「えっ? 何で若葉さんもいるの?」
マミがすっとんきょうな声を出す。
屋上での頼まれ事から、数日後。私は八代を連れて、マミと会った。八代が私を連れて、の方が正しいかもしれない。
私と八代にとってはお馴染みになったファミレスで、「襟人さんにお礼をしたい」というマミと待ち合わせした。
マミは、私が来ると思わなかったのだろう、面食らった顔をしている。
私は、善意しかないような、満面の笑みで返答する。
「折野さんも初対面の人といきなり二人はキツイかな~と思って」
「へぇ……。そうだったんだね! 気を使わせて悪いね。そんなに心配してくれなくて全然大丈夫だったのに!」
“全然”の部分を強調するようにして、マミは快活に言った。
ニコニコしていながら、“邪魔”という意思をやんわりと伝えている。
数日前に、屋上でした会話の内容を八代にメッセージで伝えたら、突っぱねるのもなんだかなぁ、と返ってきたので、提案したのだ。
私も行くよ、と。
八代とマミを二人にしたくなかった。
だってマミはおそらく――。
「この前は本当にありがとうございました! 襟人さん。わたし折野マミって言います!」
マミが、八代にペコリと頭を下げる。
「大したことじゃないよ。若葉が異変を感じて、折野さんを追いかけて行ったおかげで気付けたんだ」
「そっか……若葉さん、ありがとうね!」
「どういたしまして」
私たちは店の中に入り、四人掛けの席に座った。
八代の隣に座り、向かいのマミを注意深く見つめる。
彼女は機嫌が良さそうだ。可愛らしい笑顔で、瞳に八代を映している。
屋上の時と同じキラキラした瞳だった。いや、それ以上の輝きかもしれない。
「これ、つまらない物ですがどうぞ!」
「ああ、どうも」
マミが、老舗洋菓子店の袋を八代に渡す。
「甘い物好きですか?」
「まぁ、人並みには」
「良かったです。わたしも好きなんですよ~」
笑みを深くするマミ。
それに対して、必要最低限の愛想笑いを浮かべる八代。
マミは少し身を乗り出して、尋ねてくる。
「襟人さんはいくつなんですか?」
「17」
「ひとつしか違わないんだぁ~。もっと上かと思ってました! 襟人さん大人っぽくて素敵ですから」
「はは……どうも」
明らかにアタックしている。マミはやっぱり八代のことが好きらしい。
友人の私としては、マミみたいな女とは付き合ってほしくない。
「何頼むか決めようよ」
そう言って私は、ふたつあるメニューの片方をマミに渡す。
私は、もう一方のメニューを八代の前に広げて、八代の方へと身体を寄せた。
ひとつのメニューを二人で見せ合う。
メニューから顔を上げて、マミを見てみると、さっきまでの笑顔はどこへ行ったのやら、彼女は冷たい表情で私を軽く睨んでいた。
私は、すぐにメニューへと視線を戻す。何だか、胸がすく思いがした。
注文を終えたら、またマミが質問を投げてきた。
「襟人さんと若葉さんは、どれくらいの付き合いなんですか?」
ごくわずかであるが、空気がピリッとするのがわかった。
軽い口調でありながら、探るような気配をしかと感じた。
「6月……だったよな、確か」
「うん。ちょうど1日に会ったんだよね」
八代と顔を見合わせて、頷き合う。
「じゃあ、まだたったの3ヶ月なんですね! 二人が“お友達“になって」
「うん。けど八代とはすごく仲が良くて、お互いに言いにくいことだって話せるの。ねっ」
隣に座る八代に、笑いかける。
「そうだな。若葉にはいつも世話になってる。ありがとうな」
八代はフ、と優しい笑みを見せた。
私はこの顔が好きだ。わずかに目を細めて口角を緩く上げる柔らかい表情をもっと引き出したいと思ってしまう。
「ふぅーん……。良いですね! そういうお友達って」
一瞬、不満げに眉を動かしたかのように思えたが、すぐに天真爛漫な笑顔を見せるマミ。
そんな彼女は端から見ると、素直で可愛らしい良い子に思えるだろう。
好意的に思う男子も、多いはずだ。
「今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
店から出て、そろそろお開きの時間になったところ――。
「あの……連絡先交換してください!」
マミが八代に向かって、頭を下げた。
予想はしていた。マミの態度からして、こういうことを言ってくるのは、自然だった。
