「何だったの? さっきのやつ」
 角を曲がってマミから見えなくなった辺りで、尋ねる。

 「『用が無くてもいつでも来ていいですからね。襟人さんだけ特別に、です』だってさ」
 「そう……だったんだ」

 詰まりそうになる言葉を、何とか押し出した。そんな身体の変化によって、また自分が酷く動揺していることを、自覚させられる。
 マミのアプローチも激しくなってきてるな……。
 八代はそれについてどう思ってるんだろうか。
 隣を歩く彼の顔を盗み見ながら、声が震えるそうになるのを誤魔化すように、からかい気味に言う。

 「すごい熱烈だね。これがモテる男の宿命か……」
 「嬉しくねー」
 顔をしかめた彼に、安堵の気持ちが湧く。
 「やっぱり嫌だって思ってるんだ」
 「そりゃあな。こういう時どうすれば良いのかも、よくわかんねぇし。あんな風に慕われることなかったから」
 八代は、自嘲気味に笑う。
 そんな彼の様子は、私からすれば、疑わしく感じた。

 「マジで? まあマミはかなりグイグイ来る方だけど――告白されたりとか一度もなかったの?」
 「ゼロだよ。悪いか」
 拗ねたように眉をしかめる彼に、小さく笑いが込み上げる。
 「目付き悪いし、愛想も良くないしな。怖がられはされても、好意を持たれることはなかった――と思う」
 「まあ顔怖いよね。おじさんになったらヤクザみたくなりそう」

 実際に私も、ニュースで八代を見た時は、殺人犯らしい風貌だなぁ、と失礼ながら思ったものだ。
 人は見かけによらないのだな。現代の八代は悪人に落ちてしまったけど、今こうして隣で笑い合っている彼は、到底人殺しなど出来なさそうだ。

 「けど若葉が良いって言ってくれたから、もういいや。強面でも」
 「……八代って恥ずかしいやつだよね」
 「は? 何で急に喧嘩売ってきたんだ?」

 心底意味がわからない、というふうに首を傾げる八代。
 私は、プイッとそっぽを向いて、ごくごく小さい声で訴える。

 「私からじゃなくても嬉しいでしょ。格好いいって言われたら。その言い方だと、私が特別みたいじゃん」
 過剰に反応する自分が馬鹿馬鹿しく思えるから、紛らわしい言い方は避けてほしい。
 「そういうこと言われると、意識しちゃう子も多いから気をつけな」
 「――若葉は意識しないのか?」

 ポツリと投げられた問いは、今までの声音とは異なっていた。少し驚いて、隣をチラリと窺う。
 そのまま目が離せなくなった。
 八代は、妙な形相をしていた。悲しそうな悔しそうな――そんなやるせない表情を浮かべていて、その上告白でもしたかのごとく、赤面していた。
 熱病に侵されたように、熱さが脳にまでいって、思考回路が溶けていく。うだった頭のどこかで、質問に答えなければならない、という声がする。

 「なあ」
 耳に心地良い低音に、大袈裟なほど肩が跳ねる。
 「えーと……どっちだと思う?」
 なんとか捻り出した後に、これウザイやつじゃん、と気付き、阿呆な自分を戒めたい衝動が洪水のように襲ってくる。

 「あはは! こういう返ししてくる子っているよね! ――それより! 最近の学校てのはちゃんとしてるんだね~!」
 微妙な雰囲気に居たたまれなくなり、全力で話題を変えようと試みる。

 「昔はもっと緩かったらしいな。まあ個人情報に厳しくなるのは良いことだ」
 田所が第一志望にしていたという高校に行くと決めた後、私がふと思い付いて、
 「学校に電話で事情を話して、田所ケンジという生徒はそちらの学校にいますか、って訊いてみたらいいんじゃないかな」
 と提案した。
 何故思い至らなかったのか。そうすればわざわざ出向かなくて済む。
 まだ就業時間内なので、早速かけてみると、「個人情報に関することはお答えできません」の一点張りだった。
 なので結局校門の前で、待ち伏せやら聞き込みやらすることになったのだ。

 「明後日だね」
 「ああ。俺と折野でしっかり調べてみるから。若葉はちゃんと学校行けよ」
 「わかってるって。全員で行っちゃうと幸が一人で帰ることになるしね」

 三人での話し合いの結果、明後日に八代とマミが行くことが決定した。
 マミは下校時間に間に合わないので、その日は学校を早退する、と決めた。
 私も一緒に――と言いかけ、そしたら幸を家まで送る人がいなくなると気付き、言葉を飲み込んだ。

 「収穫あるといいね」
 「そうだな」