やっぱりそのことだよね……。それが気になるのはわかるんだけど、順を追って話させてくれる?
 ……ありがとう。ええっと、まずはね――。

 山田のことからかな。実はあれ、でたらめだったの。
 そんな男子は、最初からいなかったんだ。そもそも存在しないんだから、ファミレスで待ってても、来るわけがなかったの。

 山田の元友達、っていう子は、わたしの中学の時の友達で、頼み込んで演技をしてもらってたの。
 わたしがそんなことした理由は、襟人さんと離れたくなかったから。

 悠が、幸の家にお菓子を届けに来た時あったじゃん? あの日、悠が帰った後に樹里亜先輩にこっそり言われたの。

 「悠ちゃんは、中学の時マミがあんなことした、本当の理由を知ってるよ。そして、それを幸や襟人に伝えるつもりでいる」

 そんなことされたら、襟人さんともう会えなくなる。
 そんなの嫌だ! ってなって、「どうすれば良いんですか」って先輩に縋りついたら、

 「幸に最近付きまとっている人がいるの。その人物に心当たりがあるふりをすれば、悠ちゃんも真実を話すのを一旦保留にしてくれるんじゃないかな」

 先輩の提案を聞いてわたしは、ケンちゃんのことを悠に話すことにした。
 先輩は、「ボロが出そうになったら、私が助け船を出すよ」って、ケンちゃんについて誇張たっぷりに話してる間、そばについててくれた。

 それでひとまず難は逃れたんだけど……ケンちゃんもシロだってわかっちゃった時に、今度こそどうしよう、って頭を抱えてたの。
 ケンちゃんに辿り着くまでに、襟人さんをオトす気満々だったのに、全然手応えがなかった。暖簾に腕押し、って感じで……。今までの男子とはまったく違ってたから、すごく面食らった。

 それでもワンチャンあるかも、なんて期待して、告白してみたの。
 ケンちゃんと会った日の別れ際、家まで送ってくれた襟人さんにお礼を言った後、「ちょっとお話いいですか」って呼び止めたのね。

 「わたし襟人さんのことが好きです。助けてもらった時から……。わたしと付き合ってください! お願いします!」

 真っ直ぐに襟人さんを見つめると、彼は困ったような、申し訳なさそうな顔をした。

 「俺、ずっと好きなやつがいるんだ。だからごめん」
 そう言って軽く頭を下げてきた。

 ずっと、って言葉が引っかかって、「幸ですか?」と反射的に訊いたら、「幸はただの幼馴染み」って微かに笑いながら、反論された。

 「小学生の頃一回会っただけの奴に、ずっと惚れてるんだ」

 自嘲するみたいに呟いた襟人さんの表情は、今まで見てきた中で、一番ドキッとした。

 「一途ですね。ずっと思い続けてるなんて」

 ちょっと馬鹿にするような口調になっちゃったかもしれない。
 けど襟人さんは気付かなかったのか、幸せそうに続けた。

 「実は最近、再会できたんだ。だからこのところ柄にもなく浮かれてて――そいつのことで頭がいっぱいなんだよ。だから折野とは付き合えない」

 この時に、身を引くべきだったんだろうけど、わたしはどうしても諦めきれなかった。
 わかりました、ってその日は別れておきながら、次の日に樹里亜先輩に相談したの。
 そうしたらこう言われた。

 「架空の怪しい男子をでっち上げて、また調査する時間を作れば? もうマミが襟人と一緒にいるには、それしかないでしょ」

 けどさすがに悠に怪しまれる、と思って、屋上に呼び出したの。
 本当のことを全部は言わないで、隠してたことを少しだけ白状した。

 「誠心誠意謝ったあとなら、作り話の山田君のことも、信じてくれるよ。悠ちゃん、優しくて、チョロそうだから」

 大丈夫かな、と不安になってたわたしを、樹里亜先輩は自信ありげに微笑んで、背中を押してくれた。

 「調査の進行具合とか、詳しく教えてよ」
 ケンちゃんのことを悠にも話した日から、そう言われてて、それから先輩には逐一教えてた。

 山田は、本当は存在しない人物だから、いつかバレるんじゃ……というわたしの意見に先輩は、安心して、と頭を撫でてくれた。

 「私が何とかするから。絶対に上手くいかせてあげる。マミは何も心配しないで、私の言うことを信じて?」

 ファミレスでわたしが、中学の時のこと話したの覚えてる? 樹里亜先輩が部活内のいざこざをあっという間に解決してくれたこと。
 あの一件があったから、今回も先輩についていけば、成功する! って頭を撫でられた時、確信したんだ。
 それから友達に頼んで、話を合わせてもらうことになった。

 「山田と日曜日に待ち合わせ、って流れにして」
 そう先輩に指示された通りに、現れるわけない山田との待ち合わせが、日曜日に決まった。
 一体どうするんですか、と聞いても、先輩は答えてくれなくてさ。

 「私からメッセージが来るまで、悠ちゃん、襟人としっかりお喋りしててね」としか言われなくても、何か策があるはずだ、って信じて疑わなかった。わたしは樹里亜先輩を誰よりも信用していたから。

 そんなわけで、ファミレスで先輩からの連絡を待ち続けてたんだけど、13時くらいになって、さすがにそわそわしてきて。
 トイレで電話かけてみたの。でも繋がんなくて。

 ガッカリして席に戻ろうとしたら、悠が「かえる!」なんて叫んで飛び出してって。襟人さんもそれを追いかけるし。
 何があった? って一人で頭を捻ってたら、幸がめっちゃピンチになってた、って聞いて。すごく驚いたよ。

 それでさ、悠がファミレスで、幸が先輩とピクニックに行ってる、と話してたことを思い出して、ふっと怖い考えが浮かんだの。

 樹里亜先輩は、幸とストーカーが鉢合わせするようにしたかったんじゃないか、って……。
 悠と襟人さんを、わたしに監視させたかったのでは――? 待ち合わせの日を指定されたのも、自分の計画実行のためだったんじゃ……。

 『悠ちゃん、襟人としっかりお喋りしててね』
 そう言ってたことを思い出して、ますます怪しく感じて……。
 それで先輩に留守電を残したの。『できる限り近いうちに、直接会って訊きたいことがあります』って。
 ちょっと経ったら、折り返しが来た。

 「明日の朝なら、大丈夫だよ。どう?」
 少し早めに起きれば、登校に間に合うし、了承した。それに学校くらい休んでも別に構わないし。

 そんなわけで、月曜日の朝に樹里亜先輩を家に迎えたの。
 部屋に案内して、お茶を出して――。本題を切り出す前に、心を整えようと思って、先輩をおいてトイレに立ったの。
 それが良くなかった。