「幸、どうしたの? 次は選択科目だけど――え? そうだよね?」
3時間目の授業に入る前の十分休憩の最中。何故か体操着の入った袋をロッカーから出してきた幸に、自身の記憶を疑う。
黒板横に貼ってある時間割表を見て、やはり間違ってない、と安心する。
選択科目では、音楽と美術と情報で四クラスの生徒が三つに分かれる。幸は美術で私が音楽だ。一緒にしたかったが、人数の偏りの問題で別々になった。
「ああ、体操着は貸すの。マミちゃんから、『4時間目体育なんだけど忘れちゃったから貸して』ってメッセージきて」
「ちゃんと登校したんだね」
「うん。体育に出れるまで元気になって良かった」
幸は会話しながらも、てきぱきと美術の教科書の準備をする。
「美術室に行く途中に渡そうと思って。階段の踊り場で、水野先生にバレないようにこっそり渡しに来て、だって」
「ああ、2組の担任の水野先生そういうのうるさいからね」
「もう待ってるかもしれないから、そろそろ行くね」
「うん。行ってらー」
今日の音楽の授業は、この教室でDVDを見る予定なので、私は移動なしだ。
手持ち無沙汰になって、特に用はないけど携帯を弄ろうと思ってたら、隣の席の女子に話しかけられた。
「水野先生厳しいよねー。あの先生苦手だから私、情報にしなかったんだ」
会話が耳に入っていたらしく、共感を求めるように笑いかける。水野先生は情報が担当科目だ。
「だねー。貸し借りくらい別に良くない? って思うよ」
「体育教師じゃなくて良かった~。胸のところの名前でバレちゃうもんね」
「ね、良かった良かった」
「あ、さっき話してたマミって折野さんのこと?」
「うん」
私が頷くのを見て、女子は狐につままれた顔になった。
「私午前中に職員室行ったんだけどさ、水野先生が『わかりました。今日も休みですね、折野さん』って言ってたの聞いたんだけど……やっぱ来ることにしたのかな」
「え? そうなの?」
「うん。はっきり聞いたよ。もしかしたら水野先生の勢いに押されて、サボりをやめたのかもしれないね。今日“も“をめっちゃ強調してて、嫌みったらしかったし」
その時の様子を面白おかしく物真似する女子にウケておいたが、内心困惑していた。
「あっ、けど休みの連絡って本当は本人じゃダメなんだよね。大体の先生は、気にしてないけど」
「じゃあ純粋に真面目に行こうってなったのかな」
「え〜? 折野さんかなりのサボり魔なのに、急に? ないでしょ~」
大袈裟にのけぞる女子。
「まあ親にけしかけられたのかも。あんま休みすぎると進級危ういから」
「そうだね……うん、きっとそう」
自分を納得させるように、何度か頭を縦に振る。
授業開始を告げるチャイムが鳴り、音楽を受け持つ教師が入室してくる。
会話は打ち切られ、教室にいる大半の生徒が黙って正面に向き直る。
先生がDVDの準備をしていると、教室の前の扉が開いた。
そこから顔を出したのは、水野先生だった。
「授業中に失礼します。中村先生、それうちの教材じゃないですか?」
再生しようとしていた中村先生は、「え? おっとホントだ」とまじまじとパッケージを見た。
「パッと見似てるもんで、つい間違えちゃいました。いやーすいません」
そう言って照れ臭そうにDVDを手渡す。
「では失礼しました」
軽く会釈して去ろうとする水野先生を、ほとんど無意識で呼び止めた。
「あの! すみません、ちょっと訊きたいことがあるんですけど……」
唐突に立ち上がった私に、教室にいるみんなが驚く。
「若葉さん、何でしょう」
「2組の折野マミは、登校してきましたか?」
「折野さんですか? いいえ、今日はお休みですが」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
「質問はそれだけですか? では中村先生、授業の邪魔をしてすいませんでした。続けてください」
「あ、はい」
扉が閉まり、足音がカツカツと遠ざかっていく。
「あ、音楽のDVD取って来ないとな」
中村先生がハッとして、「ちょっと待っててくれ」と職員室に向かう。
「座らないの?」
傍から聞こえてきた声によって、意識が現実へと戻される。
いつまでも立っている私を、隣の席の女子が、不思議そうに見上げている。
その子に早口に告げる。
「トイレ行ってくる。先生に言っておいて」
返事も聞かないまま、早歩きで教室を出ていく。
誰もいない廊下に足をつけた途端、焦りを爆発させるように走り出した。
1年生の教室は、三階と四階に分かれている。1・2組が四階で、3・4組が三階だ。
踊り場を確認するつもりだった。
マミが学校に来てないのなら、あのメッセージはどういうことか。いくつかの可能性が高速で頭の中に浮かぶ。
マミのイタズラというパターン。
幸が『マミからメッセージがきた』と嘘をついているパターン。
マミの振りをした誰かが、メッセージを打ったパターン。
前者のイタズラを期待して、ぐんぐんと歩を進める。
視聴覚室や家庭科室などの特別教室を通りすぎて行き、階段が近づいてきた。
一段飛ばしに駆けていき、踊り場に到着したが――。
そこには誰もいなかった。
