樹里亜は想像していた人物とは違った。
 幸の家を後にして、すっかり暗くなった帰り道をとぼとぼ歩く。
 八代に聞いた話からして、幸のことなんてどうでもいいと思っているんだろう、と予想していたのに。
 樹里亜なりに幸を憂いていたのだ。私が真実を告げようとした時、彼女は割って入ってきた。あれは幸が傷つかないように、と思って取った行動だった。

 樹里亜との問答の後、一階に戻り四人で菓子を食べた。
 幸とマミは並んで座り、それは楽しそうに打ち解けていた。過去のことなどなかったかのように。
 それを見て、非常に不愉快な気分になった。直視するのが辛くて、不自然に視線を反らし続けた。そんな私に全然気付くことなく、幸はたくさん笑っていた。
 そのこともショックで、味なんてわかるはずもなかった。ただ機械的に口に入ってくる食べ物を咀嚼している内に、時間は過ぎていった。

 思い出すと、目頭が熱くなり、視界が歪んでいく。情けない。
 胸がつまる理由はそれだけじゃない。樹里亜の持論が正しいのではないかと思ってしまったのだ。

 本当のことを言ったところでどうなる?
 上げて落とすことになる。それはあまりに残酷なことだ。
 私が幸の立場だったら、とても耐えきれない。気持ちは沈み込み、他人への不信感が強烈なものになっていくだろう。
 私がやろうとしていることは、親友を不幸にする行為なのでは――。

 「……っ!」
 心臓が痛い。身体がスウッと薄くなって、世界から人知れず消えていくような心細さが、襲いかかってくる。
 その時だった。

 「おい、危ないぞ!」
 後ろからグイッと腕を引かれた。硬い胸板の感触を背中に感じる。
 びっくりしていると、目の前を車が走り過ぎていった。下を向いて歩いているうちに、赤信号に気付かず渡ろうとしていたみたいだ。背筋を冷たい汗が伝う。
 あのまま進み続けていたら、轢かれていたかもしれない。
 慌てて振り返り、助けてくれた恩人に礼を言おうとする。

 「あ、ありがとうございます! あれ?」
 「ん? 若葉?」
 そこにいたのは八代だった。彼も今私に気付いたらしい。
 「どうしたんだよ、ボーっとして。というか何かあったか? 険しい顔してるけど」
 気遣わしげに私を見下ろす八代。
 そんな彼の顔を見て、無性に寄りかかりたくなった。
 ポスッと八代の上半身に、頭を押し付ける。

 「おい、マジでどうし――」
 「ちょっとだけ」
 戸惑いの声を上げる八代を遮り、弱々しく言葉を紡ぐ。
 「ちょっとでいいから――このままでいさせて」
 ややあって八代から小さく返ってくる。
 「ああ。よくわかんないけど大丈夫だぞ、若葉」