幸の家のインターホンを押す。
雑草が伸び始めている庭が、落ち着かない。手入れのされていない大きな屋敷に、薄ら寒い恐怖を覚える。
しばしの混乱の後に私たちは、幸の家へ行くべき、という結論に至った。
そこに行けば、目当ての人物に会えるかもしれないから。
道中両者共に、一言も言葉を発さなかった。
重苦しい空気が、ここに来るまでの間に、ずっと流れていた。
インターホンを押した瞬間、その空気は一層圧を増した。
静謐の中に割り込んできた、和やかなメロディーに、反応するような気配は、中から感じられなかった。
もう一度押してみる。
ピンポーン……。
一分ほど待ってみても、扉の向こうからは、何のリアクションも得られなかった。
ガックリと肩を落とした時、妙な音が聞こえてきた。
動物が窓に向かって体当たりしているみたいな音が、訴えるようにガンガンと響いている。
ぎょっとして、音がする方へ駆けていく。
家の裏側に近い場所――カーテンに閉ざされて部屋の中は見えないが、内側から窓ガラスを叩く振動が伝わってきた。
ここは確か、物置にしていると幸が以前言っていたはずだ。ならば、この音を発しているのは一体――。
「八代! 合鍵持ってるんだよね?」
「ああ。家の中に入るぞ!」
玄関へ戻り、八代が鍵を開けるのを、もどかしい思いで眺める。
あそこにいるであろう人物は、助けを求めている気がする。壁越しの音だけのコミュニケーションでも、相手の切実な思いが伝わってきた。
解錠を確認したとたん、お邪魔します、も言わないで、物置部屋へと突っ走る。
廊下を抜けて、部屋の引戸を開けると、異臭が鼻を襲った。
思い切り顔をしかめた後、部屋の中の異様な状況に目を見張る。
ヒーターや扇風機が置かれている部屋。その中央に、少女がうつ伏せで倒れていた。
上半身全体は、縄で拘束されている。手首は後ろ手に、指一本も動かせないまでにきつく縛られていて、足首も同様だった。
さながら蓑虫のごとき状態の彼女は、全ての力を出し尽くしたように、ぐったりとしている。
「だ、大丈夫ですか!? どうしてこんな――」
部屋の中へ足を踏み入れると、靴下の布地を通して、冷たい液体が足の皮膚に伝播していく。
真下を見遣ると、床に水溜まりがあった。よく見ると水溜まりは、部屋全体に広く浅く行き渡っている。
ぎょっと目を見開く。顔中の毛穴をこじ開けるように、水溜まりに注意を向けさせられ、遅れて理解できた。
尿だ。それも何日間に渡って、室内に蓄積された大量の。異臭の正体は、これだったのだ。
「ひっ!」
物も言えずに怯えていると、背後から慌ただしい足音が近づいてきた。
「若葉! さっきの物音は何だった、んだ――」
私の肩越しに、部屋の中の惨状を見た八代は、言葉を詰まらせる。
「おい、しっかりしろ! おい!」
八代は、床に伏した少女の肩を掴んで、起き上がらせる。
少女の顔が明らかになった。
その瞬間、日常離れした恐怖に震えていた私の身体が、ぴたりと停止した。
あまりの衝撃によって、自身が現実にいる感覚が、一気に薄くなり、そのまま消えてしまいそうになる。
「マミ……」
数日ぶりのマミは、衰弱し切っていた。
顔色は紙のように真っ白で、健康そうに上気していた赤い頬は、見る影もない。半開きの口の端に、べったりとした髪の毛が、一本引っ付いている。
八代が、意識のないマミの鼻へ耳を近づけ、ホッとした表情を浮かべる。息はあるみたいだ。
良かった、と思ったところで、すべきことにようやく気がつく。
ポケットから携帯を取り出し、イチ、イチ、キュウを押す。
八代は、固く結ばれた縄を外そうと、四苦八苦していた。
