『折野』という表札をつけた一軒家のインターホンを、おずおずと押す。

 ピンポーンと音が鳴り、即座に「はーい」と女性の声が返ってきた。
 ドアの隙間から顔を覗かせたのは、マミの面影を感じさせる中年の女性だった。

 「すみません。私たち折野マミさんの友達です。マミさんに会いたいのですが……今、彼女はどんな様子でしょうか」

 落ち込んでいて、人と会うような気分ではないかもしれない。そんな思いを込めて、尋ねたのだが、マミの母親が返してきた言葉は、意外なものだった。

 「ごめんね、マミは何日か前から、友達の家に行っているのよ。お泊まり会なんですって。だから今、家にいないわ」
 「え?」

 戸惑う私に気付かず、娘の友達と知って安心したマミの母親は、家の中から出て、後ろ手にドアを閉めた。

 「いつだったかしら。暗くなっても学校から帰ってこなくて心配していたら、『しばらく友達の家に泊まる』ってメールが来てね。それにしても随分長いお泊まり会ね。今日まで一度も帰って来てないんだもの」

 ポカンとした私たちを置いてけぼりにして、さらに続ける。

 「学校に持っていく物や着替えも、『問題ないから』って。この前ちょっと口喧嘩しちゃったから、家出かしら。誰の家にいるの、って聞いても、返信来ないのよ。まあ、あの子のことだから、ほとぼりが冷めたら帰ってくると思うけど」

 口を挟む間もないほどの早口を披露した後、マミの母親は息を吐き出した。
 一息に話して疲れた、といった様子だけど、きっと帰ってこない娘を、心配する気持ちも混ざっているのだろう。

 「それは――何曜日のことですか」
 「ええっと……確か月曜――そう! 今週の月曜日だった。間違いないわ」

 自信ありげに笑顔を向けられ、「ありがとうございます」と頭を下げたが、心の中は違和感でいっぱいになっていた。

 「あの子が誰のお家に行ったのか、知らない? ええっと、ごめんなさい。誰さんかしら」
 「若葉です。こっちの男子は、八代です」

 私に指し示され、八代が小さく会釈する。

 「マミが誰の家に行ったのかは、わからないです。すみません」
 「こちらこそわざわざ足を運んでくれたのに、何だかごめんなさいね」

 マミの母は、申し訳なさそうに右頬に手を当てた。

 「これからもマミと仲良くしてね」

 その言葉に見送られて、私たちはマミの家をあとにした。