『田所はあの学校にはいなかった』

 夜に八代から届いた報告を見て、そんなぁ……と天井を仰ぎ見る。しかし、その後すぐに送られてきたメッセージの内容に、感じていた無念が吹き飛んだ。

 『けど収穫がなかったわけじゃない。田所本人はいなかったが、田所の友達には会えた。その友達が、田所に会えるように手配してくれるそうだ』

 やった! 小さくガッツポーズする。これは解決が近いかも――。

 『じゃあその人の連絡待ちだね。とりあえず。お疲れ様』
 『サンキュー。そっちは変わりなかったか?』
 『うん。幸も最近元気なんだよね。樹里亜との関係が良好で。マミとまた友達になれたことも嬉しいんだろうけど』

 けれどストーカーの件が解決したら、マミの本性を伝えなくてはいけない。
 あの絶好調といった様子の幸に、残酷な真実を打ち明ける。
 想像しただけで、胃がキリキリする。口の中に苦い味が広がった。
 そんな私の苦心を見透かしたのか、八代から返信が来た。

 『時間が経てば経つほど、ショックも大きいから、早く解決して伝えられると良いな』

 「――そうだよね。ちゃんと言わなきゃ」
 これからの展開を思い、高ぶる気持ちを抑えるように、大きく深呼吸した。


 数日が経ち、田所と会う日が来た――のだが。
 そんな日に限って、週に一度の図書委員の当番と被ってしまい、私は留守番を余儀なくされた。そんなわけで、またもや八代とマミだけで行動することになった。

 「くっそ……」
 「どうしたの悠ちゃん。エリちゃんが移った?」

 からかい気味に尋ねる幸は、図書室のカウンターの後ろ――返却本を並べる棚から、一冊の小説を抜き取った。
 「あーかもねー」
 適当に返事しながら、私たち二人以外には誰もいない室内を見渡す。

 昼休みならともかく、放課後の図書室は閑散としている。勉強したい生徒は自習室を使うので、わざわざこっちまで来ないのだ。
 こんなに人が居ないなら、カウンターに座ってる意味なんてないのに。
 しかしサボるわけにもいかないのだ。当番の仕事は、最後に戸締まりをして、鍵を職員室に返却するところまでだ。だからサボったら、必ずバレる。ちなみにサボった生徒は、先生からお叱りを受けた上に反省文まで書かされる。
 幸は私が当番の度に、こうして着いてきて、お喋りやら読書やらしていた。
 見張りの先生がいないため、私たちはいつも悠々自適に過ごせた。けっこう大声で歌ったりなんかも出来てしまえる。まあ、そんなことはしないけれど。
 この時間はお気に入りだけど、今日ばかりは残念に思えた。

 「今日も今日とてガラガラだね~」
 静謐な図書室に、幸の声が虚しく反響する。


 「うわっ、風強っ!」
 昇降口を出た瞬間、叩きつけるような向かい風が吹き付けてきて、思わず叫ぶ。
 「涼しくなってきたよね」
 幸がそう言って、半袖から伸びている腕をさする。
 日中はまだまだ暑いけれど、夕方から夜にかけて気温が下がる日々が、ここのところ続いていた。

 「いつの間にか時間が過ぎていったんだなぁ……」
 自分にしか聞こえない声量で、感慨深そうに呟く。

 この時代に来て、もう結構経つ。今でも自分がここにいるという現実が信じられなくなる時が、稀にある。
 タイムリープしたことで、過去をやり直せるだけじゃなく、素晴らしい出会いもあった。
 改めてこの瞬間の幸せを実感する。死の間際に、私の願いを聞き届けてくれた気まぐれな神様に、感謝しなければならない。

 「悠ちゃん? ボーッとしてると置いてっちゃうよ~?」
 「ごめんごめん。置いてかれるのは勘弁」
 変わりゆく季節を感じながら、私たちは変わりないやりとりを今日も繰り広げる。