幸のからかいのせいで、放課後が近付いてくると、変にそわそわした気持ちになってきてしまった。
 落ち着かなければ。今日は真面目な話をするために、会うんだから。
 心の中で言い聞かせながら、待ち合わせ場所へと歩を進める。

 指定した公園が近付いてくる。八代がベンチに座って待っているのが見えた。
 視線に気づいたのだろう。目を細めてこちらを見てきたかと思えば、数秒かけて私だとわかり、手を振ってきた。
 私も振り返し、小走りでそちらへ向かう。

 「お待たせ」
 「学校お疲れさん」
 二人掛けのベンチの片方に腰掛ける。隣の八代から、「ほら」と何か渡される。
 ペットボトル飲料だった。ミネラルウォーターだ。
 「さっき買ったら当たったんだ。良かったらやるよ」
 「ありがとう。いただきます」
 走ったことで乾いた喉に、グビッとよく冷えた液体を流し込む。

 「はーおいしい」
 だいぶマシになってきたが、まだ少し汗ばむ季節だ。上気した頬に冷たいペットボトルを押し当てる。
 「髪型変えたんだな」
 八代が巻いた髪に反応してくる。朝の会話のせいなのか、どうにも落ち着かなくて、八代とうまく目を合わせられない。

 「あ、うん。まぁ今日だけかもしんないけどね。たまたま早起きして興が乗ったから」
 「そうか。似合ってると思う。華やかで可愛い印象で」
 「えっ? あ、ありがとう……」

 まさか本当に可愛いと言われるとは思わなかったので、たじろいでしまう。
 ムズムズするような、くすぐったいような気分になって、人差し指に髪を巻き付ける動作を無駄に繰り返す。

 「照れてんのか? ちょっと前から思ってたけど、若葉ってだいぶ照れ屋だよな」
 「うっ」
 痛いところを衝かれたみたいな、ギクリとした声が出る。
 確かに八代を前にすると、照れるというか、顔が熱くなることが頻繁にあるな……。

 「そんなことより! 早く本題に入ろう!」
 パンパンッと手を叩き、空気を強制的に切り替える。
 「幸のことなんだけど――」
 そう切り出すと、八代は表情を引き締めて、真剣に話を聞く体制に入った。


 「そうか……幸がそんなに取り乱してたのか」
 「うん。すごく思い悩んでた」

 昨日あった出来事を話し終えて、私たちは俯いたり、長いため息を吐き出したりなどしていた。
 色々な感情がごちゃ混ぜになって、爆発しそうになるのを、頑張って抑えているのだ。
 その感情は怒りだったり、やるせなさだったりする。
 私と八代は、そのまましばらく黙り込んでいた。
 事実を咀嚼し終わっただろう頃合いで、私の方から口を開く。

 「それでさ、マミと関わるのを辞めるべきだと思ったの」
 「ああ、違いない。適当な理由をつけて、もう会えないって伝えないとな」
 「うん」
 「――幸への裏切りになるからな。何言われてもちゃんと無理だって伝えねぇと」

 八代がわかってくれて良かった。その決意は固そうで、力のこもった眼差しで前方をキッと見据えている。

 「どんな理由にするの?」
 「うーん。向こうもなかなか断りにくい頼みしてきたからなぁ……どんな理由なら納得してくれっかなぁ」
 「彼女ができたからっていうのはどう?」
 「おお、いいなそれ」
 「これなら強く言えないだろうし」

 そもそもマミのトラウマ云々の熱弁は、きっとウソっぱちだ。
 マミはただ八代を好きってだけなんだから、彼女がいると思えば、諦めて次の想い人を見つけるはず。

 「じゃそれでいくわ。ありがとな若葉」
 「どういたしまして。メールで伝えるの?」
 「そのつもりだ」
 「頑張って。後で結果教えてね」
 「わかった」


 しかし八代がマミに連絡することは、叶わなかった。
 「携帯壊れちゃって今修理に出してるから、少しの間、連絡とれないって襟人さんに伝えといてくんない」
 学校にて、横柄な態度で頼まれた――というより命令された。
 しかも幸がそばにいた時だったから、本当に最悪だ。

 「三人で仲良くしてるの?」
 幸が怯えた子犬のような目をして、おずおずと訊いてきた。
 「お祭りの日のことでちょっとお礼されただけだよ。仲良くはない」
 慌てて精一杯安心させるように、言い聞かせたけど、少し嘘をついてしまった。マミとは、一緒にプラネタリウムに行ったのに。

 「そっか」
 私の言葉に幸は、強張っていた表情筋を緩めた。
 嘘をついたとしても、私も八代ももうマミとは会わないのだから、平気だろう。
 マミにしばらく連絡ができないことを、さっそく八代にメッセージで伝えた。