帰宅後。ベッドに仰向けに寝転がり、天井をじっと見つめる。

 『若葉のそういうひたむきなところも好きだけど――』
 「あー、もう!」
 何だって私は、頭の中でずっと同じ場面を、同じ台詞を再放送しているんだろう。

 いや、理由はわかっている。
 彼に好意を伝えられたことが、すごく嬉しかったんだ。
 これまでの人生で、あそこまではっきりと好きなんて、言われたことがなかったから。

 一度でも恋人がいたなら、違ったのかもしれないが、私は生涯誰とも交際しないと心に決めている。
 恋愛なんてろくなものではない。

 私がこのような考えを持つようになった理由は、主に両親の影響だ。
 両親の仲は、私が幼稚園に上がる頃には、冷めきっていた。家族揃って出掛けた記憶も、4歳以降のものはない。
 父なんてとっかえひっかえしてる愛人を、悪びれなく家に連れてきている。それは私が幼い頃から就職して家を出ていくまでの間、ずっと続いていた。
 だから私の実家は、知らない女の匂いが漂っている。
 家族の誰もそれを指摘することはなかった。母は外で彼氏を作って、ほとんど家を開けていたし、私も尋ねてはいけないことだと感じ取っていた。

 6歳になる頃には、両親との会話を試みるのをやめた。
 小学生になると、事務的に私の部屋の机にお金が入った茶封筒が置かれていた。茶封筒には、
 『三日分』
 とボールペンで殴り書きされており、それから私が料理を覚えるまでは、気付かない内に置かれていたお金で、コンビニやスーパーの食品を自分で買いに行っていた。

 私が何をしてもどう頑張っても、もうあの人たちは愛してくれないことが、わかってしまった。
 そんな環境で育った私は、好意に免疫がないのだろう。八代の発言が、尾を引いてるのは、そのせいだ。
 ただそれだけ。きっと他の人に言われても同じふうに心を動かされて、頭から離れなくなってしまうはずだ。
 変なことに悩んでいないで、もっと実のあることを考えなくては。

 この3ヶ月の間に起こった出来事を思い出しながら、問題を整理していく。
 幸の家に来た不審者。マミが幸におかしなことをしないか。樹里亜と大和さんが八代と接触しないか。幸の転落事故。
 悩みの種が、こんなにもある。気を緩めてる場合じゃない。
 不審者のことは動きがない限り、どうにも出来ないけど、マミのことと樹里亜、大和さんと八代の接触を防ぐことは出来る。
 転落事故も今の時期は、まだ気にしなくてもいい。
 八代との接触を防ぐ――か。

 マミと八代の仲が深まれば、樹里亜と大和さんに会う確率も上がってきやしないだろうか。
 幸の家に、急に来たときのマミを思い出してみて、そう思い至る。
 あの様子だと、もう何度も一緒に過ごしているみたいだったし。
 じゃあ八代とマミが親しくなりすぎるのは、あまり良くない。
 八代とマミを、よく見ておかないと。

 携帯を取り出して、八代にメッセージを送る。
 『今度からマミと会うとき、私も着いてっていい?』
 『いいけど何でだ?』
 『マミの男性が怖いって話が本当なら、私もいた方がハードル低いかな、と思って。八代もマミと二人は嫌なんじゃない?』
 『なるほど。確かに俺も若葉がいてくれるなら、ありがたい』

 マミは――どんなメールを八代に送るのだろう。
 八代はそれに、どんな返信をするのだろう。
 胸がチリチリと焦がされていくような、妙な不快感が訪れる。
 まただ。今日ファミレスで感じたものが、再び気分を落としていく。
 この不快感の正体はわからないけれど、とにかく早く良くなってほしいものだ。