しかし八代は何かしら理由をつけて、断るだろう。マミが何をしたのか、どういう女なのか知っているのだから。
案の定八代は、すまなそうに切り出す。
「悪いんだけど――」
「わ、わたし!」
マミが重要なことを打ち明けるかのように、声を張り上げる。
八代はその気迫に押されたのか、口を閉ざしてしまった。
「あんなことがあってから、男性が怖くて……前までは平気だったことが、無理になっちゃいました」
マミは、言葉を詰まらせながら、強く訴えかける。
「今日、襟人さんに会ってわかったんです。この人なら大丈夫だって……信頼できる人だって」
八代のことを、希望のこもった眼差しで見上げるマミ。
「わたしこのままじゃ嫌なんです。変わりたい――前までの自分に戻りたい。だからお願いします!」
再び頭を下げる。今度は先程より勢い良く。
「わたしが男性に慣れるためのお手伝いをしてください!」
私は、目をぱちくりさせる。マミの所業をわかっている私だが――。
この言葉は真実かもしれない、と思った。
彼女は本当に困っていて、八代に希望を見出だしているんじゃないか。だからあれほど瞳を輝かせていたのではないか。
マミは、これから先、男性と恋愛できないかもしれない、と怯えている時に、助けてくれた八代の存在を知らされ、恋に落ちた。その思いに、思いを与えてくれた彼に、すがり付きたくなったのでは――。
そう考えると彼女への哀れみが生まれた。
マミは確かに性根が悪いけど、だからといって困っている人を放っておくのは……。
「もちろん大したことは頼みません。ただ友達みたいな感じで――」
「わかった。俺にできることなら手伝う」
八代が、距離を取るための丁寧モードを解いた。
彼も、私と似たことを考えたのかもしれない。神妙な顔で頷く。
「ホントですか? ありがとうございます!」
八代の拳を、マミの両手が包み込む。マミの全身から、喜びが溢れ出していた。
――嫌だな。
私の中に、そんな気持ちが湧く。
けれど具体的に何がどう嫌なのかつかめない。ひどく直感的で説明のつかない負の感情。
この感情について、掘り下げるつもりはまったくなかった。不快なことについて考えたくはないからだ。
だから私は、ただ二人を見ないことに集中した。
マミがすっとんきょうな声を出す。
屋上での頼まれ事から、数日後。私は八代を連れて、マミと会った。八代が私を連れて、の方が正しいかもしれない。
私と八代にとってはお馴染みになったファミレスで、「襟人さんにお礼をしたい」というマミと待ち合わせした。
マミは、私が来ると思わなかったのだろう、面食らった顔をしている。
私は、善意しかないような、満面の笑みで返答する。
「折野さんも初対面の人といきなり二人はキツイかな~と思って」
「へぇ……。そうだったんだね! 気を使わせて悪いね。そんなに心配してくれなくて全然大丈夫だったのに!」
“全然”の部分を強調するようにして、マミは快活に言った。
ニコニコしていながら、“邪魔”という意思をやんわりと伝えている。
数日前に、屋上でした会話の内容を八代にメッセージで伝えたら、突っぱねるのもなんだかなぁ、と返ってきたので、提案したのだ。
私も行くよ、と。
八代とマミを二人にしたくなかった。
だってマミはおそらく――。
「この前は本当にありがとうございました! 襟人さん。わたし折野マミって言います!」
マミが、八代にペコリと頭を下げる。
「大したことじゃないよ。若葉が異変を感じて、折野さんを追いかけて行ったおかげで気付けたんだ」
「そっか……若葉さん、ありがとうね!」
「どういたしまして」
私たちは店の中に入り、四人掛けの席に座った。
八代の隣に座り、向かいのマミを注意深く見つめる。
彼女は機嫌が良さそうだ。可愛らしい笑顔で、瞳に八代を映している。
屋上の時と同じキラキラした瞳だった。いや、それ以上の輝きかもしれない。
「これ、つまらない物ですがどうぞ!」
「ああ、どうも」
マミが、老舗洋菓子店の袋を八代に渡す。
「甘い物好きですか?」
「まぁ、人並みには」
「良かったです。わたしも好きなんですよ~」
笑みを深くするマミ。
それに対して、必要最低限の愛想笑いを浮かべる八代。
マミは少し身を乗り出して、尋ねてくる。
「襟人さんはいくつなんですか?」
「17」
「ひとつしか違わないんだぁ~。もっと上かと思ってました! 襟人さん大人っぽくて素敵ですから」
