私は幸の家であったことを、かいつまんで話した。
 「それは……辛いな」
 八代も頭を抱えて、長い息を吐き出す。
 「もう――どうしたらいいのかわかんなくなってきちゃって」
 「樹里亜の考えもわかるが――でもなぁ」
 「数年間疎遠になってたとはいえ、家族で姉なわけだし、外野の私より幸とマミを理解してるだろうな、って考えたら、樹里亜の言うとおり黙ってた方が良い気がしてきて」
 「正しい行いが人を幸せにするわけじゃない、か」
 八代が樹里亜のセリフを口にする。

 「俺は、幸のためにも伝えた方が良いと思う。マミのこと全部」
 「それで傷つくことになっても?」
 「悔しいけど、傷つけることは避けられないだろうな。幸はすげぇ落ち込むと思う。だけど――」
 私はごくりと生唾を飲み込む。

 「そうなったら若葉がいてくれれば、絶対に大丈夫だ。もちろん俺も出来る限りのことをするけど、一番幸を元気づけられるのは若葉、お前だ」
 「そこまで自信を持って言ってくれるの?」

 そこまで信頼されるほど、私は頼もしい存在なんだろうか。
 幸にとっては、たかが数ヶ月の付き合いの友達なのに。
 しかし八代は、敢然と首を縦に振る。

 「ああ。若葉にしか出来ないことだ。俺はお前の全部を信じてるから、何かあったら言ってくれ。力を貸す」


 「今日は、本当にありがとう。遅くまで付き合わせてごめん……今度お礼とお詫びさせて」
 ここまで面倒をかけたからには、何かしないと気がすまない。
 「じゃどっか遊びにでも行こうぜ」
 「……! うんっ」
 自分が予想していたよりも、弾んだ声が出て驚く。
 まるで幼い少女のように、舞い上がってしまった。遊びに行こうという誘いで、こんなに喜ぶなんて、精神まで若返ってきているのかもしれない、なんてことを考える。

 家までは八代が送ってくれた。そこまでしてもらうのが居たたまれなくなり、「大丈夫だよ」と断ったら、
 「女子が一人で暗いところほっつき歩いてたら、危ないだろ。俺が勝手にそうしたいだけだから」
 と返ってきて、丁寧に家の前まで送ってくれた。

 八代からそう言われた時も、門の前でちゃんと家に入るのを見届けてくれた時も、私はずっとフワフワと夢の中にいるみたいだった。
 女の子扱いされたことが嬉しいんだ。
 そう気付いて、そんなことで大袈裟に喜ぶ自身の単純さに、こそばゆい気持ちになる。

 最近、ほんの些細な言葉などでこんなふうに浮かれてしまうことが増えた。
 特に八代から掛けられる言葉が多い気がする。
 嬉しいのは良いことのはずなのに、この傾向は良くないような――。
 どうしてか、そう思った。


 八代と公園で話をしてから、数日が経った。
 一緒に下校している幸の横顔を、ちらりと盗み見る。
 なかなか切り出す勇気が出なかったけれど、今日こそ幸と話そう。

 「この後幸の家行ってもいい?」
 「いいよ。来て来て~」
 「あ、お姉さんいるの?」
 「今日はいないよー。お姉に会いたいの?」
 「いや、ちょっと気になっただけ」

 樹里亜がいないなら、話を遮られることも、聞き耳立てられることもない。安心して打ち明けられる。
 大通りを外れて、幸宅へと近づいてきた。これからの展開について考えて、緊張が高まってくる。

 どういう風に話を運んでいったら良いのかな――。私の頭の中は、そのことでいっぱいだった。
 だから、ずっとついてきている気配に気付けなかった。
 怪しい視線を察知出来ないまま、私は家の中へと入っていった。