、面白いなって」

 あくまでもイタズラ、ということにしようとする先輩。わたしは、しばらく何も言えずにポカンとしてた。
 そんなわたしを見て、先輩は急に目を伏せて、泣き出しそうな声で言った。

 「でも私のイタズラがなければ、幸が4階に行くこともなかったかもしれない。そうしたら《《事故》》で落下することも――」

 そこで声を詰まらせて、うなだれた。
 それからしばらくの間、先輩の嗚咽だけが静かな家の中に響いていた。
 わたしはそれを聞いて、ゾッとするだけだった。
 だって知ってたんだもん。

 「それは嘘です。目覚めてすぐにわたしは、クローゼットの中を見ましたから」

 どこかに隠れていて、わたしを驚かそうとしているんじゃないか。その可能性は、起きてすぐ思い付いた。
 でも家の中を隅々まで探しても、見つからなかった。クローゼットは一番最初に確認していた。

 「樹里亜先輩……。みんなに本当のことを話しましょう。怖いなら、私もついていきますから……」

 真実を伝えましょう、と促した途端、先輩の雰囲気が急に変わった。

 「あ~あ。これはダメっぽいなぁ……」

 深いため息と共に吐き出された台詞は、悪寒がするほど低いトーンだった。

 「メッセージをさっさと取り消ししとくんだった。何で大人しく眠っといてくれなかったのかなぁ……」

 樹里亜先輩は、しくじった、というふうに額に手を当てた。
 そしてソファーから立ち上がって、わたしと正面から向かい合う形になったの。

 先輩から目を離せなくて、でくの坊みたいにその場を動けずにいたら、お腹に強い衝撃が走った。
 一拍遅れて、殴られたことに気付いた。後ろに倒れ込んで、攻撃してきた張本人を睨んだら――。
 声にならない叫びが出た。

 先輩は、椅子を振り上げていた。高いところにある物を取るための、さほど立派じゃない椅子だけど、それでも全力で殴られれば、かなりの痛みに襲われる。
 逃げようとした時には、もう遅かった。

 ガツン、って音がすぐそばで聴こえたかと思うと、耳鳴りが止まらなくなった。
 キーン……と頭の中でどんどんうるさくなっていって、瞼が押さえつけられてるみたいに、開くのが困難になって――。
 次に覚醒した時は、見たことない部屋の中にいた。

 身体も縛られてて――絶望したよ。誰にも見つけられないまま、ここで苦しみながら死ぬしかないんだ、って。

 なんとか出れないか、と思って、不自由な身体で窓やドアに体当たりしようと試みたけど、そもそも立ち上がれないんだから、無理だった。ただ体力を消耗しただけ。
 そうこうしてるうちに、どんどん時間が経って――もうダメだ、って思ったところで、希望が見えたの。

 物置部屋に閉じ込められたのは、不幸中の幸いだった。非常時のために用意してあったと思われるミネラルウォーターが、目立たない場所に置かれてることに気付いた。
 口を使って、ペットボトルのキャップを外して、それを少しずつ飲んでいくことにした。

 水があれば、人は結構生きられる、ってどこかで聞いたから、とりあえず死を先延ばしできたことに、ホッとした。
 それからは、ずっと同じことを願い続けた。

 誰か早く見つけに来て。今すぐにでもインターホンを鳴らして。そしたら全ての力を使って、助けを求めるから。
 そう思い続けて、ずいぶん経った頃――。
 水がとうとう無くなってしまった。生命線が消えたの。

 錆び付いたんじゃないか、ってくらいに、喉はカスカスになって、これじゃ大声なんて出せない、と焦った。
 いよいよ気力が尽きそうになった時、待ち望んでたインターホンの音がした。
 来訪者に向かって、届け届け――! と必死に念じながら、わたしは少ない力を振り絞って、窓に体当たりを繰り返した。

 それからは、悠も知ってる通りだよ。
 気付いてもらえたことに安心して、意識を手放して――目が覚めたらここにいて、助かったんだ、って思った。
 嬉しくてボロボロ泣いたよ。

 本当にありがとう。悠と襟人さんが来てくれなかったら、たぶんダメだったと思う。
 それと今まで散々騙してて、ごめんなさい。
 ……幸にも謝れると良いんだけどな。

 幸のこと、聞いたよ。まだ意識を取り戻してないんだって?
 ……ごめん。わたしのせいだ。わたしが樹里亜先輩のことを、もっと早く怪しむべきだったんだ。
 そうすれば、こんなことにならずにすんだよね。