殺してくれてありがとう

 カーテンから射し込む光で目が覚める。

 「もう朝か。ふぁ……」
 豪快なあくびが出た後で、今朝は一人じゃないのだ、と気付く。

 「まだ眠いよね」
 制服を着た幸がニコニコと私を見下ろす。
 「おはよう。もう着替えたんだ。早いね」
 制服など必要なものは、昨日ちゃんと幸の家へ取りに行った。

 「悠ちゃんが遅いんだよ。そろそろ起きないと危ないよ」
 「ホントだ、もう7時じゃん」
 制服に袖を通し、リビングへ向かった。

 「はよ、二人とも」
 「おはよう。ちゃんと眠れた?」
 「ああ。布団サンキューな」
 「エリちゃんおはよー」
 「朝ごはん食パンしかないけど良い?」
 「ありがとう悠ちゃん。ゴチになりまーす」
 「悪いな、朝飯まで」

 トーストを三人でもそもそと食べていると、八代が、
 「これから学校行くんだろ? 俺も近くまでついてく」
 と言ってくれた。

 「うん、じゃあお願いしたいな。さすがに怖くなってきちゃったし」
 昨日のことで、私は結構ナイーブになっていた。むろん幸も。
 八代の申し出を聞いて、幸の顔が明るくなる。
 「ありがとう、エリちゃん。お願いします」


 「樹里亜さんに送ったメッセージに既読はついたの?」
 登校中に投げたその問いに、幸は頷いたものの、顔色は曇っていた。

 「既読はついたけど、返信はきてない。大和さんのお母さん、そんなに悪いのかな」
 「心配だね……」
 「マミちゃんも今日は遅刻、って言うし」

 朝食を食べ終わった時に、マミからメッセージで『今日頭痛いから休んでから行く』と届いた。
 先生から聞いたことだけど、マミはサボり魔らしい。遊び人で出席日数もギリギリだと。
 だからそんなに心配することないのだ。今日は本当に頭が痛いのかもしれないが。

 「――この辺りかな」
 我が校の生徒たちが、ちらほら現れてきた。八代は「じゃ、この辺で。また」と片手を上げる。
 「ありがとう、またね」
 名残惜しく彼の背中を見つめていると、隣から生温かい視線を感じた。


 HR前の騒がしい教室で、幸が感慨深けに言う。

 「私が思うに、あとちょっとなんじゃないかな」
 「何が?」

 便宜上尋ねてみたが、幸の考えていることの予想はついていた。

 「恋バナだよ。脈自体は前からありありだったんだけど、悠ちゃんが素直にならないとこあったから」

 幸は鋭いようだ。さすが親友。
 今になってわかる。私は相当めんどくさい人間だったと。

 「八代は私のことさ、その……」
 好きなのかな。口に出すことが恥ずかしくなり、中途半端なところで黙ってしまう。
 しかし幸は意図を汲んでくれた。

 「うん。エリちゃんの方は、もうバッチリ! 遠慮せずにいった方がいいよ」
 トン、と握り拳を私の胸に押し当てる。

 「悠長にしてると、他の人に目をつけられちゃうよ!」
 「わかってるよ。良い男だからね」

 初恋が八代で良かった。八代を好きになれて良かった。
 誇らしく思って、胸を張る。しっかりと前を見据えて、断言する。

 「昨日の男が捕まったら、言おうと思うんだ。私の気持ち」
 「そうだね。二人共大好きだから、幸せになってほしいな」
 幸の屈託ない笑顔に、心付けられた。