「じゃあ本題に入ろうと思います。ケンちゃんをどうやって調べるかですけど――」
「ちょっと待って。ケンちゃんのフルネームは何て言うの?」
マミの発言を遮り、昨日から気になっていたことを尋ねる。
「あ、そういえば言ってなかったか。田所ケンジだよ」
「田所ケンジ、ね。わかった。話の腰を折ってごめん。続けて」
「うん。それでケンちゃんに会うには、中学の同級生に連絡して、訊いてみるしかないなって」
「それが妥当な方法だろうな」
八代が深く頷く。私も首を縦に動かして同意を示す。
「中学の同級生で今でも仲良い人はいるの?」
「それが問題でね、今でも交流してる子がいないの。ゼロだよ。SNSを当たれば同級生が見つかるかもしれないけど……生憎わたし高校生のうちは、そういうの禁止だって親から言われてるんだよね。アカウントすら持てない」
ため息を吐いて、肩をすくめるマミ。
「田所がどこの高校に行ったとかも知らない?」
「志望校は聞いたことあるけど……結局その高校に行ったのかはわからないよ。落ちたかもだし、やっぱ違う学校にしたのかも」
「でも他に当てがないなら、田所が志望してたっていう高校をあたるしかないだろ」
「そうですよね。ケンちゃんの第一志望の高校は、S高校です」
「二駅先にあるところか」
比較的近い場所で良かった。無駄足に終わらないことを祈る。
そんな私の思いが通じたのか、
「スムーズにいくと良いな」
隣に座る八代が、私と目を合わせるように、顔を覗き込んで言う。
「うん。早く解決したいもんだよ」
彼に微笑みかけて、心からの願いを口に出す。
「そうですね。空振りに終わらないことを祈ります!」
マミがスッと立ち上がり、片手を天に突き上げる。
「頑張りましょう!」
えいえいおー! と快活に振る舞うマミに、少しは乗っておこうと、控えめな声で、「おー……」と返す。
八代も右の拳を軽く持ち上げ応える。マミのガッツポーズに倣ってのものらしい。
「もっと元気よくいきましょうよ~」
不満げなマミの声を鬱陶しく聞き流しながら、早く八代と帰り道を歩きたいな、と思う。
マミと一緒にいるのは、疲れる。今後も朝と夕方には、必ず会う生活が続くのか……。
一日目にして、憂鬱で心に暗雲が拡がる。癒しがないとやっていけない。
八代との時間が、私にとってこの上ない癒しだということは、すでにはっきりと気付いていた。
私はその事実に、正体不明の気恥ずかしさを覚えていた。
大切な友人と過ごす時間は、癒されて当然だというのに。何を恥じらう必要があるのか。
わからないことは知りたいと思う質なのに、これに関しては気付いてはいけない、と脳が言っている気がする。
だから今日も無視し続けることにした。
やがてお開きの時間になり、門のところでマミに見送られる。
「また明日ね、悠」
「うん、また」
「これから二人一緒に帰るの?」
「そうだけど。よく家まで送ってくれるの」
言った瞬間に、言い負かしたい気持ちが出てしまっていたな、と自覚する。マミにとってはマウントを取られたと感じるかもしれない。
子どもじみた自分の行動が、可笑しく思えて、心の中で苦笑する。
「へぇー……」
案の定面白くなかったのか、マミの瞳からスッとハイライトが消え、声が一オクターブ低くなる。微妙な変化だけど、空気が冷えるのがわかった。
「あの、襟人さん。ちょっと」
チョイチョイッと手招きして、マミは八代を呼んだ。
八代は訝しげにしながらも、マミに近付く。
ある程度接近したところで、マミがそうっと八代に顔を寄せて、なにやら耳打ちする。その口元は彼女の手で隠されていて、見えない。
しかし含みのある視線を、一瞬こちらに向けたことを、私は見逃さなかった。挑戦的なその目に、少しカチンとくる。
それはつかの間のことで、すぐに顔を離したマミは、ニッコリと愛くるしく微笑んだ。
「じゃあさようなら。気をつけて帰ってくださいね」