雑草が伸び始めている庭が、落ち着かない。手入れのされていない大きな屋敷に、薄ら寒い恐怖を覚える。
しばしの混乱の後に私たちは、幸の家へ行くべき、という結論に至った。
そこに行けば、目当ての人物に会えるかもしれないから。
道中両者共に、一言も言葉を発さなかった。
重苦しい空気が、ここに来るまでの間に、ずっと流れていた。
インターホンを押した瞬間、その空気は一層圧を増した。
静謐の中に割り込んできた、和やかなメロディーに、反応するような気配は、中から感じられなかった。
もう一度押してみる。
ピンポーン……。
一分ほど待ってみても、扉の向こうからは、何のリアクションも得られなかった。
ガックリと肩を落とした時、妙な音が聞こえてきた。
動物が窓に向かって体当たりしているみたいな音が、訴えるようにガンガンと響いている。
ぎょっとして、音がする方へ駆けていく。
家の裏側に近い場所――カーテンに閉ざされて部屋の中は見えないが、内側から窓ガラスを叩く振動が伝わってきた。
ここは確か、物置にしていると幸が以前言っていたはずだ。ならば、この音を発しているのは一体――。
「八代! 合鍵持ってるんだよね?」
「ああ。家の中に入るぞ!」
玄関へ戻り、八代が鍵を開けるのを、もどかしい思いで眺める。
あそこにいるであろう人物は、助けを求めている気がする。壁越しの音だけのコミュニケーションでも、相手の切実な思いが伝わってきた。
解錠を確認したとたん、お邪魔します、も言わないで、物置部屋へと突っ走る。
廊下を抜けて、部屋の引戸を開けると、異臭が鼻を襲った。
思い切り顔をしかめた後、部屋の中の異様な状況に目を見張る。
ヒーターや扇風機が置かれている部屋。その中央に、少女がうつ伏せで倒れていた。
上半身全体は、縄で拘束されている。手首は後ろ手に、指一本も動かせないまでにきつく縛られていて、足首も同様だった。
さながら蓑虫のごとき状態の彼女は、全ての力を出し尽くしたように、ぐったりとしている。
「だ、大丈夫ですか!? どうしてこんな――」
部屋の中へ足を踏み入れると、靴下の布地を通して、冷たい液体が足の皮膚に伝播していく。
真下を見遣ると、床に水溜まりがあった。よく見ると水溜まりは、部屋全体に広く浅く行き渡っている。
ぎょっと目を見開く。顔中の毛穴をこじ開けるように、水溜まりに注意を向けさせられ、遅れて理解できた。
尿だ。それも何日間に渡って、室内に蓄積された大量の。異臭の正体は、これだったのだ。
「ひっ!」
物も言えずに怯えていると、背後から慌ただしい足音が近づいてきた。
「若葉! さっきの物音は何だった、んだ――」
私の肩越しに、部屋の中の惨状を見た八代は、言葉を詰まらせる。
「おい、しっかりしろ! おい!」
八代は、床に伏した少女の肩を掴んで、起き上がらせる。
少女の顔が明らかになった。
その瞬間、日常離れした恐怖に震えていた私の身体が、ぴたりと停止した。
あまりの衝撃によって、自身が現実にいる感覚が、一気に薄くなり、そのまま消えてしまいそうになる。
「マミ……」
数日ぶりのマミは、衰弱し切っていた。
顔色は紙のように真っ白で、健康そうに上気していた赤い頬は、見る影もない。半開きの口の端に、べったりとした髪の毛が、一本引っ付いている。
八代が、意識のないマミの鼻へ耳を近づけ、ホッとした表情を浮かべる。息はあるみたいだ。
良かった、と思ったところで、すべきことにようやく気がつく。
ポケットから携帯を取り出し、イチ、イチ、キュウを押す。
八代は、固く結ばれた縄を外そうと、四苦八苦していた。