「はは……どうも」
明らかにアタックしている。マミはやっぱり八代のことが好きらしい。
友人の私としては、マミみたいな女とは付き合ってほしくない。
「何頼むか決めようよ」
そう言って私は、ふたつあるメニューの片方をマミに渡す。
私は、もう一方のメニューを八代の前に広げて、八代の方へと身体を寄せた。
ひとつのメニューを二人で見せ合う。
メニューから顔を上げて、マミを見てみると、さっきまでの笑顔はどこへ行ったのやら、彼女は冷たい表情で私を軽く睨んでいた。
私は、すぐにメニューへと視線を戻す。何だか、胸がすく思いがした。
注文を終えたら、またマミが質問を投げてきた。
「襟人さんと若葉さんは、どれくらいの付き合いなんですか?」
ごくわずかであるが、空気がピリッとするのがわかった。
軽い口調でありながら、探るような気配をしかと感じた。
「6月……だったよな、確か」
「うん。ちょうど1日に会ったんだよね」
八代と顔を見合わせて、頷き合う。
「じゃあ、まだたったの3ヶ月なんですね! 二人が“お友達“になって」
「うん。けど八代とはすごく仲が良くて、お互いに言いにくいことだって話せるの。ねっ」
隣に座る八代に、笑いかける。
「そうだな。若葉にはいつも世話になってる。ありがとうな」
八代はフ、と優しい笑みを見せた。
私はこの顔が好きだ。わずかに目を細めて口角を緩く上げる柔らかい表情をもっと引き出したいと思ってしまう。
「ふぅーん……。良いですね! そういうお友達って」
一瞬、不満げに眉を動かしたかのように思えたが、すぐに天真爛漫な笑顔を見せるマミ。
そんな彼女は端から見ると、素直で可愛らしい良い子に思えるだろう。
好意的に思う男子も、多いはずだ。
「今日はありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
店から出て、そろそろお開きの時間になったところ――。
「あの……連絡先交換してください!」
マミが八代に向かって、頭を下げた。
予想はしていた。マミの態度からして、こういうことを言ってくるのは、自然だった。
しかし八代は何かしら理由をつけて、断るだろう。マミが何をしたのか、どういう女なのか知っているのだから。
案の定八代は、すまなそうに切り出す。
「悪いんだけど――」
「わ、わたし!」
マミが重要なことを打ち明けるかのように、声を張り上げる。
八代はその気迫に押されたのか、口を閉ざしてしまった。
「あんなことがあってから、男性が怖くて……前までは平気だったことが、無理になっちゃいました」
マミは、言葉を詰まらせながら、強く訴えかける。
「今日、襟人さんに会ってわかったんです。この人なら大丈夫だって……信頼できる人だって」
八代のことを、希望のこもった眼差しで見上げるマミ。
「わたしこのままじゃ嫌なんです。変わりたい――前までの自分に戻りたい。だからお願いします!」
再び頭を下げる。今度は先程より勢い良く。
「わたしが男性に慣れるためのお手伝いをしてください!」
私は、目をぱちくりさせる。マミの所業をわかっている私だが――。
この言葉は真実かもしれない、と思った。
彼女は本当に困っていて、八代に希望を見出だしているんじゃないか。だからあれほど瞳を輝かせていたのではないか。
マミは、これから先、男性と恋愛できないかもしれない、と怯えている時に、助けてくれた八代の存在を知らされ、恋に落ちた。その思いに、思いを与えてくれた彼に、すがり付きたくなったのでは――。
そう考えると彼女への哀れみが生まれた。
マミは確かに性根が悪いけど、だからといって困っている人を放っておくのは……。
「もちろん大したことは頼みません。ただ友達みたいな感じで――」
「わかった。俺にできることなら手伝う」
八代が、距離を取るための丁寧モードを解いた。
彼も、私と似たことを考えたのかもしれない。神妙な顔で頷く。
「ホントですか? ありがとうございます!」
八代の拳を、マミの両手が包み込む。マミの全身から、喜びが溢れ出していた。
――嫌だな。
私の中に、そんな気持ちが湧く。
けれど具体的に何がどう嫌なのかつかめない。ひどく直感的で説明のつかない負の感情。
この感情について、掘り下げるつもりはまったくなかった。不快なことについて考えたくはないからだ。
だから私は、ただ二人を見ないことに集中した。