ヒラヒラと振られる手に見送られて、私と八代は歩き出した。
「ちょっと待って。ケンちゃんのフルネームは何て言うの?」
マミの発言を遮り、昨日から気になっていたことを尋ねる。
「あ、そういえば言ってなかったか。田所ケンジだよ」
「田所ケンジ、ね。わかった。話の腰を折ってごめん。続けて」
「うん。それでケンちゃんに会うには、中学の同級生に連絡して、訊いてみるしかないなって」
「それが妥当な方法だろうな」
八代が深く頷く。私も首を縦に動かして同意を示す。
「中学の同級生で今でも仲良い人はいるの?」
「それが問題でね、今でも交流してる子がいないの。ゼロだよ。SNSを当たれば同級生が見つかるかもしれないけど……生憎わたし高校生のうちは、そういうの禁止だって親から言われてるんだよね。アカウントすら持てない」
ため息を吐いて、肩をすくめるマミ。
「田所がどこの高校に行ったとかも知らない?」
「志望校は聞いたことあるけど……結局その高校に行ったのかはわからないよ。落ちたかもだし、やっぱ違う学校にしたのかも」
「でも他に当てがないなら、田所が志望してたっていう高校をあたるしかないだろ」
「そうですよね。ケンちゃんの第一志望の高校は、S高校です」
「二駅先にあるところか」
比較的近い場所で良かった。無駄足に終わらないことを祈る。
そんな私の思いが通じたのか、
「スムーズにいくと良いな」
隣に座る八代が、私と目を合わせるように、顔を覗き込んで言う。
「うん。早く解決したいもんだよ」
彼に微笑みかけて、心からの願いを口に出す。
「そうですね。空振りに終わらないことを祈ります!」
マミがスッと立ち上がり、片手を天に突き上げる。
「頑張りましょう!」
えいえいおー! と快活に振る舞うマミに、少しは乗っておこうと、控えめな声で、「おー……」と返す。
八代も右の拳を軽く持ち上げ応える。マミのガッツポーズに倣ってのものらしい。
「もっと元気よくいきましょうよ~」
不満げなマミの声を鬱陶しく聞き流しながら、早く八代と帰り道を歩きたいな、と思う。
マミと一緒にいるのは、疲れる。今後も朝と夕方には、必ず会う生活が続くのか……。
一日目にして、憂鬱で心に暗雲が拡がる。癒しがないとやっていけない。
八代との時間が、私にとってこの上ない癒しだということは、すでにはっきりと気付いていた。
私はその事実に、正体不明の気恥ずかしさを覚えていた。
大切な友人と過ごす時間は、癒されて当然だというのに。何を恥じらう必要があるのか。
わからないことは知りたいと思う質なのに、これに関しては気付いてはいけない、と脳が言っている気がする。
だから今日も無視し続けることにした。
やがてお開きの時間になり、門のところでマミに見送られる。
「また明日ね、悠」
「うん、また」
「これから二人一緒に帰るの?」
「そうだけど。よく家まで送ってくれるの」
言った瞬間に、言い負かしたい気持ちが出てしまっていたな、と自覚する。マミにとってはマウントを取られたと感じるかもしれない。
子どもじみた自分の行動が、可笑しく思えて、心の中で苦笑する。
「へぇー……」
案の定面白くなかったのか、マミの瞳からスッとハイライトが消え、声が一オクターブ低くなる。微妙な変化だけど、空気が冷えるのがわかった。
「あの、襟人さん。ちょっと」
チョイチョイッと手招きして、マミは八代を呼んだ。
八代は訝しげにしながらも、マミに近付く。
ある程度接近したところで、マミがそうっと八代に顔を寄せて、なにやら耳打ちする。その口元は彼女の手で隠されていて、見えない。
しかし含みのある視線を、一瞬こちらに向けたことを、私は見逃さなかった。挑戦的なその目に、少しカチンとくる。
それはつかの間のことで、すぐに顔を離したマミは、ニッコリと愛くるしく微笑んだ。
「じゃあさようなら。気をつけて帰ってくださいね」
ヒラヒラと振られる手に見送られて、私と八代は歩き出した。