緊迫していた心が、ゆるゆると落ち着いていく。
3時間目の授業に入る前の十分休憩の最中。何故か体操着の入った袋をロッカーから出してきた幸に、自身の記憶を疑う。
黒板横に貼ってある時間割表を見て、やはり間違ってない、と安心する。
選択科目では、音楽と美術と情報で四クラスの生徒が三つに分かれる。幸は美術で私が音楽だ。一緒にしたかったが、人数の偏りの問題で別々になった。
「ああ、体操着は貸すの。マミちゃんから、『4時間目体育なんだけど忘れちゃったから貸して』ってメッセージきて」
「ちゃんと登校したんだね」
「うん。体育に出れるまで元気になって良かった」
幸は会話しながらも、てきぱきと美術の教科書の準備をする。
「美術室に行く途中に渡そうと思って。階段の踊り場で、水野先生にバレないようにこっそり渡しに来て、だって」
「ああ、2組の担任の水野先生そういうのうるさいからね」
「もう待ってるかもしれないから、そろそろ行くね」
「うん。行ってらー」
今日の音楽の授業は、この教室でDVDを見る予定なので、私は移動なしだ。
手持ち無沙汰になって、特に用はないけど携帯を弄ろうと思ってたら、隣の席の女子に話しかけられた。
「水野先生厳しいよねー。あの先生苦手だから私、情報にしなかったんだ」
会話が耳に入っていたらしく、共感を求めるように笑いかける。水野先生は情報が担当科目だ。
「だねー。貸し借りくらい別に良くない? って思うよ」
「体育教師じゃなくて良かった~。胸のところの名前でバレちゃうもんね」
「ね、良かった良かった」
「あ、さっき話してたマミって折野さんのこと?」
「うん」
私が頷くのを見て、女子は狐につままれた顔になった。
「私午前中に職員室行ったんだけどさ、水野先生が『わかりました。今日も休みですね、折野さん』って言ってたの聞いたんだけど……やっぱ来ることにしたのかな」
「え? そうなの?」
「うん。はっきり聞いたよ。もしかしたら水野先生の勢いに押されて、サボりをやめたのかもしれないね。今日“も“をめっちゃ強調してて、嫌みったらしかったし」
その時の様子を面白おかしく物真似する女子にウケておいたが、内心困惑していた。
「あっ、けど休みの連絡って本当は本人じゃダメなんだよね。大体の先生は、気にしてないけど」
「じゃあ純粋に真面目に行こうってなったのかな」
「え〜? 折野さんかなりのサボり魔なのに、急に? ないでしょ~」
大袈裟にのけぞる女子。
「まあ親にけしかけられたのかも。あんま休みすぎると進級危ういから」
「そうだね……うん、きっとそう」
自分を納得させるように、何度か頭を縦に振る。
授業開始を告げるチャイムが鳴り、音楽を受け持つ教師が入室してくる。
会話は打ち切られ、教室にいる大半の生徒が黙って正面に向き直る。
先生がDVDの準備をしていると、教室の前の扉が開いた。
そこから顔を出したのは、水野先生だった。
「授業中に失礼します。中村先生、それうちの教材じゃないですか?」
再生しようとしていた中村先生は、「え? おっとホントだ」とまじまじとパッケージを見た。
「パッと見似てるもんで、つい間違えちゃいました。いやーすいません」
そう言って照れ臭そうにDVDを手渡す。
「では失礼しました」
軽く会釈して去ろうとする水野先生を、ほとんど無意識で呼び止めた。
「あの! すみません、ちょっと訊きたいことがあるんですけど……」
唐突に立ち上がった私に、教室にいるみんなが驚く。
「若葉さん、何でしょう」
「2組の折野マミは、登校してきましたか?」
「折野さんですか? いいえ、今日はお休みですが」
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
「質問はそれだけですか? では中村先生、授業の邪魔をしてすいませんでした。続けてください」
「あ、はい」
扉が閉まり、足音がカツカツと遠ざかっていく。
「あ、音楽のDVD取って来ないとな」
中村先生がハッとして、「ちょっと待っててくれ」と職員室に向かう。
「座らないの?」
傍から聞こえてきた声によって、意識が現実へと戻される。
いつまでも立っている私を、隣の席の女子が、不思議そうに見上げている。
その子に早口に告げる。
「トイレ行ってくる。先生に言っておいて」
返事も聞かないまま、早歩きで教室を出ていく。
誰もいない廊下に足をつけた途端、焦りを爆発させるように走り出した。
1年生の教室は、三階と四階に分かれている。1・2組が四階で、3・4組が三階だ。
踊り場を確認するつもりだった。
マミが学校に来てないのなら、あのメッセージはどういうことか。いくつかの可能性が高速で頭の中に浮かぶ。
マミのイタズラというパターン。
幸が『マミからメッセージがきた』と嘘をついているパターン。
マミの振りをした誰かが、メッセージを打ったパターン。
前者のイタズラを期待して、ぐんぐんと歩を進める。
視聴覚室や家庭科室などの特別教室を通りすぎて行き、階段が近づいてきた。
一段飛ばしに駆けていき、踊り場に到着したが――。
そこには誰もいなかった。
緊迫していた心が、ゆるゆると落ち着いていく。