車が去って行って少し経ってから、校内を出た。
冷たい強風を全身に受けながら、いつもよりずっと力を込めながら、歩を進めていく。
空がゴロゴロと唸り声をあげる。
ああ、雷が近づいてきた。私の気分は急激に最低まで下がり、身体がこわばる。
そろそろ雨も降りだすだろう。そう思いながらも、到底走る気にはなれなかった。
のろのろと亀のように歩いていたら、ポツン、と足下に水滴が落ちてきた。
瞬く間に、コンクリートの地面を湿らす水滴は増えていき、ポツポツからザーザーへと変わっていった。
持っていた傘を広げる。しかし――。
「あっ……!」
とびきり強い風にあおられた傘が、見事に裏返り、骨がバキッと折れる不快な音が響いた。
完全に使い物にならなくなったことを確認する。つい最近買って、初めて使うつもりだったのに。気に入ったデザインだったのに。
惨めさが増して、一層足が重くなる。
雨が激しくなってきても、走ろうとは思わなかった。急がなきゃとか、身体が冷えてしまうなどの焦りも不安も湧かなかった。どうでもよかった。
そして完全に歩みを止めた。信号が青になったのに、渡らずにじっと佇んでいる私を、道行く人が一瞬だけ不可解そうに見て、バタバタと走り去る。
信号は再び赤になり、停止していた車たちが発進していく。
傍らの電柱に頭を凭れさせ、次々に流れていく車をぼんやりと眺める。皮肉にもみんな誰かを乗せていた。荒れていく天気への不安で、車内の人間の心は一つになっていると確信する。
夫婦や親子が乗ってる光景ばかりが通過していき、孤独なのはお前だけだ、と言われているように感じた。
頬をつたう水滴の中に、生温いものが混ざりだす。
大人になってからずっと一人で平気だったのに。この時代に戻ってから、ずいぶん脆くなったものだ。
いや、平気だったんじゃない。
麻痺させてただけだったんだ。
少しつつかれたら開いてしまう傷口を、ずっと放置していただけ。
孤独の痛みは私の生涯に付きまとい続けていて、ただ目を背けることが上手になっただけだった。
それなのに私は、成長して大丈夫になったと思い上がっていたんだ。
情けなさに唇を噛んだ時、視界が白く光った。
その直後に、落雷が空気を大きく震わす。
どこかに落ちたんだ。しかもかなり近いだろう。理解した途端、膝が滑稽なくらいに震え出す。
7歳の時、ゴロゴロ鳴る雷と激しい雨風に泣きながら帰った。当時の私は、頑張れば両親に振り向いてもらえる、とどこかで信じていた。
雷が鳴る度に、あの日のことを思い出し、最悪な気分になる。
体育館で班別に固まって保護者を待っていた、そわそわと落ち着かない児童たち――。
次第にそれぞれの保護者が迎えに来て、体育館の中は笑顔に満ちていく。私の班の子たちも一人、二人と姿を消していった。
人が減って静かになっていくのを感じて、私のところには、誰も迎えに来てくれないかもしれない――と不安が募ったが、いや、そんなわけはない。私は家族にとって、まさかそこまでのどうでも良い存在ではないはずだ、と言い聞かせた。
結果私はどうでも良い存在だった。校内に残った生徒は私だけになって、何分待とうが望んだ人は来なかった。
「先生の車で送ってあげます」
見かねた教師がそう申し出たけれど、頷いたら自分が惨めな存在だと認めるみたいで、
「校門を出たところで待ってるんです!」
と叫び、制止の声を振り切って、全速力で駆け出した。
雨風は小さな身体を虐げるかのように、激しく降っていた。
前もろくに見えないまま、私は走り続けた。喉が心臓になったみたいだった。
悪天候に悶えながらも、家の近くの公園にまでたどり着いた時、鼓膜を突き破るくらいの轟音が大地を震わした。
公園内の大木――よく木登りで遊んでいた、当時の私にとっては、馴染み深いその場所に、雷が落ちたのだ。
燃える木から目を離せないまま、私は腰が抜ける、というのをその時初めて経験した。
あの日から嫌いだ。雷も大雨も家族も一人で帰るのも。
