そして当日の放課後が訪れた。
 「マミちゃん大丈夫かな……」
 幸が心配そうにこぼす。彼女はマミが体調不良で早退したと思っているので、「風邪かな」などと言っていた。

 「朝は元気だったのにね」
 「だね。まあ季節の変わり目だから、そういうこともあるよ」
 私は、もっともらしいことを言って、誤魔化す。

 「そうだ、幸。樹里亜さんとはどうなの? 仲良くやってる?」
 「お姉とは昨日も喋ったよ。お姉の彼氏さんのこととか……。本当に大好きなんだなって伝わってきた」
 「へぇ~お熱いね。そういえば、二人の馴れ初めとかって聞いてないの?」
 「お姉の話によると、SNSがきっかけで知り合ったんだって。私はそういうの一切やってないけど、お姉はマメにやってたみたい。そっから実際に会ってみて、すぐに意気投合して……『運命だって感じたの』って言ってた。卒業したら結婚して東京で暮らすのが夢なんだって」
 「SNSかぁ……私も幸と同じでまったく触ってないや」

 現代ではやっていたけれど——。
 といってもキラキラした日常をアップしてはいなかった。私にとってSNSは、愚痴や後悔を延々と吐き出す場所であった。

 「樹里亜さんの夢、素敵だな。何かそういうのいいね」
 心から好きだと思える人と、その熱さを維持したまま結婚する――。これだけなら、世にありふれている。私の両親だってそうだったんだろう。
 しかし、それから樹里亜は、見事に夢を叶え、数年間愛に溢れた結婚生活を、送り続けていた。
 非常に尊いことだ。絵に描いたような幸せな家庭――。
 その幸せは、悪人に堕ちた八代によって、壊されてしまったけれど。

 本当にあの八代が、あれほど惨たらしく殺害するに至った動機は、一体何だったのか。どんな事件が、彼の人格を豹変させたのか。
 今はただ、いずれやってくるトラブルに、戦々恐々と構えておくことしか出来ない。

 「お姉は東京で一軒家を買って、暮らしたいんだって。そのためにはお金が必要だから、『宝くじでも当たらないかな~!』って言ってた」
 「都内で家を持つには、結構お金かかるからね」
 「だね。でもお姉がそういう夢持つのも、わかるなぁ。東京ってきっと何でもあるんだろうね」

 幸が恍惚とした表情で、ため息を吐き出す。
 両親は海外進出しているというのに、幸は地元を出たことがないのだと言う。
 私にとって東京は異世界みたいなものだよ、といつだったか語っていた。
 それを聞いた私は、「卒業旅行に行こうよ」と提案し、二人でまだ先の計画に胸を弾ませていたものだ。
 懐かしさを覚えて、幸に気付かれないように、小さく笑った。

 「幸には夢とかないの?」
 「うーん……そうだなぁ。将来ってなるとまだ具体的なイメージは描けないけど……」

 そこで幸は、言葉尻をもじもじさせて、頬をポリポリと掻いた。少し恥ずかしいような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべる。

 「お姉ともっと話したり、遊びに行ったりもしたいな。夢ってほどじゃないけど、最近の目標、みたいな……」
 「――そっか。叶うよきっと」

 二人はこれから姉妹らしくなっていくだろう。
 そう思うと、マミとの復縁や不審者の件は、図らずとも良い影響をもたらしたのだ。
 あれがなければ樹里亜は、幸と関わらないままだっただろうから。
 私の言葉に、幸はふんわりとはにかんだ。