自分の姿すら見れないほどの暗闇の中、誰かが私の手を強く握っている。
 窮屈に感じて抜け出そうともがくが、なかなか上手くいかない。
 どうやってここに来たのか。そもそもここはどこなのか。私の手を掴んで離さないのは、一体誰なのか。
 考えを巡らせてみても、一向に納得できる答えは出なかった。

 不安でおかしくなりそうになった時、前も後ろもわからない闇の中に、ぼうっと一筋の光が浮かび上がった。
 光はやがて形を帯びてきて――。
 「……!」
 現れたのは幸だった。親友の姿に安心し、「幸!」と駆け寄ろうとして気付く。

 口が聞けない。どこに目や鼻があるのかも実感できない。身体が存在していないようだった。
 幸は私に背中を向けていた。キョロキョロと身の回りを見渡しているようだが、こっちを見てはくれない。
 私に気付かないまま、やがてその背中が遠ざかっていく。
 幸に向かって叫ぼうと必死に頑張ったが、いくら願っても声は少しも出てこなかった。

 とうとう幸が完全に見えなくなると、私を掴んでいる何者かに、急速に後ろへ引っ張られた。
 強引な力に抗えず、なすがままにしていたら、やがて視界が白く光り出した。

 ***

 あたたかい――。

 やけに重たい瞼をこじ開けて最初に見えたのは、見に覚えのない真っ白い天井だった。
 左隣から規則正しい呼吸音がする。首を動かさずに目だけそちらに向けてみると、男性がベッドに頭を突っ伏していた。
 覚醒時に感じたあたたかさは、彼の体温だと気付いた。彼は私の左手を握ったまま、眠りに落ちてしまったらしい。

 「や、しろ……?」
 上手く発音できない。長い間喉が運動していないみたいだった。
 思っていたよりもずっとか細い声だったけれど、八代は反応してくれた。ピクリと動いたかと思えば、驚くほどのスピードで身体を起こした。

 「若葉! 良かった――目が覚めたのか! えっと、ナースコールっと……」

 その言葉でここが病院のベッドだと理解する。ほどなくして医師と看護士が来てくれた。

 「若葉悠さん。貴方は二日間眠っていたんですよ。何故だか思い出せますか?」

 医師の問いにハッとする。そうだ、幸と衝突して――。

 「あのっ! 幸は――私とぶつかった女の子は無事なんですか!?」

 動転する私を見て、医師と看護士は、極めて決まりの悪そうな顔になった。言いにくそうなその空気に、最悪な可能性が過ぎる。

 「……ひとまず命は助かりました」
 「本当ですか!?」
 「はい。ですが彼女――薄井幸さんは、今この時まで一度も目覚めていません」
 「意識不明……ってことですか?」
 「ええ。身体的には大きな問題は見つからなかったのですが、脳へのショックが強く――いつ意識を取り戻すのかわからない状態です」
 「じゃあ、もしかしたらずっと……」

 目が覚めないかもしれないのか。最後まで口にするのがたまらなく恐ろしくなり、言葉が飛び出さないように唇を固く結んだ。
 医師も険しい顔して続ける。

 「我々も手を尽くしたのですが……後は薄井さんの生命力を信じるしかありません」