冷たい強風を全身に受けながら、いつもよりずっと力を込めながら、歩を進めていく。
空がゴロゴロと唸り声をあげる。
ああ、雷が近づいてきた。私の気分は急激に最低まで下がり、身体がこわばる。
そろそろ雨も降りだすだろう。そう思いながらも、到底走る気にはなれなかった。
のろのろと亀のように歩いていたら、ポツン、と足下に水滴が落ちてきた。
瞬く間に、コンクリートの地面を湿らす水滴は増えていき、ポツポツからザーザーへと変わっていった。
持っていた傘を広げる。しかし――。
「あっ……!」
とびきり強い風にあおられた傘が、見事に裏返り、骨がバキッと折れる不快な音が響いた。
完全に使い物にならなくなったことを確認する。つい最近買って、初めて使うつもりだったのに。気に入ったデザインだったのに。
惨めさが増して、一層足が重くなる。
雨が激しくなってきても、走ろうとは思わなかった。急がなきゃとか、身体が冷えてしまうなどの焦りも不安も湧かなかった。どうでもよかった。
そして完全に歩みを止めた。信号が青になったのに、渡らずにじっと佇んでいる私を、道行く人が一瞬だけ不可解そうに見て、バタバタと走り去る。
信号は再び赤になり、停止していた車たちが発進していく。
傍らの電柱に頭を凭れさせ、次々に流れていく車をぼんやりと眺める。皮肉にもみんな誰かを乗せていた。荒れていく天気への不安で、車内の人間の心は一つになっていると確信する。
夫婦や親子が乗ってる光景ばかりが通過していき、孤独なのはお前だけだ、と言われているように感じた。
頬をつたう水滴の中に、生温いものが混ざりだす。
大人になってからずっと一人で平気だったのに。この時代に戻ってから、ずいぶん脆くなったものだ。
いや、平気だったんじゃない。
麻痺させてただけだったんだ。
少しつつかれたら開いてしまう傷口を、ずっと放置していただけ。
孤独の痛みは私の生涯に付きまとい続けていて、ただ目を背けることが上手になっただけだった。
それなのに私は、成長して大丈夫になったと思い上がっていたんだ。
情けなさに唇を噛んだ時、視界が白く光った。
その直後に、落雷が空気を大きく震わす。
どこかに落ちたんだ。しかもかなり近いだろう。理解した途端、膝が滑稽なくらいに震え出す。
7歳の時、ゴロゴロ鳴る雷と激しい雨風に泣きながら帰った。当時の私は、頑張れば両親に振り向いてもらえる、とどこかで信じていた。
雷が鳴る度に、あの日のことを思い出し、最悪な気分になる。
体育館で班別に固まって保護者を待っていた、そわそわと落ち着かない児童たち――。
次第にそれぞれの保護者が迎えに来て、体育館の中は笑顔に満ちていく。私の班の子たちも一人、二人と姿を消していった。
人が減って静かになっていくのを感じて、私のところには、誰も迎えに来てくれないかもしれない――と不安が募ったが、いや、そんなわけはない。私は家族にとって、まさかそこまでのどうでも良い存在ではないはずだ、と言い聞かせた。
結果私はどうでも良い存在だった。校内に残った生徒は私だけになって、何分待とうが望んだ人は来なかった。
「先生の車で送ってあげます」
見かねた教師がそう申し出たけれど、頷いたら自分が惨めな存在だと認めるみたいで、
「校門を出たところで待ってるんです!」
と叫び、制止の声を振り切って、全速力で駆け出した。
雨風は小さな身体を虐げるかのように、激しく降っていた。
前もろくに見えないまま、私は走り続けた。喉が心臓になったみたいだった。
悪天候に悶えながらも、家の近くの公園にまでたどり着いた時、鼓膜を突き破るくらいの轟音が大地を震わした。
公園内の大木――よく木登りで遊んでいた、当時の私にとっては、馴染み深いその場所に、雷が落ちたのだ。
燃える木から目を離せないまま、私は腰が抜ける、というのをその時初めて経験した。
あの日から嫌いだ。雷も大雨も家族も一人で帰るのも。